水上の地平線   作:しちご

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18 壺の中の未来

 

駆逐イ級の死体が打ち上げられた。

 

そんな通報を受けた5番泊地は、とり急ぎ現場へ3隻の艦娘を向かわせた。

警邏が防ぐ野次馬を掻き分け、砂浜に打ち上げられた異様に近づく担当。

 

龍驤、隼鷹、利根である。

 

別に何か特別な理由があるわけではない、負の怨念で作られた船体だけに

陰陽系か巫女が祓わなければ砂浜が閉鎖されたままだから、そんな感じだ。

 

二人が符を貼り陣を引き、利根が周囲の警戒にあたる。

 

施術を成す直前に、隼鷹が龍驤に声をかけた。

 

「龍驤サン、気付いているかい」

 

顔色は青い、そんな隼鷹に気軽な表情で龍驤が答える。

 

「ああ、ウチでもわかるわ」

 

船体には大小様々な傷跡がある、それは爪であったり牙、砲撃、打撃痕

同士討ちによる嬲り殺し、そんな光景が目に浮かぶ有様。

 

だが問題はそこではない。

 

嬲られ、痛苦に淀んだ恨み辛みが、その船体を構成しているはずの負の怨念

そのものすらも、その屍からは何も感じ取れないのだ。

 

空っぽの器、そう表現する様が相応しい。

 

「すでにバラ撒かれた後、使用済ってワケやな」

 

龍驤の出した声色は、固かった。

 

 

 

『18 壺の中の未来』

 

 

 

鳳翔さんから逃げ回る日々、まあそれでも手伝い位はしておくべきかと

今日も今日とて残業明けに、串に刺した鶏肉をクルクルと焼いている。

 

開店に向けて、焼き鳥のタレを熟成させるための作業的串焼きや。

 

「素でタレの熟成とか言い出す航空母艦ってどうなんだろうな」

 

今日のカウンターには提督が居る、あと金剛さんと利根、全員残業明け。

焼いた鶏肉が勿体ないので引っ張ってきた、バキューム組にはやらん。

 

アレや、ウチだけ残業後も働いているのがムカつくから道連れとか

考えてないで、ホンマに考えてないで、いやいやいや、ホンマやで。

 

「柔らかくてジューシーでデリシャースで、正直違いがワカリマセーン」

「柔らかい鶏肉が食い放題、良い時代になったものじゃのう」

 

焼き捨ての串なのに好評な風を見て、提督が良い肉なのかと聞いてくる。

 

「良いも何も、いつもの養鶏場のハラール鶏肉や」

 

泊地は卵が生食のため、養鶏場と直接取引しとる、そのついでやな。

 

まあイスラム教国というものは、豚肉が食えん分だけ鶏肉のクオリティが

上がりがちや、ブルネイも例にもれず良質の鶏肉の国と言われとる。

 

舶来盲信という言葉があるが、食品における近代の日本には国産盲信が

蔓延しとるんやないやろうかと、提督やゴーストの反応を見て思った。

 

最高級品ならば鮮度などの問題もあり、日本国内ならば国産こそが至高や

それに異論はないが、低価格帯、商売に使うような範囲なら話が変わる。

 

物価の違いが輸送費を庇う、同価格帯ならば外国産の方がクオリティが高い

ましてやココはブルネイ、日本産とブルネイ産の立場は容易く逆転する。

 

そんな現象が起こってしまうのが鶏肉業界の厄介なところや。

 

何が厄介って、選択する鶏肉の産地にコレと言った正解が無いんよ。

 

鶏肉は蕎麦やワインと同じように、当たり年と外れ年がある。

 

今年はタイ産が安くて高品質と言えば、去年はブラジル、一昨年は岡山

そんな感じにコロコロと品質の順位が入れ替わる、焼き鳥屋の難問や。

 

ブルネイが外れ年になった時は、いったいどんな選択肢を選べばエエのか。

 

つーても制海権を失った現在では、そんな選択肢は無いも同然やし

地産地消に勝る物無く薀蓄垂れ流し損かね、あかんあかん。

 

そんな事をだらだらと語りながら鶏を焼いていると、提督が頭を抱えた。

 

「いやだから、その語りは明らかに本職のソレだろ」

 

「焼き鳥屋の称号は、私ではなく龍驤に相応しいですね」

「ちょい待て、いつの間に生えた加賀」

 

馴染みの黒髪の首根っこを捕まえて、作り置きのおにぎりと鶏の一本焼きを

持たせて店の外へと蹴りだしておく、包んどいて良かったわ。

 

最後の台詞が今日はこれぐらいで勘弁してあげますって、何でやねん。

 

「ちゃんと加賀の分を作りおきしているあたり業が深いのぅ」

 

言わんといて、放置すると冷蔵庫前で痙攣するんやもん、あの馬鹿。

 

気を取り直して皮だのポンじりだのを次々と焼き網に乗せては、タレ壺に、

エエ感じにアミノ酸っぽい何かがタレに蓄積されていく気がする。

 

そんな焼き場ではなくカウンター、思ったよりも食いつきの良い艦娘2隻に

視線を向けていた提督が、疑問顔で首をひねった。

 

「何でこんなんでそこまで喜ぶんやろう、ってとこかいな」

「あ、いや、焼き立てで確かに美味いんだ、まあソレだけどな」

 

疑問には話題に乗った二人が答えた。

 

「艦娘にとっての鶏肉は、固くて滅多に食えんもの、という印象じゃからのう」

「柔らかくてジューシー食べ放題、現代はまさにパラダイスですネー」

 

分かりにくいので補足を入れておく。

 

「鶏肉の増産は戦後や、乗員のほとんどにとっては鶏肉言うのは年に数回

 卵を産まなくなった鶏を絞めた、それはもう固いものって話やな」

 

まあ軍人さんやと柔らかい鶏肉食べ放題やからずっとそうってわけでもないが

幼少期の記憶ってのはどこまでも、それこそ艦娘の一部としてまで残るわけで。

 

いやホンマ柔らかいわー、しかもめっちゃ安いわー、嘘やろホンマー。

 

あまりの龍驤内の感動っぷりに、提督ゴーストがドン引きするほどや。

 

「ええと、初期の飛行機乗りは財力のある家の出身が多かったんじゃないのか」

 

提督が疑問を口にする、甘いな、70年の技術格差を舐めたらあかん。

 

「確かに餓鬼の頃から肉を食っとった連中も居るが、今と比べれば質が雲泥やな」

 

高級肉でも何処か筋張って、油っ気というものがイマイチ足りない、そんな感じ。

日本が誇る超弩級戦艦の金剛さんですら、ジューシーデリシャス言い出すほど。

 

濃い味付けで白米をガバガバ食う、そんな記憶しか思い当たらない大正昭和。

 

どこぞのグルメ漫画で、若い頃はこんな臭い鶏肉じゃなかったとか泣き叫んだ

老人が出ていた話があったが、現場に居たら殴っとる自信があるわ、本気で。

 

「……何か凄く居た堪れない」

「利根や金剛さんでその反応だと、秋月とか着任したらヤバそうやな」

 

翔鶴と瑞鶴も正規空母なのに食が細いというか、節制が骨身に浸みとんのよな。

 

……加賀に言うとくか、何かあるたびに食材が消えるから心底嫌やけど。

 

「うぉい龍驤、何か煤けとるぞ」

 

「最近なー、加賀がなー、いつもにましてなー、鳳翔さんまでもなー」

 

「うわぁ、龍驤がブレイク寸前ネ」

「もういい、休め……休めッ」

 

いや、作りかけやからキッチリ作るで、ちゃんと締めまでは。

 

そんな時に扉を開ける音が。

 

「ヒャッハー、龍驤サンが鶏肉を ――

 

利根が扉を閉めて鍵をかけた、ファインプレイ。

 

「本日は秘書艦組で借り切りじゃ、後日出直してくるが良い」

 

そんな発言にカリカリと扉をひっかく音で答える外の酔っ払い、猫かキミら。

……うん、4人分の音や、飛鷹と千歳千代田あたりかコンチクショー。

 

何かホラーな雰囲気になってきた入口の利根に、作り置きの唐揚げを渡す。

窓から放り出しとけと指示をしたら、何か物凄い同情の目で見られた。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

憲兵隊の視察があった。

 

黒塗りの軍服、制帽で身を固めた黒髪の艦娘、揚陸艦あきつ丸の姿。

あきつ丸小隊がてきぱきと各所を臨検、特に問題無く事は終わる。

 

申し送りを受ける龍驤に、あきつ丸が話しかけた。

 

「知っていますか龍驤殿」

 

空っぽの深海戦艦の漂着、それは少し前から続いているという。

自爆テロや破壊工作が行われた泊地の近くに漂着すると。

 

「わけわからんな」

 

ブルネイでも先日にテロ騒ぎがあった、特攻をかけた犯人は付近の

漁師に囲まれ捕縛され、未遂で終わったが。

 

少し考えた風のあきつ丸が、龍驤に伝える。

 

「横須賀の提督たちに話を通しておきます、近日に召喚を受けるかと」

「いや、エリートさんと顔を繋いでもエエ事無いやろ」

 

心底嫌がる龍驤に苦笑が答えた。

 

「横須賀は初期の対策室の系譜、叩き上げ揃いですから話はできるであります」

「冷や飯食いの吹き溜まりって聞こえるんやけど」

 

たまらず噴き出したあきつ丸に、まあ冷や飯はウチらもかと笑っての承諾。

 

「で、なんでウチなん」

 

気軽な風を装う問いには、しばしの静寂があった。

 

「先日に陰陽寮で占者が託宣直後に血を吐いて死にました」

 

ようやくに口に開いた内容は、血なまぐさい。

 

凶の卦を出した後に『龍の道行きを妨げる事なかれ』

 

それが凶中の吉なのか、大凶なのか、意見が別れるところだと言う。

 

「龍で括られた艦娘なんざ、いっぱい居るやろ」

「ええ、ですから手当たり次第という次第で」

 

あきつ丸の笑顔に、奥を覗かせる隙は無かった。

龍驤は肩をすくめて息を吐く。

 

「ヤニが恋しいわ、()るかい?」

「いただくであります」

 

蒼天に帰る白の如く、現実は靄に包まれていた。

 


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