水上の地平線   作:しちご

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17 鳳の止まり木

日本国自体にはあまり関係の無い話ではあるが、現場にとっては大問題である。

 

インドネシア残留中国人問題

 

インドネシアは現在、タイ、シンガポール、マレーシアと協調姿勢を取っている

華僑同盟と華僑排斥派、若干名存在する親欧派の三つ巴の内戦状態に陥っている。

 

インドネシア浸透作戦、海域断絶前に持ち込まれた共産党からの供与武器が、

風物詩と化していた華僑排斥運動を内戦の域にまで押し上げてしまった。

 

それで困ったのは、海域断絶で母国への帰還の術を失った一般の残留中国人である。

 

これが他国人ならば艦娘の配備と同時期に、国交のない国でも隣国、せめて

ユーラシア大陸へと何とか海を渡る方策を得る事も出来たであろう

 

だが、日中は交戦国であり、その上に日本国政府自体が内乱のインドネシア自体を

避ける風潮がある、割かれるリソースは少なく不正の入る余地も無い。

 

可能な限りの海路を避けて陸路での帰国、これまた交戦国であるタイ、ベトナム

を通過して、抜けたところでそこは現在最前線と言う救いの無い状況。

 

八方塞がりであった。

 

結果、困窮と共に彼らは同胞と、華僑勢力の使い捨ての駒として消費されていく。

 

先日にブルネイ第三鎮守府3番泊地、通称インドネシア泊地において

インドネシア軍の警備を掻い潜り、泊地への自爆テロが敢行された。

 

インフラ整備の職を求めインドネシアへと渡っていた河南省の黄何某、

華僑同盟はこの件に関する関与を否定、他勢力は見え透いた欺瞞と非難声明を出す。

 

被害は幸いな事に軽傷者が若干名、破壊された宿舎に寝泊まりしていた艦娘が

一時的に5番泊地へと避難してきた、少数の居残りを残して。

 

不足する燃料、弾薬、食料、塔の如き関係各所へと提出する書類と諸手続き、

提督以下秘書艦組は悲鳴を上げたと言う、ありし日を連想する光景であった。

 

 

 

『17 鳳の止まり木』

 

 

 

何で残業明けの疲れた身体で鍋を振っとんのやろかと。

 

居酒屋「鳳翔」プレオープンと言うわけでもないが、出来上がった箱物の中で

鳳翔さんと一緒に料理を作っとる、正確には酒の肴や。

 

間宮で管を巻いていたネシア組が曰く、泊地に落ち着いて飲める所が無いとかで

それならばと機材運転確認も兼ねて居酒屋予定地に引っ張って来た。

 

クマを輸送していると一同が付属してきたので、近場に居た天龍も巻き込む。

 

木目の落ち着いた内装の中、新品のカウンターに並んで軽く飲んでいるのは

アホ毛のクマとドラ猫、海賊船長に可愛い眼帯ヤンキーといったところ。

 

正しくは球磨、多摩、木曾の球磨型姉妹、ついでの天龍、コップの中身は

ポン酒、ポン酒、エールにカルピスサワー、おいこら天龍キミ最年長やろ。

 

まあええわ、軽巡まみれかと思いきや最近木曾が雷巡になったとか。

 

「もう準備万端そうなのに、何で開店しないクマー」

 

「着任11カ月と2年目の鳳翔さんだと、補助金の入りが違うんよ」

「にゃんというお役所事情」

 

あと、「ヶ月目」の鳳翔さんに店を持たせると、他鎮守府の鳳翔さんに対して

ちと申し訳と言うか面目が立たない、2年目でも結構アレやけどな、勘弁や。

 

時間のかかる調理に入っている鳳翔さんの脇、突出しとばかりに

手早く出来る数品を整えてカウンターに並べる。

 

鳳翔さんの瞳が光る、アレは獲物(てんいん)を狙う猛禽(てんちょう)の目や、全力スルー。

 

「おるぁ、摘みと肴じゃ、有り難く頂きやがれッ」

 

ポン酒組には手早く作った鶏の焼き煮付け、学生かキミら組にはオーブンの中から

ガーリックトーストスティック、アルメニア風味やなって我ながら国籍不明。

 

「魔女さんには迷惑かけるクマー」

 

「誰が魔女やねん、こんなピチピチのひんぬー捕まえて」

 

「知らにゃいのかにゃ?」

 

なんでも5番泊地は結構な噂になっているとか。

 

現地政府の覚えもめでたく、最前線において改二達成艦を続出させている

ただの戦力プールであったはずの泊地の非凡な運営組織、何処の話よそれ。

 

「中でも、神算鬼謀の軽空母が、誰が呼んだかブルネイの魔女って話にゃ」

 

「なんでやねーん、神算鬼謀なんて言葉と縁のある生活はしとらんで」

 

何か邪王真眼とか右手のペーパータトゥーが疼きそうな恥ずかしい名称を

否定したところにクマーが指折り数えて言葉を紡ぐ。

 

「木曾に雷巡を勧め、五十鈴に対潜特化という使い道を見出し、レ級騒動の

 折には的確な対応でブルネイ鎮守府群のみが轟沈艦ゼロを達成」

 

いや待ち、クマーを付け忘れてるで。

 

「……クマー」

「遅ッ」

 

「まるで攻略本を持っているみたいだって、もっぱらの噂にゃー」

 

まいがー、おぬれ提督ゴースト、おかげで厨二病や本当に有難うございました。

 

「特にレ級が話題になっているクマ、全戦力投入、本土にも同様の意見の提督や

 艦娘が数名居たらしいけど、話が通ったのはブルネイだけだったとか」

 

「結果、余所は逐次投入で食われまくったにゃ、真っ当な運営組織なら注目する

 のも当たり前の話にゃ、何でも5番の報告書は逐一回覧されているらしいにゃ」

 

うわぁ、何か変なところで目を付けられていそう、あかんなー。

 

「おかげで姉妹全員壮健、端からすれば有り難い話クマ」

 

適当に話を締めくくり、ぐい呑みの器を掲げる熊。

猫は何やらカウンターに喉を擦りつけて、待ちやがれマーキングすんな。

 

「本能が訴えているにゃ、今のうちに匂いをつけないと龍驤の縄張になるとッ」

「誰が猫じゃーッ」

 

入ってるけどな、一部「龍驤ちゃん」三毛猫メス享年8歳がッ

脳内龍驤会議を開くと提督ゴーストの膝周りでゴロゴロ言うてるけどなッ。

 

ニャーニャー煩いタマーの顔を引っ張り上げて口の中に手作りチーチクをイン。

ついでに切った竹輪胡瓜を並べて一品、と、残りは磯辺揚げるか。

 

何か店員候補を探している鳳翔さんの眼光がさらに鋭くなったような気がする。

アレは五十航戦やない、一航戦時代の眼光や、死ぬ気でスルー。

 

出来上がった料理を並べる鳳翔さんの横、空いた器を下げつつ冷やとサワーを

各席に補充、既に木曾が出来上がって天龍に絡んでいる、狙い通りや。

 

鳳翔さんがボソリと「うわぁ、息ピッタリ」と零す、聞こえへん聞こえへん。

 

「相変わらず木曾は弱いクマー」

「こういうとこを見ると何か安心するにゃ」

 

「だから大井姉は龍驤さんを誤解してるんだよ、聞いてるのかい天さんッ」

 

延々と絡まれている天龍が何か恨みがましい視線をコッチに向ける、残念やな、

カルピスサワーを頼むような軟弱者は航空母艦業界では人権を認められんのや。

 

ちなみに素でウォッカを開ける響は名誉航空母艦などと呼ばれている。

 

「大井と北上は居残り組やっけ」

 

「妹たちがすまんクマ、クマーから言っても中々に頑固で」

「大井の空母嫌いは過剰反応すぎるにゃー」

 

「別に大井が間違っとるわけでもなし、職務に差し障り無ければ無問題や」

 

まあせっかくだし、クマー達には居残り組用に間宮羊羹でも土産に持たせるか。

そして北上が自己嫌悪に陥ってさらに大井が激高する、あぁややこし。

 

でも何もしなくても激高するんだよなー、勘弁してぇな。

 

などと考えながら磯辺るついでの鶏天などを作っていると、早々に木曾が潰れる。

 

一息ついた天竜がサワーのお代わりをしようと差し出すところに、ポン酒組と

店長の何やら圧迫感のある視線がグラスへと注がれる、空気が重い。

 

「つ、次は何か重い、ウォッカとか……ウヰスキーとか、重い酒でも……」

 

随分と無理のある声色に苦笑する、酔っても居ないのに手が震えとるがな。

 

「マダムロシャスでも作るわ、軽いし苦くないで」

 

備品に買っておいたカクテルセットにカシスを入れてグレープフルーツを絞る。

正式名称はマダムロゼ、高知生まれで四国特有のカクテルとは提督知識。

 

ついで、酒は無理して飲むもんちゃうからなーと、軽く周りを窘めてグラスを出す。

 

猛獣どもに苦笑が浮かび、天龍が救われた表情をする。

一口行ったら気に入ったらしく、あ、これ飲めるとか小さく零した。

 

苦手な連中も居るやろうし、カクテル系もある程度入れておいた方が良さそうやな

などと内心で仕入の算用を立て、経費で落とせる範囲に見当をつけておく。

 

……やばい、鳳翔さんの目が光った。

 

以降、鳳翔さんの龍驤さんとお店をやったら楽しいでしょうね爆撃から

必死に回避を続ける秘書艦の姿が肴にされたとか、コンチクショー。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

呑みもたけなわという折に、入口の引き戸が開く音がする。

 

龍驤たちが視線を移せば、柱の陰に寄り添って「龍驤……恐ろしい子ッ」とか

言い出しそうな表情の赤城、の姿が崩れ落ちた。

 

全身で失意を表す体前屈の姿勢から、魂のこもった慟哭が店内に響き渡る。

 

「鳳翔さんのはじめては私が貰うはずだったのにッ!」

「何紛らわしい危険発言しとんねんッ」

 

ツッコミ声に顔を上げた所に、全力投擲の鶏天が直撃した。

地面に落ちても大丈夫なようにラップで包んでいる。

 

赤城の姿が見えた瞬間に鶏天をラップで包み始めた龍驤の姿に

鳳翔は本気で店員勧誘をかけようと決心したと言う。

 


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