水上の地平線   作:しちご

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邯鄲の夢 鏡

―― 重文、安芸福田木ノ宗山出土青銅器横帯文銅鐸、破壊される

 

終戦景気に騒ぐ本土の喧騒に紛れて、目立たぬ被害が散見される。

 

―― 佐賀、吉野ヶ里遺跡出土銅鐸紛失、海岸線で破片発見

 

連日紙面を賑やかすわりに、とりたてて目立つ事も無く。

 

―― 次々と破壊される福田型邪視文銅鐸、犯行に深海の影

 

そして、ゴシップの隅に載った胡散臭い一報を最後に、報道が途絶えた。

 

「って、ガチで深海の連中の仕業とは思わなかったのですッ」

 

滋賀県、野洲市歴史民俗博物館、深夜。

 

山林に囲まれた、銅鐸博物館とも呼ばれるそこで、縦横に重ねられた切妻屋根が揺れた。

 

「何でこんなタイミングで、あきつは名古屋くんだりまで行ってやがるのですかッ」

「業務命令なんだから仕方が無いじゃないですか」

 

爆焔に飛ばされる様に建物から転がり出て来た艦が2隻。

 

座った目をした特型と帽子を押さえる白露型、憲兵隊の電と春雨であった。

 

「それに、帰ってすぐ呼び出されたのだから、あきつ丸さんも大変だろうなあってッ」

 

発言が轟音で切り刻まれ、追い立てたてられる様に距離をとる。

砲声が連続して響き、隣接する弥生の森に火の手が上がった。

 

灰燼と化す現場にて、狂気の滲む笑いを示して佇む姿は、戦艦レ級。

 

夜に染まる服から覗く白蝋の顔には、一筋の傷。

 

警備に参加していた関係各所の有象無象が、蜘蛛の子を散らすかの如くに逃げ惑った。

 

「よし、あそこの逃げようとしている一団と、護衛の名目で撤退しますよ」

「まだ耐えている人たちが居ますよッ」

 

警邏か何か、雑然とした状況ではにわかに判別がつかないが

確かに襲撃者に立ち向かい、景気良く蹴散らされている一団が居る。

 

「いいから、責任は私がとるのですッ」

 

そんな情景に気を引かれる春雨の向きを、電が両手で引っ繰り返し。

 

「ほら、さっさと動くッ」

 

その背中を押した。

 

 

 

『邯鄲の夢 鏡』

 

 

 

二重帳簿に定評のある軽巡洋艦こと、眼鏡1号の視線の先に胡乱な空気が在る。

 

「乗ってますよ」

 

提督執務室内龍驤席、塔の如くに積み重なる決裁書類の向こう、死んだ魚の様な眼で、

腕だけは鬼気迫る在り様で処理を続ける筆頭秘書艦の頭の上に、例によって例の如く。

 

本日の龍驤に背後霊の如く寄り添っている艦は、五十鈴。

 

「乗せてんのよ」

 

感情を感じさせない、平坦な声が在った。

 

「何でや」

 

声に反応したのか、機械的に動いていた乳置台がようやくに疑問を絞り出す。

 

冬とは言え赤道付近、年間通して気温の変わらぬ事に定評がある南国ブルネイ。

現在の外気温も30度を越え、熱気に茹だる声が教練の場より響いていた。

 

そんな熱気にあてられたのか、五十鈴の肌も軽く火照っているのが見て取れる。

 

龍驤の後頭部をしっとりとした感触が包み込み、健康的な香りが漂っていた。

 

「20連勤だったからよ」

 

身体とは裏腹に、どこまでも硬質な声色であった。

 

眼も、座っている。

 

工廠の方角から、爆発音が響いた。

 

 

 

川内が眠っている、珍しく布団で。

 

恐らく今日あたり隕石が降って来るだろう。

 

瞼を閉じ、夜戦さえなければと惜しまれる整った外面に僅かに浮かぶ微笑み。

何某かをやり遂げた、満足を得た者のみが浮かべる事の出来る寝顔。

 

夢でも見ているのだろうか、可愛らしい声の含み笑いが漏れる。

 

相好が崩れる。

 

バンダルスリブガワン出向組夜間担当、20連夜勤明けであった。

 

 

 

艦生と言う名の冒険は続く、好むと好まざるに関わらず。

 

「他にも居るでしょ、天龍田とか、そこのほら大淀とかッ」

 

黙々と書類を片付ける龍驤の背中に、そろそろしっとりと五十鈴が染みて来た頃合い。

 

姿勢を変え、左右から挟み込んでは体重をかけ、頭頂に顎を乗せては吠えていた。

 

誰が誰にとは、言うまでもない。

 

その正面では眼鏡が光る。

 

「巨乳など過労死してしまえば良いのです」

 

名前が出た故と、泊地主計長が即座に言葉を打ち返せば静寂が訪れた。

 

心からの、至誠に悖るなかりしか。

 

いやさ、在るはずもない。

 

真実に冷え切った南国の執務室の中で、コホンとひとつ咳払いが響いた。

 

「いえ、私は魚雷などの兵装を積んだ経験が無いので、五十鈴さんにお任せするしか」

「今、思い切り本音が漏れてたあああッ」

 

悲哀の叫びは四海を駆け巡ったと言う。

 

 

 

クアラルンプール、ブルネイ鎮守府第二本陣。

 

「な、何で、いきなり、第三砲塔、が……」

 

爆発した。

 

全身黒焦げた状態の陸奥から、言葉が漏れて倒れ伏す。

 

本陣敷地内で煤けている戦艦に、慌てて駆け寄る周囲の艦娘。

 

陸奥の大破した艤装の奥、腰のあたりに何かが掠めた様な擦過傷が在る。

 

後日、有史に於いて隕石が直撃した2番目の知的生命体として、

クアラルンプールで地味に報道されたと言う。

 

 

 

乳に挟みつつ頭に顎を乗せている、どうも納まりが良かったらしい。

 

龍驤と五十鈴の身長差のせいである。

 

大和や加賀、愛宕だと頭の上に乗せる程度の差に成る。

 

「でも龍驤さん、20連勤は流石に酷いと思いますよ」

 

話を聞いた瑞鶴が、埠頭を訪れた2隻に感想を返した。

 

そんな言葉に深く頷いては、龍驤の頭部を顎で責める五十鈴。

 

龍驤は人形の様に抱えられた状態で、我関せずと缶飲料を啜っている。

赤いメタルの缶に書かれている文字はSARSI(サルシ)

 

世界一不味いと言われているフィリピン産のコーラである、凄く安い。

 

「もっとこう、30連勤ぐらいに調整できないでしょうか」

「そうそう30連勤ぐらいにって、増えてるじゃないッ」

 

飲み進める度に視線から力が失われていく龍驤を気にも留めず、

発言を続けた瑞鶴に全力のノリツッコミが入った。

 

「休憩も削る方向で」

「何か瑞鶴が私を殺しに来てるッ」

 

SARSIはよく、湿布の如き臭いと味と表現される。

 

喧騒の中で口を開いて、あぁとも、うぅともつかぬ呻き声を上げる龍驤。

 

悪名高き、ドクターペッパーと同類の飲料と思って貰えれば近いだろうか。

 

「聞ーきーなーさーいーよー」

 

ごりごりと頭頂を責められて、やがて龍驤の視界がホワイトにアウトして行く。

 

「きょ、巨乳など、ガクゥ」

 

最後の言葉であった。

 

「―― 過労死してしまえ」

 

先達の無念を引き継いだ瑞鶴がキッパリと断言する。

 

「おいコラ待て」

 

その日、どこまでも座った目で友情を投げ捨てた瑞鶴が居たと言う。

 

 

 

横須賀にて、第四提督室の龍驤に乗せているのは第二の大和。

 

「大和さんは、何でこう機会が有れば乗せてくるんよー」

「納まりが良い龍驤さんがいけないんですよ」

 

大和が立っていると、丁度胸の高さに龍驤の頭が来る。

 

「肩でも凝るんかいな」

「良く言われますよーそれ」

 

埠頭でボケらっと水平線の先を眺めている暇艦たちであった。

 

「ある程度以上の大きさだと、クるのは肩じゃないんです」

 

腰である。

 

巨を越えて爆などと言われるほどの代物を保有する女性は、肉体が衰える晩年に、

その重量が椎間板ヘルニアなどを誘発する事例が多々あり、減胸手術を受ける人も多い。

 

「その鉄甲乳パット、はずせばええんやないかなー」

 

時々後頭部にめり込む鉄塊に関して、軽空母が何処か疲れた声色で静かに述べれば、

その発想は無かったとばかりに驚く超弩級戦艦が居たらしい。

 

 

 

入渠ドックの湯気の中、かぽんと軽い音が響く。

 

「あー、折れたメンタルが癒されるわあ」

「いつも思うのじゃが、修復剤には何が入っとるんじゃろうかのう」

 

妖精技術の闇である。

 

広々とした湯船に朝潮型航空駆逐艦2隻こと、龍驤と利根が漬かっていた。

 

艤装も外し、髪も解き、常の湯ならばこの後に髪を結いあげるのだろうが、

本日のドックの浴槽は修復剤交じりなため、遠慮なく髪を湯船に漬けている。

 

「しかしウチらもヒトの身体を持って短いから言うてもなー」

 

口から魂を吐きながら、龍驤が言葉を紡いだ。

 

「五十鈴みたいな事、うっかり異性に対してやったら即座に押し倒されるで」

 

おいおい気を遣ってやらなと言いながら、持ち込み手ぬぐいで顔を拭う発言者に

その横で勢い良く振り向き、目を見開いた状態で固まっている相方が居る。

 

「……こ、ここまで認識がズレとるとは」

 

絞り出された一言。

 

目の前にマーキングされている自覚のない間抜けな獲物が居た様な、

何処となく、そんな遣る瀬無い気持ちの滲んだ言葉であった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

どこまでも白い部屋。

 

「撤退するって、撤退するって自分で言っていたのに」

 

寝台の上、包帯でぐるぐる巻きにされた肉塊の横で、春雨が泣いている。

 

「伝言だと、電さんの、手も、足も ―― そして片目をッ」

 

言葉を受け、溜息が吐き出される。

 

「電が、ヒトを見捨てられるはずが無いのでありますよ」

 

病室の机にかえる饅頭を置きながら、あきつ丸が言った。

 

それきりに静寂の訪れた室内に、突然の音。

 

寝台の上で残った歯を食いしばり、痛みに嘆く電だった物体に

台を蹴り飛ばしたあきつ丸が冷たい声色で言葉を掛けた。

 

「伝えるべき事が在るから、修復の手間を惜しんで待っていたのでありましょう」

 

突然の凶行に咎める様な視線で、口を開こうとした春雨を抑えるあきつ丸に

寝台の上から呻くような声色で、呪いの言葉と共に途切れ途切れの単語が出る。

 

「名古屋、聞いて、何故、そんな所、と」

 

一言ごとに、受け取り手の視線から鋭さが増す。

 

「鹿島じゃ、ないのか、とも」

 

身を翻す揚陸艦に、視線を送るしか無かった春雨へと、寝台から声が在った。

 

「春雨、付いていくのです」

 

何事かを言わんとする同僚の口を、視線だけで縫い留める。

 

「何か、やる事ならば、あの片目の、糞野郎の」

 

言葉を切る、段々と、憤怒の混ざるそれは呪いの如くに。

 

「首を獲ってきやがれ」

 

発言者から、それきりに力が抜けた。

 

再びの静寂の訪れた病室に、やがて静かな衣擦れの音が響く。

 

そして、扉の開閉の音。

 

パタパタと軽い足音が廊下に響き、黒い背中から言葉が零れた。

 

「ああまったく、本当に電はお馬鹿でありますなあ」

 

やがて、春雨が追い付く。

 

「変に賢しいよりは、余程にマシではありますが」

 

夜の底に吐き捨てる様な言葉には、僅かに感情が混ざっていた。

 


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