アルヌスの近くの街道で害獣と怪異の団体を潰した三角の隊は、周辺に残存する敵性生物を警戒し捜索・撃滅して駐屯地に帰還する最中だった。
「意味解りませんよ。三尉だけで威力偵察だなんて」
実際には威力偵察ではないのだが「状況を確認し、必要があれば帝国軍支援」が栗林の中では威力偵察に変換されていたらしい。
「氷雪山脈はクレティと同じ状況なんだよ。報告書ではクレティじゃ若い女が感染する病気があっただろ?それにあの三尉なら一人でも十分に戦えるって。って言うか一人の方が戦い易いって」
「蟲獣に使ったみたいな魔法を使うってことですか? ……って、私は若いですけど風邪なんて引きませんよ」
「慢心は良くないわぁ」
栗林を窘めるように言ったのはロゥリィだ。昨日まではジゼルと共にモーターの神殿を建設する手伝いをしていたが、それが一段落付いたので今日は自衛隊の害獣退治を手伝っていたのである。
「ピニャから届いた手紙ではぁ、男の生ける屍も多いそうだけどぉ、そうなるとクレティとは違うのよねぇ」
ロゥリィは言う。
「場所的にぃ、前にもバカな魔導士が前にも出たところなのよぉ」
「そ、そうなの?」
今の時点で、100年前の昔に氷雪山脈で起きた動乱を知り、尚且つ栗林と面識がある者は目の前のロゥリィ・マーキュリーと、エルベ藩国内の住むエルフの魔導士の女しかいないという。
その時の話しを、栗林は昨日の内にロゥリィから聞いていた。
多くの死者の魂を現世に留め、遺体だけを蘇らせて使役するの魔導士が居たのは驚きだが、それを断罪するためにロゥリイとサリメルが過去に会っていたという事実も驚きである。
ロゥリィは「サリメル」という名を指名して話しに出した訳ではないが、エルベ藩国の森に棲む魔導士の女と言われて真っ先に直観するのはサリメルしか居ないのだ。
とはいえ、同じ種族の同じ性で同業ということも考えられる。そもそもエルフは大抵、精霊魔法を使役できる魔導士とも言えるのだ。
「それにぃ、昨日もシノに言ったでしょぉ? 火威は三日後に帰って来るらしいからぁ、本当に魔導士の仕業ならシノ達にも出番はある筈よぉ」
実際に魔導士の仕業ならロゥリィら亜神達、世界の庭師が動かなくてはならないのだが、テュカが居ないアルヌスから組合の重役であるロゥリィが抜ける事は出来ない。通常ならアルヌスから氷雪山脈までは一ヵ月以上の道のりである。
ジゼルはこの異常事態を、眷属の翼竜から聞いたから氷雪山脈に向かったのだと、ロゥリィは推測した。
神殿まで構えてアルヌスで信徒も増やし、本当なら身軽な身分ではないのだが、身軽に振る舞うジゼルの前途を少しばかり心配しつつも、多少羨ましく思う。
「三尉、大丈夫ですかね?」
戦闘が目的ではないからと、モーターに頼んでいた武装も自ら製作した新兵器もアルヌスに置いて行った火威であるが、一応は人間である。
そのことを心配した三角が呟くように言ったが「大丈夫よぉ。私が考えてる奴の仕業ならぁ、ヒオドシを倒す事は出来ないわぁ。ヒオドシはアレでも慎重な男よぉ」
ロゥリィからそんな言葉が返ってきた。
だがロゥリィは思う。新兵器もモーター製の武器も無いとは言え、百年前と同じ戦力の相手ならば、蟲獣を一気に滅殺した火威の事だ。三日で全て片付け兼ねないのである。
それ自体だけなら良いのだが、フレアの神がグランハムの眷属のユエルを伊丹に
それを栗林はどう感じるだろうか。今までの女性に対して一歩も二歩も引いた態度で、女性を立てようとする火威だから我の強い栗林とも上手く行っていたのではなかろうか。
そんな風に、愛の神を目指したロゥリィは、思いの外、身近な場所に発生した難しそうな愛の行方を注視するのである。
* * * *
マリエスを襲う亜龍を始め、敵性生物を排除した火威は、マリエスの現在の代表であるリーリエという女性から南西のアルガナという街を、帝都からの救援部隊とフレアの使徒のグランハムと、その眷属のユエルが奪還中だと言う事を聞いた。
「なんと。あのホモい二人が来ていたとは」
グランハムは華奢な身体に見えるが、地元に居を構える使徒のロゥリィも見た目は可憐な少女ながら、ジャイアントオーガーを一撃で真っ二つにする猛者だ。
ならばグランハムも多分、きっと強いだろう。
推測で結論を出してしまったが、メイベルとかいう少女も昇神したのが最近だったにも関わらず、ロゥリィと互角の勝負をしていた程だ。
もっとも、その時のロゥリィはメイベルの先祖が親友だったから、本来の力が出なかったのだろうが。
さておき、マリエスに来た時に二人の亜人は亜龍に襲われて前脚で払われていたのに、怪我で済んだようだ。亜龍自体の鱗も妙に軟らかかった。
あの程度の龍しか居ないなら、ヒトの中では特に優れた戦士ユエルが遅れを取る事は無い。
だが戦場ではイレギュラーは起こる物。そう考える火威は、マリエス周辺に潜み残存する敵勢力を遺らず丁寧にブチ殺すなり排除してからアルガナに向かう。
暫しの後に辿り着いたアルガナでは、予想通りに龍の死体が幾つか転がっていて、更には怪異の死体も山のように積み合っていた。
「はて、これは?」
「帝国の隊長さんが肉盾に使った連中だなぁ~ん」
火威の疑問にショタ系亜人が呑気そうな口ぶりで答える。火威がマリエスで初めて見た種族の亜人だ。
言ってることは剣呑だが、彼の語尾故にどうしても呑気そうに聞こえてしまう。だがキャットピープルの「~にゃ」も訛りの一種らしいから納得するしかない。
怪異を戦線の最前衛に配置して敵地で破壊活動させたり肉盾にするのは、この世界で一般的な戦術と言えるらしい。
だがアルガナは敵に抑えられた都市だ。それを奪還するのだから破壊活動するとも思えない。怪異は完全に盾として使われたのだろう。
人権もへったくれも無いが、知能が低い故に人間として認められなかった連中が怪異だ。特地に来た当初、特地派遣隊が連合諸王国軍と一緒に盛大に吹き飛ばしたものである。
地球の人権擁護団体が聞いていたら何て言うか……そう思いながら周囲を見ると、さっきのショタ亜人達が積み重なった怪異の死体を焚き木で囲み、火を放とうとしている。
「ちょ……おいおい、いきなり火葬かよ」
「死体をそのままにしておくと、エラいことになりますなぁ~ん」
「いや、ちょ待っ……」
生きてる奴も居るんじゃないか、そう言おうとしたが、ショタはさっさと火を放ってしまった。彼等曰く、形が残っている死体をそのままにしておくと、生ける屍となって襲ってくるらしい。
「ここは地獄の一丁目か?」
火威をして、呟かずには居られなかったという。
アルガナの街に潜む残存勢力を掃討するため、火威が帝国兵やショタ亜人と一つの班を作り、捜索・撃滅していると見知った顔に会った。
フレアの亜神・グランハムとその眷属のユエルだ。
使徒やユエルという男が、この程度の戦いに倒れるとは思えなかっただけに、火威を安心させた瞬間だった。
……一応、念の為に付け加えるが、ホモ仲間になる気など毛頭ない無い。士気や戦力の心配である。
「帝国の士官はアルヌスから救援が来ると言ってたけど、やはり君か」
グランハムは火威が来る事を予想していたようだ。
「これは良い。いつぞやに貴様が受けた決闘の約定、覚えているな」
眷属の方は案の定だった。
「いや待て。それどころかじゃねェーだろ!」
直後にグランハムの執り成しで事無きを得たが、この男が言うと冗談に聞こえないので
クレティでは灼風熱という懐抱熱の一種が猛威を振るい、それで生ける屍が大量に出現することになった。
火威も病原菌に感染するのを恐れ、未だに兜と覆面を取っていない。
グランハムが火威が来た事を確認出来たのは、火威が名乗ったからなのだ。
しかしグランハムは懐抱熱は疎か、病気や感冒の類は流行っていないと言う。倒れ、病床に就いている者の全ては戦闘による怪我人だけらしい。
彼が言うには、生ける屍はこの動乱を引き起こした魔導士の呪いによって発生しているという。こうなると、少々苦労して持ってきた2tのロクデ梨は無意味となる。
もし火威が氷雪山脈に来る前に、ロゥリィの元を訪れていれば、魔導士の呪いで死者が起き上がり人々を襲っている原因は明らかとなっていただろう。大量のロクデ梨を持ってくることも無かったかも知れない。
だが、二重三重にも念を入れる火威のことだ。原因が何であろうと、ロクデ梨を持ってきた可能性はある。
残りの敵勢力の捜索も終わる頃、アルガナを奪還するために、帝都から来ていた部隊長の顔を見て、火威は目を見張った。
既に二年前の事になるが、銀座事件で火威自身が半殺し以上の血祭に上げた男である。
多くの民間人に犠牲者を出したドス黒い記憶が蘇り、危うく後ろ弾をするところであった火威である。
銀座事件での捕虜は六千人程だが、考えてみれば内戦でゾルザル派に付いたのは返還された捕虜の第一陣の一部であって、残りの全てはモルトやピニャの正当政府に組み込まれている。
火威は「嫌いなヤツは全部ゾルザル派」みたいな思考であったが、これが現実なのである。
その部隊長が兵を纏め、アルガナからの撤収命令を出した。
「ぉおい!ちょっと待て。折角奪還したのに、また無人にするのかよ!?」
頑丈な亜人には戦闘の犠牲者は居なかったが、帝国のヒト種の兵士には片手の指で数えられない戦死者を出している。その者達もこの場で火葬したようだ。
その犠牲を払ったにも関わらず、少しの議論も無く撤収を決めたのは今までに聞く帝国の手法とは思えない。
ピニャの治世を控えて戦闘部隊から早々と性格が変わったにしても、制圧から二時間経たずに撤収しては犠牲者の魂が報われないと火威は考える。
「何だ貴様は。アルヌスから来たジエイタイは何も知らないのか」
電報よりは長めの文を書けるが、鸚鵡鳩通信で事細かい説明をするのは不可能である。
説明されて無い事を知っておけとでも言わんばかりの
実際に割って入ったのでは無い。彼の持つ雰囲気によって火威を止めたのである。ホモな亜神とは言え神だ。柔らかいながらも凛とした言いように後光でも見えたのかも知れない。
「彼には撤収中に私から説明するよ」
実際に言う前から、火威が持つ雰囲気の変容を見てこれである。流石は亜神と言うべきか。
そして神故か、その言葉には有無を言わせないものがあった。
ジゼルはサリメルが亜神と言っていたが、サリメルが纏う雰囲気は、完全に体当たり系の女芸人のそれである。やはりジゼルの勘違いに違いない。
* * * *
マリエスに帰還する最中、グランハムや亜人から聞いた情報は信じられない内容だった。
アルガナを制圧し続けないのは、人間の勢力がマリエスの外に拠点を設ける、或は行軍中でも呪いによって吹雪が吹き荒れて全滅させられるというもの。
それによって凍死させられた者は、生ける屍となって現れるという。
「と、トンだハードモードだな」
暫し言葉を失った火威は、そんな軽口を叩いたが、その後に聞いた事も衝撃的だった。
「それだけじゃないなぁ~ん。吹雪を凌いでも雪竜とかミティの怪異が襲って来るなぁ~ん」
雪竜というのはサリメルの研究小屋の博物誌で読んだから知っている。
だが「ミティ」なる怪異は聞いた事がない。っていうか特戦群での臨時に付いた俺のコードネームだよ……と、言いたい火威の表情を察してか、グランハムが付け加えた。
「あぁ、大陸の他の場所じゃ出ないし、ここでも滅多に出ないんだけどね」
そう前置きしてからグランハムはこんな事を言う。
「ミティは精霊と人間の間の子にのみ産まれる怪異で、その全てが牝だ。そして全ての個体が自分達以外の生きる者を憎み、害悪を与え続ける」
もし遭遇してしまった場合、すぐに殺されるなら良い方で、多くの場合は地獄の様な責苦を与えられ続けるという。
また、こいつらは自分達を増やそうとか考えてないから、エロい拷問も無い……と、ショタ亜人は付け加えた。
「えらい詳しいな」
「僕達の長老さんの一人が、昔捕まってエムロイの使徒さんに助けてもらったなぁ~ん」
その長老は身体が半分無くなっていたという。
それだけされて生きていられる種族も凄いものだが、長老曰く「死ぬギリギリを図ってやっていた」らしい。
それだけ知能があるのに怪異なのだから、存在自体が呪いである。
マリエスに着くまでの殆どの時間が質問タイムだったのだが、火威は最も気になることがあった。
マリエスの城門を潜る直前、そのことをグランハムに問い掛ける。
「そういえば、なんでマリエスは吹雪に襲われないんですか?」
「あぁ、そのことは私にも理由が良く解らないんだがね、恐らくは……」
その理由が解れば、敵を倒してこの地を混乱から救うことが出来るかも知れないのだ。
火威はグランハムの答えを待つ。
「恐らくは……リーリエ・フレ・シュテルンが居るからだろう」
ドーモ、庵パンです。
前書きが無い上にサブタイもこれまでと勝手が違いますが、単純にネタ切れなのです。
そして、ちょいとここの所遅れ気味です。庵パンが忙しいとかじゃなくて、書くスピードが遅れてるのです。
三部は長くなるよー……と、前々から言っていたのですが、そんな中で嘗て書いてたガンダム系の奴が書きたくなって参りました。
ピクシブで書いてたものですが、書き直す時に18禁にしたものか、18禁テイストにしたものかで迷っているところです。
エロは外せんのです。外せんのですよ。エロい方がテンション上がるだろォ!?
………まぁ、ピクシブで書いてた時はエロ成分の欠片も無かったんですが。