ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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ドーモ、庵パンです。
サブタイに転移Ⅱとかやりかけたけど、堪えました。
今回もリア充化している主人公です。
次は別にリア充とか無いです。
っていうか、遂に三部の舞台に突入です。
まぁ生本番はまだなんですけど。


第六話 開宴

「牛の急所ってあんな所にあったんだ……」

火威は特別図書館の一室で行われた「上映会」の感想を口にする。

空手バカ一代で主人公の空手バカが黒毛の闘牛と勝負したのだが、主人公は闘牛の突進を躱し、牛の頭に正拳突きを見舞ったのである。

「牛の急所は耳の後ろあたりに有るんですよ」

と説明する栗林も大概空手バカ……もとい、白兵バカである。そんな栗林がアニメの上映会をデートコースに入れるとは思わなかったが、内容が内容なので理解は出来た。

どうして日本から隔絶されたアルヌスでアニメの上映会なぞ出来るのかと言うと、施設科が残して行った風力発電で、情報担当の今津二佐が「こんな事もあろうかと」思ったかどうかはさて置き、ホームシアターと昔のアニメのVCDやDVDを置いて行ったのである。

ちなみにアニメのCDVやDVDは言うまでもなく他にも伊丹が多く持ち込んでいて、レレイやカトー、更には出蔵なんかが特定の作品を良く見ている。ついでに言うと、洋画はほぼ無い。

自衛官が上映会を視聴する分には無料だが、アルヌスの住民が見る場合は500アクス、14歳以下の子供なら半額の250アクスの料金を取っている。

栗林は仲人的な立場の人物であるジゼルを、火威と栗林が料金折半して誘おうとしたが、生憎ジゼルはウルドら神官に神殿の仕事を任せて何処か遠くに行ってしまったという。

ジゼルはだいぶ慌てていたようで、誰にも何処に行くとも伝えていなかった。

元カノのジゼルを栗林が誘おうと言った時は焦った火威だが、何度か修羅場を経験しているであろうジゼルが行先も伝えずに出奔したことに、妙な胸騒ぎを感じた。

 

上映会を終えて視聴室を出ると、すぐに火威に話し掛ける者が居た。

少し前にワーウルフの傭兵を診療所に移送した時、少しばかり顔を見せた一尉だ。

「狭間陸将がお呼びです。至急、火威三尉は司令官執務室までお越しください」

医官は指揮の権限を持たずという原則があるが、上位でしかも年上の自衛官に言われては、本来なら休みとはいえ火威も渋る事が出来ない。

わざわざ医官が知らせに来たことに対して「今はそんなに人いねェのか」という感想を漏らしつつも、栗林に練武館の使用キャンセルを頼んで火威は駐屯地に向かって行った。

 

 

*  *                            *  *

 

 

火威と分かれた栗林は、その足で練武館に向かう。

大祭典二日目の叙勲式があった日、栗林は特戦群の出雲や剣崎から火威が冬季戦技教育隊の出身であることを聞いていた。

冬季戦技教育隊、略して冬技教は自衛隊が創設されて以降、最初に設立された特殊部隊だ。かつてはソビエト連邦が道内進攻した時に対抗するために組織された部隊である。それが精鋭で無い筈が無く、その雪中戦での戦闘能力は世界随一と言われている。

冬技教には五輪の強化選手が多く、メダル獲得の為に日々訓練を重ねているという部隊の性格がら、現在は体育学校の隷下になっている。

そして火威は冬戦教で、冬季遊撃レンジャーの教育課程を経て特別なレンジャー徽章を持っている、いわば雪中戦のスペシャリストだ。特殊技能として日本政府からも認められている魔導を使えば、間違い無く隊でトップの戦闘能力を持つ事になるだろう。

ハゲは良いとして、付き会う前からチラっチラっとオタクっぽいところがあるのが唯一の難点だ。

お突き合いではそんな逸材相手に、良い加減勝ってしまうと困るので実力を抑えて臨んだ結果に負けることが出来たが、火威もロゥリィに魔法の使用を制限されている。

移動用や眩惑用の魔法を使えば、もっと簡単に勝つことが出来ただろうに、火威にはそれが出来なかった。

「シノォ、ヒオドシはぁ?」

考え事をしながら歩いていると、着いてしまった錬武館に居たロゥリィは栗林と火威が共にいるものだと思っていたようだ。

「駐屯地に呼ばれて行ったわよ。緊急だって」

第三偵察隊のメンバーは、栗林を始め全体が火威ほどロゥリィに慇懃な態度を取らない、というか、気の置けない仲で接している。

「どうしたの?」

ロゥリィから火威に用事があるのは珍しいことだ。

何時もロゥリィと火威が話す状況というのは、火威からロゥリィの元に赴くか街の中で会った時くらいのものだ。

「少し前にぃ、ヒオドシの家の中に戦死者の魂が還たのよぉ」

ここは日本とは違う特地だ。少し驚くべき話しだが、死者の魂が自衛官達にも見える形で地上に現れるのは栗林自身も、大祭典でメイベルという亜神の乱入騒動で目にしてる。

「反魂呪文を試みてる者が居るのよぉ。完全にエムロイの手落ちだったわぁ」

特に被害は無かったとは言え主上に代わり火威に謝罪する予定なのだ。

「って、それトンでも無くマズイんじゃ?」

「そうなのよぉ」

ロゥリィはエムロイやハーディが今までに無く、自身の元に来た魂を強く抑えるようになったと言う。

魂が肉体を離れるのは、見た目には生前と変わらなくても病気や怪我で生命を維持するのに必要な機能が欠けてしまうからだ。

だが死んでから魂が正神の元に行くまでに反魂呪文を使われると、魂は肉体にも彼岸にも行けず、現世で苦しむ事となる。

そして肉体は生命の機能を維持しようと、食欲という本能にのみ従い命有る者を襲い始めるのだ。

だから腐乱死体や骨だけの兵士(スケルトン)なぞは現れない。

それでも一日に特地全体で死ぬ人間の数を考えれば、脅威になることは間違いない。

以前、伊丹が資源調査の時にロンデルに向かう途中、通過したクレティという場所で生ける屍の報告書を提出していたが、Teh・オタクの伊丹の報告書故に余り真剣に目を通していなかった。

まだアルヌス駐屯地に報告書があるなら、直ぐにでも読み返さなくてはならないだろう。

これから起こるかも知れない事の想像も出来ない事実に、栗林は特地の行く未来に不安を覚えた。

 

 

*  *                            *  *

 

 

陽が落ち、ファルマートの大地が暗闇に包まれる頃、その男は自身の足で北に向かっていた。

「神よ、福音を。エムロイよ、戦死者に福音を……」

夜の(とばり)に包まれつつあるその男の手には、血塗れの剣が握られていた。

急ぎ、大陸北部にある凍った山で反魂呪文を試み、そして成功させつつある者を断罪しなければならない。

不遜にもパラパンの使徒を騙る者を処断しなければならない。

そう考える亜人の肩には手作り感たっぷりの、ともすれば、多くの自衛官が見て、そして特定の自衛官が「肩パッド」と揶揄しかねない肩鎧が乗っていた。

その男の元に、特地の鹿に似た生き物が集まって行く。血濡れの剣をその身に仕舞い、鹿に似た生き物の頭を撫でながら、男は次に進むべき道を己の神に訊ねるのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

暗くなった特地の空を、兜跋を着用し64式少銃を携えた火威が飛ぶ。

夜間飛行というのは先日の害獣大量駆除の時に経験済みだが、ここまで長い距離は試みたことが無かった。

投光機代わりに光の精霊を常に使役するが、石橋を叩いて他人に渡らせてから渡るような心配性を絵に描いたような性格の火威は、普段よりスピードを落としている。

これが日本やアメリカのように人工灯の多い地域ならばフルスピードを出せるのだが、未だに知らない生物が多い特地である。防御魔法を使っているとはいえ、イレギュラーな事態は考えてしまう。

 

火威は先程、狭間から「帝国からの救援要請があった」という事を聞き、一つの命令を受けている。

狭間もこれまでに部下から報告で、帝国が二分し内戦に陥ったのは、帝国内でも元々評判の良くないゾルザル・エル・カエサルが立太子し、その後に現・皇帝のモルト・ソル・アウグスタスの酒杯に毒が盛られたからだと言うことを、言うまでもなく知っている。

毒を盛られることをモルトが予想してたかは解らないが、皇太子になったゾルザルが暴走し、改めて日本に戦いを挑んで来るのは、近くでゾルザルを見ていたモルトは解り切っていた立場である。

そしてモルトの目論み通り、ゾルザルの軍勢は敗退して瓦解。日本との同盟関係を結び、この世界での帝国の安泰を確かな物にしたのである。

だが門が閉じたことは予想外だったようだ。国力の落ちた帝国には、内戦最中に約束した通り、亜人の貴族や元老院議員が現れている。

これもモルトにとっては予測の範囲内なら大したものだが、今度は自衛隊を、延いては火威という個人を帝国の戦力に引き入れようとしている節がある。

その際たるものが、先日の叙勲や火威が家を建てるのに使った報奨金である。

救援要請はピニャの名で出されたが、現在の皇帝は未だにモルトである。

狭間はピニャがモルトに対して何かと反抗的で、その意見を良しとする性格であることは知らない。

ピニャが特地派遣隊に救援要請を(よこ)したことが、モルトの使嗾(しそう)によるものの可能性を狭間は疑い、火威に三日の現地調査、そして救援要請の内容が事実であった場合の帝国の部隊支援と、三日後に帰還した後、帝都で任務中の特殊作戦群と合流した後に再度帝国の部隊を支援することを命じたのである。

今の状態で特地が再び戦国乱世になることは、特地派遣隊としても避けなくてはならないのだ。

氷雪山脈には帝国の部隊が展開しているという話しだが、仮に帝国の軍が展開しているというのが虚偽の情報でも、敵性勢力がこの世界の通常戦力なら今の火威の脅威にはならないだろう。

だが救援要請の内容で、敵勢力には大勢の「生ける屍」が存在するという一文があった。過去に見た伊丹がクレティで書いた報告書だと、病原体の存在を疑わなくてはならない。

クレティでは女性のみが発症する「灼風熱」という病だったが、それと同じ物とは限らないが、入念に準備しても準備し過ぎることは無い。

そんな流行り病があるから、部隊の他の隊員は置き去りである。女性である栗林は言うまでもなく、その他の隊員も供に就かせず来たのだ。狭間からの許可も貰っている。

そもそも実力が最大限に発揮されるのが、スタンドアローンな戦場……だと火威自身は思っている。

帝都までは何時もなら六時間程掛かるが、今回は帝都までの距離の二倍はありそうな氷雪山脈が目的地だ。

本当なら寒くなる時期に寒い場所に行くのは、仮病を使ってでも避けたいところなのだが、現在の火威はリア充である。

リア充の火威は満たされていた。最初は恋い焦がれて次に怖れ、そして一足飛びで恋人関係になったという忙しない具合だが、栗林……もとい志乃が居れば、何でも出来るような気がしていた。

死亡フラグはへし折り、目の前を阻む壁は蹴倒すかこじ開ける。

80km程度で飛行しているつもりでも、速度計等は無いから150kmも出していることには気付かない火威であった。


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