水上の地平線   作:しちご

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ラストダンスを貴女と 波

熱帯驟雨の狭間の蒼天に、龍吟鳳鳴が如く数多の音が在る。

 

殺意を機体の形と為し、整然と軌跡を描く赤城隊。

教科書通りと思わせるほどに、綺麗に揃っている鳳翔隊。

 

柄悪く我が儘放題に、一周回って統率がとれている加賀隊。

獣の如き本能と鉄血の規律、矛盾を兼ね備える龍驤隊。

 

静と動、和と荒。

 

乗員として降りている英霊の顔ぶれは大多数が重複していると言うのに、

航空隊のその運用、機動には、何故かそれぞれの艦の性格が垣間見える。

 

「何で軍神まで居るんですか」

 

虎徹の影に隠れ、龍驤隊で不穏な動きをしていた艦載鬼を見咎め、鳳翔が零した。

 

積載量と言う現実が在る。

 

単純に、赤城は加賀に及ばず、鳳翔は龍驤に及ばない。

 

先制の打撃は彼我の差を埋める事には成功したが、制空の要、加賀は崩れず、

結果として制空権は拮抗のままに、時間に粘度を持たせた様な硬直を見せる。

 

接近する赤城と龍驤を起点とし、海面に歪な円周を描く鳳翔と加賀。

 

3機と1鬼の自称撃墜王が相打つ後ろで、二航戦の看板が上昇の機を伺う。

 

赤城側に1機多い雷神の差を軍神が埋め、虎徹が突き放す。

 

僅かな、極めて僅かな推移は、確実に龍驤側へと傾いていた。

 

知らず鳳翔の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

 

積載の差は埋めた、乗員の質は突き放された。

 

殺伐とした穏やかな日々の中で、自分たちが龍の殺し方を考え続けた様に、

彼女たちもまた、日常で鳳の墜とし方を考え続けていたのだろう。

 

戦火の下、不謹慎に心の通じ合った喜びが、鳳翔に最後の一矢を放たせる。

 

攻撃隊の戦場よりも高くと角度を付けて放たれたそれは、一見誤射の様に見えた。

 

「―― お願いします」

 

呼びかけた英霊とは、縁も薄い、降りて貰える義理は無い。

 

賭けだと、鳳翔は思っていた。

 

だがしかし海軍に属する航空兵が、航空母艦鳳翔の願いを無下に出来るだろうか。

 

果たして、顕現する。

 

鳳翔隊最終攻撃隊、紫電改二、ただ1機。

 

爆音を響かせ、さらに高く、遥かな空を目指し上昇する。

 

航戦の名を掲げる正規空母の誰にも、その機動の記憶は無かった。

 

機体を、二本の黄帯を視界に入れた、埠頭の生存艦たちの表情が凍り付く。

 

上昇の終焉、後の世で様々な創作のモチーフとされた、頂点での背転、急降下。

 

そして直下に居た機体の主翼が打ち砕かれ、その翼の在った空間を機体が通り過ぎる。

 

墜とされた航空機妖精の口元が、若造がと苦みの在る笑みに歪み、

落とした航空機妖精が拳を突き上げ、引き上げた機体が海水に弧を描いた。

 

それは、この海域では終戦まで生き延びた鳳翔のみが識る機体。

 

絶望の空を飛び続けた、帝国海軍最後の撃墜王。

 

―― Yellow fighter

 

遠く観衆の静寂に、蒼白のサラトガが言葉を零した。

 

攻撃隊が相食む戦場から、彗星一二型とJu87が不協和音を奏で天に昇る。

 

 

 

『ラストダンスを貴女と 波』

 

 

 

一直線に自分へと向かってくる赤城の姿に、龍驤が舌打ちをする。

 

およそ考えられる中で予想通りの、最悪の展開。

 

自分の上位互換の艦が、自分とまったく同じ行動をとる。

 

駄目押しとばかり、序盤に押し込まれた形で形成された空の戦場は

龍驤の側に近く位置し、既にその行動の自由度を奪いはじめている。

 

地の利を失った戦場で、戦艦ベースの艦に正面から挑まされる。

 

詰んでいた。

 

故に、龍驤は加速する。

 

右でも、左でも無い。

 

時折に、空から落ちて来る様な弾丸が艤装を僅かに削る。

 

ただ正面、一直線に。

 

龍驤が手に、長い付き合いの15.5cmを構えれば、

応える様に赤城の腕に、OTO 152mm三連装速射砲。

 

「……徹底しとるなあ」

 

口元が歪む。

 

いつもそうや、アイツはウチの欲しいモノを全て持っとる。

 

装甲も、機体も、胸も、身長も、信頼も、名声も、胸も、身長も。

 

何もかもを「龍驤より高いレベルで」持ち合わせている。

 

一欠けらの隙も無い、明確な格上、上位互換。

 

そりゃブチ殺したくなって当然やなと、脚部艤装に霊力を籠める。

 

「あと、黒髪ストレートってのも、何やイラッとくる」

 

並べてみれば成程、何と言う言いがかりと自嘲の笑みが漏れた。

 

詰んでいる。

 

ならばこそ、加速する。

 

不利と言う結論を弾き出す式を、不確定要素で汚すために。

 

それを容易くする、近接と言う状況を得るために。

 

僅かな左右のブレを互いに修正しながら、浅い蛇行の航跡で、

正面から衝突する勢いで2隻の艦が接近する。

 

互いに砲を構えた、龍驤は片手で、赤城は両手で。

 

引き延ばされた時間の中、赤城が舌打ちをする。

 

砲戦経験の差、赤城に対する龍驤の数少ない利点。

 

龍驤が取舵に角度を付ければ、赤城は面舵と正面を取り続ける。

 

そして照準が定まり、砲火が閃く刹那。

 

龍驤の開いた手に抱えられた飛行甲板が、海面に突き込まれた。

 

腕が、鳴く。

 

赤城の砲弾が誰も居ない空間を通り過ぎる。

 

骨が軋み、肉の繊維が引き千切れる音を体内に響かせながら、

急激に増した抵抗で龍驤の船体が面舵側に小さな弧を描く。

 

「秋津洲流」

 

反航の形に急激に作られた即座、甲板を引き抜き体の反対側へと突き入れる。

 

「戦闘航海術盗作ッ」

 

船体を追いかける様に弧を描く赤城の航跡よりも小さく、

左右に蛇行する曲線を描いた龍驤が ―― 赤城の後ろを取った。

 

砲弾が走る。

 

そして龍驤の視界の中に在った赤城の後背が、消えた。

 

見失った瞬間、背筋を走る殺意に意識よりも早く膝を曲げる。

 

頭の上を横殴りの砲身が通り過ぎた。

 

反航。

 

通り過ぎ様、海面に突きいれた飛行甲板を引き抜きながら、赤城が言う。

 

「こんな手があったとは、盲点でした」

「ぶっつけで成功させんなや、糞がッ」

 

互いを追いかける様に、航跡が小さな円を描いた。

 

 

 

攻撃機が爆撃機の機動を制限する。

爆撃が、互いの距離を開く。

 

僅かな隙に互いの照準が定まり複雑な航跡を描く。

砲撃が、互いの距離を詰める。

 

一進一退の攻防を続ける中、薄氷の如きバランスで赤城と龍驤が拮抗していた。

 

拮抗、即ち龍驤の不利である。

 

互いに相打つならば、装甲と火力の差で龍驤が押し負ける。

 

撃ち合い、交互に互いの攻撃を受ける形に成れば

赤城を沈めるよりも先に龍驤が沈んでしまう。

 

バランスが崩れた途端、どちらに有利な形で崩れたとしても、

最終的に赤城が残り龍驤が沈む形に成る。

 

先手を取ったところで、敗北は必至。

 

一方的な攻撃にしか、龍驤の活路は無かった。

 

しかし当然、赤城はそれを許さない。

 

そして結局、目まぐるしく入れ替わる攻守の綱渡りは、

僅かでも時間を延ばそうと、いち早く状況を崩そうと、薄氷の均衡を形作る。

 

そんな回転する戦場に、僅かな動きが差し込まれた。

 

急降下する攻撃機。

 

龍驤直上の鬼体を墜とし、その身に弾丸を降り注がせる。

 

僅かに削れる艤装、乱された航跡に、赤城の照準が定められた。

 

舌打ちも無く、機械の様に正確に、龍驤が反撃の砲を向ける。

 

事此処に至れば後は終焉まで一直線の式と成る。

 

赤城が撃ち、龍驤が被弾する。

 

龍驤が撃ち、赤城が被弾する。

 

体勢が崩れる互いに、互いの追撃が交互に振りそそぎ。

 

龍驤が ―― 沈む形。

 

 

 

距離の在る鳳翔からは、見えていた。

 

今まさに決せんとする空間目掛け、誰よりも高い空から、

1鬼の爆撃鬼が降下しているのを。

 

砲撃を音が響く刹那に、赤城の耳がそれを捉えた。

 

主翼とプロペラの空気摩擦から、空に響くそれ。

 

―― 悪魔のサイレン

 

墜とされた攻撃鬼が居た空間を、翔け抜けた攻撃機が居た空間を。

 

まるで、そうあるべきと初めから定められていたが如く。

 

機械の様に正確に通り抜け、航空爆弾が投下される。

 

集まってきた観衆の中、艦娘の誰も知らぬその鬼体の挙動に、

僅か2隻、グラーフの口元が歪み、ヴェールヌイが蒼白と化す。

 

「空の ―― 魔王」

 

呟きが、爆音に掻き消された。

 

爆炎が、赤城を包む。

 

砲撃が、龍驤に当たる。

 

爆撃と赤城の間に挟まる様に飛び込んだ、鳳翔隊の数機が破片と化す。

 

互いの艤装が砕け散り、海面に数多の波紋を生んだ。

 

龍驤、赤城 ―― 大破

 

 

 

いまだ航空機の騒がしい空の下、静寂の海面に2隻が相対している。

 

脚部を残し砕け散った艤装、弾け飛んだ制服の、2隻。

あらゆる霊的加護の消失した、大破状態の2隻の空母。

 

「……貴女自身が、囮でしたか」

 

赤城が、呆れ半分の声色で呟いた。

 

龍驤は龍驤のために存在する、航空隊と艦が互いに等価ならばこそ

本体を囮に爆撃の機を伺うなどと言う行動も許容の範囲内なのだろう。

 

額に流れる鮮血を拭いながら、赤城が龍驤に近づいていく。

瞼に溜まった血液を掌で擦る様に拭い、龍驤も近付いていく。

 

互いに、憑き物が堕ちた様な優しい笑顔を湛えていた。

 

そしてそれが、拳に埋まる。

 

鮮血が中空を飛んだ。

 

振りぬいた互いの腕が、互いの頭部を後ろへと弾け飛ばさせた。

 

「ええかげん沈めや三段腹空母ッ」

 

叫びながら龍驤が、対の手を赤城の脇腹に叩き込み、

腰を回し、返す手で赤城の頬を殴り飛ばす。

 

「やかましいぞ俎板ドチビッ」

 

常になく感情を乗せた叫びに龍驤の胸ぐらを掴み上げ、

赤城が拳を受けたままに、叩き下ろす様に龍驤の米神を打ち抜く。

 

次の瞬間、さらに互いの拳が顔面に叩き込まれる。

 

肉を、打つ。

骨が、響く。

 

へし折れた歯が鮮血と共に龍驤の口元から弾き出される。

折れ曲がった赤城の鼻から滂沱と赤い液体が迸る。

 

「何でッ、ウチなんかにッ、そんな殺意まんまんやねんッ」

 

赤城の顎と、龍驤の拳に罅が入る音が互いの鼓膜に伝わる。

 

「その、ウチなんかってのを止めろとッ」

 

龍驤の頬骨と、赤城の拳が砕ける音が互いの拳に伝わる。

 

互い、口から滝の如く赤いモノを垂れ流し、時間の隙間ができる。

 

荒々しい吐息と、僅かな静寂。

 

「一航戦の赤城が、何でウチなんかに執着する」

「またそれだ、何ですか、劣等感ですか」

 

龍驤の言葉を、赤城が折れた鼻で笑った。

 

「比べ物にならないんですよ」

 

鮮血に塗れ、暗い色の笑いの中に静かな声が在った。

赤城は自らの生涯を、その最後を思い起こす。

 

赤城の最後は、様々な要因が挙げられる。

 

一概に航空戦隊の慢心だと、ただそれだけだとは言い切れないものが在る。

 

しかし、そんな事は関係が無い。

 

他ならぬ自分自身が、自分自身に慢心だと言っている。

 

「貴女の持つ劣等感など、私の持つそれに比べれば」

 

息を呑む音が響く。

 

かつて赤城に、こう在りたいと願った姿が在った。

 

時代と共に遅れていく自らの性能を、限界まで練度で補いたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

一切の油断無く、持てる全てを活用しきり歴史に名を刻みたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

その生涯を戦場に捧げ、最期に至るまで無駄なく戦い抜きたかった。

 

それは誰だ、龍驤だ。

 

「自分の果たせなかった全てを果たした、理想の艦である貴女が」

 

言葉と供に、再度に拳を握る。

 

「私を上に置く言動をする度に、どれほど心が軋んだかッ」

 

振りかぶる赤城、打ち上げる龍驤。

 

「ふざけんな、一航戦ッ」

 

開いた口を塞ぐように、互いの拳が顔面を殴り飛ばす。

 

砕けた歯が、互いの拳にめり込んだ。

 

「お前が沈まないと、私はッ」

 

血反吐を垂れ流しながら、幾度も肉を打つ音が木霊する。

 

「私をはじめられないッ」

「知るかボケェッ」

 

腫れあがった瞼から零れる物は、もはや涙なのか血なのかわからない。

 

延々と続く殴打の応酬に、龍驤の膝が崩れた。

 

その一瞬、赤城の気が緩む。

 

崩れ落ちる身体を、龍驤の視界に映る海面に、引き延ばされた時間の中。

 

龍驤が、もはや開かぬ瞼を開く。

 

開いた口、音も出せぬ喉から、声なき叫びが吐き出される。

 

踏み止まらぬ足に最後の力を入れる、砕ける腰を静かに沈める。

落ちる身体に、肩を回す様に、全ての体重を乗せた拳が振り抜かれた。

 

それが、綺麗に赤城の顎に入る。

 

赤城の膝が落ちる。

 

倒れる。

 

伸ばされた手の、視界の空が、遠い。

 

負けるのかと、赤城の心に思考が走る。

 

ああそうだ、もういいじゃないか。

 

鳳翔に行き、ご飯を食べよう。

 

加賀さんも誘おう。

 

龍驤が居たら揶揄いがてら、何か作ってもらおう。

 

望んだとおりの毎日を、いつもの様に。

 

そう言えば、私は何をやっていたんだっけ。

 

空が、見える。

 

遠ざかる。

 

何で私は戦い続けたのか。

 

誰かが、私を支えてくれたような気がする。

 

私の中に在るモノ。

 

私の背負い続けたモノ。

 

綺麗に渡す事の出来なかったモノ。

 

視界の中、空に伸ばされた手は拳に成っていた。

 

意識が戻る。

 

落ちる腰の下に、砕けた膝をねじ込む様に滑らせる。

 

開いた口から、声に成らぬ声が吐き出される。

 

酸素が尽き、視界が狭まった。

 

何もない、望んだ全てが私の中には無い。

 

ああでも、それでも拳を握り、腰が回る。

 

勝たなくてはならない。

 

どんなに無様でも、どれほどに無意味でも。

 

私に在って、龍驤に無い唯一のモノ。

 

それが、一航戦の誇り。

 

振り落された拳が、届かなかったはずの空母の頬にめり込んだ。

 

視界が失われる。

 

もはや動いているのかどうか、自分ではわからない。

 

対の手に、肉を打つ音が響く。

 

鼻からの血が宙を舞う感覚。

 

再度の拳が、何かを打つ。

 

棒のような足に乗り、引っこ抜くように腕を振る。

 

僅か、視界が戻る。

 

龍驤が、浮いている。

 

倒れ込む様に、天へと伸ばした拳を、海へと打ち込む様に。

 

間に在った武勲艦へと叩き付けた。

 

拳が回る、身体が回る。

 

膝が付く、腰が落ちる。

 

口を開ける、空を見上げる。

 

息が出来ない。

 

海面に何かが打ち込まれた音が響き、世界が戻ってきた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

咳き込むような、激しい音が響く。

 

血を吐き出す、気道が確保され、さらに激しい呼吸音が響く。

幾許かの時間の後、僅かに落ち着いた息に身体を戻せば。

 

誰も居ない海が在った。

 

海面に座り込んだ赤城の前に、世界の果てに至るまで、静かな海が。

 

そして視界に入る。

 

血に塗れた、赤い水干の一隻。

 

泡の様な血液を口元から吐き出しながら、倒れたまま、やがて咳き込む音。

 

うげとも、げふとも、どうにも濁った音と共に、龍驤が血液を吐き出し。

そしてそのまま動かない、動けない、倒れたままに。

 

座り込んだ赤城と、倒れ伏した龍驤が居る。

 

静寂が、海を埋めた。

 

「勝ち、ました」

 

掠れた声が、海上に零れた。

 

咳き込む音。

 

「……ああ、ウチの負けや」

 

声だけで、指一本動かさない、仇敵。

 

意識が覚めていく。

 

赤城が思い出す、先程に叫んだ内容の幼稚さに、

僅かに頬が染まり、そのまま痛みが走った。

 

眉を顰め、膨れた瞼の痛みがさらに増す。

 

「ありがとうございます」

 

素直な言葉が、自然に口から零れ出ていた。

 

満身創痍でありながら、不思議と軽やかな気分が赤城に満ちる。

 

ああ、もうこの身はどこにでも行ける。

 

何にでも成れる。

 

真っ白な未来を前に、赤城はかつての戦争が終わった事を自覚した。

 

静かな海の中、安堵が在る。

 

「ああ、でもな赤城」

 

軽い声色が、浮いている俎板から吐き出される。

 

差し込まれた言葉は、続く。

 

「キミのその慢心癖、もう少しこう、どうにかするべきやと思うで」

 

不穏な一言であった。

 

何の事かと思った刹那に、座り込んでいた赤城が爆炎に包まれる。

 

吹き飛ばされ、倒れ伏す。

 

「……ッ」

 

意識が、飛ぶ。

 

ああそうだ、言われていたではないか。

 

龍驤の会話に付き合うなと。

 

「あんま、ウチの相棒舐めんなや」

 

赤城の、横になった視界の果て、それが居る。

見覚えの在る、自分と対に成る航空母艦。

 

「加賀……」

「ソロモン海の様には、いかへんでってな」

 

口元を歪め、それきりに龍驤が瞼を閉じた。

間を置かず、赤城の視界も消える。

 

倒れ伏す鳳翔の横、片目を失い、指は折れ、爪先の潰れた加賀が居る。

 

「確かに、今この場で」

 

大きく息を吐き、言葉を繋ぐ。

 

「一航戦、越えさせて頂きました」

 

静寂が、海域を包み込んだ。

 

誰も居なくなった海で、青い正規空母が天を仰ぐ。

 

その視界に在ったモノは、果てまでを埋め尽くす、青。

 

漸くに辿り着いた、いつか望んだ。

 

自分たちだけの、空。

 


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