水上の地平線   作:しちご

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5番泊地かく戦えり

帰投した礼号艦隊の報告を受け、泊地残留航空戦力。

 

祥鳳、瑞鳳、そして鳳翔が弓を引いた。

 

三矢が蒼天に飛び、攻撃隊へと変成を果たす。

 

祥鳳型姉妹が二の矢を番える僅かな隙に、矢継ぎ早に放たれた矢羽が在る。

 

鳳翔隊、第二、第三、第四、第五攻撃隊。

 

鳳の飛翔(ほうしょう)龍の衝天(りゅうじょう)、帝国海軍に於いて特に離陸に関しての言霊の加護を得る二隻。

 

しかしそれでもなお、速過ぎる射撃が目撃者の表情を引き攣らせた。

 

「ようやく、形に成りましたか」

 

射手は周囲の困惑を気に留めず、ただ自分の手元だけを見て独り言ちる。

 

 

 

『5番泊地、かく戦えり』

 

 

 

泊地側からの先制攻撃を経て、やがて、水平線に敵影が浮かんだ。

埠頭にて、最終防衛ラインを形成している残留組が息を呑む。

 

もはや艦隊の縛りも何も無い、陸地よりありったけの砲口が間を置かず火を噴いた。

 

爆音が連鎖をし、火炎が蒼天の下に踊る。

 

砕け散る深海の破片の中、前へと進み征く深海の艤装が在る。

 

「もう大型艦かよッ」

 

天龍が吐き捨てる言葉と共に、舌打ちをする。

 

「予想通りとは言え、キツイわねえ」

 

龍田が僅かに焦燥の見える言葉で受けた。

 

重巡洋艦、戦艦、その装甲に関して端的な表現をするのならば、こう纏める事が出来る。

 

軽巡の砲では抜けない。

 

駆逐の砲など意味が無い。

 

刹那、入渠ドックより飛び出してきた紺色の重巡洋艦が砲声を響かせる。

 

その足元で、ブーツの踵が埠頭の舗装を僅かに削った。

 

「ああもう、秋水貸すんじゃなかったわッ」

 

砲撃と装填を繰り返しながら、足柄が手数の少なさを嘆く。

 

「せめて、西村艦隊は泊地に残しておきたかったですね」

 

隣、前へと歩み出た短髪の高速戦艦が落ち着いた声色で過去を嘆いた。

 

「榛名は、榛名は大丈夫、大丈夫、大丈夫で」

「落ち着きなさい」

 

そして、どう見ても大丈夫でない三女の頭を引っ叩いて正気に戻す。

深海側の応射の嵐の中、榛名が頭を押さえて沈み込んだ。

 

その間も艤装では、妖精が砲撃に装填にと忙しなく動き回っている。

 

「手数が増えれば良いのよねッ」

「ちょっと場所をお借りするのですッ」

 

そんな硝煙の籠る最前線の足元に、滑り込んでくる水兵服の駆逐艦姉妹。

 

雷と電がワイヤーアンカーを躊躇なく舗装に打ち込み、

そのまま転がる様に左右に分かれた。

 

「装填完了ッ」

「角度良し、距離良し、撃ちー方はじめッ」

 

ヴェールヌイが砲弾を籠め、暁が照準を合わせて号令を発す。

 

「よっしゃぶっ放せ―ッ」

「何か大事に成ったわねえ」

 

その一隻にスクラムを組み、後ろから支える天龍田の姿。

 

「今日の清霜は、大戦艦ーッ」

 

轟音と共に。

 

46cm単装砲が深海の前線を打ち砕いた。

 

そしてアンカーが舗装を引き千切りながら景気良く空へと飛び立っていく。

 

「どわああああッ、キツイキツイキツイッ」

 

足元の舗装を砕きながら、衝撃を受けた天龍の叫びが響き渡った。

 

「大和型っておかしいわー、やっぱり」

 

その横で、同じく清霜を支えていた龍田が、踵を踏み砕きながら所感を零す。

 

「アンカーの在庫はまだまだあるわよッ」

 

突如に追加された火力に、動揺の見える曖昧な応射で粉塵が巻き上がる中、

元気よくワイヤーを回収していた雷が、手元の鉄塊を見せつける。

 

「撃てて、3発ってとこかな」

 

次弾を装填しながら、目を回した姉の首根っこを掴みながらヴェールヌイが受けた。

 

言う隙にも、深海の前線に開いた穴も埋まり進軍が再開される。

 

砲撃の応酬の最中、僅かずつに距離が詰まっていく。

 

「今こそ、アレの封印が解かれる時ですねッ」

 

そこに駆けつけたピンクの悪魔が、何か怖い事を言いながら手元のスイッチを押した。

 

途端に怪しげな作動音を響かせる、かつて封印された泊地の施設。

 

そして、飛来する。

 

次々と。

 

たまたま水際に居た軽巡ツ級の米神に、飛行甲板の角が突き刺さる。

 

直撃した扶桑型の艤装が重巡リ級の腰骨に破滅の音を鳴らさせる。

 

特型の魚雷発射管が戦艦ル級の顔面を直撃し、そのまま誘爆する。

 

「砲撃が通らないのなら、艤装で殴りつければ良いんですッ」

 

艤装着用施設を遠隔操作した工廠棲姫が、結構立派な胸を張って酷い事を宣言していた。

 

「扶桑から預かったコレも、今が使い時だな」

 

そう言ったのは、砲撃に崩された泊地本棟から歩み出てくる、5番泊地提督。

 

砲撃の破砕の中を、散歩に行くかのような気軽さで歩む。

 

その鮮やかな光景で視線を集めながら、手元に在る封と書かれた札を引き千切る。

 

「いや提督、危険ですから下がってください」

 

そして駆け付けた神通に庇われ、歩みを止めた。

 

いや何かごめんと、ノリと勢いでつい行動してしまった謝罪を軽巡に述べる向こう。

 

はじめは、僅かな違和感だった。

 

肌を刺すような、薄荷の如き刺激が意識に上りはじめ。

 

厳かな神気の高まりが泊地を、全ての艦娘を包み込む。

 

軽い破砕音と供に、そこが砕け散った。

 

社だ。

 

爆煙の中から、それが飛び出した。

 

数多の火が、転輪と共に回転をはじめる。

 

轟音を響かせながら疾駆するその巨体。

 

―― 噴式車輪大明神(パンジャンドラム)

 

3mほどの巨大なボビン状の爆雷は、車輪に取り付けられたロケットで高速に回転する。

 

欠陥設計艦娘会の保管する御神体で在った。

 

しかも既に二度の改装を経て、取り付けられている推進用のロケットは70を越える。

 

無駄に、速い。

 

空転し、跳ね、回り、高速で蛇行しながら今まさに上陸しようとしていた深海に突撃した。

何とも形容しがたいそれを、困惑しかない表情で慌てて左右に避ける深海軍勢。

 

すこんと、通り過ぎた。

 

海面を走っている、ある程度の水上走行が可能な様に明石が改装したらしい。

 

静寂が、戦場に舞い降りた。

 

僅かな間、そして改めて隊列を組み直し上陸を開始する深海棲艦。

 

改めて泊地側の艦娘に、緊張感が満ちる。

 

だが、明石と提督の余裕は微塵も崩れない。

 

「甘いんですよ」

 

明石が口元を歪め、一言を述べた。

 

宣言の通り。

 

そもそも、複数のロケットを制御するという技術、概念は完全に戦後のものである。

 

対しパンジャンドラムは43年、英国。

 

左右の車輪にかかる前進のベクトルを揃える事など、出来るはずも無い。

 

それでもまあ、一応は対策も講じられてはいた。

 

真っ直ぐに進まないのなら、ロケットを増やそう。

 

酷い発想である。

 

そして18本だった固形ロケットは、試作を重ねるたびに倍増する事に成る。

 

敢えてそれが何かと問われれば、英国としか答えられない。

 

流石はSF作家として著名なネビル・シュート氏が開発者として名を連ねただけの事はある。

 

「パンジャンドラムは、()()()()()

 

提督が整った顔に鋭い眼光を乗せ、言葉を受けた。

 

そう、当然と言えば当然の如く、不揃いな左右のベクトルはその航跡に弧を描かせ、

 

上陸した前線に後ろから高速で突撃した自走爆雷が、その身を爆発へと変える。

 

巨大な炎が埠頭を木っ端微塵に吹き飛ばし、深海の前線も砕け散った。

轟音の中、本懐を果たした御神体の神気が煌めきと共に蒼天へと昇る。

 

―― 金剛ニ伝エテクレ……

 

青空に満足げな様相の車輪が浮かび、その最後の言葉を泊地に響かせた。

 

―― 勢イデ造ラレタネタ兵器ノ座ニ、オ前ノ席ハイツデモ用意シテイルト……

 

英国ヴィッカース社製巡洋戦艦、金剛型1番艦 ―― 金剛

 

どうせ日本の金だからと、まともに確立していない新技術、新機軸、ネタ、小技

ありとあらゆる思い付きを詰め込んで建造されたブリティッシュな実験艦でありながら、

 

何の因果か奇跡的に不具合を起こさなかった、英国面の奇跡と呼ばれる艦である。

 

「金剛姉さまが、邪神に見初められています」

 

金剛型2番艦比叡、遠い目をして中空に言葉を乗せた。

 

「榛名は大丈夫ですッ」

 

素晴らしく良い笑顔で純国産の3番艦が酷い事を言う。

 

ずびしと比叡チョップが榛名にめり込む横、駆け付けて来た朝潮が提督に報告する。

 

「準備、完了しましたッ」

「よし、撤退開始ッ」

 

号令と共に、蜘蛛の子を散らすように一目散に陸側へと移動する艦娘。

 

提督も明石、神通と共にわき目も振らずの逃走を開始する。

 

バケツの修復材を周囲の破損艦にぶち蒔けながら、叢雲が提督に合流した。

 

もはや防衛の力が無くなった泊地に、続々と深海棲艦が上陸する。

敷地外、無人の住宅街にて駆けていた全員が滑り込み、耳を抑え口を開ける。

 

「行きますよ、逆転のエースッ」

 

空のバケツが空を飛ぶ。

 

即座、明石が振り上げた手に、握りこまれたスイッチを押し込んだ。

 

それは、酷く。

 

白く。

 

世界の全てを染め抜いて。

 

「逝け、忌まわしい記録と共にッ」

 

大淀が、眼鏡を光らせながら叫ぶ。

 

「あの世で俺に詫び続けろオルステッドオオォッ」

 

打ち付ける衝撃と音の波の中、神通と叢雲に絡みつきながら提督も叫ぶ。

 

「オルステッドって誰よーッ」

 

耳元で叫ばれた叢雲も叫び返す。

 

そんな打ち消される叫びの中、衝撃が世界を駆け抜け、数多の住宅の硝子を割る。

 

泊地の各所に仕掛けられた爆薬が、セリアの海岸を深海棲艦ごと根こそぎ吹き飛ばした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

爆風に飛ばされ前衛的な姿勢と成っている一同の中、提督が立ち上がる。

耳元を揉みながら数度の軽い呼吸をして、鼓膜の調子を確かめる。

 

「さて、逃げるか」

 

横で目を回している叢雲を立ち上がらせながら、神通が言葉を返した。

 

「何処にですか」

 

ズレた眼鏡を直しながら、大淀が答える。

 

「英国軍基地に、話を通してあります」

 

そして明石が続く。

 

「保留されている新規(ろくばん)泊地用の資材も運び込んでいるので、工廠も稼働可能ですよ」

 

ようやくに意識を戻した叢雲が、会話の連なりに眩暈を覚えながら零した。

 

「事後処理を考えると、頭が痛くなるわ」

 

その言葉に、揃って死んだ魚の眼に成る秘書艦組一同。

 

乾いた笑いの響く中、一隻、また一隻と泊地の艦娘が集まってくる。

 

だが、その表情は僅かに暗い。

 

仕方の無い事とは言え、拠り所としていた泊地が消滅した事が感情を沈ませていた。

死んだ目で晴れ晴れとした顔をしている秘書艦組や浪漫馬鹿とは対照的である。

 

そんな明暗の集団で、泊地跡地の様子を伺っていた朝潮が気付き、様相を変え叫んだ。

 

「提督、見てくださいッ」

 

響いた声に、集まった視線が、指し示された指の先に移る。

 

果たして、それは静かに立っていた。

 

爆煙の晴れた隙間に。

 

百舌の速贄の如く、幾隻かの深海棲艦をその枝に串刺しにし。

 

堂々たる単幹の風情を空へと示すその威容。

 

「川内の木が、健在ですッ」

 

軽く入江と化した跡地に、突き出した岬の如く変わった土地の先端に、居る。

 

迫りくる軍勢にも、泊地を消し飛ばす爆風にも負けず、変わらぬ姿がそこに在った。

 

視界の中、一同の胸を打つものが在る。

 

そして神通の心にも、確かにそれは伝わった。

 

そう、帰ってきた川内を吊るすまで意地でも生き延びると言う、意思。

 

「私たちも、姉さんが帰って来るまで頑張らないといけませんね」

 

この日この時、川内の命運は尽きたと言う。

 


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