ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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ドーモ、庵パンです。
シリアスが出勤しませんのでシリアス回だというのにシリアス足りない感じです。
そんな感じに予防線を張って小物フィールド展開中です。


第十七話 惨雪

帝都を出た高機動車と貨物車。そして96式装輪装甲車は氷雪山脈までの空路を向かう。

昨日の内に南雲には、山脈での敵性生物の種別を伝えてマリエス付近の地図も渡した。

この世界に空路なんて物は無いし、内戦終結前後に第四戦闘団のヘリコプター部隊が飛んだ道でも無いのだが、火威が前に通った道を便宜上、航路と呼んでいる。

しかし、前に数回使った道でも、今は何時も以上に気が抜けない。

ピニャに帯同することを求められた、40騎の騎兵も同じ空をに飛んでいるのだ。

生体に物体浮遊の魔法を使うのは、アルガナで雪竜を叩き殺してしまって以降、身に染みて拙いことだと理解している。

なので、馬ごと入れるダナン製の馬車を一晩の内に作れるだけ作らせて完成した20戸の馬車に入る40騎を魔法で移送し、遥か後方から続く続く150騎でマリエスに向かっているのである。

逐次投入という気がしたが。これら190人の兵達は雪中戦の経験があるのだという。その一部を、火威はロンデルで習得した魔法で運んでいるのだ。

物体浮遊の魔法をアルペジオに習ってから精進して、飛龍並みの速さでは飛べるようになったと自認する火威だが、ここまで重量もあり複数の物体を浮かして運搬したことは過去に無い。

気を張り続けなくてはならないから会話する余裕はないのだ。

従って、進むスピードも後方の騎馬より少し早い程度しかない。出発からそれなりの時間が掛かって今の状態だが、少し止まってしまえばすぐに追いつかれる。

果たして、マリエスまで辿り着けるのか、というのが今の火威の正直な心の内である。

昨日、アルヌスを出てから一日挟み、魔法を使っているとは言えど、この一人の個人を酷使するのは虐待に近いんじゃぁないかと思う。火威は帝都を出てから今に至るまで、拷問にでも耐えてるような気がした。少し気を緩めてしまうと意識を手放しそうだ。

体力の有り過ぎも問題である。火威は昼飯の間にも、何時か考えたことと同じこと考えた。

「火威、停車だ。車を地面に置け!」

近くを飛ぶ96式装輪装甲車から特殊作戦群隊長の二佐、出雲が高機動車に大声を飛ばす。現在は通信機やらインカムの電源が無いので仕方ないのだが、火威は目の前のことに集中して聞こえていない。

「三尉、停車です! 全車着陸させて下さい!」

本来なら有り得ない表現なのだろうが、車を着陸させる意外に言いようもない。

栗林に近くで言われた火威は、隊の車両や40騎の馬車を地面に下ろして(ようや)く神経を緩めることが出来た。だがこのまま、のんべんだらりと休んでることも出来ない。

火威は、残りの気力を振り絞って車外に出て南雲の元に向かった。停車させたからには、何か理由があるのだ。

「あれを見ろ」

南雲が指さす後方、150騎の帝国の兵と40騎の騎馬が南雲ら自衛官との間に、雑多な刀剣類の装備で身を包んだ集団がある。帝国の騎馬の数から目算すると、(およ)そ600人程度であろうか。

それらは射程に入らないどころか150騎の帝国兵の方向へ進軍している。双眼鏡で良く見れば、その中には今は懐かしコボルト似の被り物をした者が何人かいる。

「あれ、まぁ。ゾルザル派じゃないっすか」

内戦後、残党は賊や各地で軍閥化していると聞いていたが、目の前んいるのは賊に墜ちた連中かも知れない。そして、このままでは帝国の正規兵とぶつかってしまう。装備の質は帝国軍の方が良いのだろうが、新品というだけで基本的に変わりはないだろう。

「火威、頼んだぞ」

アナタは行き成り何を仰るのか……という所だが、持ってきた武器弾薬に限りもあるのでこんな場所では使えない。帝国軍に被害を出さず、弾薬も使わず、即座に賊を制圧するには火威が気張るしかないのだ。

「夫婦共に休暇が貰えるよう陸将に頼んでやるよ」

と言ったのは剣崎だが、南雲も同じことを言いたいようだ。

「あぁ、ほんじゃ。ま、頑張りますかねぇ」

そう言って火威は兜跋を装備していく。

 

 

*  *                             *  *

 

 

少し本気を出した火威が、凡そ600人の賊を制圧するのは至極簡単であった。

今では一日に2~3時間の筋トレなり稽古しないと寝れない火威が、エルフの方々に教えてもらった、火威が使える唯一の精神に作用する「眠りの精霊」を使役する精神魔法で、全員寝かし付けたのである。

着弾範囲をミスって自分まで寝てしまった火威ではあるが、そこは直ぐに特戦の隊員に起こされた。

「ちょっぴり寝て二割回復」

なぞとほざく火威の傍ら、新たな問題が発生していた。

帝国兵も南雲も、まさか600人まるごと全員を生け捕りにするとは思っていなかったらしく、捕虜の扱いに困っているのだ。

「仕方ない。俺達は帝国の戦力と共に一度テルタまで被告達を移送する。火威、お前らは先にマリエスまで急げ」

600人の賊は、どうやら捕虜ではなく犯罪者っという扱いらしい。近くまできた山脈の峰には雲が掛かり、暗くなっているのを見て南雲は何らかの予感を感じたようだ。

戦いの中に身を置き、日本にいた時から精神を研ぎ澄まして来た猛者である。火威も山脈を見て南雲の今の言葉を聞けば、納得するしかない。

 

火威と栗林が氷雪山脈に向かう前に、南雲は武装と装甲のある96式装輪装甲車と装備を積載した高機動車(+貨物)の交替を命じた。

この96式装輪装甲車は(かつ)てイラクのサマーワに持ち込まれた改良型で、車体側面に武神沙毘門天の頭文字の「毘」の文字が描かれている。火威の兜跋は兜跋毘沙門天とは何の関わり合いもないが、妙に天部色の濃いものとなってしまった。

高機動車にガソリンを移して南雲にはテルタで犬橇(いぬぞり)を手に入れることを伝え、火威と栗林は雲に包まれつつある氷雪山脈に向かう。

三日ほどしか空けていないが、マリエスにいる使徒ではない者達……即ちミューやハリマやリーリエ、そして山脈に住む人々の無事を祈るのだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

吹雪が吹きすさむ雪道の上、鹿の角を持った獣人と複数の獣が征く。

この世界でディアレグと呼ばれる彼の種族は、ファルマート大陸ではそこまで珍しい種族では無い。悪所やロンデルにもいることは居るが、単に種族的価値観として純血を尊ぶので、広義の意味でのハリョを排斥するために数が少ないだけである。

その一人である彼が山脈の雪の中にいるのは、彼なりの正義感からだ。それは他人から見ればただのエゴでしかないのだが、彼はそれを正義と信じている。

彼の手には一振りの紅い剣が握られていた。見る者が見れば、それが血剣ディーヴァだと気付くだろう。自身の背から分泌される獣の油で程度では、この吹雪に飛ばされてしまうので手で剣を持つことにしたのである。

吹雪の中で安らぎを得ようと、逆の手で鹿に似た生物の顎を撫でる。

「とうとうメロウだけになってしまったか……。くっ、神を恐れぬ不届き者め。 殺してやるッ。殺してやるぞッ!」

パラパンの使徒を騙る者への殺意を露わにした途端、彼の背から光が注したかと思うと、「めぎゃ」っと、何かに雪の中へ押しつぶされて気を失ってしまったのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

「あ、危なかった! 危なかった!」

「いえ、なんか当たりましたよ!?」

「え、マジ!?」

突然、目の前に現れた鹿のような生物を避けた96式は真横に回避した。結果、側面を雪の壁に接触してしまう。

この場所で人身事故ということは考え難いが、降りて確認しなければならない。

兜跋を装着していてもこの吹雪は堪える、かと思った火威だが、以前に帝都からマリエスに帰った時は吹雪の上に飛行していた。車外に出てみても大したことは無い。

「って、こんな近くに雪の壁が……」

強い地吹雪や暴風雪でガス状に風雪が立ち込めた、所謂(いわゆる)ホワイトアウトの中に火威達はいた。

これまでに、来る時は高度を高めに取っていて解らなかったが、96式が通るマリエスまでの道の間にある高い壁が、小山のような障害と立ち塞がっているのだである。 

96はこの壁に側面を押し付けたらしい。周りを見ると、先程の鹿に似た生物が寒そうに震えている。精霊の光球を強くしてみれば、それが一体や二体でないことが解る。

怪異でもない普通の生き物が、どうして吹雪が吹き荒れる山脈に来たのか知らないが、わざわざ集めてやる時間も火威には惜しい。

優しい風の精霊を使役して、温風を広めの範囲に滞留させる。そうしてからマリエスへの道を急いだのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

マリエスは喧噪に包まれていた。

ロゼナ・クランツの怪異が街の城壁を取り囲んでいたからだ。

「クソっ、こいつら何処から沸いて来る!」

両刃の剣がミティを両断し

「こいつら、ホントに半分は精霊か!?」

ジゼルの大鎌がその半精霊の首を撥ねた。

400年以上生きる彼女の知識の中でも、物理的に動植物に害を成す精霊というのはいない。お姉様こと、ロゥリィ・マーキュリーほど世界を見続けていたら知っていたかもしれないが、ここまで暴力的で物質的な精霊というのは信じられなかった。

「上だ!」

誰かが叫んだ時、空を飛ぶ生き物が急降下してユエルを掠める。肩の肉を少々抉られ痛みが走るが、すぐに肉が盛り上がって攻撃など受けていないように治ってしまった。亜神の眷属としての加護である。

「げっ。龍のやつらは取り零したかよっ!?」

ジゼルの見るソレは、以前にアルヌスの閉門騒動時に見た飛行型の蟲獣だった。

大周りに空中を迂回すると、再びマリエスに向かって来る。

ソレに、何かが空中でぶつかった。ぶつかった何かは翅を砕き、蟲獣は墜落していく。

「な、なんだぁ!?」

一瞬、新たな脅威を予感したジゼルだが、次に聞こえたのは聞き慣れた男と、そして女の声だ。

「三日空けてるだけでこうも襲撃を受けるとは!」

「救援に来ましたよ!」

火威と栗林だ。アルヌスに一時帰還した時と違って、ジエイタイの“くるま”というヤツに乗っている。それが宙を進んでいるのは、魔導士の火威の業だろう。

「龍の中に敵はいねぇー! 蟲の連中は全部敵だ!」

だから落とせと叫ぶジゼルの声には、マリエスの今の状況が集約されていた。閉門騒動時程ではないが多くの龍が飛び、そして多くの蟲獣を襲っているのだ。

手間取って見えるのは、閉門時と違って蟲獣を抑えるドームが無いから羽蟲型の蟲獣が自由に飛び回れるので、補足するのに時間が掛かる。その間にも蟲は人々への被害を広げているのである。

「っ! こいつらまたぁ!?」

レミントンのハンドグリップを前後に往復させた栗林が、窓の外に自身が撃ち落としたのと同じシルエットを持つ敵が周囲に複数いることを見て、辟易とした声を出す。

「大丈夫。こっちはすぐに掃除するから」

そう言った火威が、ハンドルから手を放して96式のドアを開けて外に出て行く。

「いや、ちょっ。三尉!」

「大丈夫だって! お前も弾忘れンなよ! 武器使用自由! 知ってる人がいるからその人に聞いて敵をば斃せ!」

言う通り、火威が車外に出ても96式は落ちることなくマリエス城壁内に進み、広場に着陸した。「あの三尉(ヒト)どこまで日本人離れするんだか」と思いながらも、言われた通りに弾倉や予備兵装を携行して栗林はマリエスに飛び出す。

すると城壁近くの上空で、龍に指揮しているのか叫んでいるジゼルや、城門で大祭典以来に姿を見るユエルが戦っているのを見つけた。その肩越しに、初めて見る怪異と思われる生物を見つけた。

例えて言うならゾルザルより1mばかり大柄で、顔が尻だ。そうとしか言いようがない造形である。白兵でアレを相手するのは嫌だなぁ……と思いつつも、64式小銃に銃剣をセットした。

 

「フゥーハハー! 逃がさんぞこの蟲ケラども!」

羽蟲の蟲獣を追う火威が、火の精霊を使役して複数頭の蟲獣を炎に舞いた。若干、ポン菓子みたいな匂いがするが、これで食欲が刺激されることはない、と火威は心の底から願う。

全ての羽蟲を焼き払いマリエスに戻ると、そこいは栗林とジゼルとミュー、そしてミューが親代わりとなっているノーマエルフの子供であるリシュという幼い少女が待っていた。

「ミュー、リーリエさんやハリマは?」

そう火威が聞く前に、ミューから発せられた願いは悲痛なものだった。

 

 

*  *                             *  *

 

 

マリエスから6リーグほど山脈側に入ったケネジュは、約100年前のにロミーナ・フレ・シュテルンが築いた砦である。

かつて起きたロゼナ・クランツの動乱で、橋頭保の一つとして建てられたものだ。火威がマリエスに戻る前日、リーリエ・フレ・シュテルンはマリエスの兵やノヴォールの亜人、そして帝都の兵力を引き連れてケネジュの奪還に向かったのである。

この砦からリーリエの弟であるアロン・フレ・シュテルンが救出されたことが、切っ掛けだった。独りで脱出してきた訳では無い。三日前までに火威が周辺の怪異を叩きのめし、排除していったことでマリエスやアルガナ以外を見る余裕が出来たのだ。

そこでノヴォールの亜人が、犬橇を走らせてケネジュの付近まで巡回しに来た時に発見したのである。

リーリエは、そのケネジュを奪還する為に少なくない軍勢を従えて来たのだ。

「全く、早まった真似を!」

ケネジュに急ぐ火威の兜跋は、モーターから賜った風車状に展開する大剣を取り付けた準強化仕様だ。リーリエは、何か焦っていたのかも知れないが、強化された装備を見せて安心してもらいたいという思いもある。

物体浮遊の魔法を兜跋に使う火威には、6リーグという距離は近い。見えてきた来た砦に、炎を吐き続ける白い龍の姿が見える。

この戦場にリーリエや薔薇騎士団の面々、そしてハリマというマリエスの戦斗メイドや、ノヴォールの連中がいるはずだ。

見えて来た龍種は翼竜とも飛龍とも違う。ジゼルが連れて来た味方の中にはいない者だ。したがって敵だろう。火威には、一刻も早く脅威を排除して味方の無事を確かめたいという心理が働いていた。

「マリエスの敵かァ!?」

空中で吠える火威。白龍は砦から顔を動かすと、今度は火威に向けて炎を吐こうと口内に炎を湛えた。確実に、敵である。

展開した大剣が魔導で回転し、神鉄が擦れる轟音と見た目にも凶悪な破壊力を生み出す。死ね! という言葉と共に、4本の大剣を先に集約させて炎を吐き始めた龍を頭部から砕き潰した。

「他ァ!?」

砦の周辺を見ると、生ける屍やらミティ、或は見た事もない二足歩行と思われる生物が群れを成して砦に押しかけ、その正門を破ろうとしている。味方は全員、砦の中にいると考えて良い。

そうと解れば、今見えている敵を全て排除すれば良いのだ。

その後、ケネジュの砦周辺で虐殺が始まったのは、言うまでもないだろう。

 

 

*  *                             *  *

 

 

リーリエが率いた軍勢の被害は、少なくなかった。

全滅こそしなかったものの、マリエス兵の過半以上は戦死し、ノヴォールの亜人の中からも、ナサギという者が半身を龍に食われるという痛手を受けた。

そしてリーリエは、龍の炎を一身に浴びて大火傷を負い、生死の淵を彷徨っている。

「オレを庇って、こんなことに……」

ヴィフィータは言う。味方を指揮していた時、現れた新生龍からの炎を浴びそうになった時にリーリエが彼女を弾いて身代わりになったと。ナサギは龍の口に蓋をするために、自ら龍の口に突っ込んで行ったのだという。

「医術者がいるマリエスにリーリエさんを移送します。車を廻して来るので少し待堪えてて下さい」

リーリエの金糸のような髪は焼け落ち、包帯を体中に巻いている。息も荒く、所々血が浮き出ている姿は見るからに痛々しい。

「大丈夫です。俺は戻ってきました。勝ちますよ」

そう言って安心させようとするが、何せ全身を包帯で巻かれているので表情も解らない。名工が鍛えたような美しい剣のような姿が見られないのは、素直に残念である。

グランハムやヴィフィータ、それに薔薇騎士団員の手伝いで彼女を担架に移して96式装輪装甲車に乗せた時、ジオが「ナサギも連れて行ってやって欲しいな~ん」と抱えるほどの箱を持って来た。ここまで酷い状態のいたいなら、生ける屍になる心配もなかろうと乗車を許可する。

「何故いま、ケネジュの奪還を?」

マリエスに帰還する傍ら、リーリエには眠りの精霊で痛みを忘れてもらって眠ってもらい、ヴィフィータやジオにそんなことを聞いた。

「マリエスにいるアロンって弟がな、ここでロゼナ・クランツの首領がいるって話しをしたそうだ」

「敵の親玉がこんな近場にィ?」

情報が疑わしいと、火威は言葉尻にも主張する。

「いや、有り得ない話しじゃない。君の活躍で暫く彼方は劣勢だったからね」

人間の賽になっているマリエスを攻略するには、怪異を何十頭も使役する必要がある。その場合はゾルザル派の帝国軍の怪異使いと同じように近くにいる必要があるのだ。

そして、呪いをより効果的にするのにも、対象に近付く必要があるとグランハムは言う。

「つまり、今の状態を続けていれば向うから近付いて来るんスね?」

「こちらがそれまで“持てば”の話しだけどね」

それが問題であった。先程、聞いた話しでは火威が新たに見た生物は蟲獣の一種で、その卵を弾丸のように飛ばす能力を持っている。地球にも他の生物の体内に卵を産み付ける蜂や蝿はいるが、弾丸のように飛ばすような凶悪な生物はいない。

ノヴォールの分厚い皮膚で弾かれる程度の威力なのが不幸中の幸いと言える。先程までいたケネジュでも、ノヴォールの連中が盾になることで“この攻撃”による犠牲者は出ていない。

が、他の人間には脅威である。撃ち込まれた卵から孵った幼虫は犠牲者の肉を食い破り、宿主を殺してしまうのだから。

 

 

*  *                             *  *

 

 

夕方から吹雪で閉ざされるであろうケネジュから、ハリマは自前の翼で飛んで来れる。他の者は来る時に使った犬橇が、砦の中に仕舞い込まれていた。

ハリマやミューから聞いた話しだと、アロンというリーリエの弟は捕虜になる前と救出された後とでは人が違ってしまっているらしい。

リーリエがケネジュにいる時に一日経っているからシュテルン家の者で間違いないのだろうが、心穏やかだった以前と比べると明らかに別人なのだと言う。

「きっと心の病気なぁん」

ナサギを地に埋めたジオが、栗林に答える。亜人を見下すばかりか、同族のヒト種に対しても攻撃的な態度を取り、時には武器を持って威嚇する。そう話すジオより離れた広場で、ノヴォールの連中が神を模した雪像を作って願いという名のリーリエの全快祈願をしていた。

「なんかアイツやばいな」

そんなことを呟きながら、シュテルン邸を出てきたのは火威だ。マリエスに戻ってすぐ、リーリエを医術者に診せたのである。

「どうでした?」

「うん、だいぶ危険な状態らしい」

あとアロンとか言う奴がスゲー切れてた。落ち着くまで栗林も屋敷に近付かない方が良い。と、そんなことを栗林に言う。

火威はマリエスを3日空けたことの責任を追及されたという。凶器を持って迫って来るから、眠りの精霊で眠らせて逃げて来たんだとか。

そこまで言って、火威はノヴォールの連中が雪像なぞを作っているのを見た。

「おいちょと! 何やってんだ!!」

白い雪は魔導の良媒体である。そんなことをノスリという種族らしいノヴォールの連中が知る筈は無かった。

神の雪像を手でぺたぺたと成型し終えると、一瞬光った。そして滑るように動き出す雪像。

「な、何なぁん!?

「やぺっ! 冷めたっ!」

雪像は大量の雪を吐き出しながら移動する。正にスノーゴーレムである。

「ばっか! 山脈内は敵魔導士の支配下だろうがって!」

殺傷力は無いが、マリエスには幼い子供や年寄りもいる。武装を解いて兜跋を装着するだけの火威には、選べる手段は限られていた。

爆轟と体当たりで雪像を粉砕する。

「うわチベてっ、服ン中に入った!?」

急いで兜跋と戦闘服を脱いで下着姿になるが、今の氷雪山脈でこの姿は寒い。肘を抱えるようにして荷物を置いてる装輪装甲車を見た時だ。

ズン

という感触だったと思う。痛みを感じる前に、火威は自分の上腹から生える槍を見た。

「なに……」

「3日も空けて姉上を傷付けた罰だ」

火威の背から槍を突き立てていたのは、アロンだった。

栗林も、ジオも、騒いでいたノスリの連中も言葉を失う。それは火威も同じだった。精霊魔法で眠らせた相手のはずなのに、動けるのが解らなかった。

だが、それと同時に言いようの無い怒りが頭を(もた)げ始めた。こっちァ、お前らの為に婚約者連れで苦労してんだよ! とでも言いたかったのかも知れない。

自身の腹の前に突き出る槍を掴み、ボキりとヘシ折る。全ての槍が抜けて血が噴き出たが、気にせず振り向く。

振り向き様に火威は言う。

「こっちゃ野郎が死のうと知ったこっちゃねェんだよッ!!」

言いながら繰り出した鉄拳はアロンの顔面を確実に捕らえ、殴り飛ばす。ふっとんだ白い物は唾か前歯か。意識は完全に一撃で刈り取った。

直後に呻き、膝を崩して火威は地面に斃れる。

「さ、三尉!!」

栗林は駆けだす。そして一昨日の車内でのことを思い、婚約を受けるんじゃなかったと心から悔やんだ。




シリアス、リストラしました。
OWを出してる辺りシリアスから脇道入ってます。
次から本気出します。

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