ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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天皇誕生日記念という事で特別編です。まぁ普通の15話でもありますが。
でも特別篇らしく今迄で一番長い回でもあります。


第十五話 都心追撃戦Ⅱ

チヌークから降りた火威が見たのは、各国のマスコミと彼の国の政府の人間であった。

「なんじゃこりゃ……」

驚嘆しながらも、弱腰森田が入れてしまったのだろうと想像が付く。こんな時は、若干であるが独裁国家が羨ましくなる。

まぁ、その国の為政者をどうやって亡き者にしてやろうかと考えるのは、火威のような人間なのだが。

しかし火威は一点を凝視した後、すぐさま何処かに行ってしまった。

マスコミの中に古村崎という男の姿を見たからだ。この男は特地に来る前にテレビで度々目にする機会があったが、知ったかぶり顔で酷い偏向報道をやらかす。

この古村崎の近くには、通訳をしているのであろう拉致被害者の望月紀子と、女性リポーターが居た。

アルヌスに来る前にも時折テレビで見た事のある巨乳リポーターの彼女は、空回りしまくっている姿を視聴者に見せていた。火威はそれを朝の癒しとして好意的に見ていたが、正反対の評価の視聴者も多いようだ。

だが、この時はそんな巨乳を意に介さず、退散したのは人間的成長かも知れない。

先程までチヌークの中で衛生兵から傷の手当てを受けていた火威だが、未だに戦意が冷め切らないので、この古村崎とかいう男の言葉を聞いて、殴り掛かってしまう事を可能性を心配したのだ。

 

武器・弾薬を返納し、そのままアルヌスの診療所に向かう。

傷は思ったより深かったものの、幸い視力に影響を及ぼすものではなかった。咄嗟に目を瞑った結果だろう。しかし健軍に言い渡されたアルヌス駐屯地30周は取りやめとなる。翡翠宮で連日に渡って戦闘だった火威には有り難い知らせだ。

「と、言うことで、火威三尉は明後日に市ヶ谷に向かって下さい」

アルヌス駐屯地内の医療施設で看護士の女性自衛官からこの言葉を聞いた時、火威は我が耳を疑った。

翡翠宮で散々暴れ回った結果だが、それで外交官は護られたし薔薇騎士団の被害も最小限に抑えられた。

戦端を拓いたのはあくまでもオプリーチニキなので、今更火威に責任が問われるということも考え難い。

納得出来ずに上位の陸佐に聞くと、米国からの装備の譲渡だと言う。

「……あぁ」

それなら火威にも覚えがある。かつて、伊丹二尉と特地の三人娘が国会に参考人招致された時、和平講話の前段階の交渉で日本を訪れたピニャ・コ・ラーダ殿下らを拉致しようとした米国工作員を、魔法で作った空気の弾をぶっ飛ばした時だ。

実はその後日、皮肉の一つでも言ってやろうと勉強し直した英語を駆使して、大統領補佐官のSNSに嫌味の一つを投稿したところ、何を勘違いしたのか要求を聞いてきた。

折角だからこの厚意に甘え、アメリカ陸軍が採用し、イラク戦争で実戦証明済みのバレットM82のバリエーションを貰う事にした。

自衛隊でも同銃のバリエーションの一つであるM95を採用する予定があるという噂で、既に特殊作戦群辺りで使用してるのかも知れないが、旧式の装備ばかりの特地派遣隊の一隊員には使用が難しいであろうと思うので、対龍用に対物ライフルを譲渡してもらうことにした。

当方の身に何かあれば、周囲の誰かが情報を開示する……という脅し文句込みで。

ゲートの前の銀座詰め所に出ると、火威はスマートフォンを起動させる。開いたアプリは『装甲機動』というアプリだ。これで90日の拠点防衛の証明であるプラチナラベルの獲得を確認する。

位置情報を利用したこのゲームは、システム上、攻撃側が圧倒的な有利だ。だが防衛シンボルを、一般人が入れない詰め所前の74式戦車にしていたことで攻撃される事は無い。ネット上に吊し上げられる事があっても、長期防衛という「実績」にしか興味ない火威には、どうと言う事は無い。

イングレス? 知らない子ですねえ。

 

このアプリは以前に銀座に出た時、知らない間に自分のスマホに入っていた物だ。身に憶えのないアプリ等は消してしまうのが防犯の鉄則だが、火威の嗜好の型を図ったかのようなこのアプリは消すのに忍びない。なので消すのは保留しておいた。

ともかく、こうして白い家を強請る事に成功した火威は、然したる脅威も感じずに73式小型トラック、通称『ジープ』で市ヶ谷駐屯地に向かっていった。

応接室のような部屋で待っていると、スーツ姿の東洋人が入ってきた。駐屯地にこんな部屋があるのかと思った火威だが、アルヌスにも前に自分が居た秋田の駐屯地にも似たような部屋が有ったので、深くは考えない。

目の前に居るこの男は日系人か…とも思ったが、大陸の人間かも知れないし半島の人間かも知れない。普段ならある程度、日本人とそれ以外の東洋人は見分けがついたが、軍関係の人間となると、それが難しくなる。

しかしその男は「キム・ロスマン」と名乗ったから、日系人ではないことは判る。或は「キム・ロス・マン」なのかも知れないが。

一応火威も「服部・半蔵」と名乗っておいた。大統領補佐官のSNSにも同じ名で投稿したが、もし偽名と発覚したとしても、余り問題は無い筈だ。

M95が入ったハードケースを受け取ると、その後は特に飯に誘われる事も無いので帰りの車に乗り込む。

折角なので神田の業務用スーパーにも寄って、プロ級と自ら豪語するホットケーキの材料を買おうと思い立った。

その神田に行く途中、各所で視線を感じたが一個人に此処までするか?と言うのが火威の感想だ。それでも殺気のような物は感じないので、脅しが効いているのかと、特に対処する必要も無い。

ジープは明らかに自衛隊の物で、バンパーには白字で「特派」などと書いてある。ジープの駐車は近くの駐車場に停めるとして、手早く買い物を済ませるしかない。

火威は迷彩帽を取ると、徽章や階級章の付いた戦闘服を脱いで迷彩ズボンに黒Tシャツ一枚という出で立ちになった。そして迷彩帽とは別に用意した黒いキャップを被ると、その鍔を前に回して整える。

「これでどう見ても迷彩好きの民間人だな」

そして業務用スーパーの近くに停めたジープを降りると、手早く買い物を済ませるべく車両を降りた。今日は車で来ているので、かなり多くの材料が買える。

買い物してる最中、他の客が火威の顔をチラ見して避けるように離れていく。目の上に裂傷があるので、今しばらくはヤクザ顔のような強面なのは仕方ない。火威自身も覚悟はしていた。

ヨーグルトや卵など、特地でも手に入り易い物は最小限にして、ホットケーキ粉は向う側が見えないくらい、カートに乗せる事ができる。

ちょうど顔が隠れるくらいの量をカートに載せると、そいつは居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。ファンタジーモノのアダルトゲームに出るとほぼ間違いなく女性キャラを陵辱する汚れ役&やられ役として使われる。姿は醜悪かつ不潔で盗む・奪う・犯す・殺すなど負の部分が強く、ひどい時には「ぷぎー! ぶひー!」などまともな言語を話せず、形勢不利と知るや尻尾を巻いて逃走するか、改心や命乞いと見せかけて背後から騙し討ち(だがあっさり返り討ちに遭うぐらいの見え見えの小芝居)を仕掛ける程度の知性は持っている。

そんな感じの火威の見合い相手が居たのだ。

(アイエェー! オーク! ナンデッ ナンデー!?)

この辺りが生息域なのか、それともこの店が生息地なのか。

悪夢の再来に体温が2℃くらい下がる錯覚を感じた。いや、実際に下がったかも知れない。買い物途中だが、ホットケーキの箱で顔を隠してレジに急行する。

買い過ぎたのか、レジの時間が異様に長く感じる。レジが済むと買い物袋には入れず、カートのまま73式小型トラックへ持っていく。そして(卵とヨーグルトは除いて)カートを引っ繰り返すようにしてホットケーキ粉を荷台に詰め込んだ。

再び店には行きたくないので、店指定の駐車場にあるカート置き場にカートを置く。

すると、やけに野太い声が聞こえた。

その方向を見ると、オークが走って来る。意外にも結構速い。そして怖いッ。

「ヒオドシさぁ~~~~~ん」

「げぇ! なんか異常に速い!! 走るのもっ、気付かれるのもっ!?」

急いでジープに乗り込むと、法定速度ギリギリで銀座に急いだ。

「よ、よし! 逃げ切れたか!? もう今日はどんだけ腹が空いても牛丼屋行かねェーぞッ!」

とにかく日本の勝利である。

そんな大本営発表が聞こえた気がした。

 

  * *                        * *

 

「…………対象ブルーは領域を離脱した。繰り返す、対象ブルーは領域を離脱した」

キム・ロスマンこと、ドクカリム・レイは周囲に布陣した工作員達に通達する。

「しかし、驚いたな。北条政権時に我が国に移送したクリーチャーの取り残しが、普通に生活しているとは」

しかし目標である服部はクリーチャーから逃げているようだった。万が一、服部の身に何か有れば只でさえ低いディレル大統領の支持率が、これ以上ない程低下する事態になるだろう。

『対象ブルーは銀座に帰還したか。このまま済めば問題無いのだが……』

グスマンからの返答に、ドクカリムは胸を撫で下ろす。だがまだ終わりではない。目標である服部は未だ特地に帰還してないのだから。だがドクカリムは続けて驚愕とも言うべき悲報を続けなくてはならなかった。黒光りする高級外車が、服部の乗る高機動車を追うように走って行ったのだから。

「ど、どうなっているっ?」

ドクカリムは見た。その高級外車の後部座席に座って居るその人物。クリーチャーがカーテンを閉める姿を。

あのクリーチャーは人間と同じように……それも比較的上層の生活をしている様に見える。元は特地から出てきた怪異かも知れないが、今現在は日本国民のようだ。だが……。

「対象……ハットリはクリーチャーから逃げているように見える。このままでは終わらんか」

銀座のグスマンに服部の監視・警護を指示し、自らも銀座に向かう。米国工作員の彼らの戦いは、まだ始まってもいない事を彼らは知らない。

 

 

 * *                         * *

 

 

ハンドルを握る火威の表情は固い。それどころか、次第に眉間に皺を寄せ、片手で下腹部を押さえ、寒い日和だというのに汗を浮かべる。

「お、お腹痛い……」

オークに遭遇して体温が下がったのは錯覚ではなく、実際に下がったようだ。銀座の門までは近いが、下腹部のプレッシャーが時間が進むに連れ強くなっていく。アルヌス駐屯地のトイレまでは、とても持ちそうに無い。

ぐっ、ぎぎぎぎ……そう呻きながら駐車場を探す。今日は大型では無い73式小型トラックで来ているので、和光提携の駐車場なら何処へでも駐車可能な筈だ。

その予想は目論見通りで直ぐに駐車場を見つける事が出来た。

しかし一番近い駐車場でも、銀座和光までは100m近く離れている。だが背に腹は代えられぬ。こんな都心中の都心で路上駐車したとあっては、切符切られる事は目に見えている。

それに駐車して降りた直後に警察官から呼び止められれば、確実にトイレまで持たなくなる。

慎重に、素早くッ。

斯くして火威は目的のトイレまで急行出来た。その間、何のイレギュラーも無い。個室のトイレに腰を下ろし、火威は完全なる勝利を確信した。特地に勤務する以前より久しく味わってなかった満ち足りた気分である。正に、

日本の勝利である。

なのであった。

 

「ふう、スッキリしたぜ」

手拭いを衣嚢にしまいながら視線を帰り路に向けると、そいつはまた居た。

人間よりも肉厚で体格が良く、緑色で残忍。ファンタジーモノのアダルトゲームに出るとほぼ間違いなく女性キャラを陵辱する汚れ役&やられ役として使われる。姿は醜悪かつ不潔で盗む・奪う・犯す・殺すなど負の部分が強く、ひどい時には「ぷぎー! ぶひー!」などまともな言語を話せず、形勢不利と知るや尻尾を巻いて逃走するか、改心や命乞いと見せかけて背後から騙し討ち(だがあっさり返り討ちに遭うぐらいの見え見えの小芝居)を仕掛ける程度の知性は持っている。

そんな感じの火威の見合い相手が居たのだ。

「―――――――――っ!!!」

声も出ないまま、気が付いたら先程まで居たトイレに戻っていた。

(バカなっ。何で! ナンデー!?)

オークに追尾できるような手段があるとも考えられない。以前に使った高機動車に発信機が付けられてる可能性も考え、今回は別の車で来た。ならば考えられるのは、ただ一つ。

スマートフォンを取り出した火威は、容疑者と思しきアプリを確認する。火威のスマートフォンを弄れるのは、かつて自身を誘拐したオーク以外に考えられない。オークが新橋のラブホで、火威の意識が喪失してる最中に操作したとしか思えないのだ。

『装甲機動』製作した会社は『奥商会』というあからさまな会社だった。

「ザッケンナコラー! ナンオラー!」

気合いと共に発した魔法の言葉で当アプリを電子の塵芥へと忘却する。そして湧き出た喪失感と自身の膝を抱え、意外に広いトイレの個室内で助かる術を考えた。

位置情報アプリを消した事で、オークには火威の正確な位置を特定することは不可能になった。それ以外で、自身がオークに対して有利な点を考える。

まず体力だ。今では錘付きでアルヌス駐屯地を全力ダッシュで二周可能な事から、相当付けられたと考えられる。

次に筋力である。以前はオークに引きずられ、抵抗虚しく簡単に新橋のラブホに監禁されてしまったが、今では100kgのバーベルでも持ち上げる事が可能である。

しかし、オークの地力を計ることが出来る物差しはないので、これはアテに出来ない。

最後に魔法だ。前回は乱れる精神で作った空気の玉は、オークには丸で効果がなかった。だが今では精霊魔法まで使える。風の精霊や火の精霊、そして光の精霊を呼び出す事が……。

ハっとした。光の精霊魔法で姿を消し、堂々とオークの前を通ってジープまで逃げられる事に気付いたのだ。芸は身を助ける、とは良く言ったものだと、火威は詠唱を始めた。

 

 

…………

………………………

…………………………………………………………………………………

 

 

ガッツが足りない!

火威の精神力は度重なるオークとの遭遇で、かなり削られていたのだろう。判り易く(?)説明すると、発狂寸前までSAN値が低下していたのである。

「こ、ここまでか……」

銀座和光の意外に広いトイレの個室の中、火威は便座に腰を下ろして頭垂れていた。

 

 

   *  *                       *  *

 

 

73式小型トラックと黒塗りの高級外車が走っていった銀座の道路。停車しているワゴン車の中、グスマン・ヒムレイは状況をドクカリムに伝える。

「あと少しでゲートだってのに、あのハットリとかいうヤツ。わざとやってんじゃないのか!? クリーチャーが来たらどうする! いっそ排除して良いか!?」

『まて!まてまてまて! ハコネでCIAチームが全滅したことを忘れたか! あのクリーチャーもどんな能力を持っているか判らんぞ!』

同僚から釘を刺されたグスマンが見たのは、銀座和光の前に停車した黒塗りの高級外車と、そこから降りたクリーチャーがスマートフォンを確認する姿だった。

「ク、クリーチャー、来たぞ」

グスマンが写真などを見せられもせずにクリーチャーと断言できたのは、対象がクリーチャーとしか言いようがなかったからである。確かに人間相応の姿なのだが、クリーチャーなのである。

『グ、グスマン。追跡頼む。これも合衆国の為だ』

合衆国の為と言うか、完全にディレルの為だろう。そこまでして守る価値があるのか、あの大統領に。

と、よっぽど言おうかとも思ったが、特地の要人を拉致しようとしたことが明らかにされると合衆国が多くの国々から非難されるので、言われた通りに黙って追跡するしか無い。

銀座和光に入ると、店内をうろつくクリーチャーが目に入った。ハットリを探しているのは明らかだ。それが、スマートフォンに目をやると盛大に舌打ちした。

「ひっ」

その様子が余りにも人間離れしていたので、グスマンは戦慄した。例えるなら悪魔のくしゃみだ。だが対象の姿が如何に恐ろしくても追跡しなければならないのだから、辛いったらありゃしない。

 

 

  *  *                           *  *

 

 

便座に腰を下ろし、頭を垂れていた火威は次第に落ち着きを取り戻しつつあった。

だが灯りが消えた瞬間、彼は些か狼狽する。しかし直ぐに人感センサーに反応して灯りが点く事が予想できると、その動揺も消えていった。

さて、どうするか……。

待っているワケではないが、待てど暮らせどオークがトイレまで追ってくる事は無さそうだ。そもそも男子トイレなんだから、一応、女のハズのオークが来るのは常識的に考えてあり得ないハズ。

よし、この隙に逃げよう…と、かなり相手を甘く見ていた火威が立とうとすると、トイレの電灯が点いた。火威が立つ前である。

些か動揺したが、落ち着いていた火威はそのまま様子を窺う事にした。

聞こえてくるのは遠くのトイレの個室のドアを開ける音と、閉める音。そして次の瞬間、火威は耳を疑った。いや、予想はしていたが、心の大部分で否定したがっていたのだろう。別のトイレの扉を開ける音がしたのだ。

これは、明らかにトイレの中を見分しているポーズッ。

恐れていた時が遂に来たのだ。どうやって逃げるかを、早急に考えなければならない。このままオークに身を任す事も出来るが、その場合は廃人になってしまう可能性が高い。

ならば、やはり逃げるしかない。個室の上部を見ると、他の百貨店のトイレ同様に空いている。便座を足場にして、オークが火威のトイレに侵入した瞬間に上部から逃げ出すのだ。意外に瞬発力のある日本のオークだが、助かる為にはこの方法しかない。

そう思った瞬間、鍵が掛かっている個室の扉をこじ開けようとする音が鳴った。引き戸だが、押しても開けようとしている。いや、大きな力で前後に揺さぶり、鍵を壊そうとしているのだ。

その事に気付いた火威は、怖ろしさの余りに腰が砕けた。トイレの上部から逃げようとしても、足に力が入らない。

「な、なんでっ……なんっ……! もうダメぽ……!」

最早、涙目で世を呪うかのような言葉を呻いたが、声にはならない。そして遂に個室の鍵が白旗を揚げ、吹き飛ばされると、オークは扉を押し倒すようにして入ってきた。

や、殺られる……! 悲鳴を上げようにも言葉が出ない。その火威の見るオークの顔は、言うなれば藤田和日郎の漫画に出てくるような猿系の化け物の顔で、それが口角を吊上げていたのだ。

それは、恐らく目的を成し遂げて笑っていたのだろう。だがその顔が火威の顔を確認すると次第に引き攣り、絶叫を挙げ始めたのだ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

それは正に魂消るような叫び声だった。魂が消えると書いて「魂消る」である。しかし火威にとっては、死の淵に追いやられた精神を呼び戻す効果を持っていた。

多分マイナス足すマイナスが+になるのと同じ理屈である。きっと。

叫びてぇのはこっちだよ、と、火威は思う。しかしその叫び声を聞きつけたのか、どう見ても銀座和光の客であろう外国人の男がトイレの中に走ってきたのだ。

「こ、こいつ変態です!」

叫び過ぎて失神寸前のオークを外国人の男に押し付け、さっさとジープまで遁走する。

ゲートを越えて、アルヌスに到着した火威が感じたものは、実家に帰ったような安心感どころか、冥界から現世に戻ってきたような晴れ晴れとしたものだった。

 

 

 *  *                        *  *

 

 

その日、火威が所属する401中隊と旧第六偵察隊はゾルザル軍の襲撃を受けた村周辺の掃討任務に就いていた。敵性勢力の中には、乙種害獣の「黒妖犬」等の怪異も多く確認できる。

黒妖犬は虎程の大きさの肉食性生物で、こうした怪異は帝国の怪異使いと言えど、そう離れた地点からは使役出来ない。

なので、ゾルザル軍の大本とは行かないが、程々に大きめの部隊を掃討する事が可能なのだ。

こうした情報はイタリカのフォルマル邸で習った火威や、深部情報偵察隊が特地の村や町などで見知った事柄、または避難民の中に居る賢者の師弟……カトー・エル・アルテスタンやレレイ・ラ・レレーナの話から明らかになっている。

 

最近では、ゾルザル軍は市井の民や商人を偽装して自衛隊が油断を誘い、襲ってくる。

このようなテロリスト如き便衣兵の存在をゴキブリ同然に考える火威は、たとえ相手が市井の民の姿格好をしていようと、フォルマル家発行の通行書の末尾に記載されたバーコードで偽物と判り、やぶれかぶれになって武器を向けてくる相手は問答無用で殴り殺している。

また、近頃ではゾルザル軍は緑や深緑の斑模様の衣を着て村を襲っているという話もある。

自衛隊の戦闘服とは似ても似つかない模様だが、情報として人々の間を飛び交う際には単に「緑の斑模様の服」を着た者となるので、これが一層ゾルザル軍とその兵への殺意へと変換されるのである。

この日も、火威によって頭部を潰された黒妖犬の大群と、八つ裂きにされた複数人のゾルザル軍兵を見る事になった相沢は「鬼ですね。火威さん。正に鬼の半蔵」と、戦国時代に存在した忍の名と、火威の名前を併せた二つ名を彼に付けたのだった。

 

 

トイレのドアを破って個室に入ってきたオークは、俺の顔を見て奇声を上げたから逃げ出す事が出来た。

帝国兵の剣撃を受けて絶賛ヤクザ顔中だったから助かった。そんな事を思い返しつつ、チヌークから叩き落としてやった彼の帝国兵の魂が、戦死者としてエムロイの御許に召された事を祈る。

そのアルヌス駐屯地に帰還した火威を呼び留めたのは、彼の高校の後輩で、今は同格の出蔵三尉だった。

「ちょっ、大変っすよ。先輩!」

「どうしたんだよ、その慌てようは。オークが分裂して入ってきたか?」

「いや違うんですけど、近いっす」

そう言って出蔵が火威に見せたスマートフォンのニュースサイトには、次のような見出しが書かれていた。

奥商会令嬢、遂に結婚 貰い手のモノ好きは米軍施設職員の外国人

 

その見出しの下には、あの藤田和日郎の漫画に出てくるような猿系の化け物の顔の笑顔のオークと、銀座和光のトイレに駆け付けた外国人が死んだ魚の目のようなまま写真に写っていた。

「こ、こうして悲しみが広がって……」

後は言葉にならない。嗚咽を隠しつつ、目を背けようとする火威を出蔵が制する。

「いや肝心なのは写真の後ろの方ですから!」

悲しみを乗り越え、再びスマートフォンを見せられた火威は目を張った。

オークの二人後ろの人物、それがオークと同じ顔をしている。写真の下に小さい字で写真内の人物の名を紹介しているが、決してオークの親ではない事が判る。

「妹か…………」

出蔵は何も言わない。火威に黙礼を奉げるだけだ。

「…………こいつにまで追われる事は無いだろ。それって自意識過剰過ぎだろ」

何も言わないまま出蔵は遠くの山を見ていた。遠くの山は雪を被っていた。

「自意識、過剰過ぎンだよ! 過剰だって言ってくれよ出蔵!!」

結局、出蔵は何も言わないまま日は暮れていった。そして鬼の目にも涙が流れたという。




DVDの4巻ですが、初回特典の湯煙温泉編が妙にエロいですね。
うん、予想してた。(´◉◞౪◟◉)

十六話は今年中に投稿出来れば良いなぁ…と思いますが、正直どうなるか分かりません。
早いところ戦争を終えたいモンです。

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