ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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第五話 震える日

決して固くなる事はなく、決して立ったりもしなかった。

そして決して濡れず、ましてや出す事もなかった。

そんな自分自身を褒めてやりたい。ようやく解放された火威は地獄から解き放たれた囚人の如く、荷物を担いで特地に戻った。

それから数日経って、避難民と新しく出来たPXにフォルマル邸から来た亜人メイドにふわっふわのホットケーキを振る舞ったが、その味はちょっぴりしょっぱかったと言う。

それも、銀座でオークに襲われ、連れ込まれた新橋のラブホで犯された事が原因だった。傍目から見ては判らないが、彼が発する負のオーラを、遠目から見ていた狭間陸将は人事を動かすに至る。

火威 半蔵三尉を帝都南東門界隈、通称『悪所』にて、自衛隊拠点間の連絡員に任ずる。そんな話が来たのは、レレイ、テュカ、ロゥリィの三人娘が国会に出て、アルヌスに帰ってきてから暫く経ってからの事だった。

事情を知らない、というか知る由も無い医務官に親切心からチラつかされた日本帰還を断固として拒否した火威に、アルヌス駐屯地で負のオーラを撒き散らされて、全体の士気に影響が出るより、多少危険でも仕事を与えた方が良いと考えた狭間 浩一郎(はざま こういちろう)陸将の判断だ。そして、それは見事に的中した。

「うーむ、アルヌスも賑やかになってきたけど、やっぱ外の方が色々見応えあるな」

目茶苦茶物騒なアメ横みたいだけど、と付け足しながらではあるが。

その日は悪所のアルヌス生協PXの帝都支店が入っている建物に出掛けていた。ここのPXはアルヌスからの日本製品の他、帝都のタブロイド紙から得られる情報、そしてファルマート大陸ならではの神々の姿をイメージした工芸品など、帝都の住人にも自衛隊にも自衛官個人にも恩恵が得られる有り難い場所だ。

「アメヨコってなに?」

「俺は行った事ないけど日本にある商店街だよ。色々売って有名なんだって」

六肢族の娼婦の問いに火威が答える。彼女とは初対面の時に、阿修羅的な種族と見紛った火威がいきなり合掌してみせた以来の仲だ。

へぇー……と、少し興味を示しつつも、自身が簡単に行ける身分ではない事を自覚してる彼女は、それだけ言うとPXの商品を色々見ていく。

このPXにも日本の商品は多数売っているので、彼女の中ではアメ横が想像出来たのかも知れない。

たぶん、その想像とは多少違うのだが、火威もアメ横に行った事が無いので、違うとも言い切れないのが歯痒く思う。

一階に降りるとそこは娼婦達のサロンになっており、自衛官はたちまち客引きの商売相手となる。

PXの場所を選定した者が誰かは知らないが、大いに自衛官の顰蹙を買っていた。火威としては日本での悲劇を経て、悪所で綺麗な娼婦達にチヤホヤされるのは悪い気がしない。いや、寧ろ嬉しい。だから娼婦達の心を弄ばない程度に交流を続けている。ヒトとは姿形が多少違っても、それは些いな問題でしかなかった。

「ヒオドシ、他のジエイカンにも言って、たまにはワタシ達を買っておくれよ」

誘ってきたのはメーラ種の娼婦だ。火威としても、艶めかしいその褐色の肢体を抱きたいとは思ったが「ゴメン、お客が何時来るか判らない商売だからさ、当分は無理かな」合掌して頭を下げ、平謝りする。

「客ってどんな?」

「そりゃあ、ウチの親方様とか……それ以外には剣呑なヤツかなぁ」

実際には親方様たる狭間が来る事など有り得ない。可能性の話に限るが、アルヌス駐屯地が正体不明の強大な敵に襲撃され、放棄せざるを得ない時くらいだ。剣呑な客は自衛隊が悪所に拠点を構えた当初はよく来たが、今は皆無だ。

「まぁ禁令破って遊びに来るヤツがいても、あんま冷たくしないでやってよ。それとここの綺麗なお姉さん方とイイ事したのがバレるとクビになっちゃうからさ。内緒に……」

そう言って口の前で人差し指を立てて見せる。

「そうなのかい? それはまた厄介だね」

だから遊びに来るのは何時か個人的に来られるようになってから……そんな会話を交わしてから、火威は塒としている拠点に帰る。だが直ぐに戻ってきた。

「今夜は帰ってくんなってさ」

不承不承と言った様子だ。

「旨いモンでも食べるのかね」と竜人の娼婦。

「ヒオドシ省られたニャ」と言ったのは血の濃い長毛のキャットピープルの娼婦だ。

「何だか判かんねぇけど……」

今夜はもう仕事も無いからと呟くと、火威は思案する。

「よし、遊ぼう」

その言葉に娼婦達は驚き半分、嬉しく思った。だが火威は朝方までPXで購入したトランプで七列べを敢行したのである。

ちなみに蟻を先祖に持つと言われる六肢族も竜を先祖に持つという竜人にも臍がある。そんな任務とは関係の無い事に火威が気付いたのは、悪所に来てすぐの事だったとか。

 

 

 

 

次の日、火威は拠点を襲撃した悪所のマフィアで顔役の一つ、ベッサーラ一味の死体の片付けをしていた。

襲撃とは言ったが、事前にベッサーラ一味の情報を知っていた自衛隊が、経緯は知らないが伊丹二尉ら第三偵察隊の隊員が、国会招致で日本に行った際に入手した使い勝手の良い外国製の武器で、一方的な反撃をしたと言って良い。

「へぇ…。コレで最後か」

最後の一体であろう中年のヒト種の死体を荷車に載せる。

ベッサーラ一味は敷地内を盛大に汚してくれたので、こういう時に役立つ魔法を憶えなかったのが悔やまれる。

「火威三尉、こういう時に役立つ魔法って無いすか?」

「いや、俺は物を軽くする魔法と風の玉を人様にぶつけるしか出来ねぇよ」

わざわざ軽くする程重い物は死体しか無く、その死体も魔法を使う前に隊員が易々と荷車に乗せていく。

三偵の倉田 武雄(くらた たけお)三等陸曹に聞かれた火威は空気の玉を作りだす。はて、なんでわざわざこんなモン作ったのか……。恐らく昨日の夜に頑張り過ぎて疲れが残っているのだろう、と、自分の問いに自分で答えを見出だしてから、空気の玉をその辺りの地面に投げ捨てた。

地面に触れた玉はそこで破裂し、周りにちょっとした風と上昇気流を巻き起こす。そして、ちょうど拠点としている建物で開いている診療所に来たキャットピープルの娼婦の紗い貫頭衣をめくり上げる形となってしまった。

「あっ……こりゃどうもすみませ、あごぉァッ!?」

頭を下げて娼婦に謝ろうとした火威の内太股を僚友の半長靴が蹴り上げる。この時、火威は思い出した。三偵には亜神と連携出来る猛者が居ることを。

「く、栗林ェ……」

何故、今現在ピニャ・コ・ラーダの館に逗留してるお前が……。と言おうとした。

第三偵察隊は帝都の郊外にある皇室庭園で、外務省の菅原 浩治(スガワラ コウジ)と帝国の第三皇女ピニャ・コ・ラーダ殿下が帝国議員を招いた園遊会に主催者側の人員として出席してる筈であった。そんな場に、余り良ろしくない噂を聞く第一皇子が乱入したのだ。

幸い、自衛隊にかかれば招かねざる客が接近している事など早めに判ってしまうので、議員や自衛隊員が第一皇子と鉢合わせする事は無かった。

議員や自衛官らを乗せた車列は、郊外から悪所のある帝都の南東門に向かい、そのまま第三偵察隊は帰還してきたのかも知れない。

そもそも第三偵察隊には魔法の話を振ってきた倉田も所属しているのだ。火威は自身の迂闊さを呪った。

それでも同僚に凶器を使うな、と、恨みがましく爆乳脳筋娘を見上げる。だが返答は他の所から来た。

「火威三尉、三十路迎えて魔法を憶えて嬉しいのは解りますが、診療所内での乱用は困りますよ。もし今後同じようなことなさったら、二度と出来ぬよう指と指の間を縫合して差し上げます。両手が不自由になりますが野口英雄のように細菌学を研究なさればノーベル賞の候補くらいにはなれるかも知れませんわ。そうなれば趣味の女遊びも少しは理解されるかも知れません。他に浪花節や囲碁や将棋や油絵もなされば帝国のセンエン銅貨くらいになれるかも知れませんし多少、歴史に名が残せるかも知れませんわ」

看護師資格を持つ黒川茉莉(くろかわ まり)二等陸曹が、火威の魔法使用の制限を実に長い毒付きの釘で刺す。

「こ、今後は二度と診療所で魔法を使いません」

火威はそう言うしかなかった。下手に反論すれば、10~50倍になって返ってくる。そうした隊員を何人も見てきたからだ。

この凸凹WACコンビは、実に火威の好みなのであった。特に短身の栗林 志乃(くりばやし しの)二等陸曹の爆乳っぷりは、火威が悪所に来る切っ掛けとなった日本での悲劇に感謝すらした。だが、すぐに思い知る事となる。このWACコンビが相当恐ろしい人達である事を。

イタリカで盗賊団相手にロゥリィと無双していた隊員は男だと思っていたが、三偵に身長の低い男の隊員は居ない事を知る。消去法に従うと、この小さなWACという事になる。

ハハハ、まさか……と思っていたら、付近を根城にしてるチンピラが栗林に絡んできた時、他の隊員が対応する前の瞬く間にチンピラをノシてしまったのを見る事となった。女性自衛官の恐ろしさを魂魄に刻み込まれた彼が、今頃更正して真っ当に生きている事を祈る。

黒川は艶のある黒い長髪を持つ背の高い女性自衛官だ。190cmある彼女から見れば177cmの火威も小さい方だが、それでも黒川二曹くらいの背丈の女性は「有り」だと思う。心を折られかねない毒を吐かなければであるが。

彼女が言う「女遊び」はPXが入っている建物が娼婦のサロンとなっているから、そう思われても仕方ないのだが、魔法が使える事に関して言えば童貞だった火威が特地に来てから魔導士の手ほどきを受け、なんやかんやで使えるようになった、という認識されている。

実際には魔法を使うには特別な才能が必要らしく、火威が童貞だったということも無い。そう、無いのである。今は。

 

そんなこんなで昼過ぎまでには拠点は綺麗に片付いた。これならば診療所に来る近隣の住人や、商売がら診療所に来る事の多い娼婦に昨夜の戦いの跡を見せることは無いだろう。

実際、診療所に来る人々は、建物の一部に銃創や焦跡などの損傷が有るにも拘らず何かを気にする訳でもなく診察を受けて帰っていく。

目立つ新参に殴り込んだ古参が返り討ちにされた、という図式が、悪所では珍しくないそれのかも知れないが。

 

その日の夜半。

震源地不明の地震が、この世界に住まう者達を襲う事になる。そして良い噂の聞かない第一皇子が三偵の栗林に半殺しにされるのだった。




どうも、一週間振りの投稿です。
そしてメインタイトルが変わりました。
忍者が消えましたが忍者的なものは登場する予定です。
主人公がニンジャヘッズとかじゃなくて、本当に忍法っぽいものが出ます。でる予定です。
たぶん。

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