水上の地平線   作:しちご

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ラストダンスを貴女と 呂

 

第一印象はお互いに最悪やった。

 

海上、仮設泊地前の海域にて紅に見える青空を見上げながら、龍驤は思う。

 

海に聳える黒鉄の城、とばかりに持て囃される軍艦として生を受けながら、

その艦種は航空母艦なんつう、大道芸の親戚の様な胡散臭い代物。

 

それでもきっと新しい時代が来ると、儚い願望に惨めたらしくしがみ付いて

頑張っていた試作艦と戦艦崩れの元へ、ようやくに待ち望んでいた増員が到着してみれば。

 

今にも沈みそうな欠陥空母と廃品再利用。

 

そりゃあキレる。

 

いくら鳳翔さんかて、そりゃキレる。

 

赤城も容赦なくブチ切れた。

 

そして初対面で、遠慮なく八つ当たりされたらそりゃキレる。

 

ウチや加賀も当然キレた。

 

艦の身やから無事やったけど、あの時に艦娘やったら素で殺し合いに成っとったやろう。

 

まあそれでも、そのうちに仲良くなったと言うか、仲良くせざるを得んかった言うか。

 

殺伐としつつも所詮は等しく軍隊のお荷物、お試しの実験戦隊、結局の所は同じ穴の狢。

 

そんな持て余した鬱憤を、立ち塞がる悉くに叩き込み続けた結果が栄光の第一航空戦隊や。

 

鶴姉妹や雲龍にはとても言えん、いや何かホンマにごめん。

 

視線を下げ、水平線に思いを馳せる。

 

阿鼻叫喚の果て、綺麗に掃除された静かな海に、空と海の交わる場所が見えた。

輝度の低いブルネイの海に、高い色合いの南国の空が境界線を描く。

 

そして、世界の果てを汚す異物がふたつ。

 

ああそうや。

 

一番目障りな奴らが、まだ健在やないか。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 呂』

 

 

 

いつかの赤城の言葉が、鳳翔が目を背けていた感情を自覚させた。

 

―― 龍の殺し方

 

幾度も考えた、自分ならどうするか、自分ならどうなるか。

もしも自分が龍驤の立場に在れば、もしも自分が龍驤であったなら。

 

その根源に在ったのは ―― 嫉妬

 

遥か後方より、前線を征く彼女を見送る事しか出来なかった。

 

全体が試行錯誤の塊で在り、後に続く艦のための捨て石と成った自分。

あらゆる要素を切り捨て、空母としての能力のみに絞って作られた龍驤。

 

性能としての差は、僅かなものでしか無い。

 

非人道的な意味も含め、無理をすれば前線で活用できる龍驤。

ありとあらゆる手段を以ってしても、後方にしか居られない自分。

 

ほんの僅かな、それでもそれは、前線と後方を分ける絶対的な差。

 

そして彼女は不敗のまま沈み、自分は敗北を得て生き残った。

 

それ自体に悔やむべき事などは無い。

 

ただ、時折思うのだ。

 

自分もまた、彼女の様に ――

 

開戦の合図を受け、鳳翔が動く。

 

弓を引き、放つ。

 

矢継ぎ早、などと生易しい表現では足りぬほどの速さで。

 

射法八節、その悉くを無視した不完全な射撃。

矢を前に飛ばすための技術体系を度外視した速射。

 

そんな真似をすれば、並大抵の技量では前に飛ばす事さえも覚束ない。

 

ならば、並ではない技量を備えれば良い。

 

単純にして明快な結論を、鳳翔は血肉と化して身に刻みこんだ。

 

指が鳴く、肘が風を斬り、肩が軋む。

 

必要な物は、距離と方角。

 

幾度も赤城と共に試行錯誤し、幾度も誤って道場の床を、天井を撃ち貫いて

そしてようやくに形と成った、どこかしら古式めいた威風の在る射術。

 

ほぼ同時に蒼天へと放たれた5本の矢、それぞれが艦載機と化し隊列を整える。

 

鳳翔隊、第一、第二、第三、第四、第五攻撃隊一斉発艦。

 

それがヒトの身を受けた事に因る利点、航空母艦鳳翔の結論。

 

―― 神速の発艦

 

やや遅れて赤城隊、八隊が空に顕現する。

 

戦場の距離が詰まる。

 

迎撃の間を与えぬとばかりの高速で。

 

 

 

赤城は征く。

 

鳳翔隊に僅かに遅れ、それでも次に続く速さでの発艦を終えて。

 

―― 要は速さ、それだけです

 

その心中に、鳳翔の言葉が思い起こされる。

 

―― 龍驤さんは敵の前で、よく煙草を吸いながら適当な事を言いますよね

 

そう言いながら、可愛らしく煙草を吸う真似をしていた。

 

右手で持ち、口を隠すように左端に咥える、自然、首は右に傾げる形に成る。

そして胸を張り、見下す目線で煙草を相手に突き付ける、首は左に寄っている。

 

―― 左右の視点の差から、相手との正確な距離を測っているのです

 

艦娘と成り、そして幾度も行われた航空母艦単艦での奇襲、その土台には、

ありとあらゆる手段を以ってして行われる空間把握が、前提条件として存在していると。

 

―― それらしい会話も、思わせぶりな行動も、全て時間稼ぎでしかありません

 

戦場に立つ彼女は、基本的に感情が死んでいる。

 

表層に張り付けた擬態で状況を掻き回し、生まれる隙に付け入るのが常であると語る。

 

―― 手段を選ばない?

 

鳳翔は問われた後、静かに言葉を紡いだ。

 

彼女には、手段を選ぶという贅沢が許されるだけの性能が無いと。

 

彼女に慢心は無い、劣っているから。

彼女に満足は無い、劣っているから。

彼女に停滞は無い、劣っているから。

 

それ故に、誰も彼女に敗北を刻み付ける事が出来なかった。

 

戦略に戦術に、ありとあらゆる手段を以って優位に在って猶、次の手を指し続ける。

優勢の裏に隠れ、在ったはずの性能差を時間を掛けて地道に埋めていく。

 

やるべき時に、やりすぎると。

 

ならばそんな化け物には、どの様に相対するべきか。

 

大前提として、重巡洋艦をベースに設計され、設計変更で極めて不安定に成っている龍驤と、

戦艦を改装した赤城では、鳳翔とは違い、その艤装の地力に絶対的な差が存在する。

 

だからこそ単純に、状況の式を汚されるよりも早く、あらゆる手管を成すよりも速く。

 

―― 聞く耳を持たず、正面から叩き潰しなさい

 

単純にして明快。

 

故に赤城は航空隊の下を、追いかける様に、誰よりも速く前に出る。

 

それはまるで、龍驤の様に。

 

 

 

突如として空に現れた総戦力が、加賀の内心に冷たいモノを走らせた。

 

既に龍驤は突撃している。

 

同じく速射をするべきか。

思い浮かんだ思考を、即座に切り捨てる。

 

慣れぬ弓を引いた所で、海面に落ちるのが関の山と。

 

足踏み、足を開き姿勢を作る。

 

指が震える。

 

見れば震えていない。

 

胴造り、弓を左膝に置き、馬手を腰にとる。

 

錯覚を認識するほどに、焦燥を覚えている自分を自覚する。

 

自分の弓はどう引いていたのか。

 

弓構え、馬手を弦にかけ、弓手を整え空を見る。

 

考えてはいけない。

 

しかし考える。

 

刹那に持った疑問は、延々と思考の回廊を空回りさせ。

 

私の弓は。

 

打起し、静かに両の手を持ち上げる。

 

そんな回転する思考の底で。

 

引分け、打起した弓を左右均等に引分ける。

 

―― ウチは加賀の弓の方が好きやな

 

いつか聞いた、他愛の無い言葉が見つかった。

 

会、心が白く染められていく。

 

思考は無い。

 

幾度も繰り返し、身に染み付いたそれが過たず繰り返される。

 

離れ、放たれた矢が蒼天を飛ぶ。

 

いつもの様に、何も変わりは無く。

 

残心、視界の先、青に染まらぬ矢羽が艦載機への変成を果たせば。

 

何故か、遥か空をこの手に掴めた気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

埠頭にて、瑞鶴が加賀の一射に目を奪われていた。

 

空の戦場は、初手に鳳翔隊が戦場を押し込み続けていたが、

やがて加賀隊が揃い、一方的であった流れを完全に受け止めている。

 

その直下、弾丸満ちる火薬の海原を急速に接近する2隻の赤。

 

横で、うわぁとやり切れない表情の飛龍が観衆の心の内を漏らした。

 

「術に対して道を通すね、まったく加賀さんらしい」

 

げんなりとする二航戦の薄い方の言葉に、五航戦の平たい方が目を輝かせて頷く。

 

「ところで瑞鶴」

 

そんな瑞鶴に後ろから、翔鶴が空を舞う航空隊に視線を向けたまま声を掛けた。

 

俎板の如くに平たい声であった。

 

「龍驤さんの隊に居るのはわかるんです」

 

何処か見覚えの在る挙動をする、加賀隊の一機の艦載機に視線を留めたまま。

 

「元々あの人は龍驤さんの乗員でしたし、航空隊に転科後も龍驤隊でしたし」

 

聞き手の頬に、冷や汗が流れた。

 

「けど何故か、加賀さんの隊にも虎徹が居る様ですが」

 

空から視線を外し、目を合わせて来た姉から妹が目を逸らした。

 

―― 零戦虎徹二刀流

 

乗機は烈風改と紫電改二ではあるが。

 

何にせよ少なくとも、押し込まれた戦場を押し返した一因なのは間違いが無い。

 

「……えげつねえ」

 

聴衆の内心を隼鷹が零せば、引き攣った笑みでサラトガが頷く。

 

瑞鶴の矢筒に、一本だけ足りない自分の矢羽と、一本だけ混ざった加賀の矢羽が見えた。

 


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