一方、500年前に時逆と共にやって来た霊夢。
霊夢「ここが500年前?」
霊夢は飛びながら後ろを見ると、そこは先ほどまで自分が居た崖の岩壁が聳えている。
時逆「待ちな、もうじき来るよ…」
しばらく待っていると、妖怪の群れがこちらに歩いてきた。
霊夢が見ればその30体ほどの妖怪の群れは多く見えたが、実際は群れが旅を始めた時の4分の1程しか生き残っていなかった。と、その時、その群れの真上に真っ暗な穴が現れ、そこから傷だらけの小さな白面の者が落ちてきて群れの中に消えていった。
霊夢「シロ!」
群れの先頭は立ち止まり、信じられないと言った顔で立ち尽くした。
今まで進んできた道は高いごつごつした崖で止まっていた。それに続いて付いてきていた妖怪たちも強いショックを受け、絶望した顔で崖を見つめていた。
ここは妖怪の山の裏側、もう既に幻想の楽園にたどり着いたも同じなのに、この崖を越えねば楽園に入ることはできない。
元よりこの群れは飛べない妖怪を集めて作った群れなのだ、飛べる訳もなく、この崖を上り切れるのは体力と強い精神力を持つ者だけだろう。
どうやって幻想の楽園に入ればいいのだろう?クルトに何か考えはあるのだろうか?複雑な感覚のまま、崖とクルトを見比べた。
リージャ「別の道を捜しましょう」
クルト「…いや、ここを上る」
クルトは妹の意見さえも遮り、ここを上ると言い始めた。
ファダオは洞窟の入り口まで引き返して外に出た。
そして、クルトの匂いをたどりながら道を進んでいった。
行く途中で何十匹もの妖怪の死骸を見る羽目になった。群れについていけずに脱落した者たちだろう。
まもなく彼は何か巨大なものが動く気配を感じ、辺りを見渡した。
遠くに見えたのは、山のように巨大な体を持つ八頭龍だった。
目をクルクルさせて辺りを見渡しながらゆっくりと自分の方へ向かってくる。
ファダオは龍が妖怪の死骸を地面ごと呑みこんでいる隙に、足早にその場を離れ先を急いだ。
そのファダオが進んでいった方向を、龍はちらりと見た。
妖怪の群れは半ばクルトに脅されながら前進しようと試みていた。
まず最初に屈強な妖怪たちが崖を上ろうと試みたが、なかなか上へ進めなかった。
クルト「諦めるな!生きるため、未来のため崖を上るんだ。さぁ行こう!楽園へ、幻想の地へ!」
そんな言葉もその場においては全く効果が無かった。
強靭な肉体の妖怪にとっても、長旅の疲れはピークに達しているのに、その状態でこの崖を上れるわけがない。
ブギー「やはり、他の道を捜した方がよいかと」
一足先に安全の確認をするためにここに到着していたブギーが言う。
クルト「黙れ、このデクノボーが!お前が最初に道を選んでいればこんな事にはならなかった!」
ブギー「…」
ブギーは喉を鳴らしながら不服そうな顔をした。
クルトはリージャの足元をうろうろしていた子猿を見つけるとそれを引っ立てた。
リージャ「やめて兄さん!」
しかし兄は乱暴に妹を押しやると子猿を岩山の斜面に乗せた。
クルト「おい猿共、お前達なら岩壁も登れるだろう、行け」
子猿はオロオロしながら少しずつ崖に手をかけた。
クルト「こんな小さな猿も登ろうとしている、お前らはそれでいいのか!?」
群れは愚痴や不平をこぼしながらも、しぶしぶ崖に歩みを進めた。
狙い通りだ、クルトは勝ち誇った笑みを浮かべた。
ファダオ「クルト!」
その時、後ろの方から息を切らしたファダオの声が響いた。
ファダオはクルトに強く呼びかけた。
ファダオ「クルト、早く別の道を行くんだ!巨大な龍が迫ってる!」
群れから恐怖のうめき声が上がり騒然とする。
クルト「速く登れ!」
ファダオ「まて、楽園に通じる安全な道を見つけたんだ!」
リージャ「兄さん、ファダオの話を聞いて」
ブギー「そうだ、龍が来ている。追いつかれる前に安全な道を行こう」
クルト「何だと?」
ファダオ「こんな崖にこだわっていたら、いつまで経っても楽園にはたどり着けない」
クルトは苛々し始め、腹いせに子猿を崖の上の方へと突き上げた。
ファダオ「このままじゃ群れは全滅するぞ!」
クルトへの説得をあきらめ、群れに説明する事にした。
自分の言葉に耳を傾けてほしい、それの一心で呼びかけ続ける。
ファダオ「道へ案内するから、皆ついて来い!」
その言葉を聞いてブギーはファダオについていこうとした。
だがクルトは怒り、そのブギーを突き飛ばしてファダオを殴り倒した。
リージャ「兄さん!」
しかし妹の声は耳に入っていなかった。
リーダーである自分に逆らう事は許さない、誰であれ許すわけにはいかない。
クルトはファダオの首に噛みつき押し倒して組み伏せた。
ファダオも抵抗し、爪をクルトに腹に突き立てる。
完全に怒り狂ったクルトは爪を振り上げ、ファダオに止めを刺そうとする。
しかし、クルトは何かに突き飛ばされ岩に激突した。突き飛ばしたのは、部下のブギーと妹のリージャだったのだ。
クルトの顔にショックの色が浮かぶ。
ブギー「悪いな、俺はこの若造についていく…」
ブギーもリージャもクルトを軽蔑したように見ると、ファダオの後ろについて歩いていった。
クルト「リージャ!ブギー!!」
呼びかけても振り向いてはくれなかった。
親友でもあった部下と、妹に見捨てられたのだ。
リージャは既に心を決め、ファダオについていく決心をしていた。ブギーもだ、最初は頼り有るリーダーを慕っていたが、だんだんとその本性が見えて来るにつれ少しうんざりしていた。
他の妖怪もファダオを先頭に歩みを進めた。
が、その時、猛々しい雄叫びが谷に轟いた。
霊夢「…何?」
時逆「来たぞ!」
そしてついに谷の向こうから地面を削り、互いの体をぶつけながらこちらに近づいてくる八頭龍が現れた。
その山のように巨大な龍の出現に、妖怪たちはうろたえ、パニックに陥った。
しかし、ファダオは逃げなかった。
向かってくる龍の正面に躍り出て、大口を開け咆哮を轟かせた。
続いてリージャとブギーがファダオの横に立ち、同じく雄叫びを向けた。
それにさらに続いて他の妖怪たちも加わり、炎を吐いたり石を投げたり叫んだりして必死で抵抗した。
八頭龍は驚いて喉を鳴らしながらその場で止まり、後ずさる。
その時、群れの中から白い大きな塊が現れ、龍の頭を殴った。
白面「おぎゃあああああああああああ!!」
目を覚ました白面の者までもが抵抗に加わり、傷だらけの身体で龍に立ち向かい始めたのだ。
だが八頭龍も諦めない、八頭龍も妖怪もこの谷ごと喰おうと大口を開けた瞬間、口の中に光の弾が飛び込んできた。
驚いて上を見上げると、そこに居たのは八雲紫率いる強力な妖怪たちと、500年前の博麗の巫女であった。
紫「この龍は異界を喰らう龍!妖怪の勢力を上げるために妖怪をこの幻想郷へ呼んだが、龍を入れる訳にはいかない!」
群れの妖怪と紫率いる妖怪、そして白面と巫女は龍に対して絶え間ない攻撃を浴びせた。
だが紫の攻撃も巫女も妖怪の攻撃も八頭龍にとっては針を刺されたに過ぎなかった。
再び身をくねらせ、襲い掛かる。
しかし、白面の炎は龍の鱗を焼き肉を焼き、尾の一撃は確実に龍に打撃を与えていった。
龍の一頭は諦めて空へと消えていった。それを見たもう一頭の方もその場を離れ、威嚇しながら見ているだけだった。
しかし、龍は見つけた。
崖を上ろうと奮闘するクルトの姿を見た。
そしてクルトを呑みこもうと一気に身を進めた。
ファダオ「クルト、龍が!」
クルトが振り向くとすぐ後ろに龍が迫っていた。
急いで登ろうとするも時すでに遅し、昇っていた崖を削り取られ、下へ落下していく。
巫女「まだ諦めないのか!」
さらに紫と巫女が攻撃を加えると、龍も諦めた。
去り際に覚えておれと言わんばかりの咆哮を届かせ、どこかへ去っていった。
そして戦っていた白面の者もふらふらと飛びながら山を越え、どこかへ飛んでいった。
紫と博麗の巫女らもすでにどこかへ行っていて、ファダオは礼を言う事が出来なかった。
リージャ「兄さん!」
リージャは崖から落下し、地面に体をぶつけたまま動かない兄へと駆け寄った。
後に続いてファダオとブギーも駆け寄ったが、既にクルトは息をしていなかった。
妖怪の社会は時にむごいものを見せる。弱い妖怪は息絶え、強い妖怪だけが生き残る。
3匹はクルトに最後を別れを告げると、妖怪を連れてファダオに付いていった。
そしてついに、妖怪のその群れは中国からの何百、何千キロという旅路の果てについに幻想の楽園、幻想郷へとたどり着いたのだ。戻って来たファダオと群れを、ジェニィとグラン、フーシー達が待っていた。
霊夢と時逆は東にある丘の上を見に来ていた。
そこには強力な結界の中で眠る白面の者と、それを囲む紫と博麗の巫女が居た。
紫「この白面の者は確かに恐ろしい。目覚めればこの幻想郷の脅威となるかもしれないわ…」
巫女「だけど、次に八頭龍が目覚めた時に白面の者は重要な戦力となるはず。ここに目覚めるまで結界で守りながら封印しましょう」
紫「…確かに、白面の者ほどの強力な攻撃をできるものは居ない」
巫女「紫はこの白面の上に神社を建ててください。幻想郷の民から存在を隠すために」
紫「何をするつもり?」
巫女「それと…外から獣の槍を持ってきて。白面の者は憎しみや恐怖を力とします。なので私が槍を使い獣となり、白面を憎み続けるの。そうすれば白面は誰からも知られなくても、私の憎しみを糧にして生き長らえることができる」
紫「そんな…貴方はそれでいいの?」
巫女「八頭龍から…幻想郷を守るためだもの」
紫「分かったわ…」
紫は数日後に獣の槍を外から持って来た。
すぐ近くで眠る白面の者の気に反応する獣の槍は力を最大限に発揮し、ものの数時間で使い手の魂を削り取る。
獣となったその博麗の巫女は、あらかじめ妖怪の山の裏の斜面に作られた家に入り、そこで白面が復活するまで一人で過ごすこととなった。白面が眠っている間に滅ばぬように…。
霊夢「じゃあ、さっき家に居た妖怪って…」
時逆「そうさ、白面は憎しみを力にする。そして獣の槍を使い魂を削られ獣になった者は槍に刷り込まれた憎しみだけが残るので、自らそれになりあの家で住み始めた…500年前の博麗の巫女さぁ」
霊夢「…」
時逆「理解できたかえ?じゃあ次はその380年後、再び八頭龍が現れ博麗大結界を張ることになった時代へ行こうかぁ」
時順「さあ行くぞえ!」
時逆の横からそっくりな時順という妖怪が顔を出す。
時逆が時を遡る妖怪とすれば時順は時を順に昇っていく妖怪で、この2人が揃わなければ時間を移動することはできない。
霊夢らは380年後に飛んでいった。
到着したとたん、目の前を稲妻が横切った。
空は嵐で荒れ狂い、各所には雷が落ち地面は水浸しだ。
黒雲の隙間から長大な龍の胴体が見える。それは真っ赤な皮を持つ首から、鉛のように硬そうな鱗を持つ首もあった。
そう、八頭龍の全ての首がこの幻想郷の空に集結しているのだ。
紫「まだ白面の者は目覚めないの?」
紫は近くに居た女にそう問う。
どうやらその女はこの時代の博麗の巫女のようだ。
巫女「まだ…。しかし無理に目覚めさせるために結界を解くわけにもいかない…白面が居なければこの幻想郷は破壊しつくされてしまう…」
紫「そうだわ、昔、外の世界で白面の者は海底で結界に封じ込まれた。だから、私と貴方で新しく結界を作り、それを使えば…」
巫女「なるほど、あの八頭龍が幻想郷にも外の世界にも行けないように2枚の結界の間に挟みこんでしまえばいいんだわ」
紫「其の為に結界を張るには強力な妖怪たちの妖気も使わなければそこまで強い結界は作れないわ、妖怪を集めましょう」
紫と巫女は空間にぱっくりと開いたスキマに入っていった。
8本の龍の身体はやはりそれぞれ一本一本が異なった外見を持っているようだ。
その中で棘だらけの蛇のような龍が雲の中から顔を出した。
『…この地に憎き白面の者が眠っているのはワシらも分かっておる。白面を出さないというなら今こそこの界を喰らい尽くしてやるぞ』
しゃがれた、機械で編集したような低い声が響く。
それは前にシロ達に撃退された2首の内の斧のような背びれを持つ龍だった。
おそらく八頭のうちのリーダー的な存在なのだろうか。
その口の隙間から紫色の舌をチロチロさせるたびに稲妻が地上に落とされていく。
あのとらの雷さえもその稲妻の足元にも及ばないだろう。雨はより一層強くなり、まるで龍が大地を食べやすいようにほぐしているかのようだった。
その時、地上に紫と巫女率いる無数の妖怪たちが現れる。
紫と巫女、その妖怪たちは祈るように両手を頭の前で合わせ、目をつぶる。
『くくく、許しを乞うているのか?それとも非力な神にでも何か祈っているのか?』
心臓に直接響くような声を出す。
『では喰おうてやろう!』
大口を開け、ピンク色の口内に長く反りかえった牙を剥き紫たちを喰おうと向かって行く。
が、しかし、見えない壁のようなもので動きを止められる。
『け、なんだ…ワシにも破れぬ結界が…!』
その結界はどんどん龍を押し出すように広がっていく。
他の七首の龍も加わるが、それも空しく八頭龍は雲のもっと上まで押しだされていく。
そしてその結界が光ったかと思うと、八頭龍の姿は消えていた。
紫「今の結界には2つの意味がある。表向きは外の世界とこちらを行き来不可能にするため、本当の意味はあの八頭龍を現と幻想の結界の間に閉じ込める事…」
雲がだんだんと散り、雨も小雨になり太陽の光が照り始める。
巫女「これからはこの結界を私と紫が管理していく。白面の者が目覚め、十分な戦力が整うまで八頭龍を幻想郷に入れないために」
霊夢「…」
時逆「どうじゃ…理解できたかい?」
霊夢「うん…理解かったよ。つまり、私とシロで…八頭龍を討たなければならないのね」
時逆「そうだ。できるかな?」
霊夢「分からない、でも時逆と時順は時間を移動できるから…結末も知っているんでしょ?」
時順「さァ?わしらは知らないさ…何たってお前さんとシロを見ているのがとても面白くては、先を知ってしまっては面白くないだろう?」
時逆「だからあたしらが見るのも見せるのも過去だけさ…」
時間のはざまに空いた穴に、霊夢は入っていく。
現代の先ほどの家の中に戻れる穴だ。そこから出ていった霊夢を見ながら、時逆と時順は顔を合わせる。
時順「あれほど忌み嫌われ怖れられた白面の者が、今じゃこのちっぽけな異界を救うための忠心になっているとはな…」
時逆「何だか、あれほど白面を倒すために奮闘していらっしゃったあの方に申し訳ない気がするがなぁ」
時順「…いいんじゃないかい。あたしらは時を旅する妖怪、過去に囚われるのは『ナンセンス』ってもんさ」