水上の地平線   作:しちご

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69 晴れすぎた空

 

流氷も姿を消して暫く、ラベンダーの咲き始める時期に至る単冠湾、沖合。

 

凍てついた土地柄を溶かすが如き夏の気配の前に、一足早く鉄と硝煙が熱を撒き散らす。

度重なる砲声も途絶えた頃、海域に飛散する深海の破片の中に3隻の艦娘が居た。

 

「では、休息を入れますか」

 

声を出したのは、切り揃えた黒髪に変形した巫女装束の如き制服を身に纏う高速戦艦、霧島。

受けて糧食を取り出すのは、黒白の水兵服に後ろで黒髪を括っている特型駆逐艦、綾波。

 

「Just a moment, please. 休息を取るならば、場所を移すべきでは無いでしょうか」

 

海原に還る瘴気も濃厚な戦場跡で、突然の事態に困惑した風情を滲ませて問い掛けたのは、

白いドレスに輝度の高い金髪、戦艦を意味する重厚な鉄の艤装に腰掛けている

 

英国より提供された資材で開発された16世代型艦娘、ウォースパイトだった。

 

「安全な場所を探している間に、追撃を受けます」

 

齧りついた羊羹を代用珈琲で流し込みながら、霧島が答えた。

 

そして淡々と、カロリー摂取の必要性を説く。

 

「詰まる所、敵を殲滅すれば増援が来るまでは休めるのです」

「Ah…… Not right in your head.(あなた、頭オカシイわ)

 

理屈はわかるけどねと続く言葉に、苦笑を浮かべながら霧島が

呆れた顔色の英国艦の口に羊羹を捻じ込んで、精悍な笑顔で口を開いた。

 

Look who's talking.(お互い様でしょう)

 

単冠湾のウォースパイトが、羊羹マニアに成った切っ掛けである。

 

 

 

『69 晴れすぎた空』

 

 

 

夢見が悪いと言う。

 

「艦娘側だけでなく、米軍側も随分と参っているみたいだ」

 

何でも、朝起きたらそのまま自殺未遂とか言うイカれた事例が頻発しているとか。

 

「まあ、正直サイパンはろくでもない場所やからな」

 

そんな事をだらだらと話しながら埠頭を練り歩く司令官とウチ、を抱えた雲龍。

 

何か最近は乳が無いと後頭部が寂しい思うようになってきた、いや待て、正気に戻れ。

 

「やっぱオカルト案件か、どうにかならんかね」

「そういうのは隼鷹あたりに頼んでや」

 

細かく描写すると成人向けを通り越して、発禁指定になるほどのスナッフムービーを

延々と一晩中見せつけられるとか何とか、あからさまに呪われとるがな。

 

いやさ、陰陽系艦娘の中で群を抜いてヘッポコなウチに言われても、その何や、困る。

 

「ぶっちゃけ、ウチに頼るよりも雲龍の方がまだ見込みがあるわ」

 

つまりは泊地古参陰陽系、あっさり新入りに負けると、泣ける。

 

「師匠なら、できるはず」

「うん、それ無理」

 

押しかけ弟子の信頼が心に痛い、つーか揺らすな挟むな振り回すな。

 

子供に振りまわされる縫い包みの様に弧を描く脚、脱げる厚底靴、鈍い音。

 

そしてどうにもデリケートな部分を抑えて蹲る司令官の姿。

 

「ならとりあえず、隼鷹……先生を探す所からですね」

 

冷や汗を流しながら明後日の方を向いて口を開く雲龍に頷きながら、靴を履きなおす。

 

「何か、言う事は、無い、のか」

 

脂汗を流しながら、両足を生まれたての小鹿の様にプルプルさせとる司令官が言うてきた。

 

「……飛び跳ねると少しマシになるらしいで」

「適切なあどばいすありがとおッ」

 

即座に半泣きで飛び上がり、着地の衝撃でさらにダメージを負った司令官が崩れ落ちる。

 

……いや、嘘吐きって言われても、聞いた話やし信憑性までは保証できんし。

 

巷のウス異本なら、ここらで雲龍と一緒に司令官の患部の治療と洒落込む流れなんやろうけど

まあそんな展開があるはずもなく、適当にココナツジュース缶を渡しながら復活の時を待つ。

 

「何かやたらと人気だよな、ココナツジュース」

「物資も人員も、結構な数がグアム基地から流れ込んどるからな」

 

内股で道端に横たわる司令官の隣で、座り込んだ雲龍に抱えられたままで会話が続く。

 

作戦本部が米軍仮設基地と隣接しとるせいで、物資の回転とかがかなり混ざりまくって

おかげで何や、微妙にブルネイとは入手できる嗜好品の傾向が違う今日この頃。

 

とりあえず今日に持ち歩いとったんは、グアムで人気な缶のココナツジュース。

 

ココナツ風味の経口飲料水的な感じやな、きっと人気の秘密は暑さのせいやろう。

 

「……あっつい」

 

主に雲龍のせいで。

 

「私は大丈夫」

 

やかましわ。

 

呆れ半分で遠く空を見上げれば、何処からか飛んできた艦載鬼が埠頭の方へと向かう。

 

視線だけで後を追えば、幾隻かの艦娘が固まって姦しく騒いでいる風情。

 

「あのあたりに居そうやな」

 

ようやくに快復した司令官と連れ立って、ヒト集りに向かって運ばれてみれば

どうにも駆逐艦に何やらジュースだのアイスだの配っとる隼鷹と飛鷹の姿。

 

「ああ、艦載鬼に括り付けて冷やしとったんか」

「堂々と職権乱用を宣言するな」

 

「……航空母艦あるあるネタ」

 

酒だのラムネだのを上空で冷やすのは飛行機乗りの定番ネタやん、スルーしとこや。

 

「けど、アイスクリームも作れるんだ」

 

何やら雲龍が感心した様な色合いの声を零していた。

 

「こないだサラがやっとったな、鬼体の振動でええ感じに撹拌されるねん」

「どっからツッコんでいいのかわからない生活の知恵だな」

 

呆れ声の司令官をあしらいながらも会話は続く。

 

「しかし何だ、要は思い付きでアイス配ってるのかアイツら」

「思い付きっつうか、大型艦が駆逐母艦的な役割をするのは、ようある事やで」

 

駆逐艦は大きさ的に製氷機とか、様々な機材を乗せる事が出来んかったから、

艦隊行動をとるにあたって大型艦から何某かの援助を受ける事がようあったねん。

 

なんだかんだで大型艦に懐く駆逐艦が多いのは、そんな理由もあるんやろう。

 

「言うなれば、先輩に飯を集る新人レスラー的な」

「何か一気に世知辛い感じになったぞ」

 

そして駆逐艦に設定される集り前提の安月給、あかん、ちょっと泣けてきた。

 

「飛鷹は昔から、そういうとこマメやからなあ」

 

朝夕に氷だのラムネだの配ったり、帆布入浴に招待したりと細やかに。

 

何でも、当時の艦長さんが駆逐艦に乗ってた時、扶桑によう面倒見て貰ったからやとか。

 

「龍驤だってちゃんとしていたわよッ」

 

とか言ってたら、何やら効果音が付きそうなほど勢い良く会話に割り込んで来た天津風(あまっちゃん)

 

なんつうか両手にラムネとアイス持って断言されると、微妙に肩身が狭い。

 

「うーん、そりゃある程度はやっとったけど、微妙に不人気っぽいものがあった様な」

 

妙な緊張感と言うか、まあ何や、とりあえず飴ちゃんをあげよう。

 

つーか南方組は旗艦とかの方に懐きがちやし、ぶっちゃけ利根に負けとる気がすんねん。

こないだ会ったフィリピンの時津風なんか、毛を逆立てて威嚇して来る始末。

 

「……天津風(あまっちゃん)以外に懐いてくれる随伴に心当たりが無い件」

 

汐風あたりは春日丸の方に懐いとったよな、初風は妙高、敷波は、きっと微妙なとこやな。

ならば牛乳(うしお)ツンデレ(あけぼの)腹グロ(さざなみ)、うん、何か頭痛くなってきた。

 

あとは島風ぐらいか、関わったんは艦娘に成った後やけど。

 

「とりあえず今度敷波に会ったら、飴ちゃんをあげる事にしよう」

「どういう経緯でその結論に至ったのか、微妙に見えない件」

 

気が付けば天津雲龍サンドの具に成っとるウチに、呆れた声色を掛けて来た司令官。

 

まあアレや正直な話、切り返す度に引っ繰り返りそうになる空母なんざ、

風呂やラムネがあっても乗り込みたくない気持ちはわからんでもないわな。

 

思い返してみれば、メシマズの加賀、赤痢の赤城、素で沈みそうなウチ。

 

航空母艦初期組の酷さは目を覆わんばかりや、なんてこったい。

 

「意外だな、加賀って料理下手なのか」

「つーか赤城がそこそこイケるから、比較対象として過小評価されとる感じやな」

 

一言で言えば、普通。

 

味噌汁を作ると微妙に風味が消えとる感じ、68点。

 

「あかん、深く考えるとダメージ負いそうや」

「いやちょっと待て、それは本当に普通レベルなのか、加賀」

 

そういえばアイツ、こないだ不味飯会に期待のホープとか言われとったな。

 

「大丈夫や、伊号組のビタミン味噌汁に比べれば天国や」

「比較対象が劣悪すぎるッ」

 

粉末味噌とビタミン剤の華麗なハーモニーが口の中を蹂躙するアレよりは、うん。

 

いやいや、でもほら、ヒエーの様に皿の上に悪性新生物を創造せんだけマシやと ――

 

「マシ…………」

「…………マシ、か」

 

すまん加賀、ウチにはどうもコレ以上フォローできんようや。

 

何か久々に青い一航戦(バキューム)に済まないと言う感情が涌いて来た昼やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

前段の作戦海域で、顔を合わせるのも久方ぶりだと笑いあった。

 

黒髪の戦艦の横で、小柄な姿の後ろで二つに括られた金の髪が、揺れる。

 

長門と皐月である。

 

「中東の時も、これがあったら楽だったのにね」

 

言いながら瘴気の立ち込める海域の前で、皐月が携行していた無人探査機を起動させた。

 

聖歌、経文、様々な音声が雑多に絡み合い、雑音と成って海原に響き渡る。

 

「変わって行くのだな、良くも悪くも」

 

互いの視線は海の向こう、かつての東南アジアに鎮守府がひとつしか無かった時代、

もはや幾らかに霞がかった、バンコクでの日々へと向けられていた。

 

今も昔も変わらずに威容を誇る、戦艦が言葉を繋げる。

 

「機械の様だったアイツも、感情を出すように成って ――」

 

そして両手で顔を覆い、肩を震わせ。

 

「何故、セクハラ魔神に」

 

本気で嘆いていた。

 

言うまでも無く、横須賀の金剛の事である。

 

「ぶ、不器用なヒトだから」

 

引き攣り気味の苦笑で皐月がフォローを入れるも、何とも言い難い空気。

 

「Vビキニでメイクラーヴとか言ってるんだぞ、ああいうのは榛名の役だっただろッ」

「は、榛名さんはちゃんと越えたらいけない一線はわきまえてたよ、ああ見えてもッ」

 

バンコクのエロリストこと最初期金剛型3番艦、榛名。

 

ズボンは脱がしても下着は残す、そんな淑女的な気遣いを持ったヒトだったと。

 

「なおさら酷いわッ」

 

幾らか薄まった瘴気の手前、きわめて尤もな叫びが海域に木霊していた。

 


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