水上の地平線   作:しちご

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邯鄲の夢 死

鹿島神宮

 

富士を抜け霧島へと至る、日本列島の南側を通る春秋の線と、皇居、諏訪を抜け白山に至る

日本列島を南北に分断する様に走る夏冬、2本のレイラインの東端の霊地である。

 

主祭神は武甕槌大神、国内の霊脈を通るあらゆる霊地の中でも東端に位置し、

古代には蝦夷(えみし)に対する輸送拠点であった土地であり、平定神の社としての色合いが濃い。

 

蝦夷の平定故か、始まりの土地、鎮める土地としての意味合いを兼ね備えた社だ。

 

その社より遥か奥、武甕槌大神の荒魂を祀る奥宮の裏手、深森の最中の

コンクリートの柱に囲まれ、石造りの鳥居の立つ質素な場。

 

山の宮、要石が祀られる祠が在る。

 

鹿島宮社例伝記に因れば、大地の深き場である金輪際より生えた石柱の先端であり

日本列島を繋ぎとめる楔の内のひとつであると記されており、

 

日本書紀に於いては鹿島動石(ゆるぐいし)、漂う日本を大地に繋ぎとめる国軸であると記されている。

 

それ故か、深く地中に伸び列島の龍が巻き付いているとも、地震を呼ぶ大鯰の頭を押さえ

尾を押さえている香取神宮の要石と共に、国土の地震を防いでいるとも言われる事が多い。

 

さて、常ならば閑静に満ちているその場は、今は異様なほどに人影があり

夜の静寂が訪れる時間帯にも拘わらず、空き地にテントが張られ炊き出しが配られる始末。

 

散発的に襲撃を掛けてくる深海棲艦を始末して、一息を吐く憲兵隊が

農林水産省と書かれた器に雑炊などを受け取り、冷え切った身体を温めていた。

 

「ヌードルは消費者庁でしたか」

「何かもう、カオス極まりないのです」

 

終戦後の力関係を俯瞰して見れば、陰陽寮に恩を着せたいのは何処も同じであり、

日を追うごとに各省庁から人員が派遣され続け、もはや現場は混沌の坩堝であった。

 

「……これは、守り切れませんな」

 

ぽつりと、あきつ丸が所感を零す。

 

「お偉方まで来て、ボディチェックもままならないとか言っていたのです」

 

連装砲を抱え松葉杖にもたれた副官が言葉を繋げば、隊長が応える。

 

「ああ、そっちも在りましたね」

 

確かにこの人出では、何か混ざって居てもと言いながら祠を向けば。

 

ヒトが居た。

 

自然な出で立ちで鳥居を潜り、徐に背広を脱ぎ捨てる。

 

「……あ」

 

誰の声だったのだろうか、あきつ丸の行動は早かった。

 

即座に電の松葉杖を蹴り弾き、ついでに春雨の足をへし折る勢いで払い、

二つの後頭部を捕まえては顔面を地面に叩き付ける勢いで、諸共に地面に伏せる。

 

ぷぎゅると、何か潰れるような酷い音が左右から響き、誰何の声が頭上を過ぎた。

 

件の不審者の背広の下には、爆竹の如くに連なった発破があり、

何が起こるのかわかっていない者たちの空間の中、吐き捨てるような声が響く。

 

―― 該死的小日本

 

くたばれと、彼の国では負け犬が口にする言葉。

 

爆音と破片が森林の中に飛散した。

 

 

 

『邯鄲の夢 死』

 

 

 

深く、どこまでも深い世界の底。

 

海底に亀裂が在る。

 

何かが、詰まっている。

 

ラッシュアワーの鉄道の如く、隙間無く埋め尽くしているのは、輸送ワ級。

 

今もなお、続々と集まってきている輸送ワ級の群れは、

先住者を圧し潰すのにも構わず、途切れる事無く亀裂へと身を躍らせる。

 

そして静かに、その時を待っている。

 

 

 

灰色の空、鮮血の空、雲行きも怪しく。

 

スコールの気配が見える泊地の埠頭を、提督と龍驤が歩んでいる。

片手に書類を持ち、だらだらとした空気を醸し出しながら。

 

「何とか止めてほしいとも思うが、被害を受けてほしくない、とも思う」

 

先日に報道された2か所への深海棲艦の上陸の内、中東アジア側はその姿を消した。

未だ混迷の極に在るユーラシア大陸では、その足取りを追う事は不可能であった。

 

アメリカ西海岸に上陸した一団は二手に分かれ、片方はサンフランシスコ沿岸に集結、

残る一団は侵攻を継続し、現在はネバダ核実験場を占拠し拠点化するに至る。

 

その二か所に対しては基本、米軍が対処にあたっているが、軍事同盟からの

日本国への援軍要請を受け、海軍からも一部艦娘が出撃している現状である。

 

「まるで、画面の向こうへの口ぶりやな」

 

覇気のない声色に、龍驤が一言を告げた。

 

5番泊地からも、アイオワとサラトガを中核とした支援艦隊が出撃した所である。

 

真剣さが足りなかったかと提督が聞けば、秘書艦は肩を竦めた。

 

「まあ確かに、最低でも広島型の3300倍とか言われてもな」

 

実感なんざわくはずも無いと、言葉が漏れる。

 

「聞いた話、映像で見た、知識で知った、そんなのばかりだ」

「そして夕飯の品目が減って、はじめて実感するんやな」

 

暗く、乾いた笑い。

 

そして会話が途切れ、空気の中に鉛が沈む。

 

―― 私たちは、本気で宇宙に行こうとしていたんだ

 

先日の聴収に於ける、ヴェールヌイの発言が龍驤の脳裏に浮かんだ。

 

90年代の中華人民共和国の暴走に端を発する、00年代のロシアの情報公開、

それによる米国の宇宙開発に関するプロパガンダの崩壊は記憶に新しい。

 

「出撃前に概要だけは伝えとったけど、まあサラがヘコんどったな」

 

アメリカの敗北と欺瞞の歴史が、アポロ計画にまで遡るが故に。

 

夢を持つ年代よりも先に消えた艦ではあるが、技術に身を捧げた最後を持つ艦として

その停滞と劣化、輝かしかった未来への展望が張りぼてだった事実に忸怩たる物があると。

 

「アイオワは平気だったのか」

「ほれ、ロシアの情報公開は00年代やから」

 

まだアイオワが浮いていた年代である。

 

また、最近の記録も集めていたが故に、アイオワの感覚は完全に現代に至っていた。

 

「他星系への進出、と言えば浪漫の響きなんだがなあ」

 

件の情報公開で明確に成った点と言えば、東西の宇宙開発に関する意識の違いが在る。

 

国威高揚以上の意義を見出せず、情報操作で停滞を隠し続けた西側と

他星系への進出を最終目的に据えて、延々と開発を続けた東側。

 

それは、ひとつの常識の崩壊と同義であった。

 

「核は威力が大きすぎて、使い勝手の良い小型化の道を進んだと習ったんだが」

「西側は惑星上で使う前提やから、そうなるやろうな」

 

だがもしも、自らの国が、国民が惑星上に居ないのならば。

 

あくまでも最終的な目的に据えられたそれは、ソビエトの崩壊で儚く消えた。

 

しかし、そのために歩み続けた遺産は今もなおロシアに残っている。

 

無学な市民でも大気圏外に出る事のできる、高度に自動、簡略化された操作系。

他星系、宇宙空間での生存を主目的に於いて開発された、高度な循環型生態系。

 

比類なく高いレベルに安定し、かつ低コストを極めているロケット関連技術。

 

それらを統合し拠点として活用可能な空間、三世代に渡る宇宙ステーション。

 

そして ――

 

「夢の成れの果てなんざ、大概は悲惨なもんよ」

 

対惑星攻撃用、星間弾道多段階水爆弾頭の試作品 ―― ツァーリ・ボンバ

 

 

 

南中に僅かに届かない時刻、横須賀で大淀が報告する。

 

「生存者の証言では、胸に彫り込んであったそうです」

 

―― 随身保命

 

鹿島神宮に於ける自爆テロに関する報告であった。

 

「肉人形の所属は、外務省か」

 

第一提督が片手で視界を塞ぎ、天井を仰ぐ。

 

「よくもまあ、これだけ胃に来る報告が続くものだ」

 

体を戻し、脇に置かれている書類を横目に入れる。

 

ブルネイ第二鎮守府よりの通達。

 

ロシアより、複数の多段階水爆の流出に関して。

 

―― 終戦を急いだロシア

―― 資材備蓄に走る南方軍

―― 破壊される国内の霊的防衛

―― 深海棲艦の上陸

 

幾つかの物事の点が、関連し合い線と化し、不穏な面を描き出す。

 

「アメリカを吹き飛ばし、ついでに日本に人工地震と言った所か」

「本土にこっそり持ち込んで、と言うのも充分に考えられますね」

 

提督が、無言で机に突っ伏した。

 

 

 

スコールの下、龍驤の巣に人影が二つ。

 

煙を吹かす軽空母と、ミントの葉を噛む提督であった。

 

「癒しが欲しい」

 

何で居んねんとの巣の主の言葉に、虚ろな目をしての答えだった。

 

「我ながら言うのも何やが、ウチに癒しは無い思うで」

 

掘っ立て小屋のほうがまだマシな感じの雨除けと、灰皿。

泊地の中でも、あからさまに場末感漂う場所である。

 

「でもお前がいると、巨乳が寄ってくるよな」

「やかましい」

 

もはや本艦的にどうしようもないほどにシステム化されている疑惑が在った。

 

具体的に言えば、だいたいグラーフのせい。

 

「なんか巨乳が来ても、いつもインターセプトされるし」

「インターセプト言うな」

 

先日も新規イタリア製の乳が、龍驤型3番艦を名乗る事案が発生した。

 

「ついでに飯と酒も在る、うん、実は龍驤って癒しキャラじゃね」

「何かすごい角度から癒し属性を擦り付けられた気がするわー」

 

呆れた口から煙が輪になって吐かれれば、まあ乳の大小は拘らんのだがと

一応横に居るのが異性だと言う意識が欠片も無い言葉が在る。

 

そして静かに紫煙が揺らぎ、僅かの静寂と成った。

 

「裏付けの報告もしたし、何とかなるかな」

「米軍のゴイスーな工作部隊が何とかしてくれる、とええなあ」

 

ハリウッド映画みたいに、とか付け足すと苦笑が在る。

 

結局最後は爆発するじゃねーか、と。

 

「一応ヤバそうやったら、責任はとるから後方に下がっとけ、とは言うといたが」

「わあ、いつのまにか俺の首がまた賭場に出されてる」

 

提督の引き攣った一言に、秘書艦が可愛らしく邪気の無い笑顔で見上げては口を開く。

 

「どんまい」

「うん、癒しとは対極に在る、魂で理解できた」

 

やがて雨音が弱まり、湿った風が互いの頬を撫でる。

海の果ての雲の切れ目に夕刻が見えた。

 

「そろそろ乾期やなー」

「また暑くなるのか」

 

吐き出した言葉は僅かに軽く。

 

吹き抜ける潮風の中、川内の木で川内が揺れていた。

 

 

 

宵の地平に、足の無い姫が居る。

 

ネバダ核実験場に屯している深海の軍勢の奥深くに。

 

死を表す白色の髪を一つに括り、小さな角の生えた漆黒の艤装を被る駆逐の姫。

 

―― 駆逐棲姫

 

何処とも焦点を合わさずに、ただ星空を見上げている。

 

篝火に照らされたその元へ、幾つかの影が差した。

 

夜より歩み出たのは、艤装に似た被り物を付けた、人間。

 

老若男女の混じるそれは、例外無く黄色人種であり、

その胸元には4文字の漢字が彫り込まれていた。

 

「―― 本当ニ、離島ハ性質ガ悪イ」

 

未だ砲声の止まぬ前線には、ヒトで作られた肉人形も多数が壁と使われている。

既に幾体か捕獲され、その情報は後方へと伝えられているはず。

 

人間の生活痕、漢字の記された各種資材、細々とした偽装も認識された。

 

さて、彼らは此処に居るのは本当に深海の軍勢だと信じきれるだろうか。

 

「マア、余禄ダナ」

 

そこまでの効果を期待した欺瞞ではない。

 

その一言を機に、肉人形より拳銃の如き外見のトリガーを受け取る。

 

そして目を閉じて、姫が心中に独白する。

 

―― 恨みも、悲しみも、もはやそれが何なのか自分でも理解できない。

 

かつて打ち倒された時、自分の中核を成していた何かが抜け落ちた感覚が在った。

何かの残滓として再生され、そのままに流され続けて此処に居る。

 

そんなことを考えている自分は、いったい何者なのだろうか。

 

目を開き、暗闇の果て、果て無き地平へと視線を向ける。

 

―― この視界の地平ごと消え去れば、身の内を焦がす思いも消えてくれるだろうか。

 

「一応ハ、復讐ニ成ルノカ」

 

レ級あたりは、嬉々として心にも無い事を口にするだろうと思い、少し笑った。

 

そして静かに、夜空を仰ぐ。

 

「アア ―― 今日モ、月ガ綺麗」

 

そう言って気軽に、そのトリガーを引けば、

心の内と共に、その身が白光に包まれ、

 

刹那に消え去る意識の中に、一言だけが残る。

 

ただ、赤い空はもう見飽きたと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜の底に、突如として太陽が生まれた。

 

水平線の果てに見えたそれは、時間差を以て二つ。

そして、ボルネオ島より出撃していた支援艦隊が足を止めた。

 

「白い、光 ――」

 

呆然と、旗艦を務める長門が口にする。

 

視界の中、生み出された光源は熱量を以て天高く舞い上がり、

大気中の対流が茸の如き形状へと変化させていく。

 

巨大な爆発の後に生じる低圧力波が、水蒸気を凝結させ光輪の如き凝結雲を生む。

 

「―― ッ、ナガトッ」

 

困惑する艦隊の中、長門と共に思考を失っていたサラトガが、

突如に何かに気付いたように声を上げた。

 

「全艦、耐衝撃姿勢ッ」

 

声を受け顔を引き締めた旗艦が、即座に艦隊に号を発す。

僅かの間の後、全身を吹き飛ばさんとするが如き衝撃が艦隊を襲った。

 

音の速さで伝わったそれが、轟音を以て全身を駆け抜ける。

 

後の報告に因れば、爆発の衝撃は減衰を続けながらも、惑星上を三周半に至ったと在る。

 

時間差を置いてユーラシアとアメリカに炸裂した3発の水爆。

 

悲惨のはじまりを告げる号砲であり、これより連なる連鎖する事象の果て、

事後の混乱故に調査を行う前に痕跡が劣化し、詳細は歴史の闇の中に消える事と成る。

 

そして全てが終わった後に、この件に関しては一言で纏められた。

 

その巨大な入り江は、かつてサンフランシスコと呼ばれていたと。

 


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