水上の地平線   作:しちご

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10 待ち受ける遺産

文化の違いからくる摩擦という物は、大概は負の面が強調されるものだが

時折、何かの巡りあわせか正の面があらわれる事がある。

 

損得で考えれば得なのだろうが、往々にして予想外の角度から訪れるソレは

突発的な事態と言う面で見れば迷惑な事に分類されるというのもよくある話である。

 

つまりは、鶏の胸肉の事だ。

 

冷凍コンテナにみっちり詰まったブラジル産の鶏胸肉が500kg。

タウイタウイの泊地が哨戒中にコンテナを拾ったとか、太平洋で沈んだ輸送船の物らしい。

 

ブラジル産と刻印されているそれは当然、ハラール認証を受けていないわけで始末に困る。

現在5番泊地の取り分胸肉500kgが倉庫で異様な迫力を放っていた、コワイ。

 

他泊地より所属艦娘が多いとはいえ、コレを消費するのにどれだけかかる事だろうか。

 

「ブラジル産っちゅう事はアレやな、ハワイには人が残っとんのやな」

「米国が真珠湾を無理に奪還したのも、ハワイ航路の確保のためだったのかもしれませんね」

 

「そうや、何でわざわざ太平洋側 ――」

 

「いや、真面目な話題に逃避してないで処分方法考えなさいよ」

 

物体から目を逸らして会話していた龍驤と大淀に、肉の傍から叢雲がツッコミを入れた。

 

しばしの間が開いた後、肉に向き合う3人、冷気が気候に温められた身体を冷やしていく。

 

「アイデア1、龍田に押し付けて竜田揚げにしてもらう、はい残り300kgや」

「アイデア2、足柄さんに押し付けてチキンカツにしてもらう、はい残り100kgです」

 

「え、ええと、アイデア3、駆逐艦寮でクリスマスにローストチキン、ノルマひとり2kg」

 

「ほなそれでいこか」

 

そういう事になった。

 

400kg押し付けられた巡洋艦寮では悲鳴が上がったという。

 

 

 

『10 待ち受ける遺産』

 

 

 

鶏肉地獄に巻き込まれなかったのは御の字であるのだが、どうにも同行者のテンションが厄い。

 

「本当ならクリスマスは、テートクと一緒にランチからディナーだったのに、デース」

 

多分この「デース」は「death」の方やろう、怨念がウチまで漂ってきよる。

 

現在地はインド洋、マダガスカルの北東に位置する島国セーシェルのエデン島。

首都ヴィクトリアから2kmの位置にあるリゾート地や。

 

喜望峰回りの任務ついでに米国の衛星や大陸とセーシェル間の何やかやで預かった

輸送船団が今現在絶賛積みおろし中、ウチらは休憩と洒落込む事に。

 

んで、レストハウスのテラスでやたらと持ってくるのが遅かった軽食などを摘まんどる。

左隣には金剛サン、頼んだアイスがハズレだったらしく眉根を寄せた微妙な表情や。

 

右手にパッ金の二人組、懐かしいデザインの制帽なんか被って全身黒づくめ

いかにも暑そうな格好のドイツの戦艦ビスマルクと重巡プリンツオイゲンがアイス食っとる。

 

コッチは眉根が下がって喜んどるあたり、ココのアイスは一般以上間宮以下っちゅうとこか。

 

ひとりだけ軽食のウチはパンの実のスライス、ついでにココナツミルク。

なんやモソモソしとって果てしなく微妙、いや、一度パンの実を食ってみたかったんよ。

 

なんでまたこんな南西の果てで海外艦に囲まれているかと言うと、書き入れ時やからや。

 

では意味が通らんやろうから細かく説明すれば、深海戦艦とは負の魂魄、つまりは

人の怨念や何やかやが凝り固まって出来た生物(ナマモノ)やとされている。

 

主に先の大戦の犠牲者が怨念の大部分を占めているわけで、生前のしがらみが残っている

なんて事もよくある話、そう、深海戦艦(やつら)にはクリスマス休暇がある。

 

日本側の怨念にはそんなもんは無いのやけど、ふたつのうち片割れが休暇に入るというのは

意外に馬鹿に出来ない効果を生むもので、年末の現在深海戦艦は50%引き状態。

 

さらに年明けになると日本側の怨念も休むので、正月は世界中が大騒ぎになる所以や。

 

そんなわけで年末年始は普段できないような遠国との連絡、重要文書の受け渡し、

貴重品や人物の輸送や軍事行動、艦娘の書き入れ時と呼ばれるほどに忙しい期間になる。

 

5番泊地秘書艦組も出払うほどの慌ただしさ、下手したら提督はシングルベルやないかと。

性夜に向けて小宇宙を高めていた高速戦艦が目の前でボヤいとるのも仕方ないのかもしれん。

 

そう、この任務には流石に無茶な人選ができず、ウチと金剛さんが出張らざるを得なかった。

正直叢雲も欲しかったが、いくらなんでもそこまで提督の手持ち札を手薄には出来ん。

 

内容はイタリアとの国交回復、親書の受け渡しと、先だってイタリアに亡命していたドイツ艦

ビスマルク、及びプリンツオイゲン、さらにはグラーフ・ツェッペリンの引き取り作業。

 

泊地経由でタイの第二鎮守府まで送って交代、そのままフィリピン、本土のピストン輸送や。

 

視線を向ければツェッペリン伯爵は目の前の海上で遊んどる、

何かなぁ、誰かを思い出すフリーダムっぷりやな、アで始まってギで終わる大食らいを。

 

「一隻しか居なかった娘だからね、今まで軟禁状態だったのよ」

「自由に動けるだけで楽しいってわけやな」

 

ビスマルクが娘を見るような生暖かい視線でツェッペリンを見ている。

ああうん、意外にエエ人かもねこの艦、でかい暁と言われるだけはあるわ。

 

ユーラシア動乱前、日独の国交が断絶した後の事は不確かな情報しか無かったが、

なんでも、ドイツ所属の艦娘は一隻残らず他国に亡命したとか、さもありなん。

 

8割がイタリア、2割がその他、日本にもロシア周りでU-511が来たらしい。

改装したら味噌と醤油が恋しくなったとか、ついでにZ1とかも付いてきたと聞く。

 

今回の3隻はイタリアに確保されていた艦娘、ビスマルクとプリンツオイゲンは

同国に複数隻が所属していたとかで、多少日本に回ってくるのも理解はできる。

 

伯爵は一隻しか居ない、世界中でただ一隻。

 

そんなんまで譲渡される理由を考えると、うん、胃が痛くなってくる状況や。

 

「一緒に運んでいるコンテナにはイタリアとローマ、リベッチオの船体の一部が」

「聞こえへん聞こえへん、本土とイタリアで何話したかなんて聞こえへん」

 

嫌やなぁ、ドイツ艦やで、珍しいで、本土で取り合うよなきっと、ちゅーか取り合え、

間違ってもブルネイには配置されるなよ、どう考えても厄ネタてんこ盛りやコイツら。

 

「落ち込んでても仕方ナッシン、龍驤、これからのプログラムはどうなっていますカ」

 

ようやくに持ち直した戦艦が自分の世界から帰ってきた、そして聞く。

 

「スリランカに水雷戦隊を迎えに寄越すらしいで、駆逐と再編してウチらは帰還や」

「ラッカディブ海に25、タイで26……どうあがいても無理デスネ」

 

「制空権があればなぁ」

 

無い物ねだりをしたところで仕方がない。

 

船団の積みおろしもそろそろ終わりそうやし、土産でも物色するかと腰を上げた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

聖夜は海上で迎える事が確定したが、新年、大晦日は日数的にギリギリの範囲内。

 

「可及的速やかにリターンして、ニューイヤーを泊地で迎えるデスヨ」

 

一行はインド経由でタイへと向かう、慎重にならない程度に索敵しつつの進軍。

マレーシアはやや危険なので、タイ国内を陸路で横断してブルネイへと帰還する予定だ。

 

戦艦金剛を先頭に立て、後尾2隻は龍驤、ツェッペリン。

 

ある程度の距離を稼いでから交代で船上に休息をとる、途中で船団の受け渡しを行い

そのままタイ経由でブルネイへ、到着予定は何事も無ければ28日といったところか。

 

そして今、龍驤の背中に背後霊のようにぴったりと伯爵がへばりついている。

中央のドイツ艦2隻の視線が生暖かい。

 

どれくらいかと言えば、たまに背中にぷよんぷよん当たる程度の距離であり

親戚のお姉さんに懐いた孫娘を見守るかの如き生暖かさであった。

 

豊かなバルジの圧力に心が折れそうになっている龍驤にツェッペリンが話しかける。

 

「日本軍は様々な資料を見せてくれたと言う、私の設計にも一部反映している」

 

日本側も試行錯誤の時代、主砲持ちの三段空母とか馬鹿やっていた頃の話。

昭和10年、飛龍蒼龍がまだ生まれていない頃の設計になる。

 

「アカギとホウショウ、カガ」

 

設計上の確たる影響と言えるものはせいぜいがエレベーター付近程度の話ではあるが

提供した情報自体は破格のものがあった、進水式に武官が招かれる程度には。

 

「そしてリュウジョウ」

 

当時の日本軍保有の空母、何故か空母に火砲が付いていた時代の4隻。

 

「4隻の中では唯一のスペルユーザーの空母、一度話してみたかった」

 

気が付けばぷよんぷよん程度に当たっていたバルジが当たりっぱなしになっている。

当ててんのかとツッコミを我慢しつつ、話を聞いているうちに龍驤はようやくに納得した。

 

―― こいつ、要するに一航戦並のフリーダム空母か

 

何時の間にやら超弩級の厄ネタに懐かれていた龍驤、5番泊地の明日は見えない。

 


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