水上の地平線   作:しちご

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サイパン支店営業記録

 

暴虐軽空母の店のカウンター下に、足置きのバーが入った。

 

土地の浄化に走り回っている隼鷹が、廃墟から引っぺがして来たと言う。

仮設泊地の仮設施設だけあって実の所、店内の備品はそんな来歴の品物ばかりだ。

 

「付けたは良いけど、コレってどう使うもんなのかね」

 

設置を終えた所で、隼鷹からあまり後先を考えていない旨の暴露があった。

 

「あ、じゃあ演ってみますね」

 

近くに居た所を巻き込まれたサラトガが、工具を仕舞いながら言う。

そしてそのまま店外へと足を進め、振り返った姿には何かが足りない。

 

笑顔。

 

普段の柔らかな物腰が、温かみの在る笑顔が消えていた。

 

なまじ容姿が整っているだけに、何処か声の掛け辛い迫力がある。

 

そんな露骨に不機嫌な気配を漂わせ、立て付けの悪い仮設ドアを乱暴に押し開く。

そのままの流れでカウンターに座っては、バーを蹴りつける様に右足を乗せて、口を開いた。

 

「ウイスキー」

 

片目で様子を伺っていた龍驤が、カウンター内から無言で酒を注ぎ、グラスを滑らせる。

それを片手で受け取ったサラトガが、躊躇う事無く口を付けて飲み干した。

 

喉を灼く感触に、呑み手の眉根が僅かに寄せられる。

 

そして、カンと高い音を響かせてカウンターにグラスが叩きつけられて、吐息。

 

どこかしら緊張を伴う、無色の静寂が店内に満ちる。

 

やがてカウンターの内外で、してやったりと言う風情のニヤケ面の2隻が

サムズアップした拳を互いに押し付け合って健闘を讃え始めた。

 

「すげえ、何やってるのかサッパリわからねえ」

 

やや半目の隼鷹が、呆れた声色で感想を零す。

 

「コテコテのウエスタンやな」

「ここまでステレオタイプなのは、流石に少し恥ずかしいですね」

 

ベニヤの壁に掛かっているカスター将軍のポスターは、サラトガが調達して来たらしい。

 

 

 

『サイパン支店営業記録』

 

 

 

不機嫌な風情の5番泊地の天龍が無言で店内に入り、バーに片足を乗せる。

 

「ウイスキー」

 

無言で注いだ龍驤の前、眼帯の軽巡洋艦は無言で口を付けて。

 

豪快に咽せた。

 

次いで、新たに横須賀の天龍が店内に入り、バーに片足を乗せる。

 

無言で注いだ龍驤の前、眼帯の軽巡洋艦は無言で口を付けて。

 

豪快に咽せた。

 

苦し気な咳の響く店内に、舞鶴の天龍が何かもう以下略である。

 

ジェットストリーム格好付け失敗を前にして、龍驤は苦笑していた。

 

 

 

何やら天龍コントを話題にしては、作戦参加した利根との適当な無駄話がある。

 

「まあ史実でも、そんな感じで聞いたヤツが真似しまくって廃れたんよな」

 

西部の作法として有名に成り過ぎて、西部かぶれがこぞって真似をしたせいで

むしろ格好悪い飲み方と認識が改められてしまい、ついには廃れしまったと言う。

 

アメリカ政府がフロンティアの消失を宣言した頃には、完全に過去の遺物であった。

 

「ところで、さっきから気になっておったのじゃが」

 

苦笑いと共に琥珀色の液体を流し込んでいた利根が、カウンター内の冷蔵庫から

龍驤が取り出した怪しげな物体に視線をやりつつ、困惑した色合いで問い掛ける。

 

西瓜だ。

 

しかし瓶が刺さっている、逆さに。

 

「何じゃ、その見るからに阿呆な物体は」

「何の変哲も無い、ウォッカ西瓜や」

 

食べるカクテルとしてカルトな人気を誇る一品であった。

 

作り方、西瓜にウォッカの瓶を刺して放置、以上。

 

「先日、蒼龍が西瓜の詰まったコンテナ拾って来てなー」

「あやつ、何かやたらとコンテナを拾うのう」

 

「多門丸の呪いか何かやないか」

 

きっと質より量な食料関係に関して、何かセンサー的な第六感が入っとんやないかと

言われてみればと、妙な信憑性の在る言い掛かりが会話の結論であった。

 

 

 

切り分けた西瓜を前に、浅黄色の和服を身に着けた正規空母が居る。

 

「そんなこんなで、ようやく西瓜を使い切る塩梅よ」

 

龍驤の言葉に、カウンターで軽くウォッカ西瓜を齧っていた飛龍が苦笑した。

 

相方がすいませんねと、笑いながら言う風情を前には、龍驤からも苦笑いしか零せない。

そんなまったりとした空気の店内に、緑色の正規空母が入店して来る。

 

どうも待ち合わせをしていたらしい飛龍の相方、蒼龍であった。

 

店内に視線を回し、飛龍の姿を見てから近くに龍驤が居るのに気付き

サムズアップしながら元気よく言葉を投げかける。

 

「センパイ、西瓜の詰まったコンテナ拾ってきちゃいましたッ」

 

ドヤ顔であった。

 

一片の悔いも無き純粋なドヤ顔であった。

 

「飛龍」

「承知」

 

短いやり取りもあらばこそ、即座に飛龍が蒼龍の足元に滑り込む。

 

そのまま両腕で蒼龍の足首を取り、自らの脇腹に押し付ける様にクラッチ。

そんなヒールホールド染みた姿勢のまま、素早く内側に錐揉みの如くに倒れ込んだ。

 

即ち ―― 飛龍竜巻投げ(ドラゴンスクリュー)

 

のぎゃーなどと乙女らしからぬ悲鳴が上がる床の上、

投げ飛ばされた獲物を仰向けに転がす執行者。

 

そのまま片足を取り、股の間に自らの足を差し込んで締め上げる。

 

「あのね、多門丸にもねッ、名誉って物がねッ」

 

にゃーなどと言う可愛らしいと言えなくもない悲鳴の中、突然に飛龍が身を翻した。

 

足を取ったままで。

 

ガスガスと回転力と質量が威力と化して音に変わる。

 

スピニング・トゥーホールドである。

 

「ねえッ、聞いてるッ、蒼龍ッ」

「にゃッ、にゃッ、にゃあああぁぁッ」

 

決して止まらぬ地獄の風車であった。

 

 

 

シャクシャクと小気味良い音が続き西瓜が消費されていく。

 

何と言ったらベターなのかと、カウンターで笑顔が呆れているのは高速戦艦、金剛。

その横で引き攣った笑顔なのは、いつものイケメン浪費馬鹿こと、5番泊地の提督である。

 

ブルネイ5番泊地所属の火力担当は、作戦開始から南冥での戦線維持にあたっていたが、

ようやくに本土から補充戦力が届いたため、本日付けでサイパン入りを果たした所だ。

 

「つーわけで、また延々と西瓜祭りやコンチクショー」

 

新たに切り分けたウォッカ西瓜を並べながら、店主から同僚と提督に愚痴が零れた。

 

「はッ、そういえば手を繋ぐにしても、ら、ラバーズなホールドハンドと言う物がッ」

 

そんな空気の中に、突然が在る。

 

何か突然に支離滅裂やなと店主が訝しむ暇もあらばこそ、これもまた突然に

パタQなどと言いながら目を回し提督の膝上に倒れ込む金剛型長女、もとい酔っ払い。

 

何の事は無い、ウォッカ西瓜である。

 

要するに、西瓜ひとつにウォッカ一瓶が突っ込まれているのだ。

食べやすい割に、アルコール度数が馬鹿に出来ない果物であった。

 

「テートクゥ、にゃふー」

 

何か珍しく遠慮のない態度を示しながら、そのうちにすやすやと眠り始める。

 

切り分けた西瓜を前に、少しばかり気まずい空気が流れ始めた。

 

「このまま、お持ち帰りしても文句は言えんと思うで」

 

何処か疲れた風情の声が、龍驤から漏れる。

 

「仮に、お持ち帰りしたとしてだな」

 

声を受け、何処かシリアスな声で応える泊地の責任者。

 

「俺、生きてサイパンから出る事が出来るのか」

 

制服の端の弾痕が、生々しく色々と物語っていた。

 

 

 

5番泊地提督が金剛を背負って宿舎へと配達しに行って暫く、新たなウォッカ西瓜を

切り分け始めた頃に、毎日恒例ジェットストリーム飲酒母艦の襲撃が在った。

 

へい店主と陽気な隼鷹に対して龍驤がカウンターに出したのは。

 

独特の絵柄で侍の描かれた5リットルペットボトル。

 

がぶがぶ飲める庶民の星、一応は乙類焼酎であった。

 

「何か龍驤サン、アタシに対する対応が冷たくないッ」

「それは頼み方が悪いよ隼鷹」

 

そう言っては改装空母を押しのけて、ウォッカ的な物をと頼んだのは白い駆逐艦。

 

名誉軽空母ことヴェールヌイである。

 

そんなリクエストに対する店主の答えは、ホワイトリカー。

 

「……ウォッカ的だね」

 

何か諦めてアルコール単価最強な液体をチビチビと始めた駆逐艦の横で、

薄黒銀の髪色をした水上機母艦の姉の方、千歳が言う。

 

「そういうオヤジ的な物でなく、可愛らしいのでお願い」

 

要望通りの品物がカウンターに置かれた。

 

可愛らしい女の子であった。

 

紙パックに堂々と印刷されていた。

 

詰まる所、貴方にひとめぼれな萌酎である。

 

そんな3連続討ち死にを目のあたりにした名誉軽空母こと、イタリア重巡ポーラが

だがしかしその瞳に勝機を見出した輝きを乗せて、自信を溢れさせながら言葉を発す。

 

「ウイスキーをお願いします」

 

そう、選択肢に焼酎を入れるからいけないのだ。

 

棚に置かれたメーカーズマークを意識しながらの注文であった。

 

対し龍驤は、当たり籤無しの的屋の如き無表情でカウンター下からエンジンオイルでも

入っていそうな形状の、やたらと四角いペットボトルを取り出して、置く。

 

ラベルに黒い馬の描かれたそれ、5リットルで2米ドルのウイスキーである。

 

その日、通夜の様な沈痛な面持ちでアルコールを消費する4隻が居たと言う。

 

 

 

高速戦艦を配達し終わって戻って来た提督が、苦笑を乗せて言う。

 

「それであそこでダウナーに呑んでいるのか」

 

店内のテーブル席に、レトルト食品を突きながら安酒をチビチビと舐める敗者が居た。

ボソボソとした会話の中、これはこれでとか言っているあたり業が深い。

 

「ウォッカ西瓜も打ち止めやし、新しいの作らんとな」

 

現状を軽く流しながら、店主が新しい西瓜を取り出して瓶を刺した。

 

複数である。

 

「ちょっと待て」

「何の変哲もないカクテル西瓜やが、どうした」

 

カクテル西瓜、西瓜に複数種類の酒を突き刺して作る、ウォッカ西瓜のバリエーションである。

 

「在るのか、そういうレシピが本気で在るのか」

「酒呑み御用達って感じやけどなー」

 

乱暴すぎるレシピに呆れ半分で頭を抱える提督に、笑いながら西瓜を冷蔵庫に入れる龍驤。

突き刺した後は放置するだけである、期間は一晩から一週間の間ぐらい。

 

時間経過で酒っぽさが抜けてまろやかに成る、好みのタイミングで食べる物だ。

 

そしてそのまま入れ違いで新たな西瓜を取り出して、日本式に切り分け始める。

 

「まあコッチは普通の西瓜や、安心して食うとええ」

「わあ、無理にでも西瓜を食わせようとする姿勢が酷え」

 

引き攣った笑顔の提督の前に、ほれ司令官と切り分けた西瓜を置く筆頭秘書艦の姿。

 

「そういやさー、東南アジアの西瓜って種無し西瓜が多いよな」

「アメリカもやな、日本では廃れた品やから珍しいってとこかい」

 

涼しげな音を響かせながらの疑問に、軽く応える店主が居る。

 

「種無し西瓜の栽培手法は、日本の開発だよな」

「ああ、んでコストがアレすぎるんで即座に廃れて現在に至る感じや」

 

種が未発達な分、茎や蔓に栄養が取られて甘くするのが難しい。

余計な手間が掛かる分、人件費が高騰する。

 

そもそも、種が有っても気にしない人が多い。

 

そんな理由で、種有りの西瓜を作っていた方がマシと言う経済的な現実の前に

日本国内での種無し西瓜の市場は消滅したと言う。

 

「ここらだと違うのか」

「まず、人件費が哂えるほど安いな」

 

それと、市場規模が日本とは桁違いに大きいと言う利点がある。

 

「それに、暑い地方やと西瓜は飲み物やからな、デザートの日本とは扱いが違うわ」

 

甘味として食する日本ならばこそ、種を吐き出す手間を厭わないという面がある。

 

しかし、水分のためにかぶり付く東南アジア、アメリカ南部、メキシコなどでは、

水質の問題も在り、安全な飲料である西瓜、その種の在る無しは大きな問題であった。

 

「そんなわけで、種無し西瓜の栽培技術は大反響を持って迎えられた訳やな」

「そして定着したって事か」

 

シャクシャクと良い音を立てながら、提督から納得の声が上がった。

 

「まあ、手間に金額が乗るようになったし、日本でも少しは売っとるみたいやけどな」

 

何だかんだで昨今、ブラックジャックなどの新品種が細々と流通に乗りはじめた。

 

「見た事無いなあ」

 

しかしながら、現状はその一言に終始する塩梅である。

 

 

 

夜も更けた頃合いに、提督と龍驤が静かに会話を続けている。

 

真剣な色合いのある店内の空気に、二の足を踏む艦娘が入口に数隻溜まっていた。

 

時折、入口付近から中を覗き込んでは小さく声を上げる。

 

―― あの提督、格好良いよね

―― 何を話しているのかな

 

駆逐艦たちが姦しい意見を囁き合っている。

 

―― 凄く真剣だよね、邪魔しそうで入り辛いと言うか

―― ブルネイの魔女と司令官か、今作戦に何かあるのかな

 

何かの言葉に、感情の見えない様相で応える龍驤が居る。

 

深刻な表情で頷く提督の、愁いを帯びた横顔に改めて黄色い声が上がった。

 

―― この順調な進捗でも油断しないと言う事か

―― 流石は二つ名持ちの主従と言った所か

 

巡洋艦たちが、感じ入った風情で頷き合う。

 

「―― ああ、安心した」

 

店内から僅かに零れて来た言葉に、集団の中に在った緊張が緩和する。

 

改めて店を訪れた利根が、屯する艦娘の後ろで、状況を察して遠い目をした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

深夜、いつしか客が提督だけと成った店内で、静かな言葉が在った。

 

「龍驤 ――」

 

いつになく真面目な表情で、耳にしたと言う情報を問いただす。

 

「紐パンって、結んでいる部分は飾りでしかないと言うのは本当なのか」

 

いつもの提督であった。

 

股間を包む布地を、両サイドで紐で結んでいるのではない。

普通の下着に、飾りとして結びの紐が付いているだけだと提督が聞いたと言う。

 

「そやな」

 

平坦な声で現実を突きつける、紐パン派の軽空母が居た。

 

「何てことだ」

 

深刻な表情で頷く、世の悲哀全てを背負ったかの如き様相である。

 

「まあ、いくつかバリエーションがあるわ」

 

深淵に沈み込む提督に、蜘蛛の糸の如き言葉を垂らすのもまた、龍驤である。

 

曰く、横紐に結ぶための飾り紐が別添えで付いているタイプ。

曰く、横紐と結ぶための紐の2本が付けられているタイプ。

 

そして最後に ――

 

「すると」

 

僅かな期待に、力強き頷きの笑みがある。

 

男なら勃起して、女なら股を濡らす、そんな精悍なる笑みであった。

 

「ああ ―― 安心した」

 

そうだ。

 

在る。

 

紐パンは、在る。

 

世の真理を得て、安らかに笑う提督の姿が在った。

 


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