水上の地平線   作:しちご

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78 芝居蒟蒻芋南瓜

北緯33度、東経158度。

 

噴火に因り太平洋に新たに誕生した島は、海上保安庁にタム新島と命名された。

現在はどのような漢字を充てるべきかと、どうにも平和な話題が復興の巷を騒がしている。

 

現実逃避の色の見える注目の中、噴煙に遮られながらも、衛星が時折撮影に成功する。

 

島はいまだ断続的に小規模噴火が頻発し、その度に堆積物が島の面積を徐々に増やしていた。

 

そして或る時に、染みが出来る。

 

新島から等距離に、段々と海面に増加する黒い染み。

 

やがて点が線へと繋がり、それが島を囲う様に円を描き、

時間の経過と共にその輪郭を肥大させて行く。

 

拡大の写真を得て、関係各所の血の気が引いた。

 

続々と、途切れる事も無く浮上する。

 

そこに浮かび上がっていたモノは、無数の、深海棲艦。

 

数は百を越え、千を越え、いずれ確実に万の位に達するであろう事は疑い無く、

断続的な撮影に注視されている中、その黒いドーナツが膨張の限界を迎える。

 

水面に描いた墨の円を、指で引いたかの如き形に崩れた。

 

南方へ。

 

無数の深海の輩が進みはじめる。

 

途切れる事無く、続々と浮かび上がり、進む。

 

長く、何処までも長く太平洋に漆黒の線を描き続けた。

 

 

 

『78 芝居蒟蒻芋南瓜』

 

 

 

大量の南瓜が在る。

 

津波のせいで、オセアニアの諸島住人が大きめの国に難民として避難するとかで

タウイタウイの連中に混ざって、疎開船団の護衛が延々と続く今日この頃。

 

ウチもアタゴンに乗せられたり、衣笠(ガッサ)さんに乗せられたり、悲喜交々。

 

そして、トンガで余っとった西洋南瓜をコンテナで貰ってきた空母が一隻。

 

いやもう誰とは言わんが。

 

「何か、雷と電が落ち込んでいたんだが」

 

天婦羅った南瓜をサクサクと消費する司令官の声に、昼過ぎの六駆を思い出す。

うん、大量の南瓜を前に失意体前屈で、私たちの苦労はとか言うとったな。

 

「南瓜畑、そろそろ収穫時期やったからなー」

 

別に消えて無くなるわけでもないが、何つうかやるせないモノが在るわな、確かに。

 

そんな事を言いながら、南京煮をカウンターのアイオワ太に出す深夜の厨房。

 

「……冬の南瓜(Winter squash)ですか」

 

隣に座っていた微妙な表情のサラが、皿の中を覗いてさらに微妙な表情に成った。

 

「日本のカボチャ、美味しいわよ」

 

トンガ産や。

 

「あー、はい、きっとそうなんでしょうけど」

 

ほくほくと食べはじめとる金髪巨乳が、隣の赤金爆乳にも一口と押し付ける。

 

「……甘くて、美味しいですね」

「でしょー」

 

ドヤ顔で、カボチャ・スクワッシュはステイツでも知名度を上げるべきだわとか

何か順調に和食に汚染されていっとるアイオワ級フラグシップ、ええんかそれで。

 

「つーか、何でトンガで南瓜が余ってんだ」

「売れへんからって、これじゃ端的過ぎて意味わからんか」

 

会話の隙間に疑問を挟んできた司令官に、南瓜問題を適当に説明。

 

「日本で南瓜が穫れん時期は、ニュージーランドあたりが収穫時期に成るねん」

 

んなわけで、ニュージーランドで南瓜を育てて日本が輸入しとったわけで、

オフシーズンに輸入物の南瓜が出回るのは、そんな感じの理由が在る。

 

「これが意外に売れて、ニュージランドだけじゃ手が足りんからとトンガも参入した」

 

そしてトンガ産の南瓜が、一時期日本市場を席捲したわけやけど。

 

「品質や輸送のクオリティがイマイチでな、段々と人気が陰って余り出したねん」

 

そこに海域断絶から、今回の大津波や。

 

「だだ余りで難儀しとるそうやで」

「つーか、避難民が食えばいいんじゃないか」

 

ごもっともな意見に、肩を竦めて問題点を口にする。

 

「それがな、トンガには南瓜を食う習慣が無いねん」

 

完全な輸出専用の作物と言う。

 

食えない事も無いし、食う人も居るやろうけど、一般的にはサッパリと言う感じ。

 

「まあ難民出とるし、食えるんなら食うって人も結構増えてきたみたいやけどな」

 

それでもやはり余りまくっているとか。

 

「あれ、そうは言うがベトナムやタイあたりなら南瓜料理無かったか」

「トンガには遠いわ、ついでに言えばそこらの南瓜は東洋種や、日本南瓜の係累やな」

 

何か違うのかと言う問いに、一言で答える。

 

「水っぽい」

 

そして甘みがほんのり、煮物に適しとる。

 

「西洋南瓜を近隣諸国に持ち込むのは、コストが割に合わないってとこか」

「まあ大きめの国なら売れるやろうけど、微妙なとこやな」

 

とか言っていた所で、南瓜消費のネタを思いつく。

 

「そうや、プリンを作ろう」

「また唐突だな」

 

ベトナム風に、くり抜いた南瓜にプリンを入れて蒸しあげれば、1個丸まる消費出来るやん。

アレは確か西洋南瓜でもイケたはず、言ってしまえば単なる蒸し南瓜やし。

 

いや正直、本気で余っとんねん南瓜。

 

「ベトナム風にバインフラン(カスタードプリン)と、タイ風にココナツプリン、どっちがええかな」

「相変わらずの国籍不明艦だなあ」

 

ベトナム珈琲あるからベトナム風にしとくか、いやもういっそ両方作ろう。

 

正規空母組が、ガッツリ食うやろうしな。

 

「あー、最近の赤城と加賀、バケツ抱えて物言いたげな顔してるよな」

「蒼龍あたりは涙目で見上げてくるんやけど、ウチにどうせいと」

 

軽い眩暈に眉間を揉む。

 

最近の一航戦はじめ何か食い物をとひたすら喧しい勢に、補給用バケツゼリー葡萄味を

配給して誤魔化しとる今日この頃、ゼリーに具が無いと不評なんよなあ、贅沢な。

 

プリン入り蒸し南瓜なら文句は出んやろう、きっと。

 

「で、サラトガは南瓜が苦手なのか」

「あ、いえ、はい、苦手と言うか、抵抗が在るというか」

 

色々と頭の痛い想像に至った話題を、どうにか変えようとの司令官の問いに、

これまた歯切れの悪い正規空母の受け答えを、とりあえずとフォロー。

 

「西洋南瓜は元々畜産飼料やったからな、抵抗あっても仕方ないわ」

 

19世紀に日本に輸入され、品種改良の果てに現在の形に成り、

日本南瓜よりもホクホクしとるとかで人気になって、現在の南瓜の主流に成った。

 

「そういえば西洋のカボチャって言ってるわね、何処の国の物だったの」

 

ちょっと待てやそこのブロンド。

 

「……アメリカや」

「What !?」

 

少しジト目に成ったウチは悪くない思う。

 

「冬の南瓜は、家畜の餌としてありふれた品種でしたよ」

 

品種によっては人間も食べる物もありましたけどと、サラトガが言う。

 

「名前が日本語由来でカボチャって呼んでるのに、まさかの出戻り娘……」

 

何やカルチャーショックに頭を抱えとる高速戦艦は置いといて

とりあえず2隻の間の齟齬を埋めておこうか。

 

「品種改良した西洋南瓜が後に、園芸作物とかで地味に人気に成ったんよ」

 

冬南瓜の一種として北米辺りでカボチャ・スクワッシュと呼ばれ、定着したとか。

 

「まあ、美味しいから良いのよ」

「確かに、畜産用のアレとは別物ですねコレ」

 

何か心中に折り合いでもついたのか、ひょいひょいとアイオワの器から南瓜を

強奪し続ける正規空母に、高速戦艦が涙目で皿を守り出す。

 

追加注文が来そうやなと鍋蓋を開けたあたり、司令官が所感を零した。

 

「カボチャって語感から、ポルトガルあたりだと勝手に思ってたよ」

「南瓜自体は16世紀にポルトガル船が持ち込んだモノやから、別に間違っては無いな」

 

所謂、日本南瓜や。

 

「カンボジアから南京を経由して運んできた野菜で、やから漢字表記が南京瓜」

 

転じて南瓜、もしくは唐茄子。

 

「んでカンボジアが訛って、呼び名がカボチャや」

「読みと表記を一致させようとする意識が欠片も無えッ」

 

改めて言われると酷いな、確かに。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

夜の底、埠頭に座り込む改装空母が2隻。

 

巫女の如き意匠が黒暗淵に染まり、僅かな光源に輪郭を浮かび上がらせている。

互いに胡坐で地べたに並び座り、無言、やがて片方が口を開いた。

 

「地獄の釜の蓋が開いたね、飛鷹」

 

そう零し、陰鬱な空気を纏いながらオーデコロンを一気に呑み干して、俯く。

 

空いた瓶が足元に転がった。

 

訪れた静寂に互い、夜に染まる海面へと視線が彷徨う。

 

「今度は、アタシを置いていかないでくれよ」

 

か細く零した隼鷹の表情は、やや俯き気味、陰に隠れ僅かも伺えない。

 

それとは対照的に、やや上を向き、欠けた月を眺める飛鷹の言葉。

 

「何かね」

 

不思議と、声に落ち着いた色が在った。

 

「何とかなるような気がするのよ、この期に及んで」

 

静寂が埠頭を染める。

 

細々とした月光が、埠頭の灰色を照らしている。

 

「ああ、そうか」

 

黙考の末に想到した結論を、飛鷹が口に出した。

 

「龍驤がまだ健在だからだわ」

 

不必要に明るい声色に、虚を突かれた風情の隼鷹が、堪えず苦笑を零す。

 

「確かに龍驤サンが居るなら、まだアタシらの番じゃ無いね」

 

軽くなった空気に、微かな笑い声が混ざっていく。

 

「ところでさ、他にアルコール無いかな」

「今のオーデコロンで最後よ」

 

軽い問い、肩を竦めた返答に、あーともうーとも、何ともつかぬ呻きが漏れる。

 

「……造るか」

 

そして後日、2隻が簀巻かれて吊るされたのは言うまでも無い。

 


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