南米の海に浮かぶとある島。今日、ここでは5年に一度の特別な祭りが開催されていた。
「今日は、ここら一帯の諸島の守り神様に感謝する祭りなのじゃよ。あの島は、大昔に暴れた神様が鎮められておるのじゃ」
「へぇ~」
山の中腹から見える海に浮かんでいる、岩山にところどころ緑が生い茂っている島に向かって手を合わせるお爺さんのマネをして、孫も手を合わせる。
だがその時、大きな地震と共に海が大きく波立った。
「じいちゃん…あの島が動いとるよ…」
子供の言う通り、島は至る所から噴煙のように妖気を放出しながら海から浮かび上がり、そのまま浮遊して見せた。
「ま、守り神さまがお怒りじゃ…!!」
『…キュエイアアアアアアアア』
─────────
龍と二体がぶつかり合う。その衝撃で両者は反発して同時に吹き飛んでしまうが、空中で踏みとどまる。
シロの身体には無数のヒビや傷が入り、霊夢も傷だらけだ。だが、ジエも鱗が広い範囲にかけて剥がれ落ち、もはや攻撃に使用できるような棘も牙もヒレも残されていない。お互いに満身創痍の状態だ。
霊夢「ぜぇ…ぜぇ…」
『…けええええ…よくぞこのワシをここまで追いつめた。お前達を怖れているのも、今は認めてやる。お前の噂を聞き及んだ時から、ワシは忌々しい恐怖に囚われていたようだ。だが…それがどうした?』
ジエはゆっくりと身を伸ばし、身体を弦糸のようにピンを張った。
『ワシが弱者にここまでしてやられて負けられるか!?』
シロ「…気を付けろ!」
その時、周囲を膨大な量の妖気が覆った。シロとはまた別ベクトルな、生物的な絶望感を醸し出す死の妖気だ。直後、大きく幻想郷そのものが震えだした。周囲に漂う妖気が固まって巨大な結晶となり、隕石のように降り注いで地上に激突していく。
霊夢「隕石!?」
ジエは奈落の穴から伸びている身体を目いっぱいに引っ張る。すると奈落の穴の周囲に亀裂が走り、そのままガラスのようにバリバリと結界が砕け散った。
『…キュオアアアアアアアアアアア!!』
結界を突き破って現れたのは、空飛び甲高い咆哮を轟かす巨大な島だった。いや、島ではない…確かに一見すると島に見えるが、これは背中に山を背負った巨大な生き物だ。
そして霊夢とシロは、その正体を見た。8本の触腕をグネグネと振り回し、黒目が横に広がった黄色いギョロ目、薄い青紫色の肌。そして8本の触腕の付け根にある大きな牙が並んだ円形の口を持つ、龍とも海棲頭足類ともつかない異形の怪物だった。
『もう幻想郷を喰らうなどどうでもいい、お前を!お前達だけを!!この場で全力で殺してやる!』
何ということだ…。今まで必死に戦ってきた龍は、八頭龍の頭などでは無かった…8本の触腕だったのだ。そのうちの一本がジエと繋がっている。これほどまでに自分らを苦しめたジエでさえも…腕の一本に過ぎなかっただと…?
シロ「生意気な…!」
八頭龍の”8本の触腕”が霊夢とシロに襲い掛かる。一本は微量ながら電気を帯び、またもう一本は先端に開いた小さな噴気孔のような穴から熱線を放つ。かつて八頭龍の頭として使用していた触腕が破壊される前の特性を残しているのだろうか。鞭のように振り回されるそれら触腕に殴り飛ばされ、さらに弾き飛ばされる。
『クハハハハハ!やはりお前たちは弱いな…よいか、ワシこそがくつがえす事の出来ぬ世界の食物連鎖の頂点…絶対強者なのだ!!』
布都「八頭龍の正体が…あのような怪物だったなど…!ヤツの張った結界が無くなった今、加勢に…」
目の前に現れた巨大な怪物を前に立ち尽くすその場の者たち。だが布都を初めとした者たちが今のうちに霊夢とシロに加勢しようと前に進み出る。
屠自古「駄目だ!さっきよりも妖気が凄くなってる…それにこの隕石だ、近寄れば私たちまで…」
神子「今は…ただ霊夢とシロに任せるしかないようだ…」
加勢しようとする布都を止めた神子と屠自古は、降り注ぐ隕石群の中ただ戦いの行く末を見守るしかなかった。
シロ「くそ、何にもできないワケかよ…」
今まで誰にも見せる事の無かった八頭龍の真の姿の前に手も足も出せずにいた。口から暗黒の妖気を吐き続けながら、八頭龍の黄色い目が睨んできた。
霊夢「ねぇシロ…よくあるわよね。最後の最期で切羽詰まったラスボス級の敵が、形態を変えたりして苦肉の策に出るって展開」
シロ「…ああ」
霊夢「でも、
クチでは自分本位な否定的な発言をしながら、弱い者や戦うすべを持たない者の為に戦う。
”くくく、それはなァ、我が…コイツらを殺してみたいからよ…”
自分の勝利を恩に着せたりしない。
”…勘違いするなよ、下衆共が…。我はヒダル神の絶望、恐怖といった感情を喰う為にここまでやっただけだ…”
誰にも味方になってもらえなくとも、守るべきものの為に戦う。
”…らしくないな、博麗霊夢”
”じゃあね、私たちが必ず何とかしてみせるから!”
霊夢「そうなったら…私と一緒に、戦ってくれる?」
シロ「…ああ!」
──かつて、国がまだ形の定まらぬ「気」であった時、澄んだ清浄な「気」は上へ昇って人間となり、濁った邪な「気」は下に溜まって生まれた闇の大妖怪と、幻想郷という楽園を守る要である巫女が居た。大妖怪は自分が生まれ出でた境遇や運命を恨み、自分も陽の一部になりたいと望んでいた。そしてその望みは今叶えられることとなった。何故なら、
『ギュエエエエエエ!!殺してやる、殺してやるぞ~~!!』
シロ「どうしても我らを殺したいのだな、八頭龍!」
『ダマレェェエエエ!!』
シロ「だがな、今まで恐怖に囚われて逃げ続けてきたお前では我らに勝てぬ。それと、我は大嫌いなお前にも…一つだけ感謝せねばならないことが有る!」
『な、なにィィ!?』
槍の尾の一撃がジエの喉元を切り裂き、八頭龍の本体は甲高い悲鳴を上げる。
シロ「我にとって人間も妖怪も、憎んで殺すべき者どもだった。でも、お前が我と霊夢の前に立ちはだかった事で気付かされたんだ…我がしてきたことは無駄ではなかった!我の存在は無価値ではなかったとな!」
霊夢「私だって…今まで他の人らなんてどうでもいい、私が巫女として仕事をするのも義務的なもの、たかが人間の短い命をただこうしていれば人生なんてすぐに終わると思ってたけど…八頭龍に殺させるのが惜しくなっちゃったのよねぇ…」
『白面ンンンン、巫女オオオオオオ…死ねェエエエ!!』
たがそんな言葉など怒り狂って全く聞いていなかった八頭龍はただ喚き散らしながら触腕の一本であるジエを霊夢とシロに向けて突っ込ませる。大口を開けたジエの口内から、紫色の妖気の竜巻が放たれた。
霊夢「危ない!」
霊夢は咄嗟にシロの前に出てブレスを背中で受け止めた。そのまま受け流そうと身をひねった瞬間、霊夢の左腕がちぎれ、宙に舞って行く。
シロ「莫迦者が、今さら我の盾になって…!」
霊夢「これでお互い様ね…この程度、なんてことないわ!」
─そうだ、今まで見たいに…そうだ。
行こうよ、シロ。
ジエの突進を避けた霊夢とシロの、これまでの全ての…そしてみんなの思いを込めた最大の一撃がジエの腹に突き刺さり、そのまま貫通した。霊夢の陰陽玉は霊力を出し尽くして壊れてしまうと同時に、その霊力が触腕であるジエを内側から攻撃し、ジエは今度こそ真っ二つになりながら崩れていく。
『ガゲエエ…!馬鹿な…この世の頂点、絶対強者であるはずのワシが…こんな所で…!』
シロはドリルのように体を回転させながらジエの胴体の中を破壊しながら進み、ついに八頭龍の本体の体内を内側からかき回すように破壊して、牙の並んだ口から飛び出した。
『クカカカカ…負けた、のか…ここまで来て…負けたというのか…!』
シロ「お前は昔の我だ。昔の我のようなヤツは必ず滅ぼされる。何故ならば…」
(憎しみは、何にも実らせねぇ!)
シロ「憎しみは…」
(憎しみは何にも実らせないからねぇ)
シロ「憎しみは…何にも実らせないのだから」
八頭龍はずっとシロを憎み続けていた。そして、シロの頭にはかつてとらと萃香に言われた言葉が浮かんでいた。その言葉をシロは、八頭龍の顔に9本の尾を刺し込みながら言い放った。萃香やとらがたどり着いていたこの境地に、シロは長い時間の果てにようやく、この場でたどり着いたのだ。
そしてシロの吐いた特大の火炎が八頭龍を包み込んだ。
『オオオオオアアアアアアアアア…!』
断末魔の吠え声が響き渡る。と同時に、八頭龍の本体の口元に体内に残された全ての妖気が集まっていく。それは最後のあがきだったのか、それとも八頭龍自身の妖気が暴走したのか…身に宿る全ての妖気を極太のブレスとして天に向かって射出した。
シロ「お…!」
ブレスはシロをかすめてなおも天へ向かって伸び、幻想郷の結界を貫いて消えていった。そして八頭龍自身も、気の遠くなるような年月をかけて築き上げた巨大な身体が崩れていく。崩れた肉片は下に広がる幻想郷の大地に落下し、やがて溶けるように完全に消滅した。今、数多の生物を、人間を、妖怪を喰らい続けてきた妖龍は滅ぼされたのだ。
霊夢「やったわね、シロ!」
シロの身体がどんどん縮み、霊夢にとってなじみの深いいつもの人間状態の身体に変化する。力を使い切った今ではこの体が一番楽でいられるらしい。
シロ「ああ…なかなか、悪くない滅び様だったな」
霊夢「さァ、皆の所へ行きましょ。…シロ?」
霊夢がシロの手を引いても、シロはその場から動こうとしない。あれ、と思って振り向くと、シロはやたら血色の良い顔をただ空に向けているばかりだ。
シロ「どうやら我も…もうそろそろらしい」
霊夢「…え?」
シロ「我にとって希望の力は、強くするかわりに我の身を蝕んでいたようだ…。それに八頭龍が残した土産を受けてしまったせいか…」
シロの身体からは煙が上がり、足や手の先が薄くなり始めている。
霊夢「そんな…うそでしょ?せっかく、せっかく敵も倒して色んなことから解放されて…これからだっていうのに…」
シロ「しょうがない。我もこうなる運命であったのかもな…。ま、楽しかったぞ…」
霊夢「シロォ、まだ居なくならないでよ…アンタ言ってたじゃない、私を殺して幻想郷を滅ぼすのだけが楽しみだって…。まだ、何一つやってないじゃないの…!」
シロ「くくく、そんな事も言ったっけな…。だがな、霊夢よ」
─「そんな事をせずとも、もう我は…幸せだ」
それが、シロの最期の言葉だった。今までの白面の者、いや…シロとは思えないほどの清々しい安らかな笑みを霊夢に向け、そのまま煙のように薄くなり、霊夢は寸前にシロの手を握ることができたが、それも泡のように消えてしまう。
誰か…名付けよ、我が名を…
断末魔の叫びからでも、哀惜の慟哭からでもなく、
静かなる言葉で…誰か、我が名を呼んでくれ…
我が名は 白面に あらじ。
我が── 呼ばれたき名は…
シロの最期の尾の一本が最後まで残り、その尾は空高く舞い上がっていく。9本のうちの4本はくらぎ、あやかし、斗和子、シュムナといった化身、5本目は婢妖、6本目は黒炎の塊、7本目が嵐の尾、8本目が槍の尾であった。残された最後の尾に何かあるというのだろうか?
──『シロ』──
全ての者が見ていた。打ち上げ花火のように炸裂した尾は、シロが幻想郷で過ごしてきた思い出の日々を空に映し出したのだ。
─我は幸せなのだから、泣かないでおくれ。今日はようやく我の新たな命が始まった日なのだ。我はただ…この地の風や水、山や川、そして大地になるだけだ。
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霊夢が居たのは、博麗神社の本殿の前。空を見ても何も穴も開いていなければ亀裂が入っても居ない。ここから幻想郷中を見渡しても、今までと何一つ変わらない、のどかな真夏日だった。
その時、霊夢の前に白い妖怪が本殿の天上を突き破って現れた。。
──…くくく…人間よ。我を上から縛り付け押し込めている封印を解いてくれたな…
「あ…」
──じゃあな、人間…
その妖怪は霊夢の横を通ってどこかへ飛んでいこうとする。
「イヤだ…行かないで…!」
──我は何処へにもいかぬ、いつでも…お前の心の内に有るよ」
「シロ!」
──今日も、陽の光が気持ちいいよなぁ
そう言い残して、妖怪は太陽の光に混じるように空へ昇っていった。
どうでしたか。
うしおととらと月光条例の最終回を少し混ぜたような感じに仕上がりました。
やはり原作でのとらと同じく、シロも完全に消滅してしまいました。ですが、前にもちらっと書いた通り、この作品の最大のテーマは「解放」です。
この小説、実は何年も前から考えてた脳内妄想が元になってます。そこでうしとらがアニメ化と聞いて漫画を一気に買って初めて読んだんです。そしたら白面にガチ惚れしてしまいましてね…そこで白面メインにうしとらと東方を合わせた小説を書こうと踏み切ったわけです。
シロも憎しみや境遇に対する怒りから解放させてあげよう、と思ったんです。
本作でラスボスを務めてもらった八頭龍ですが、構成を考えていた頃は天狐をラスボスにする予定でいました。でもそこで龍神の設定を思い出して、八岐大蛇と龍神をモデルにしたラスボスを作りました。それが八頭龍です。
実は八頭龍、色んな元ネタがごっちゃになって作られてます。まず東方から龍神、日本神話から八岐大蛇、北欧神話よりヨルムンガント、そしてMHXからオストガロアを複合したキャラクターです。
長くなりそうなので、また次の日に投稿する最終話のあとがきにまとめます。