水上の地平線   作:しちご

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20 朝の光に君が居て

インドネシア泊地所属、球磨型軽巡洋艦2番艦、多摩は妙な人気がある。

 

インドネシア自爆テロの折、華僑同盟に対し最も非難が集まった要件は

多摩が一時的にインドネシアを離れ、5番泊地へと避難した件であった。

 

人口の9割がイスラム教徒であるインドネシアにおいて、常に人気が独走

肌や髪を晒していても何も言われない、多摩は可愛いなで済んでしまう。

 

モスクに無断で侵入しても歓迎されたぐらいだ。

 

そんな人気に肖ろうと、様々な多摩を参考にした交流キャンペーンを張り

悉く討ち死にした第一本陣の長門が、堪り兼ねてオブザーバーに相談した。

 

オブザーバー龍驤(5番泊地所属)は語る。

 

「多摩はヒトとか艦娘やなくて、猫やと認識されとんやないかな」

 

イスラム教、教祖が無類の猫好きであったため猫を穢れ無き生き物として

只管に愛でる人たちである、モスクに入ってきても許されてしまうほどに。

 

長門の失意体前屈は見事な物であったと言う。

 

 

 

『20 朝の光に君が居て』

 

 

 

草木も眠る丑三つ時、などという言葉があるが、深夜の3時のあたりになれば、

不思議と浮遊したり彷徨っている(ゆうれい)たちの姿が見えなくなる。

 

多少オカルトに詳しい人間ならばご存じだろうが、深夜に幽霊は出ない。

まったく出ないというわけではないが、絶対数は一気に減少する。

 

何故か奴らのほとんどは深夜3時になる前に店仕舞いをはじめる、

そんなわけでこの時間帯に動いているような影は大抵はアレなわけで。

 

そう、ウチと提督みたいな地獄の住人や。

 

(ゆうれい)よりもなお闇に住む、俺たちゃしーごと人間なのさ

人に姿を見せられぬ、獣のようなこの臭い

 

「はやく風呂に入りたーい」

 

積まれた書類を吹き飛ばせ

 

「サイン!印可!提出!」

 

しーごとにんーげん

 

いや、人間やないけどな、艦娘やけどな。

 

何でまた泊まり込み書類地獄が再発しとんのかと言えば、インドネシア組が

泊地に帰還したわけで、そこらへんの手続きだけならマシやったんやけど。

 

……なんでマレーシアから色々とネチネチ言ってくるかな。

 

いや、インドネシアとめっさ仲悪いのは知っとるけど、ウチら日本所属やん

マレーシアにも泊地あるやん、つーかブルネイ関係ないやんド畜生が。

 

受け入れのせいで目を付けられたと言われても、ブルネイ政府もキレかけてるし、

航路の見直しだの輸送の取り分交渉だの、鎮守府にもってけやウチら泊地や。

 

それら引いても、復興資材の流通を通すだけで書類が雲霞の如く湧いてきおる。

軍隊まで繰り出して壮絶な嫌がらせする暇あるんなら、他の事せいと。

 

書類仕事なんかおススメやで、何でウチらに来てんのかわからんようなヤツとか。

いや本当に、少しでええから、つうかあんたらの書類まで回っとらんかコレ。

 

いや、本陣提督組は第一も第三も顔面蒼白になっとったし、よ、余力、余力ぅの

あるウチらがある程度はこなさんと話が回らん、回ら、ら、ら、ら。

 

ぼすけて、最近口の中に血の味がするのがデフォになってきた。

 

一昨日に3日ぶりに部屋に帰ったら加賀が干乾びとったし、見なかった事にしたけど。

 

そんな殺伐とした職場に、今、大本営から一通のお知らせが。

 

「健康死んだのお知らせやと?」

「いや、健康診断な、健康診断」

 

ウチと提督が名指しで召喚されとる、場所は横須賀。

 

「ごめん叢雲、キミ死んだわ」

「すまん大淀、きっと死ぬ」

 

今は居ない二人の冥福を提督と一緒に厳かに祈る。

 

提督と筆頭が抜けると裁可は全て次席の叢雲逝き、書類関連は大淀中心になるのは

火を見るよりも明らかなわけで、ぞ、増員かけれんかな何とか、無理やろなぁ。

 

以前らららキミは秘書艦とか歌いながら電あたりに勧誘をかけたら本気泣きされた。

 

蒼白涙目で妹を庇いながら雷に「わわわ私を頼ればいいいいいじゃにッ」とか

言われた時に悟ったわ、コリャ無理だと。

 

夕立なんか、秘書艦やるぐらいなら深海棲艦に単艦突撃した方がマシッぽい

とか言い出すし、綾波とか時雨の首が凄まじい速さで上下に往復してたし。

 

「しゃーない、金剛型をカンヅメやな」

「ローテから高速戦艦外すと、キツイなぁ」

 

とりあえず火力だだ下がりながら次善の策を用意しておく、足りない火力は

タウイタウイに泣きつこう、衣笠(ガッサ)さんだけでも回して貰えば御の字や。

 

「んで、このクソ怪しい健康診断は何事なんだ」

「横須賀が面貸せやと、公式記録には残さんけどなー、というとこやないの」

 

ユニゾンした舌打ちが二つ。

 

前もってあきつ丸(あきっちゃん)に言われとったけど、このタイミングは無いやろ。

大本営は本気で前線の状況を欠片も把握しとらんようやなド畜生が。

 

まあ、政府が東南アジアの揉め事を基本的に全力スルーしとるから、

承知の上でやっとる可能性も無きにしもあらずというとこやけど。

 

「夏の侵攻前に面通ししときたいってのが大部分やろな」

「アリューシャン組は本土に合流だもんなぁ」

 

「ついでに秘書艦できそうなの居たらスカウトしとくか」

 

筑摩あたり狙い目やね、泊地に利根が居るでーとか言ったら釣れんかな。

 

「泊地への輸送が嫌がらせだらけになるので止めてください」

「五十鈴と島風の時は洒落になっとらんかったからなぁ」

 

憲兵隊経由で分捕ってきた2隻やけど、巨乳とレア艦だけあって曰く付きでも

欲しがる提督は結構居たらしく、微妙な圧力や嫌がらせがいくつかあった。

 

補給品が目録と食い違ったりな、毎回本陣経由で苦情出しとったおかげで

目録持った憲兵隊の査察も事無きを得たけど、あきつ丸(あきっちゃん)が苦笑しとったがな。

 

1回でもスルーしていたらそこを起点に何をされていた事やら、桑原桑原。

 

「建造で秘書艦可能な艦娘が来る確率ー」

「ほとんど無いな、うはは」

 

同じ名前の艦娘はある程度の距離が無いと召喚時に何やら干渉するらしく

建造やドロップが不可能だと言う、ブルネイだとブルネイ鎮守府群縛りや。

 

日本の場合は結構距離が近くてもイケるらしいけどな、横須賀と呉にウチが居るとか

日本国内で大和が3隻、武蔵が2隻建造可能やったって言うし。

 

まあ余所は余所、問題は秘書艦が可能そうな艦娘は既に他に取られているわけで

残るは筑摩ぐらいしか居ない、うう、第一本陣の妙高型わけてえな本気で。

 

「建造ドックに利根を縛り上げて生贄に捧げたらイケんかな」

 

何を馬鹿なと笑おうとした提督の動きが止まり、表情が真剣なものになる。

 

「試す価値は、有るな」

 

朝方、夜番の申し送り報告を纏めるためにやって来る利根を捕獲するため

荒縄だの手錠だの何だのを用意するウチと提督の明け方作業やった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「はじめまして、利根型二番艦、筑摩と申します」

 

釣れた、スマイルを張り付けた長い黒髪の長身美人さんで、

小脇に荒縄で括られ猿轡をかまされた利根を抱えている。

 

いきなりの秘書艦は断られたが、利根と一緒に手伝いには来てくれるらしい。

そのまま和やかな空気で泊地の案内に移る、利根を抱えさせたまま。

 

猿轡をはずさないあたり、何か黒いものが見え隠れしているような。

 

「うげッ」

 

声のする方を向けば間宮付近、見覚えのある赤い正規空母の姿があった。

いつものように柔らかな笑顔を張り付けてコチラへと通りすがる。

 

「この姿でははじめてですね、赤城です筑摩さん」

「まあ、お久しぶりです、赤城さん」

 

ああうん、今小声で「うげッ」とか言っとらんかったか赤城。

 

そのまま二人はなごやかに話しているが、時折赤城がチラチラと

コチラの方へと目配せをする、視線が救けろくださいと物語っていた。

 

そろそろ利根のジト目に、質量を誤認するほどの切実な圧力を感じる。

案内していただけなのに、何故か随分とカオスな雰囲気が形成されている。

 

面白かったので放置したのは言うまでもない。

 


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