でもこの話が描きたかったんだ…初めてハッキリと八頭龍が出て来るからね。
さて時逆と共に500年前の幻想郷に飛んだ霊夢。
時逆が言うには八頭龍が幻想郷に目を付けたのは中国から幻想郷を目指す妖怪の群れを追ってきて、その過程で幻想郷を知り、眼を付けたのである。
では500年前、八頭龍の二首がやって来た時の事より先に、その中国の妖怪の群れのお話を、少ししていこう。
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500年前、中国にあるとある異界。
ここではかつて地球上に生息していた多数の絶滅生物、妖怪、様々な動物が共に暮らす平和な世界だった。
古代生物たちはその世界で幾度となく死と繁殖を繰り返す。妖怪たちは短命の変化からほぼ不老に近い大妖怪までそこに住み、動物たちは古代生物や妖怪を恐れることなく暮らしていた。
古代生物、特に爬虫類は既に妖怪化した進化をたどって来た種も多く居り、それらの妖怪蜥蜴や恐竜たちは毎年繁殖シーズンを迎えると大きな湖のほとりで卵を産む準備を始める。
その中に、大蜥蜴という体調5メートルにも及ぶ妖怪蜥蜴の母親が自分の卵を巣に並べ、それを眺めていた。
すると何処からかやって来た子猿が巣にある卵を触ったりし始める。好奇心の強い年ごろなのだろう、大蜥蜴の母親は優しく尻尾でその子猿を押しやった。
しかし子猿はそれでも卵を持ち上げようとしたりするので母親もさすがに大口を開け鳴き声を発し子猿を追い払った。
子猿はつまらなさそうに大蜥蜴に唾を吐くと、そのまま森の方へ走り去っていった。
子猿は大きなトンボを追いかけて森の中へ入っていく。
トンボはつるつるした巨大な板が並んだような岩壁にとまる。子猿はそれを取ろうと近づいた瞬間、目の前の岩の亀裂のような隙間からどろりとした液体が飛んできた。
それは子猿の腕にかかり、不思議がってその液体を触ってみる。
匂いを嗅いでみても何か分からない。そしてふと上を見上げると、上の方の岩場がバキッと崩れたかと思うとそこに巨大な丸い目が現れた。
その目の主は巨大な頭部を持ち上げ始める。
なんと、今まで岩壁だと思っていたそれは巨大な蛇の頭を持った龍で、不思議がっていた液体は口の隙間から飛び出た涎だったのだ。
子猿は大慌てで森を抜ける。
キーキー喚きながらこちらに走ってくる子猿に、何事かと周囲の妖怪や動物たちが顔を上げる。
すると森の木々を吹っ飛ばしながら巨大な龍の口が天へ伸びていく。
そしてその龍、正体を八頭龍の首の内の一つは下顎の鋭い前歯を地面に突き立て、谷のように大地を捲り上げながら土や岩盤ごとその異界を喰らって行く。
さっきの大蜥蜴の母親も流石に巣をその場に残し、他の妖怪たちと逃げていく。
八頭龍は大地を削り、前進しながら逃げる妖怪や動物たちを土ごと口に流し込んでいく。
そのまま大蜥蜴の巣に有った卵も呑みこまれたが、そのうちの一つだけが衝撃で八頭龍の口元から毀れ、宙を舞って行く。
その日、中国に有った古代生物と妖怪の楽園が、八頭龍に食い滅ぼされた。
一方、中国の辺境の山間にある小さな村。
その村の地主、フーシーが飼っている牛たちの小屋の前に置いた干し草の束の上に、突然何かボールのようなものが降って来た。
近くに居た農民がそれにビックリして傍を離れる。
農民たちは表面に黒い斑点のある30センチくらいの見慣れぬ卵を恐る恐る見る。
ゴンピン「父さん、アレなんだろう?」
フーシーの幼い息子のゴンピンが後ろから話しかける。
フーシー「わからん…」
もう50にもなるフーシーはぼそっと素っ気なく答えた。
フーシーの娘でゴンピンの姉である16歳のリンモが卵をもっとよく見ようと大胆に干し草をかき分ける。
フーシー「リンモ、危ないぞ!」
小声で娘をたしなめた。
だがリンモは耳を貸さずに、その卵をまじまじと見る。近くに見るとかなり大きく、中で何かが動いている。
と、ふいにバリッと音を立てて卵にヒビが入った。
リンモ「父さん、こっちに来て」
リンモが呼びかけた。
フーシーは警戒気味にリンモの後ろに立つ。
フーシー「何だった?」
リンモ「卵だったわ」
リンモは父に背を向けたままで答えた後、ゆっくりと体を回し両腕に抱いた赤ちゃんを見せた。
この村では滅多に目にすることのないものだった。
フーシー「そいつは妖怪蜥蜴だ!山の向こうに住む、獰猛な妖怪だ…」
フーシーは恐怖の声を上げた。
リンモ「何よ、ただのあどけない赤ちゃんじゃない…」
動じるまでもなく言葉を返した。
妖怪には違いないが、今はまだ弱い赤ん坊なのだ。
フーシー「妖怪の大蜥蜴はすぐに大きくなる。うっかり背を向けようものならコイツにぱくりと喰われちまう!」
彼は集まってきていた村の人達に大げさに言い放つ。
フーシー「いいかリンモ、そいつは危険なんだ。すぐに始末しなけりゃならん…」
フーシーは村の人達になおも危険だと大声で言い続ける。
リンモは赤ちゃんの澄んだ瞳を覗き込んだ。危ないどころか、無邪気でかわいらしい。
リンモ「ごめんなさいね、赤ちゃん」
静かにそういうと、その大蜥蜴の赤ん坊を父に渡した。
リンモ「じゃ、自分で始末してよね」
フーシー「え?」
不意を突かれてたじろいだ。
何とか落ち着きを取り戻すと、きっぱりした口調で続けた。
フーシー「いいとも、任せておきなさい」
フーシーはその赤ん坊を地面に置くと、倉庫から鍬を持ってくる。
そしてその鍬を大きく振り上げた。流石に鍬で一気に叩かれれば妖怪蜥蜴と言えども死んでしまうだろう。
リンモ「早くしないと食べられちゃうわよ?」
乳を軽い口調でからかった。
フーシーは何かもごもごと呟き、皆に注目されているのを意識して急に落ち着かない気分になった。
彼は村では年貢も払える分が揃うまで待ってくれる、彼が育てた野菜を安く売ってくれるなど優しい地主として評判高いのだ。口ではああいってもまだ罪のない妖怪の赤ん坊を殺せるはずがない。
フーシー「ほら…」
彼は躊躇いがちに言いながら鍬を地面に置くと赤ん坊を拾い、娘に渡した。
リンモ「大丈夫よ、この子は野菜とか木の実しか食べないように育てるから」
フーシー「気を付けろ、噛まれないように…」
フーシーは鍬を倉庫に戻すと、家に向かって歩いていった。
ゴンピンが他の子供らと一緒にフーシーの横から走り、リンモに駆け寄る。
ゴンピン「この妖怪、歯が無いよ。どうやって噛むの?」
リンモ「よしてよゴンピン。こんな可愛いのに人を食べると思う?」
妖怪の大きな唸り声が轟くと、子供たちは村の家々の間をキャーキャー騒ぎながら駆け抜ける。
3人ほどの子供の一人、ムァリーはリンモの娘である。
大きな四足の今でいう恐竜のような姿の妖怪は華麗な足運びで家の間をするりと通り抜け子供に追いついていく。
妖怪がすぐ後ろまで迫っていた。鋸のように鋭く並んだ歯を見せ、唸ってみせると子供たちは怯えて身をすくめる。
「僕の勝ちだな」
ムァリー「も~速いよ~!」
その妖怪蜥蜴は生まれつきのテレパシーのような術で人間の言葉を話す。
でもすごく面白かったわ!とムァリーの友達も笑いながら飛び跳ねる。
そう、この怪物は子供たちを襲っていたわけではなく、15年前にリンモが自分の子供のように育て、今や立派に成長した妖怪蜥蜴の赤ちゃんなのだ。
この蜥蜴は「ファダオ」と名付けられ、今や村にも上手く馴染み村の民同然に愛されてきた。
リンモ「はいはい、もう夜遅いから子供たちはもう帰りなさいな」
今や大人になったリンモがファダオらのもとへ現れる。
ムァリーの友達は手を振りながら帰っていき、それを見送ったムァリーは母親であるリンモに駆け寄る。
リンモ「ところで、ゴンピン見なかった?」
ファダオ「ああ、アイツなら山の方に居るよ。迎えに行ってこようか?」
リンモ「頼むわね、私たちも先に帰ってるから」
ファダオは5メートルを優に超す体を起き上がらせる。
蜥蜴とは言ったもののその骨格は通常の蜥蜴などの爬虫類とは少し異なり、獣のように腹を地面から浮かせた態勢を基本としている。
ファダオは青年に成長したゴンピンを探しに行くために山に入っていった。
彼はお調子者だし、だらしない服の着こなしとぼさぼさの髪の毛から見てくれが悪い。
でも根は純情で憎めない奴なのをファダオは知っている。
ゴンピン「ねぇ、かわい子ちゃん」
ゴンピンは女の子を想像しながらやっとひり出した口説き文句を披露する。
ゴンピン「俺のお嫁さんになってくれたら、君のお婿さんになってあげる」
そこで足を止めると、自分のセリフについて考える。
ゴンピン「女の子のハートをとろかす殺し文句だ、おぉ~う決まってる!」
ファダオ「熱があるんじゃないか?悪い病気にでもかかったみたいだ」
ファダオはゴンピンの背後から話しかける。
彼は驚いたような顔をするがすぐにいつもの眠たそうな顔に戻り、ファダオの背中によじ登る。
ファダオ「リンモがもう帰って来いってさ」
ゴンピン「けっ、わくわくするね。カビの生えた説教が楽しみだ」
ファダオ「おいおい、そんな事言っちゃいけないぜ…」
そんな会話をしながらファダオとゴンピンはリンモとムァリー、そして地主のフーシーの待つ家へと帰った。
夜、ファダオは丸まって外に広場に寝転がり、それにゴンピンが寄りかかって鼻をほじっている。
ファダオ「昨日、またお見合い成功しなかったんだって?」
ゴンピン「いいんだ、どうせ。一人の方が気楽だからな…」
昨日は村の未婚の若者を集めて集団お見合いが開かれた。
ゴンピンは今年で二十。初めての参加だったが、いつものだらしない態度から誰も選んではくれなかった。
ファダオもその時は村で誕生したカップルを見て喜んだが、やはり自分も寂しさと切なさがこみあげてきて胸を締め付けられる。
この村はおろか周辺には同じ妖怪蜥蜴も普通の妖怪も居ない。
自分も誰かと結ばれることなど、村を出ていかない限り永遠に来ないだろう。
と言っても、ファダオは人間に育てられた穏やかな妖怪だ。番探しに山を越えても他の妖怪か人間に殺されてしまうだろう。
それをわかっていたから自分もずっとこの村に居るつもりだった。
しかし、終わりは突然やって来た。
ゴンピンがふと空を見上げると空には無数の流れ星が。
ゴンピン「…」
ファダオも上を見上げ細かい流星群を眺めている。
リンモもムァリーも、窓からその流星群を見ている。
村中の人達がそれを見る中、突然もっと明るい光が空から刺した。
なんと空から隕石が降りて来たのだ。
ファダオはすっかり腰を抜かしてしまったゴンピンの足を咥え強引に背中に乗せる。
フーシー「んあ、どうした?」
あれから年を取ったものの、まだまだ現役のフーシーが居た。
ファダオ「アレを見て、危ないからどこかに隠れるんだ!」
フーシーも背中に乗せ、家へと全力で走っていく。
しかし、村の隣の山にその小型隕石は落下した。
目もくらむ閃光と共に爆風が発生し、村を端から吹き飛ばしていく。
炎の衝撃が背後から迫るのを目撃したファダオは、背中に2人を乗せたまま家の外に出ていたリンモとムァニーに向かって思い切り飛び跳ねた。
ファダオが目を覚ますと、そこは夕方にゴンピンと一緒に話していた山の中だった。
どうやらこの山も爆発と爆風の被害を受けたようで、木々は倒れ火が付いている。
茂みを除くと、向こうに真っ黒な荒れ地と化した村が見える。
ファダオ「…そうだ、皆は…!?」
リンモ「大丈夫、ここよ…」
どこからかリンモの声が聞こえた。
だが姿がどこにも見えない。
何か腹の下に動くものがあるので、体をどかしてみるとそこにリンモにフーシー、ゴンピンとムァリーと家族全員が無事で揃っていた。
ムァリー「皆…死んじゃったの?」
ゴンピン「あれじゃあ、俺たち以外に生きてる奴なんていえねぇだろうよ…」
フーシー「全滅か、しょうがないな…。村に戻って食料を集めて、それを持って明日の朝別の村に行ってみよう…」
ファダオはふらつきながら大木の根元に倒れ込む。
ムァリーは友達の名前を只ひたすらに叫ぶ。しかし、何度呼んでも姿を現すどころか返事さえも帰ってこない。
見かねたファダオも力を振り絞り大きな雄叫びを上げた。
だが、ぱちぱちと燃える火の音以外には何も聞こえることはなかった。
リンモ「大丈夫よ、思いつめないでムァリー」
リンモは泣くムァリーを抱き寄せた。
そこにフーシーとゴンピンも身を寄せる。
望みを持ちたいが、それも駄目だった。今まで故郷だった村は滅茶苦茶に破壊された。
ファダオも4人も、見知らぬ土地に放り出されたのだ。
翌朝、フーシーは大量の食糧と水を詰め込んだ大袋をファダオの背中に乗せて結びつけると、自分らも背中に飛び乗った。
ファダオは気力を奮い起こし足を一歩踏み出してその場を離れた。