水上の地平線   作:しちご

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ラストダンスを貴女と 伊

水天の踊る時期、雨雲の切れ間から陽光が姿を見せるセリア。

 

「自分も憲兵が長いでありますが」

 

英国軍基地敷地内に間借りしている状態の仮設5番泊地。

 

その敷地際まで達した海岸線を眺めながら、あきつ丸が龍驤に語り掛けた。

 

「ここまでダイナミックな証拠隠滅は初めてでありますよ」

「さて何の事やら」

 

巨大な入り江と化した5番泊地跡地には、沈み残った土地が海上に突き出た岬と化し

その先端の樹木に、顔面接地吊られている提督と明石、ついでの川内が居る。

 

視界を海に向かわせる互い、その後ろでは、龍驤艦隊帰投以降の各種処理の連日で、

 

ついに秘書艦として正式に任命されてしまった吹雪と綾波が、死んだ魚の眼で、

靡くスカートから白いモノを覗かせつつ、新たな犠牲者を求めて彷徨っている。

 

残務処理が結構残っているらしい。

 

それでもようやくに、一区切りついたが故の川内の木であった。

 

「軍艦として生まれて、沈み、時代を巡り、人の身を得て、果てまで辿り着いて」

 

そんな、土地が無くなっても普段と変わらない様相に、僅かに口元を歪めた揚陸艦が問う。

 

「龍驤殿は、世界の果てに何を見るでありますか」

 

静かな海だけが、二隻の前に在る。

 

問い掛けに逡巡、やがて少し疲れた声で、深く考えない様相で軽空母が口を開いた。

 

「自分の背中ぐらいしか見えんなあ」

「地球は丸いでありますからなあ」

 

惚けた言葉に、くつくつと笑う黒尽くめの横、肩を竦める赤い水干の艦娘が居る。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 伊』

 

 

 

 今日は死ぬには良き日だ

 

 全ての生が、私に呼吸を合わせている

 全ての声が、私の中で唱和している

 全ての美が、私の瞳でその身を休めている

 全ての悪が、私の心から立ち去った

 

 今日は、死ぬにはとても良き日だ

 

 私の地は、私を静かに取り巻いている

 私の畑は、既に最後の鍬を入れた

 私の家が、笑い声に満ちている

 私の子が、家に戻って来た

 

 ああ、今日は死ぬにはとても良き日だ

 

  ―― タオス・プエブロ、古老の言葉

 

 

 

特に、今日だと前もって知らしめていたわけではない。

 

龍驤が歩く。

 

間借りしている英国軍基地の敷地内、もはや海岸線に面し仮の埠頭と化した駐車場は、

車は除けられ、開いた空間には天幕が張られ、そこに日本海軍の様々な設備と艦娘が在る。

 

龍驤が歩く。

 

気の無い、緩んだ風情で歩を進めている。

 

しかし何故か、通り過ぎた後に1隻、また1隻と振り返り、その身に視線を集めていく。

 

気が付けば加賀が居る。

 

「キミ、気が付くと生えてんな」

「最近、私の扱いが菌類に成っていませんか」

 

龍驤と加賀が歩く。

 

雨季、スコールの切れ間に在る僅かに麗らかな空気の中。

 

しかし2隻が歩を進める度、何かが積み重なっていくような重さを周囲の艦娘は感じた。

 

「世界の果て、と憲兵の黒いのが言っていましたか」

 

南国の日差しの中、訪れた静かな空気に加賀の言葉が乗る。

 

そして途切れ、僅かに考える間が開き、再びと言葉を繋ぐ。

 

「貴女の背中が見えますね」

「一周して重なんな」

 

龍驤と加賀が歩く。

 

敷波が居たので龍驤が飴玉爆撃を仕掛けた。

 

撫でられボサボサになった髪に文句を言いつつも、敷波の好感度が微妙に上がる。

 

如月が居たので加賀が冷や汗を流しながら背筋を伸ばした。

 

如月のパッシブスキル、加賀の性根を叩き直スイッチのタイマーが少し伸びる。

 

首が前衛的な角度に成った提督がミントを噛んでいた。

 

朝霜が他の礼号組と共に霞を担ぎ上げて遊んでいる。

 

ゾンビと化した特型組から、全力で逃走を図る第六駆逐隊が居た。

 

ドックから出てきた陽炎隊が湯気を上げている。

 

龍驤を発見して近寄ろうとした島風と天津風が、金剛四姉妹スタンピードに巻き込まれた。

 

追い付いてきた書類束を抱えた叢雲が、容赦なく金剛に飛び蹴りを入れる。

 

提督周りが、団子と化した艦娘で俄かに騒がしくなる有様を見て、2隻が僅かに苦笑した。

 

そんな普段通りの泊地の中を、気負い無い様子で。

 

龍驤と加賀が歩く。

 

敷地の果て、海の見える駐車場の端に、不思議と空母が勢揃いしていた。

 

「龍驤サンは、ちょっと薄情だよな」

 

通りすがり、僅かに拗ねた声色で呟く隼鷹を笑って流す。

 

「そしてズルイわ」

 

そんな有様に、溜息と共に飛鷹が零す。

 

「藪からスティックにボロクソやな」

「まあ、フラれ女どもの戯言さ」

 

続き、肩を竦めて嘯く隼鷹に、相方がなによそれと苦笑を零す。

 

互いに笑いながら、通りすぎた。

 

「ホンマ、ボロクソやなあ」

「普段の行いのせいですよ」

 

改めてボヤく龍驤に、背後からのにべもない言葉が在り、苦笑が返る。

 

「おい廃棄品」

「何ですか失敗作」

 

たまさか連想された、記憶の底に在る言葉が交わされ、互いの口元が弧を描く。

 

「そういや、世界の果て言うとったな」

「見たいですね」

 

―― ウチなあ、負けるのだけは嫌やねん

―― 気が合いますね、そこだけは

 

「見えんもんな」

「邪魔な物が在りますから」

 

―― アイツら、いっぺん泣かす

―― 是非も在りません

 

そして辿り着く。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

別に、何か前もって今だと約束していたわけではない。

 

ただ自然に、流れる水が海へと辿り着くように、

何もかもが一段落する流れの果てに、流れ着いただけ。

 

集団に奏でられていた僅かな騒めきが、俄かにその姿を消す。

 

空気に、何か硬いものが混ざりこんだような気配が在った。

 

穏やかな、内心の知れぬ微笑みがそこで待っていた。

 

仮設の埠頭に静かに佇むのは小豆と赤の、弓を携える2隻の空母。

 

初代第一航空戦隊、鳳翔、赤城。

 

生々しい、口元を歪める笑みがそこに辿り着いた。

 

泊地を抜けて果てに辿り着いたのは青と紅、対照的な2隻の空母。

 

再編第一航空戦隊、加賀、龍驤。

 

もはや一言の言葉も交わされない。

 

静かな時間に、重さだけが累積されていく。

 

加速する空間の変化の中、集める視線だけを増やし続ける、時間。

 

誰かの喉を鳴らす音が響いた。

 

それは、どちらからの言葉であったのか。

 

―― 決着を、つけましょう

 

宣言に血戦場が生まれた。

 


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