水上の地平線   作:しちご

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61 不敵な休暇

清霜が重力の軛を離れ、自由の翼を手に入れていた。

 

「き、清霜ーッ」

 

予想の範疇の大惨事に、立ち合いの武蔵が色を無くし駆け寄って行く。

 

明石の目の前で、放物線って何、美味しいのと言わんばかりの水平移動を果たし、

夕雲型大戦艦から泊地本棟の壁画へと華麗なる転職を果たしたその勇姿。

 

「流石に、無茶が過ぎましたかねえ」

 

駆逐艦用試製46cm単装砲、戦車砲を彷彿とさせる外見のそれは

試射と同時に問答無用の反作用で小柄な身体を後方へと吹き飛ばしていた。

 

単純な話、清霜、というか駆逐艦が軽いのだ。

 

大和型に積載されている46cm三連装砲を例に挙げればわかり易いだろうか。

その重量は実に、駆逐艦清霜1隻分にあたる。

 

「火力だけ上げても使い物には成らないかあ」

 

残念そうに空に嘯く姿は、5番泊地提督。

 

現在、龍驤がフィリピンに出向しているのでやりたい放題と言う日常風景であった。

足元を見れば、利根と叢雲が簀巻きにされて転がっている、下剋上である。

 

簀巻かれたまま笑顔で青筋を立てているあたり、後が怖いのは言うまでも無い。

 

「何処かにブレイクスルーは落ちてませんかー」

 

そんな不穏な空気の一切合切を華麗にスルーする浪費コンビが、

ああでもないこうでもないと雑談を積み重ねていく。

 

「ネタは在っても、妖精を中に入れれないと起動しないからなあ」

 

対深海、即ち艦娘用の装備には最低限、妖精が取り憑けるだけの縁が無いといけない。

 

行き詰った嘆息が泊地の空へと流れ、ふと、提督から思いついただけの言葉が零れる。

 

「変な事を聞くが、艦娘用の装備に艦娘って要るのか?」

 

泊地前の広場に、不思議な静寂が漂った。

 

掘りだした清霜を担ぐ武蔵、簀巻かれている利根と叢雲、視界の隅で死にかけの山城艦隊

そんな言葉を聞いた全艦が、何言っているんだと疑問を浮かべる中、固まったアレが居る。

 

「それです」

 

工廠の危険物が、全開稼働をはじめた瞬間であった。

 

 

 

『61 不敵な休暇』

 

 

 

ボルネオ島には、かつて死の谷と呼ばれた土地が在った。

 

昼なお暗き密林の奥深く、生きとし生ける者の近寄らぬ禁断の地。

現地に於いてその話を聞いた旧日本軍は、速やかに調査団を派遣する。

 

詰まる所 ―― ヒャッハー、新鮮な温泉だぁッ

 

という心の声がダダ漏れに聞こえて来るほど、万難を排して可及的速やかに。

 

かくて戦時下のボルネオ島北部にて開発されたんが、ポーリン温泉や。

 

ブルネイの北側の国境を越えて、マレーシア北部の都市コタキナバルより密林に少々

都市とキナバル自然公園の間ぐらいの微妙な位置にそれは在る。

 

ウチらの頃から竹の産地として有名で、だから名前が竹の(ポーリン)温泉。

 

まあ、ボルネオ島では温泉浴の習慣が無かったために、戦後は放置されとったんやけど

70年代からのリゾート開発の波に乗って、観光資源として再開発されたとか何とか。

 

おかげで外観は乗員の記憶に在る様な、手作りと言うにはちょっと気合い入り過ぎ

でないかいと言いたいような施設ではなく、微妙なスパリゾートと言った塩梅。

 

具体的に言えば、水着着用で温水プールや、スライダーもあるで。

そして結構な数に連なる無料の個人浴槽と有料個室、リンギットで15と20。

 

あとは足湯やな、自然公園の帰りに足を解す人が多く、それなりに人気や。

 

なんでそんな所に居るのかと言えば、フィリピンで野暮用をこなして帰還しようとした所、

何処からともなく現れた黒い奴、陸軍制服を纏ったサボローに誘われたわけで。

 

そんなわけで有料個室の安い方を借り受けて、2隻で入浴と洒落込む次第。

 

いや、スタンダードクラスは一つの浴槽を仕切りで二つに分ける形になっとるから

2隻で入るのに丁度良いねん、イチャつくには不向きやろうけどな。

 

「外の湯が温いからどうなるか思うたけど、個室は普通に湯が出て何よりやわあ」

 

仕切りを挟んで背中合わせ、日頃の疲れが益体も無い言葉になって口から零れる。

 

「ココも随分と様変わりしたものでありますなあ」

 

全くや、源泉の温度が高目のはずなのに、何で温水プール何やと。

あと基本的に湯が出るのがトロい、湧出量に比べて浴槽が多過ぎやねん。

 

「それより敷地外に軒を連ねる、屋台の方に目が行きましたな」

「ああ、人は居らんかったもんな、つーか海域断絶しとんのに逞しい話や」

 

ちなみに敷地内では許可なく営業をする事が禁止されているため、土産物屋や水着売り、

屋台などが一歩外、敷地ギリギリを攻める様にビッシリと並んどる。

 

「コテージも借りられるとか、日本円で千円程度で」

「福利厚生の選択肢に入れるんも、考えてええかもなー」

 

自然公園でキャノピーウォーク、運が良ければラフレシアが見れる、ただし有料。

 

……ちと渋すぎるか。

 

「密林では珍しい寄生植物がたくさん見れるでー、とか売り文句で」

「その売り文句で喜ばれても、それはそれで不安になるでありますな」

 

益体の無い会話が積み重なって、実に平和や。

 

脳味噌まで茹だって来た今ならば、ウチの背後でプカプカ浮かんでいるであろう

胸キツ丸の脂肪の塊も許せそうな気がする、視界に入らん限りは。

 

「で、フィリピンのご老人への依頼は、文部科学省方面ですかな」

「そやな、回覧板の隅っこにブルネイを加えてくれってだけの話や」

 

安っぽい浴槽の上、湯気の漂う空気に韜晦した言葉が紛れ込む。

 

「多分、それだけでは足りなくなったかと」

「嫌な予感がするなあ」

 

解れた身体に嫌な感じの疲労が染み込んで来る感覚。

 

「いえ、北の国が島国と一緒に回覧板に参加したいそうで」

「そのうち、料理にぶち撒けるソースに命賭ける国も巻き込みそうやな」

 

巻き込むでしょうな、お得意の三枚舌でと、揚陸艦がからからと哂った。

 

内閣府か防衛省か、何にせよ本陣からも働きかけて貰うべきかと想到して暫く。

 

「わあ偶然やな、ココから陸路で帰ると途中に本陣が在るわー」

 

偶然って怖いわー、畜生。

 

「憲兵が親切すぎて怖いわ、山吹色の菓子(せいようとうせんべい)でも要求してくんのか」

「そこはほら、太平洋打通がもう叶ったも同然の状態でありますから」

 

事実はどうあれ、既に全てがその認識で動き始めてしまっていると。

 

「万が一にも、失敗は許されんってとこか」

 

しかりと頷く背後の巨乳のせいで、室温がダダ下がりになっているような錯覚が在った。

 

トロ臭い湯量がようやくに浴槽を埋め終わった頃合い、顎まで浸かって肩を沈める。

硫黄泉の染み込んで来る様な感覚に身を委ね、嘆息交じりの愚痴が零れた。

 

「何で前線の情報を得るために、前線が根回しに苦労せんとあかんのやら」

 

それに応え、似た様な声色が背中から届けられる。

 

「全く、度し難い話でありますよ」

 

何処にも届かない言葉が個室の中に響いては、消えた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「逃がさないわよ、甘く見ないでッ」

 

タウイタウイ近海、黒鉄の艤装が爆炎を吐き、深海の巡洋艦を粉砕した。

 

「ビスマルク姉さま、既に2隻逃げてますッ」

「……それは言わないで」

 

やや赤金な二つ括りの重巡が放った言葉に、透けるような金の長髪の戦艦が肩を落とした。

やや離れた所には淡い色合いの重巡2隻、青葉が何かを口にして、衣笠が手を振った。

 

そんな有様の中での艦隊戦の終焉に、分かれていた2組が合流する。

 

「あー、グラーフのザウアーブラーテンも食べ損ねるし、最近良い事無いわー」

「え、ええと、でもヤクーオ・ムスービとか言う料理、美味しかったじゃないですか」

 

いまだ硝煙の残る海域で、ブルー入った戦艦の言葉に同国の艦娘がフォローを入れる。

先日のハリラヤでの一幕である、後半のグラーフはお結びを焼くマシーンと化していた。

 

「グラ子ちゃん、会う度に料理の腕が上がっているわよねえ」

「あの泊地に所属すると、食事担当か調理担当かで偏って行く気がしますね」

 

青葉型姉妹が言葉を拾い、落ち込みかけていた空気が持ち直していく。

良いのよ、もっと褒めてもと我が事の様に喜ぶ戦艦に、重巡一同が苦笑した。

 

そのままにタウイタウイへと帰投する艦隊の中で、青葉だけが軽く振り向く。

 

深海棲艦の逃走先、水平線へと視線を移し、逃げる、ですかと言葉が漏れた。

 

「どうしたの、青葉ー」

「いえ、何でもありません」

 

姉の行動に気付いた衣笠が問い掛ければ、軽く笑って艦首を一同に揃える姿。

 

だから、恐らくはこれから放たれたであろう疑問は誰の所にも届かなかった。

 

何処へ、逃げたと言うのでしょう ―― と。

 

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