水上の地平線   作:しちご

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67 天体の孤独

しと、しとと雨音の響く作戦本部、サイパン仮設宿舎の休憩室。

 

壁際に数台、問答無用で紅白に染め抜かれた自販機が設置されているあたり、

営業努力と言うか、企業の執念と言う物がひしひしと伝わって来る。

 

そんな折、特に何も気にしていない様なアメリカ製の空母の穏やかな笑顔の前で、

珈琲を片手に持ちながら、爽やかに引き攣った笑顔の5番泊地提督の姿が在った。

 

「私のネック回りの艤装なんですが、チョーカーと言うよりは首輪ですよね」

 

少しばかり硬質の首周りには、係留索などを繋ぎとめるためのカラビナ染みたボトル。

それをぷらぷらと指先で揺らしながら、リードとか繋げそうですねとか言いだす。

 

そのまましばし考えに沈み、思いついたかのような表情で空いた手を側頭に寄せる。

 

手首を曲げ、犬の耳の様に揺らしながら提督の方を向いて口を開いた。

 

「Vow」

 

むやみやたらと可愛らしかった。

 

よく聞いてみたら Bow では無かった。

 

そして提督の顔色が、青を通り越して白く成っていく。

 

サイパン仮設鎮守府、作戦用宿舎は仮設米軍基地に隣接する形で建てられていた。

 

心温まる会話を撃ちこまれる提督の後方、少しばかり離れた場所には人だかりが在り

米軍制服を纏った様々な人種が、能面の様な無表情でふたりを見つめている。

 

時として言葉より行動より、怨念染みた熱気の籠もる静寂が雄弁に物語る事も、在る。

 

どこかでシグ・ザウエル(ハンドガン)の、引き抜かれる音がした。

 

 

 

『67 天体の孤独』

 

 

 

「まあそんなわけで」

 

喫煙所の屋根の下、スーパーウルトラセクシイヒーローばりに雨の降るサイパンの砂浜に

煙を吐いとるウチの隣で、青い顔をして体育座りな司令官がぼやいとる。

 

「宿舎に居ると命がキケンな感じがギュンギュンするんだ」

 

よう見たら制服の隅っこの方に弾痕が在る、合掌。

 

「サラ丸、昨日チョコチップクッキー配っとったせいで女神扱いされとったからなあ」

 

アイオワはマスタードサンドを配っとった、果てしなく微妙やった。

 

「何か、改めてアメリカって感じだな」

「選挙応援で飛び交う国やしな、チョコチップクッキー」

 

太平洋打通に向けて、前段とばかりに現場入りしたのが一昨日の夜。

 

今回は後日に本土から打通艦隊が派遣されるとかで、それまでに諸々の全ての問題

詰まる所、南方組は露払いをしておけとか言うふざけた配置なわけで。

 

「ついうっかりアメリカ大陸に到達しとうなるな」

「止めて、お願いだから止めて」

 

まあ無理筋や。

 

流石に海域の瘴気が濃すぎて、抜け駆けするには無理がありすぎる。

 

「打通艦隊に一隻ぐらいは捻じ込んでおきたい所や ―― 夕立とか」

「何故にことさら米海軍に喧嘩売る様な艦選をするかな」

 

外見的にはウケる思うけどな。

 

益体も無い会話を積んでいくうち、ふと目を向ければ、やたらと黒い海面に

浮きと言うか、何と言うか、ぷかぷかと浮かぶ怪しげな船舶型ドローンの様な物。

 

ウチの視線を追った司令官が口を開く。

 

「アレが明石の言ってた、今作戦の秘密兵器だっけか」

「日本海に撒いとる無人探査機を改造したとか言うとったな」

 

第二次大戦時代由来の部品を突っ込んで、妖精を括り付けるのに苦労したらしい。

 

上部に電動マニ車とでも言うような経文筒だの、ゴスペルだの祝詞だのを流しまくる

演奏機だの、お札だの十字架だの、効きそうなモノを積みまくった胡散臭い物体。

 

要は妖精を突っ込んで瘴気溜まりに特攻させると言う、素敵な無人海域浄化機械だとか。

 

ちなみに妖精は泳いで帰って来る。

 

「胡散臭いな」

「効果はあるらしいで、一応」

 

ある程度は瘴気が薄まってくれんと、羅針盤が海路を固定する事が出来んわけで

中東の時はひたすら深海棲艦を潰しまくって瘴気濃度を下げて行ったとか。

 

それに比べると、今回はアレのおかげで結構早く打通できる予定だとか何とか。

 

「他の進捗はどうなってるのかね」

「明石戦隊がフル稼働しとる工廠には近寄りたあないなあ」

 

今ここの工廠には全鎮守府の明石が集結しとるわけで、狂信的な高揚にも似た

悍ましき執念が冒涜的な儀式を繰り返しとるやろう事は想像が容易く。

 

うん、何か今日あたり星辰が揃ってキング明石とかが生まれそうや。

 

嫌な想像を振り払うように頭を振って、吸い差しの煙草を灰皿に捻じ込む。

そのまま後ろのクーラーボックスに突っ込んどったココナツを二つ取り出した。

 

溶解した銅を注いでも穴すら開かない頑丈な殻には、銀色の突起。

 

「何故にプルタブが付いているのか」

「便利やん」

 

ともあれプルタブを引けば、殻に付いている切れ込みがペキリと音を立てて穴が開く。

飲み終わったら空いた穴に指を突っ込み、殻を割って果肉を食えるお手軽仕様。

 

「便利だな」

 

そしてストローを突っ込んで、冷えたミルクをだらだらと飲む雨の音。

 

そんな喧しい静寂の先、靄と霞に朧と化した胡散臭い浄化機械が、

なにやら突然に移動を開始した。

 

妙に早い、やたら早い。

 

「何だろうな、うねりながら高速で移動してるぞ」

「変な音出とるけど、試験か、故障やろか」

 

移動先には、丁度帰投した水雷戦隊。

 

すぐに気が付くも時既に遅く、浄化機械が高速で艦娘に突っ込んで行った。

 

閃光。

 

そして、爆発。

 

「………」

「………」

 

爆炎の向こうに、陽炎が吹き飛んでいくのが見えた。

 

砂浜に通夜の如き沈痛な空気が立ち込め、雨音だけが響いていく。

 

「あれって、自走機雷 ――」

「無人探査機や」

 

今も昔も日本海などで大量に使われとる、由緒正しき無人探査機や。

ちょっと無線操作可能で各種センサーが搭載されとるだけの、無人探査機や。

 

「いやでも」

「無人探査機や」

 

あくまでも非常時の自壊用に爆薬が仕込まれとるだけの、とても平和的な無人探査機や。

 

「……無人探査機か」

 

司令官が大人の事情を呑み込んだ頃、焼け焦げた陽炎が波打ち際に打ち上げられた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

積み重なる書類に、5番泊地提督執務室で叢雲が死んだ魚の目をしている。

その手前、連行されて吹雪と書かれた名札の置かれた席を見た一番艦も同じ目をしている。

 

今作戦前段部、艦娘の数で押す形に成る海域浄化は、見事に5番泊地秘書艦組を直撃していた。

 

練度、艦種的に叢雲も有力な参加対象ではあるのだが、優先順位と言う物が在る。

工廠、米軍などの兼ね合いや折衝も在り、提督と龍驤の現地入りは不可避な状況であった。

 

詰まる所、泊地に判子を押せる者がひとりは残っていないといけないが故の悲劇。

 

「今日ほど姉を頼もしく思った日は無いわ」

「美辞麗句で誤魔化されないよッ」

 

吹雪は知っていた、秘書艦組は心にも無い事を真面目な顔で言ってのけると。

 

全力ダッシュで扉に向かうも、先ほどまで開いていた扉は鍵が閉められている。

叢雲が机の下に在るボタンを操作すると、窓に音を立て鉄格子などが降りた。

 

「何その犯罪臭のする装置ッ!?」

「モード監獄(プリズン)、まさかまた使う日が来るなんてね」

 

叢雲の視線が在りし日を思い出して遠くに至る。

 

無明の闇であった。

 

過去へと飛んだ叢雲を補佐する様に、黒髪をサイドに括った駆逐艦が笑顔で語り掛ける。

 

「大丈夫、3隻でやればきっと終わるよッ」

「今、すぐ終わるって言おうとして言い直したでしょッ」

 

綾波であった、既に目からハイライトは消えていた。

 

「そもそも皆でお茶をって話だったのに、何でこうなるのーッ」

 

お茶は出るわよーと叢雲が囁く。

 

もう飲めなくなるほど大量にうふふふふふ、などと不穏な言葉を付属させて。

 

「だって、吹雪ちゃんが居ると作業量が半分で済むって」

「騙されてる、そもそも手伝う前提に成ってる所が既に騙されてるよッ」

 

勢いよく振り向いて、虚空にツッコミを入れた一番艦のスカートが翻った。

そっと垣間見えた白い物から眼を逸らし、叢雲が天井へと嘯く。

 

「友情と言うのは良いわね、辛い時は半分で済むし、辛い時は半分で済む」

「辛い時しか無いのッ!?」

 

どこまでも救いの無い会話が延々と続けられ、やがて日も暮れる。

 

気が付けば席で書類を片付けている吹雪。

 

特型組の目に光彩が戻るのは、かなり先の話に成りそうであった。

 


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