水上の地平線   作:しちご

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13 嵐の予感

 

「突撃一番とは懐かしいな」

 

何やら英語のパッケージの極薄製品を手に取りながら、龍驤がひとりごちた。

顔色一つ変えずに避妊具を手に取る歴戦の空母に、提督の腰が引ける。

 

年明けに回収したコンテナの中、仮に提督が泊地所属全艦娘に手を付けても

3年は持ちそうな量の膨大なゴム製品が入っていた。

 

「そういえば、ウチらって妊娠できるんかな」

「大本営通達だと、霊力とか儀式とかで頑張ればどうにかなるらしいぞ」

 

「艦娘も妖精に負けず劣らずの謎生物やなぁ」

 

米国製衛生サックを振りながらケラケラと笑う小柄な姿。

何か漂ってくる犯罪臭に眩暈を起こしながら提督が聞く。

 

「随分と慣れているんだな」

「自分で作っとった乗員も多いしな、売り物にはならんけど」

 

おかげで突撃一番製作技能持ち艦娘は珍しくないという悲喜劇。

睦月型や特型の駆逐艦は、その気になればゴム製品談義で1時間は潰せるらしい。

 

近藤睦月です、というのが一番艦睦月の持ちネタだとか何とか。

 

「技能持ちが多い割に売り物レベルの艦娘は居ないのか」

「ウチらの時代の作りやと、先っぽの袋が無いんよ」

 

終戦直後に改良された点である、おかげで戦後復興時の日本において

余っていた軍事物資の突撃一番が売り物どころか使い物にすらならず、

結局はただのゴミと化したという逸話がある。

 

まあそんな事より、と振り向いた龍驤。

 

そこには、赤い顔を抑えてしゃがみ込んで震える金剛型4姉妹の姿があった。

 

「そろそろ復活してほしいんやけどなー」

 

何で最古参の戦艦だの高雄型3番艦だの、一見大丈夫そうな艦娘に限って

こうも初心な乙女なんやろう、と龍驤は嘆息した。

 

 

 

『嵐の予感』

 

 

 

「訪れた静けさに、とな」

 

いまだ乾季に入らないブルネイ、提督室の窓からしとしとと降る雨を眺める

雨音が騒がしく平穏を奏で、熱気に蒸らされた湿気が立ち込める。

 

「おかしい、何故ウチの手が空いている」

「龍驤、お前疲れてるんだよ」

 

窓辺に頬杖をついて、何というか降ってわいたような突然の暇を持て余す。

 

いや、師走からのお仕事ラッシュのノリで普段の仕事をこなしていたら

何かアッサリと片付いて何もやる事が無くなってしもたという状況なんやけどな。

 

「仕事と言えば、こないだ抜き打ちで明石の工廠をチェックしたんよ」

 

そうそう、これは確認とっとかなあかんかった。

口にした途端に青い顔で目を逸らす提督が一名。

 

「おうこら、コッチ見ろや」

 

にこやかな笑顔で頭頂を掴み、ギリギリと首を回して顔を向けさせる。

 

「何故に在庫に覚えのない46cm砲が転がってんでしょうかねぇ」

 

無言、静寂。

 

やがて口を開いた提督は、常日頃から備える火力の必要性を熱く語る。

 

「あんなデカ物誰が積む言うんやああぁぁッ」

 

まあ聞く耳は持たんけど。

 

5番泊地所属の戦艦は金剛型4隻のみである。

 

しかも姉妹で4人部屋とりやがったので、戦艦寮の部屋がダダ余り状態であり

各種施設を戦艦寮に叩き込んでいる現状、いやそれは関係ないか。

 

金剛さんと霧島がたまに41cm使うぐらいで、基本35.6cmな今日この頃

46cm砲ってどないせいと、ナガモンか陸奥に流すか、憲兵隊(あきっちゃん)に押し付けるか。

 

研究開発のために無駄な装備もある程度は開発されるという工廠の主張は理解できるが

それにしても物には限度と言う物がある、そう、大和砲だけの話では無いんや。

 

「艦載機もヤバかったし、明星なんて今更に目にする機会がある思わんかったわ」

「いや、そっちは知らない」

 

即座に頭に思い浮かぶのは、全てを提督の責任にしていた工廠のピンクの悪魔。

 

内線を打ち通話が繋がったら依頼を一つ。

 

「ああ神通、後で明石と夕張を吊るしといて、宜しく」

 

もうこれでええわ、ああしんど。

 

「あまり詳しくないんだが、明星ってどんな機体だ」

「木製の九九艦爆や」

 

他にも一一型だの十一試艦爆だの、どんだけ九九艦爆に拘っとんのやら。

せめて零戦と言うたら11型とか引っ張り出してくるし、もうどないせいと。

 

三菱と中島が選べますよって、やかましいわ。

 

「とりあえず九九の系譜は瑞鳳にやったら喜んどったで」

「俺が悪かったので空母の戦力を下げるのやめください」

 

彗星だだ余りやからなー。

 

などとだらだらやっていると、外にいくつかの艦隊が帰還したのが見えてきた。

小破が幾人か、とりたてて大事に至っている艦は無し、何よりや。

 

などと無い胸を撫で下ろした視界の先で、加賀が瑞鶴に絡んでいる。

 

「加賀、というか一航戦と五航戦は昔からああなのか」

「いや、翔鶴瑞鶴が五航戦に居った頃の一航戦と五航戦は結構仲良かったで」

 

何や瑞鶴泣きそうやし、雨の中何やっとんねんあのお馬鹿は。

 

「五航戦にぐだぐだ絡んでいたのも、どっちかっつーと赤城やったのになー」

 

あとで何某か注意するにしても、ウチは昔と違って軽空母に分類された余所者やし

正規空母組に言うこときかすのは大義ぃのう……鳳翔さんに頼むのは避けたいな。

 

「まあウチは太平洋の方は基本別行動やったし、何があったか知らんけどな」

 

赤城にでも言うとくか、駄目でしたとかいう前科持ちやけど。

 

「仲良しと言えば、蒼龍は何かと龍驤に懐いているな」

「進水からコッチ、結構面倒見とったからなー」

 

向こうから来た蒼龍が加賀を止めている、偉い、飛龍はスルーすんな、手伝えや。

 

「こんなのに面倒見られたから、髪形や言動があんな感じに……」

「こんなの言うなし」

 

うん、飛龍には負けませんとかあ奴が言うたびに、何か飛龍がコッチを

物問いたげな眼で見てくるんよな、ええかげん諦めろや。

 

「こないだ蒼龍に『二航戦の龍驤です蒼龍センパイ!』って言ってみたんよ」

「どう聞いてもパワハラだ」

 

「胃のあたりを抑えて倒れてたわHAHAHA」

 

まあ酒の勢いっちゅうやつやな、流石に全員えげつない経歴だけあって、

飲み会などを開いているとたまに話題がブラックな方向に飛び跳ねる。

 

「おかしいなぁ、後方でのんびりする予定やったウチを前線に引っ張り出しておきながら

 その態度は無いんちゃうの、蒼龍せんぱーい?と絡んでおいた」

 

「何故にそこまで蒼龍の胃を責め続けるのか」

「九九艦爆をはみ出させるようなふしだらな娘にかける情けは無ぇ」

 

蒼龍が瑞鶴を抱きしめて避難しとる、うん、瑞鶴のメンタルが別方向にピンチやね。

 

視界から全員が消え、多分に今頃は提督室に向かう最中であろう静寂。

 

「ええんよ、二航戦に配属やからと祝ってやったのに、帰ってこんかった阿呆やから」

 

あかんわ、暇やと何か変な事を口走る。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「蒼龍、ただいま帰還しましたッ」

 

若干遅めに入室を果たした二航戦組、蒼龍が龍驤に首を抱えられ頭を撫でまわされた。

何やら褒めているのか嫌がらせなのか、髪が即座にボサボサに、何事かと口を開く。

 

「い、いきなり何ですかセンパイ」

「禿げろー禿げろー」

 

「呪われてる!?」

 

どこか嬉しそうだった表情が即座に青くなる、陰陽系ジョークは洒落になっていなかった。

 

「まあいろいろとお疲れさんや、何か変わった事は無かったかい」

 

いろいろの部分、何もわからないままの被害者とは別に、理解したかの如く頷く飛龍。

そんな中、蒼龍がサムズアップのドヤ顔で胸を張り、滔々と破滅の言葉を紡ぎだした。

 

―― 貨物コンテナ拾ってきちゃいました

 

「飛龍、ちょい手伝い、この阿呆窓から投げ捨てるから」

 

「あれ、ちょっと待って、物資ですよ、ここは褒めてくれるところじゃ!?」

「蒼龍、長いようで短い付き合いだけど、まあこんな事もあるわ」

 

しとしとと降り続く雨、水雷戦隊が工作艦を木に吊るす様も普段通り

近いはずの乾季の訪れは今だに気配すら感じさせなかった。

 


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