ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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ドーモ、庵パンです。やっと最終話です。
最終話でこんなサブタイですが、他に適当なサブタイは無かったです。
んで、思いっきり長くなってしまいました。


最終話 毛よさらば

オロビエンコ攻略に当たる影戦部隊のハリョらの戦いは、実に難しい状況から開始された。

魔導と剣術を使う竜甲鎧の敵は、ヒト種で恐らく異世界から来たジエイカンだ。翡翠宮での戦いの様を聞いたところでは、それが、どういうワケだかジエイタイの武器を使わずに自分たちと同じ剣や、ファルマートの魔導士が使うような魔法を使う上に、射かけた矢を掴んで投げ返してくる始末。

ゾルザル派帝国軍では、先ずはその力の分析から始まった。

法理も展開せず、早々と虚理から原理に作用させる魔法を使うには触媒を用いるしかない。

重要視していないとは言え、ゾルザル派にも少数ではあるが魔導を使える者は居る。

それらによると、肉体の一部分を触媒にすることは、一般的ではないが可能だと言う。中でも肉体の重要な部分……それも、使用者が重要視すればするほど魔法の効力も上がっていく。

ファルマートの長い歴史上、身体の重要な臓器を贄にして多くの敵を屠りつつ、轟死した魔導士も居る。中には禁忌とされる反魂呪文で生ける屍となった者も居たが、そのような者は全て使徒に首を落とされている。

ともかく、ここまでの情報を踏まえても、竜甲鎧の攻略の方法は中々定まらない。

しかし1つの情報が攻略の糸口となった。

この男は目立った触媒を持っていない。それでも翡翠宮の戦いで生き残った将兵の証言によると、魔法を使って跳梁していたのは、髪の毛の奪い男だったと言う。

そして、よくよく観察して見ると、そこまで年嵩の男ではない。多く見積もっても精々四十歳以下、いや、三十代という事は大いに考えられる。二十代は……流石にちょっとキツいんじゃないかなぁ……。

とはいえ、そんな歳でここまで薄いのは、敵ながら同情の余地がある。余地はあるが、付けいってみる隙でもある。

最近の目撃情報では兜と覆面をしているから、先ずは何組も決死隊を作って其処から排除しなければならない。

本来なら高圧のサイフォンのような兵器を作り、何人もの兵で実践する予定だったが、ヤツはよりにもよって戦争の雌雄を決するイタリカの場に現れた。

ならば、ハリョの影戦部隊に託すしかない。

 

*  *                            *  *

 

 

火威半蔵が生まれ育ったのは、無名ながらも古代からの史跡が遺り、東京に在りながらも狸は勿論、夏場には蛍や蝮が出る弩が着く田舎町だ。

今でこそ彼自身はガチ保守の立場で「ド真ん中」を標榜するが、業腹にも生まれ育った町は長らく共産党が牛耳り、発展が遅れていたせいか、彼は幼少期から古代人の気配を感じながら育ってきたのである。

二十歳を過ぎてから、そういった「感」が鈍くなってきた事を自覚していた彼だが、特地に来て「魔法」という物を目にした時から、自身の食指が即座に反応し、元々ある程度(低いレベルで)は多才だった彼は、瞬く間に魔法を憶えてしまった。

だが、以前から自身の器用貧乏を自覚していた彼には、何故、異様に自身が使う魔法の威力が高いのかがサッパリ理解できてない。

丹田に貯める気合いが多過ぎるのかと、魔法を使う度に薄くなっていくその頭で考えていたのである。

しかも、悪いことに彼は幼少から刀剣類を使う武道を学んでいた(*1話参照)。その師範の教えは千技一刀……千回の稽古の中の一回にこそ実戦で使える技があるという考えである。従ってその反動は、言わずもがな。

 

「オラァ!」

火威の鉄拳が刺客をオロビエンコの壁に叩き付ける。

大理石の壁が凹み、刺客が苦悶の喘と共に命を吐き出してしまう力なれど、無言で戦えない程に火威も追い詰められつつあった。

今や竜甲の兜は破壊され、鹵獲した大剣も刃が潰れて斬れなくなった一本しかない。

襲撃してくる敵から十本以上のバスタードソードを奪うが、これの切れ味も直ぐに悪くなる。その上、兜が破壊されてから敵は武器らしい武器も持たずに攻めてくる。

闘う気があるのかと一瞬戸惑った火威だが、突然、火を吹いてきた。突然の大道芸めいた出来事に、赤いマフラーがかなり焦げてしまった。

そのハリョを肩から斬りおろし、死体を調べると歯に燧石(すいせき)が仕込まれている。これで切り火を起こし、口に含んでいた可燃性の液体に引火させたのだろう。

ホント、なりふり構わねぇ……。そう思ったところで火威は漸く一息吐けた。

大きく呼吸してから、壁を背に体重を預ける。少しの間でも体力を回復させる必要がある。そしてここに来て、火威は銃剣という物を持ってる事に気が付いた。

急いでスリングを取ると64式小銃に着剣する。グランスティードのように一度に複数人の敵を薙ぎ払うことは出来ないが、敵の刺客は一度に何人も相手になるということは無いのだ。

これまで侵入してきて潰されたハリョは数知れない。

イタリカの兵や戦闘メイドには他の場所の衛りを固めさせ、相対的に守りを薄く見せたオロビエンコには、当然、敵は殺到する。

魔法式の罠で敵を爆殺し、切り刻み、押し潰す。

広間の壁に出来た赤黒い染みから手が生えていているのは、それがつき先程まで人の型をしていた事を示していた。

戦闘メイドのマミーナが救援に来た時、火威は慌てた。床に仕掛けた罠は自分でも何処にどれだけ仕掛けたか見当も付かないからだ。

だからマミーナには、オロビエンコに入ってくるのは「刺客の全滅を確認してから」か「オロビエンコが崩壊してから」と言ってある。

仕掛けた罠が一度に発動したら広間は崩壊するだろうし、皇帝の寝所に行かれないように一点を発動させると全ての罠が発動する部分がある。

だが、数多く設置した罠の大部分を敵の刺客が踏んで発動させている。もし敵の全滅が確認されても自分が仕掛けた罠の解除に困る事なく、一点に魔法を使うだけで済むだろう。

そうしたところで新たに四人の気配を感じた。

見れば、剣を握っているのは前列にいる二人だけ。火威は即座に波動砲で斃そうと腕を掲げたが、相手も素早かった。

作った光輪が攻撃性の力を放って剣を持った一人を両断するが、二人が飛び掛かってくる。

銃剣で剣を持つ一人の頚部を突き刺し、そのまま床を転げて残りの一人にも対応しようとした、しかし……。

「ッ!」

頚部をさされた一人が銃剣を掴み、抜かせようとしない。火威は一人の刺客を突き刺したままの銃剣を乱暴に振って、もう一人を薙ぎ倒そうとする。

だが明らかにハリョの方が速い。刺客の噴いた炎を火威の頭部を巻き込んだ。

「ぅ熱っちコンナロォ !!」

燃え上がる毛に焦りつつ、咄嗟に繰り出した右フック(マジ殴り)で火を噴いたハリョを粉砕する。

ハリョの吐いた炎で火威の頭の毛はしめやかに爆発飛散。その素肌はツルツルであった。ナムアミダブツ!

 

床を転げ回って漸く鎮火した火威に向かい、最後の一人の刺客が短弓を掲げる。それに反応した火威も即座に腕を上げ、光輪を作ろうとした。

「ゲッスッス、バカな男よ。触媒も法理もなく魔導を使おうとは」

変わった笑い方をするその刺客に、火威は見覚えがある。フォルマル邸に来る途中に荷車で轢いた変な色の豚にそっくりだ。こちらも変な色だが、黄土色でより豚っぽい。

それはそうと、その男の言う通りに光輪は展開されない。はて、これは……と思うものの、火威にとっては特に問題でもなかった。

「バカハドッチダー !」

慈悲深き亜神でさえも目を背けるほどの口汚い罵声を浴びせかけると、雷撃が豚男を貫く。

「バ、バカな……」

焼豚にされたハリョっぽい男が斃れる。死に際に放たれた矢は、伸ばしていた方の手でしっかり掴み、そのまま圧し折った。

何故だか魔法は使えなくなったが、精霊を召喚し使役する事に関しては問題無いようだ。

体力徽章を持つ火威だが、MPの方は未知数だと火威自身は考えている。

とはいえ、特地に来て以来、肉体的にも精神的にも鍛えられた筈だ。何より、日本に帰る度に遭遇するオークとの戦闘経験は大きいし、前回二回とも逃げ切れたのは大きな自信として経験値を稼げたのだから、かなりのレベルUPが見込める筈なのだが……。

そして今までで最大の難関を越えたところで、精神的余裕が出来た。ゴボウ剣の素養が全然無かったのは若干ショックだったが、もう少し戦えそうではある。火威は64式小銃を破棄すると斬れなくなったグランスティードを手に取った。

今し方、バカバカ言い合ってちょっぴり嫌な気持ちになった火威は、オロビエンコの入り口に二人の影が見た。

その内の一人は男で、一人は剣を持った女だった。

女の方はフォルマル邸の年代記で見知ったジヴォージョニーという種族だ。

男の方は一見すると初老のヒトに思えるが、よく見ると様々な種の混血にも見える。そしてこれもまた見覚えがある顔だった。

問題は女の方だ。体毛が濃いせいで衣服に対する関心が薄いのか、何かと見えてしまっている。もしも別の場所で会えば、ひと昔前の火威なら遠慮なく声を掛けて言い寄ったかも知れない。

だが露骨なエロはエロに非ず、と考えるのが今の火威である。もし、そういった者に言い寄られれば意識してしまうかも知れないが、今の状況では敵の可能性が大いに高い。

その二人が火威に気付くと、何故だか驚愕して狼狽えた。衛りが居ることは判っていただろうに、他人の顔を見るなり狼狽えるとは実に無礼なヤツらだ、と思いながら火威は誰何する。

「何者だ !」

二人は何やら相談ぶっていたが、火威の前に立つと初老の男が口を開く。

「我らはハリョの戦士。此度は皇帝陛下に要件ありて参上申し上げた次第」

既に知ってる事を今更言われても仕方ないが、これで敵である事は確認できた。しかし初老の男の顔に見覚えのある火威の動きは、明らかに緩慢になっていた。

「うむ、じゃあ敵か」

伊丹二尉から聞いた話では、ジヴォージョニーの素早さは警戒すべき点だが、ハリョの方は個体差がある。目の前のハリョの男は初老のようだが、外見で敵の力を測るのは良くない。

火威は敵に大剣を向けるが、それと刺し違えのように手袋が火威の顔面に叩き付けられた。

「ぅぶっ、なんだこりゃ……。今更決闘の申し入れか?」

言いながら、妙に埃っぽい手袋を見下ろす。

「いいえ。力ずくで陛下の寝室に押し入ろうとしながら堂々たる決闘などどうして行いましょう。我らはハリョ。あくまでも卑怯に。かつ効果的に戦います」

すると、火威は脂汗を流し始めた。そればかりか目まいを感じ、大剣を床に衝き刺して杖代わりにし始める。

「早くも薬が効いてきたようですな」

「なん……だと………?」

ハリョはもう片方の手袋を脱ぐと、軽く払った。すると、白い埃が舞い上がる。

「これは埃ではありません。特殊な薬物です。これを相手に相手に吸わせますと大抵の方は頭の働きが鈍ります。配合を変えますと幻覚を見たり、身体が痺れて動けなくなったりもいたします」

ハリョは麦に生えたカビを用いて作ったと説明した。

そうしている内にも片膝を折って地に手を突いてしまう。

視界は廻り、今にも手足を投げ出して気を失いそうだ。

この時になって火威は漸くハリョの男の顔を何処で見たのか思い出していた。

以前、フォルマル邸の執事だったバーソロミューの記憶をメデュサのアウレアが覗き、その情報に従って描いた行商人の顔だったのだ。

判ったところで火威にはどうしようも無い。遂には両手を突き、意識を保っているだけでも精一杯になる。

ハリョの男はそれを一瞥すると、ジヴォージョニーに指示を出した。

モルトの寝所までにはイタリカの兵士や戦場から引き上げさせた亜人兵、更には二人の薔薇騎士団の騎士が居るから護れるだろう。

だが火威自身は凄く拙い。戦死するつもりなど無いから、ジゼル猊下への少々多めの賽銭で、夫婦共に(或は自分と誰か一人の)天国行きを予約しているのだ。

その妻としたい人物……栗林志乃の姿が脳裏を過ぎった時、古から日本人に伝わるパワーの出るコトダマが己が魂に浮かんだ。いや、むしろ早速幻覚を見ているのかも知れない。

「ッフンヌォォッ!」

地に伏し掛けている男の呻き声に、刺客の二人は一様に浮足立つ。

しかし、彼らの反応は遅過ぎた。

「Wasshoi!」

激高するかのような喚声と共に、大剣がハリョの男を腹を薙ぎ払う。そして文字通り、叩き斬ってしまった。

最後の力を使い果たした火威はそのまま大剣を手放し、手足を投げだして仰向けにひっくり返る。

「…………………………………………スヤァ」

竜甲鎧の男の寝息は、まだ健在でいることの証。ジヴォージョニーは一瞬だけ迷った。止めを刺しに行くか、無視して先へ進むか。

無論、無視して先に進んだ方が良いに決まっている。触らぬ神に祟り無し。冗談じゃない、とばかりに皇帝の寝所に向かう道に向かい、オロビエンコ側のドアノブを回す。

その瞬間、目の前のドアが爆発し、広間の数ヵ所でも爆発が起こる。言うまでもなく、ジヴォージョニーの女は爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

フォルマル領上空を乱舞する鉄のトンボから、次々と敵が降りてくる。

ゾルザル派三将軍の一人、ヘルム・フレ・マイオは自分の陣営に戻ると、兵を叱咤して退却の準備を進めさせた。

「すぐに退却するぞ。パドバカーレーまで下がって態勢を整えよう」

「ヘルム! もうやめよう。勝敗は付いた」

沈鬱な表情でヘルムを諫めるのは三将軍の一人のカラスタだ。もう一人のミュドラ将軍は、戦いが始まって早々、起きた竜巻に巻き込まれ、行方不明になってしまっている。

ヘルムの言う事も無理もないことで、フォルマル領まで出兵してきた一万の兵が失われてもゾルザル派の全軍から見ても一部でしかない。とはいえ、大きな痛手ではある。軍の再編にも暫く時間が掛かるだろう。

「そうだ! ゾルザル殿下はご無事か? ご無事に退かれたか?」

ヘルムは問うが、これに答えられる者は一人とていなかった。陣営に居た兵は全て姿を消し、本陣からの幕僚や伝令は来なくなっている。

ゾルザルが本陣より後方に退避している事を知っているヘルムは、伝令が無いことに一抹の不安を持つ。

ジエイタイに投下された炎が次第に消え、煙からは隊伍を揃えた軍靴の音が聞こえてくる。

味方かと思い、心を励まされたヘルムだったが、煙の向うから現れたのは亜人部隊の兵隊だった。その後ろには、紅い薔薇の軍旗が続いている。

ヘルムは剣を抜いて威嚇するが、完全に取り囲まれる。剣を振るい、盾を蹴ったが、あっという間に取り囲まれて剣を取り上げられ、ドワーフ兵の盾で殴られた瞬間、彼の視界は暗転していった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「なにこれ……」

テュ―レが思ったのは、一言で言えばそういう事だ。

フルタと共にゾルザル派の軍列を逃げた彼女は、ゾルザル周辺から伝わった偽の情報に惑わされたデリラのナイフに傷付けられ、その部族の恨みが篭ったナイフを隠し持ってゾルザル派の軍列に戻っていた。

フルタに付いていけば自分の幸せは確実。あの男の開く店が成功することは間違い無い。

あの場を仕切るフルタの上役らしき男に目配りし、それを誤解なく受け取った男は空飛ぶ鉄の箱舟の御者に指示し、飛び立たせる。

閉まっていく鉄の扉の合間から聞こえるフルタの声で、テュ―レは初めて幸せを感じた。

 

ダメだ! テュ―レを置いて行くな!

 

そのフルタの声は、彼女が初めて誰かから想われているという事実を知らしめるには充分だった。

自分にも幸せになれる選択肢がある。それが分かっただけで、彼女は満足してしまった。

フルタに付いてニホンに行けば幸せになるのは間違いない。ならば、もう一つのエンディングも確かめなくてはならない。

そう思って部族の恨みが篭ったナイフを持ち、ゾルザルの軍列に戻ったのである。

ところが戻った軍列はテューレが予想もしない状況に陥っていた。

テューレとフルタを逃がした百人隊長のボルホスはテューレを見て「何しに戻ってきた?」と問い掛けたものの、返答を聞いていられる事態でもないらしく、兵を纏めてさっさと何処に行ってしまった。

事情を知ってそうな指揮官級の兵士に聞くと、空飛ぶ荷車が襲撃してきてアブサンが戦死。ボウロとかいうハリョが撥ねられた途端に消し飛び、更には敵の本隊が帰還してきてゾルザル派の帝国兵らは烏合の衆と化したのだと言う。

中でも一番驚いたのは、ゾルザル派の指揮官の中で真っ先に戦死したのがゾルザル殿下本人だと言うことだ。

いや、意図してない形で荷車がぶつかって来たのだから、戦死かどうかも怪しい。

ゾルザルは先程まで生きていたが、テューレが来てる途中に息を引き取ったと言う。

 

陽が欠けていくフォルマル領の森の中、一人残されたテューレは後悔もする。

あのままフルタに付いていけば確実に幸福になれただろう。

だが、今までに自身が成した罪の事を思えば、幸せの中でその罪の意識に(さいな)まれたかも知れない。

それとは違うもう一つのエンディングは、何とも味気の無い終わり方だが、これはこれで仕方ないのかも知れない。

そう考えると、自分がやろうと思っていた復讐の全てが終わり、意味もなく涙が出た。

それも、陽が落ちて、空の彼方に星が見えた頃には止まった。

ちょうどその時、テューレに女の声が掛けられる。

「御主、こんな所で何をしておる?」

振り返ると、笹穂耳のニカブを纏った女と、その従者らしき男が立っている。

この時がテューレの新しい生き方が決まった瞬間だった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

あらかたゾルザル派の軍勢を掃討し、イタリカ周辺を制圧した健軍一佐率いる第四戦闘団はフォルマル邸内部の敵集団の掃討する任務に当たっていた。

健軍がフォルマル邸を守る兵士から聞いた話では、イタリカで戦闘が開始された当初はハリョの影戦部隊に苦戦してたそうだが、ゾルザル派帝国軍の一画を見たことも聞いたことも無い精霊魔法で抉った自衛官をピニャ殿下が呼び戻してから、流れが大きく変わったという。

精霊魔法を使える自衛官など一人しか居ないので、その自衛官の名は敢えて聞かない。

途中、倉田三曹が絶体絶命のペルシアを救出する際、ハリョと戦闘する事もあったが、それも交戦と呼べるものではなく、至極簡単に済んでいる。

健軍は一番激しい戦闘が行われ、皇帝の寝所に繋がるという足を踏み入れて唖然とした。

壁という壁。床という床に血糊が飛び散り、ハリョの遺骸が散乱しているのだ。

部屋の隅ではフォルマル邸の私兵や戦闘メイドの遺体が整然と瞑葬されているのだから、二の句が出ない。

その広間の中央に、仰向けで倒れている男が居る。

それは部下であり、見知った男なのだが、その顔を見て健軍は若干であるがたじろいだ。

しかし直ぐに立ち直って言い放つ。

「本当に何処でも良く寝れる奴だな!!」

寝息を起ててスヤスヤ眠る火威の頭部には、髪の毛どころか毛という毛が消え去っていたのだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

アルヌスの門が存在し、ドームの天井があった場所に現れた黒い太陽。その周辺を囲む六芒星は、駐屯地の防御陣形の鏡像だった。

緻密に設計されて建てられた防壁は強力な魔法陣として働き、巨大な蟲獣を深淵から次々と招き入れていた。

「クッソ! この!」

出蔵を始め、栗林ら自衛官が並べて銃火を放つ。もはや狙わなくても撃てば当たるという状況だ。相手は大きいし、数も多い。

だが引っ切り無しに相手側の戦力は補充され続ける。傷付き、倒れた隊員や傭兵は後を絶たなかった。

負傷者を残さずにドームの外まで引きずって退避すると、蟲獣は鋭い尖脚をドームの壁に突き刺し、削岩機のように砕き、穴を空けようとする。

一点の穴が空くと、たちまち蟲獣が纏わり付いて穴を拡げようとするが、その穴に目掛けて隊員の銃火や傭兵の火矢が射かけられた。

ドームの内部で深淵から這い出て来る蟲獣を撃ってた時と違い、狙うのは一点のみだから先程よりは楽ではある。

だがそれも長くは続かない。蟲獣の大群はドーム内に溢れ、内側からの幾つもの場所に尖脚を突き刺し、脆くしていた。

すぐに複数の穴が空き、その穴から羽を持った甲蟲が溢れ出してくる。

栗林は以前に鹵獲した銃の引き金を引きっぱなしにして小型の蟲獣を薙ぎ払うが、ドームを砕いて出てきたカマキリ型の大型蟲獣にはP90の小口径は通じなかった。

ボディーアーマーをも貫通する弾丸も通じない相手に、さしもの栗林もたじろぐ。

そこに躍り出たのはロゥリィだ。彼女は身体を捻って蟲獣の追撃を躱すと、その回転もそのままに、飛び掛かってきたカマキリ型蟲獣の鎌とハルバードとがかち合う。

金属同士がぶつかる鈍い音と共に絶ち切れたのは鎌の方だ。

殊勲の一刀とも言える一撃に、その姿を見ていた者はロゥリィの勝利を確信した。

しかし、弾丸に似た勢いで飛んできた羽蟲がロゥリィを掠める。

紙一重でかわしたものの、その一撃は彼女にダメージを残す。

「左腕が!? ふんっ。いいわぁ」

亜神とは言え、受けたダメージは直ぐには回復しない。

ロゥリィは右腕一本の戦術に頭を切り替えた。

「さあ! 来なさ……いっ?」

新た現れたロゥリィ達の敵の黒い蟲獣は、台所でうごめく主婦の敵によく似た外観をしていた。

「い、いやーーーー!」

生理的嫌悪感から鳥肌が立ち、栗林と抱き合って震える。

三人娘の中で最も家事能力の高いテュカや、アリメルとティトが火矢を放って油分の高い黒い蟲獣を射抜き、燃え上がらせた。

テュカ達の奮戦を見れば、ロゥリィも負けてはいられない。ロゥリィはハルバードを拾うと「えい」と黒い蟲獣に振り下ろす。

案の定、嫌な音が鳴ったと思うとハルバードの刃は嫌な色に染まっていた。

 

亜人の傭兵や三人娘が奮戦している傍らで、栗林や出蔵といった自衛官も引き続き蟲獣の掃討に当たる。というより、少しでも手を止めると自分や仲間に被害が出てしまうのだ。

巨大な蟲は倒しても屍の山を築くものの、絶えずドームの穴から溢れだしてくる。

遂には、脆くなったドームの天井を突き破って巨象サイズのカメムシに似た蟲獣が出ようとしている。そして、その脇からどんどん外へ出ていく蟲獣を見てロゥリィは叫んだ。

「いけなぁい!」

慌てた彼女はドームの壁に走るが、突如として血を吐いて地に膝を突いてしまう。

ロゥリィの眷属である伊丹が、強力な魔法陣として機能してしまっている駐屯地の防衛陣地の爆破をする最中に世紀末めいた怪物から痛撃を受けてしまったのだ。

「くっ! 誰か防いで!」

だが彼女の声に応えられる者は居ない。誰もが自分の身を守るので精一杯なのだ。その中で逸早く周囲の蟲を掃滅した栗林がドームの屋根より大きな蟲獣にPDWを向ける。

しかし使い続けたP90の弾丸は尽きて、弾倉も今は無い。栗林は予備に携行する64式小銃で巨大な蟲獣を撃つ。そこに駆除し残したのか、新たに深淵から這い出てきたのかG型(人型機動兵器では無い)蟲獣が姿を現した。のみならず、コンクリート製の自衛隊施設の垂直の壁を這う百足型の蟲獣すらいる。

栗林はトンでもない生理的嫌悪感を抑えながらカメムシのような蟲獣を撃つが、G型や百足型が向かってくるとそうも行かない。

この上ない気持ち悪さに涙目になりながらもG型を吹き飛ばしていく。しかし、いかんせん数が多い。

その時、アルヌスの外からヘリのローター音が聞こえた。第四戦闘団のヘリコプター部隊だ。

それだけではなく、アルヌスの空を覆い尽くす程の翼竜がジゼルの指揮の(もと)蟲獣に襲い掛かった。

「ヒャッハー! 新鮮な蟲甲だァー!」

ここで殺戮者のエントリーだ。

飛び降りてはいけない高度から飛び降りた男は、そのままG型の黒いフォルムを踏み潰す。

「奪い取れ。それも一つや二つではない。全部だ!」

言うまでもないが、伊丹が相手している世紀末めいた怪物は、この男ではなくダーである。

この男の顔を見た出蔵は思う。栗林だってそう思う。そこまでやれとは言っていないと。唯一、ジゼルだけはときめいているように見えた。

マズルフラッシュに起こる度に映えるその男、火威 半蔵の顔は、髪の毛どころか眉毛も無く、右目の上には剣傷が存在するという、この上なく厳つくサディスティックなものだった。

彼は上体だけ振り返り、栗林と出蔵にサムズアップして宣う。

「お蔭様で、怪我一本もなし」

狙い過ぎて妙な事を口走ってしまったが、蟲獣はまだ多くいるのだ。

「だがゴキィ! テメェは要らん! テメェはキモ過ぎだ!」

叫ぶ火威の裏拳が百足型を潰し、火の精霊が焼き払う。かける言葉も無く問答無用であった。

そして火威は両腕に風の精霊を召喚して、ジゼルに目配せする。

その意図を誤解無く受け取ったジゼルは、ドームの周りから翼竜達を退かせ、周囲を守っていた傭兵や自衛官らも距離を取る。

「だいたいゴキ野郎の甲皮なんぞォ……」

放たれた竜巻は小さかったが、続けて放たれた魔法が良くなかった。

「使うヤツいねェだろがァァーー!」

火の精霊によって発生した火災旋風はドームの周囲と内部に居た蟲獣を巻き込み、その存在を焼きながらもコンクリート片で潰していく。

アルヌスの頂で起きた災害は、蟲獣を巻き込んで遠くの空に消えていった。


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