水上の地平線   作:しちご

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12 文化と文明

ごろごろと、転がすように移動させると痛みが激しくなるわけで

4人がかりで持ち上げて運ぶ事になる、臼の事である。

 

運んでいる姿は小柄、揃いのセーラーに制帽は二人、黒髪と銀髪が下にある。

残りの二人は明るい色合いで、どこかしらに付けらている徽章はⅢの文字。

 

第六駆逐隊の暁型4姉妹であり、先導しているのは龍驤であった。

 

常日頃からやさぐれている龍驤が担いでいると、杵と言うよりは木槌に見える。

餅と言うよりも「これから赤城と加賀『で』つくね作るねん」という雰囲気だ。

 

正月早々そんな猟奇肉団子を作られては堪らないと、通りすがりの軽巡洋艦

眼帯の可愛い方こと天龍が慌てて止めに来る、駆逐4名のトラウマを心配しての事である。

 

「いや、何で臼と杵持っとって真っ先に思い浮かべるのが肉団子やねん」

「あー、普段の行い?」

 

そんなこんなで誤解らしきものを解いていると、後方から蒸し上げたもち米を抱えた

龍田が駆けてくる、水や盥に布、器、諸々を持った駆逐隊を笛吹のように引き連れて。

 

合流したのなら仕方無いと、現場を定めて餅つきの支度をはじめる一同。

どうにも最近、行き当たりばったりが泊地の常識と化している空気がある。

 

砂糖、醤油、海苔、ポン酢、チーズと薬味を並べる折、そっと大根を天龍に手渡す龍田。

 

「い、嫌だッ もう大根は嫌だッ」

 

この天龍、年末の鶏肉地獄竜田揚げ組ではひたすらに大根を卸す係であった。

おそらくもう、大根を擂らせれば泊地で右に出る者は居ない。

 

なにやら心に響く叫びに無い胸を撃たれたのか、ほな後を宜しくと杵を渡す龍驤。

 

去り際に惜しかった、とボソリと呟いた龍驤の呟きを響は聞かなかったことにした。

 

 

 

『12 文化と文明』

 

 

 

人の集まりも出そろった頃、提督室のある本棟から提督と金剛4姉妹が姿を現す。

 

「ヘーイ注目ゥ!駆逐と軽巡にはこれから提督からのお年玉を配りまッすネー」

 

提督の前に人が集まり、金剛と比叡が列を整え、霧島と榛名が名簿にチェックを入れる。

すかさず移動屋台を設置する明石、正月出店仕様でボッタクリ価格である。

 

「軽巡洋艦の大淀です」

「軽巡洋艦の利根じゃ」

「航空駆逐艦の龍驤や」

 

「おいこら自重しろデース、違和感ナッシンなのは認めマスが」

 

「いや待って、私は本当に軽巡洋艦ですからッ」

 

何か巻き添えで詐称組に含まれていた大淀であった。

 

流れでどさくさに受け取ろうとしていた龍驤と利根が、失敗後に額を突き合わせて相談。

 

「年代的に吾輩は陽炎型か朝潮型かの」

「ウチは特Ⅲ型か、雷電龍驤と書くとゴツい印象やな」

「服装的にそこは零番艦じゃろ、朝潮型の」

 

龍驤が上に着ている水干を脱ぎ、シャツとサスペンダーを露出させる。

利根が予備の手袋を持ち出して素手であった右手に装着する。

 

「朝潮型航空駆逐艦0番艦の龍驤や」

「朝潮型航空駆逐艦8.5番艦の利根じゃ」

 

「設定を練り直して再チャレンジしてんじゃネーデスヨ」

 

金剛ダブルチョップが二人の頭頂にめり込んだ。

 

「流石にそろそろ、朝潮型の子も怒っていい頃合いだと思いますが」

 

控えめに窘める榛名の声に、名前を呼ばれた黒髪で小柄な艦娘、朝潮が反応する。

 

「朝潮型の戦力が飛躍的に増強!?」

「ほら、受け入れとる」

 

「朝潮、正気に戻るデス!?」

 

意外に力こそパゥワーな性格であった。

 

 

 

何やら人だかりができているのを見て、続々と人影が呼ばれ増え。

 

「お節持ってきましたよ」

 

和服をさらりと着こなした和風美人、鳳翔がお重を持って現れる。

その横で髪を後ろで括った小柄な軽空母、瑞鳳が無い胸を逸らして誇らしげに宣言した。

 

「卵焼きは私の労作です!」

「お、綺麗に焼けとんやん、偉い偉い、飴ちゃんあげよ」

 

「子ども扱いするなーッ!」

 

ぽかぽかと拳を振り回して叩く瑞鳳と、笑いながら謝る龍驤。

どう見ても駆逐艦(おこさま)二隻な光景に、観衆は冷や汗を流していた。

 

 

 

寄り付きすがり、酒瓶を抱えた隼鷹がお節を覗きながら声をかける。

 

「そういや龍驤サンは何か作ったのかい」

「入っとるで、ほらそこの鶏牛蒡の金平」

 

「…………何という地味」

 

「え、ええやんか、食ってよし摘まんでよしで日持ちする万能選手やで、鶏牛蒡」

 

まあ確かに摘まみにゃ最高だわなと頬を緩める隼鷹の横、さらりと飛鷹が口を出す。

 

「何ていうか、龍驤らしいわ」

「ウチらしさって何やーッ」

 

 

 

空母組以外にも手持無沙汰な誰某らが集まってきた所で、人込みを分けて戦艦が顔を出す。

 

「括目するデース、戦艦寮の総力を結集したゴージャスお節ボックスを!」

 

中央にロブスター、謎の紫色、ウナギの燻製、謎の国防色、悍ましきゼリー寄せ、豆。

謎の土留め色、スパム、豆、スパム、スパム、スパム、謎のショッキングピンク。

 

「何故に止めんかった、霧島」

「無茶……言わないでください」

 

眼を逸らした戦艦の背中には末っ子の悲哀が漂っていた。

 

 

 

「私たちの苦心の一作のどこに問題があるのですカ」と詰め寄る金剛。

「とりあえず、その70年ぶりぐらいに目にした国防色は何や」と答える龍驤。

「あ、その私たちに私は含まないでください」と霧島。

 

そっと距離をとっている味見係の榛名、聞いても榛名「は」大丈夫としか答えない。

 

「和食の基本は味よりも彩り、何も間違っては居ないはずデース」

「その思想は戦国時代に途絶えたわ、それ以前に人間の食い物用意しろや」

 

「正確には、江戸時代を通して味も重要視されるように食文化が発展した、ですね」

 

まだ大丈夫と言っている榛名のもとへ、担架を抱えた比叡が駆けつける。

 

「ノープロブレム、ビネガーはちゃんと用意していマスからどうにでもなりマス」

「英国なら無駄にあがかんと、素直に肉を詰めて茶色にしとけ言うとんのや」

 

「お菓子でお節を作るべきだと進言はしたんですよ、一応」

 

言いながら榛名を担架に乗せてドックを目指す霧島と比叡

どうも先程から大丈夫としか言わなくなっていたらしい。

 

止める人間が居なくなり、二人の言い合いは過熱して逸れていき、話題はもう売り買い言葉。

立ち込める粘土のように絡み付く空気、周囲の艦娘の視線が集まっていく。

 

「まあ、離着陸できそうな全通甲板胸のチビッ子空母じゃ仕方ありませんネー」

「戦艦の中で最も主砲(バスト)が小さい金剛型(オババ)には言われる筋は無いわなぁ」

 

悍ましい瘴気を辺りにまき散らしながら額を擦り合わせ(ガン)の付け愛をはじめる武勲艦2隻。

両雄一歩も引かず、互いの右手が前へと突き出され、そのままに掌を合わせて握りこむ

 

電撃的和解、合計20万1千馬力の力強い握手であった。

 

「おーい五十鈴、セクハラするからちょっとこっち来ぃ」

「その脂肪に一杯注がせろデース」

 

「最悪だこの秘書艦ども!?」

 

 

 

昼も近くなれば他泊地からの訪問客も数が増えてくる。

 

東南アジア方面に泊地は数あれど、間宮が配置されているのは僅かに3ヶ所。

自然、近隣泊地の艦娘は5番泊地に立ち寄り何某かの慰安を楽しむ事になる。

 

「来たぞー、龍驤」

「あけおめやー、ながもん」

 

ながもん言うなお前なんかながもんや、いつもの言い合いを経る大小2隻。

同行の次席秘書艦である妙高は、久々の妹との親交を暖めている。

 

妙高型4姉妹、第一鎮守府所属であったが、足柄だけは現在5番泊地の所属。

大淀に誘われ、連戦と激戦に惹かれて5番泊地に配置換えをした経緯がある。

 

とりあえずの挨拶を終え、差し入れの何某とお土産の重箱を交換した。

 

「ふむ、餅つきか、少しやってみるか」

 

視界に入った駆逐群衆へと引き寄せられる超弩級戦艦、笑顔で中に割って入り

手を洗い、気を引き締めて臼の前に座り込む。

 

「さあ、存分に叩くが良い」

「そっちかよ!」

 

餅を延々叩き続けてはやどれだけ、天龍の広背筋は危険水域へ達しようとしていた。

こういう時はエエ感じに空気が読める奴、エエ性格をした龍驤の談である。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

するすると、蕎麦をたぐる何某かの浮世絵の如く餅を飲み込んでいく一航戦の赤い方。

 

母艦組が酒瓶などを続々と持ち込んで、まあ表から見えんからええかと許可も出て

餅にお節と海側の道っ端に宴席を設えては、軽巡駆逐の餅つき肴に盛り上がる。

 

野外炊具(中古)(りくじのおさがり)が設置され、間宮伊良子鳳翔あたりが鍋を抱えて右往左往。

巡洋組も入り浸っては、何某かを作り始めたり各所を突いたりしている。

 

そんな折、小鍋に分けていた出汁汁で雑煮を作っていた龍驤に、器を差し出す加賀が居る。

 

「何というか、地味ですね」

「文句あるなら食わんでよろし」

 

味を調えた出汁汁に蒲鉾、法蓮草が入っているだけのシンプルな雑煮であった。

隣の鍋の鳳翔作は鶏肉だの人参だの椎茸だの何だの入って、彩り豊かな贅沢仕様である。

 

「これぐらいでええんよ、餅食ってる感じがして」

「わからない事も無いですね」

 

二人が適当に配膳しては餅を咥えていると、睦月、陽炎型と只管に増える需要に翻弄されていた

天龍が神通に杵を預け、息も絶え絶えに避難してくる、駆けつけ1杯、水を頼んで酒が出た。

 

残った水気が飛んでいくわと快声一唱、氷を噛みながら酒気を避ければ自然と龍驤のもとへ。

 

「お、いいな、皆の雑煮はゴチャゴチャしていけねえ」

 

シンプルイズベスト派がここにも1隻いた模様。

 

「大根おろしがあるが、入れるか?」

「何や、結局擂ったんかい」

「この雑煮に大根おろし、有りです」

 

臼杵の方では那珂ちゃんオンステージとか叫び声とともに賑やかに餅が搗かれている。

付近で戦艦組が紅茶と番茶を配っていた、霧島、まさかの番茶派(うらぎり)である。

 

3人で餅を食み、何やら示し合わせたように器を上げて一杯を終える。

 

「ところでよ、そこの何かウョンウョン動いている白い物体と回ってる鍋は何だ」

 

振動にあわせぐるぐる回っている鍋っぽい物の中で、スライム状の白い物体が蠢いていた。

炊具の片隅、コンセントの近くに設置され、先ほどから怪しげな空気を醸し出している。

 

「何の変哲もない電動餅搗き機や」

 

一息の後、いままでの俺の苦労はああぁあと叫びが響く5番泊地の正月風景。

 


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