水上の地平線   作:しちご

25 / 152
22 魂の水平線

 

沖縄近海に入った時点で、ブルネイ所属、巻き添え轟沈丸からの連絡が途絶えた。

 

同日、沖縄鎮守府に対し憲兵隊主導で強制捜査が執行される。

 

提督以下、国籍保有艦娘及び国際指名手配を受けた活動家2名、市民団体構成員5名

中華人民共和国軍属1名、無国籍2名、放送局局員、新聞記者など若干名が拘束された。

 

船舶、巻き添え轟沈丸襲撃に使われたとおぼしき各種装備を押収。

他の鎮守府備品の回収作業も並行して行われる。

 

執行に当たり危険性を認められた備品に対し現場にて破壊処理を実行。

一部備品に対しては情報確保のために半壊状態で保存処理が施行された。

 

この件を受け、沖縄鎮守府所有の備品は全てに解体処分が通達される。

関係諸氏は外患罪で起訴され、近日に死刑宣告が下される見込み。

 

ブルネイ第三鎮守府5番泊地提督、及び筆頭秘書艦の消息は依然として不明。

 

 

 

『22 魂の水平線』

 

 

 

油断、と言うべきであろう。

 

あるいは慢心と言い換えても良かったのかもしれない。

 

横須賀鎮守府第二提督室所属の高速戦艦、金剛は自らの不明を呪っていた。

 

鎮守府近海、普段ならば駆逐級が数隻が見つかる程度の平和な任務である。

だが、今日に限っては随分と様相が違っている、極めて悪い方向に。

 

彼女が遭遇した深海棲艦は、駆逐を随伴とした戦艦部隊。

背後には艤装の慣らしを兼ねた初陣の駆逐艦たち、お世辞にも戦力とは言えない。

 

明らかに手に余る事態であった。

 

金剛の与り知らぬ事だが、現在日本国内の主戦力は沖縄周辺に振り分けられている。

 

複数の省庁が複雑に勢力争いをしている海軍において、初期対策室からの

系譜に連なる横須賀鎮守府は良く言えば武辺者であり、悪く言えば除け者である。

 

憲兵隊からの注意勧告は握りつぶされるまでもなく、横須賀には届いていなかった。

 

結果、外洋での撃ち漏らしが普段より薄くなった防衛線を抜け、遭遇を果たす。

 

―― 砲火を交える場だというのに、新人の練習にと気軽に出撃をした。

 ワタシは何時からこんなに甘えた思考になっていたのでしょう。

 

噛み締めた歯の奥に後悔が滲む。

 

撤退の決意は早かった。

 

自らが殿を引き受け暫く、覚束ない足取りで退いていった友軍の姿が見えなくなる頃

孤軍の奮闘虚しく度重なる着弾に、ついには艤装からの反応が途切れる時が来る。

 

大破、もはや戦闘の続行は不可能。

 

敵艦隊、重巡リ級、戦艦ル級、駆逐イ級が健在。

 

全ての幕引きを告げるべく向けられた砲口を眺め、金剛は自問する。

 

―― これで正しかったのだろうか。

 

ナンセンスですね、と自嘲した。

 

鎮守府立ち上げ初期からの艦娘である自分と、建造したばかりのひよっ子たち。

冷静に考えれば彼女たちを見捨てて自分だけが生き延びる事を考えるべきだろう。

 

それでも、この「金剛」に駆逐を犠牲に命を拾えと。

 

そんな無様を晒して生き延びろと。

 

本当にくだらない(ナンセンス)

 

それは選べるはずのない選択肢の事か、それとも自分自身の事であったのか。

 

思考は一瞬、先日に渡された指輪を視界に入れて、瞼を閉じた。

 

「テートク、どうか武運長久を ――」

 

轟音が響く。

 

音の波が衝撃となって船体を叩く、やがて来るはずの肉体に対する衝撃に身構え

水飛沫がかかる感触、とりたてて何事も無い有様に意識が白くなる、呆然と。

 

轟音は響き続け鼓膜を震わせる、瞼を開けば見えたものは水の壁。

 

視界の端に艦載機が映る、連続した爆撃が噴き上げた海水で壁を作っていた。

 

空白になった金剛の思考には、まず驚愕があった。

 

電探には何の感も無かった。

 

いや、感自体はあったのだろう、ただ戦闘の、自らと敵艦隊が集中している隙間

誰からも見えないその空間に滑り込み不意の、至近からの爆撃を敢行している。

 

見えない誰かが首筋に刃物を滑らせる想像があり、鳥肌を立てる。

 

しかし見事な、これは赤城か、いや違う。

 

有り得ない精度、想像を絶する練度、常日頃に見覚えのある艦載機の姿ではある。

だがしかし、赤城にはこんな悍ましい気配はない、そう、なによりもそう ――

 

死線の上で研ぎ澄まされた集中力が、謎の艦載機の姿を捉えていた。

 

妖精が嗤っている。

 

殺し、殺される事に対し何の感慨も持ち合わせていないかの如き異様。

急須に湯を注ぐかの気安さで戦場を駆け、全てをただ純粋に楽しんでいる。

 

卓越した技量が浮かび上がらせる、「無」の邪気。

 

金剛の記憶には、そんな艦載機妖精の存在は無い。

 

やがてそれらは、散り散りに吹き飛ばされた深海棲艦の残骸の向こう、

水煙に隔てられた何者かの影へと帰還していった。

 

金剛が口を開くが、誰何の声も出ない、鬼か、それとも姫かと感じられる圧力。

朧に見えた海の魔物の姿は、何かを被っているかの如き肥大した頭部。

 

まさか、鬼か姫かという気配なのに、航空母艦ヲ級ですか。

 

ありえない。

 

何故見覚えのある艦載機を飛ばしているのか、何故自分を救けたのか、何より

改どころではない、フラグシップですら持ちえない圧倒的な気配。

 

―― 新型、アンノウンという事はもしや空母棲鬼

 

存在だけは予想されていた、空母の鬼、または姫級。

それがこの横須賀近海に現れる理由、混乱した思考が混乱を呼ぶ。

 

結果、棒立ちのままに時が過ぎた。

 

煙が晴れ、勾玉のついた大符を持ち赤い水干を着た小柄な人影が視界に入る。

頭部に人が巻き付いている、片腕を足の間に通す形で固定されていた。

 

ファイヤーマンズキャリー、片手が空く形の人の担ぎ方である。

 

そんな、どうにも形容しがたい生物(なまもの)が口を開いた。

 

「横須賀は……どっちや」

 

真っ白になった思考の中、反射的に金剛は自らの鎮守府の方角を指で示す。

方向の先、遥か水平線の少し手前あたりの陸地に何やらそれっぽいものが見えた。

 

目を凝らしていた謎の生物が巻き付いている人間ぽいモノに声をかける。

 

「し、司令官……着いたみたいやで」

 

「え、このまま海の藻屑コースだろ俺たち、その冗談笑えないわ」

 

「いやいや、本気で、アレ横須賀らしいわ」

 

声に応えて人間?が顔らしき部分を持ち上げる、眉根を寄せて目を凝らす。

 

イケメンですね、と場違いな感想を金剛が抱いた。

 

「……あーんびりーばぼー」

「なんで金剛語やねん」

 

一連の会話が終わって通り過ぎる小柄な身体を見送り、記憶にある衣服の色や胸板で

金剛はようやくにアレが龍驤の名を持つ軽空母だと気が付いた、深海棲艦ではない。

 

「って、友軍デス!?」

 

慌てて後を追いかけたのはこれより5分の後であったと言う。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

2名の生還の報を受け、5番泊地提督執務室に歓声が上がる。

 

用も無いのに詰めていた五十鈴は憎まれ口を叩き、島風が泣き出した。

 

本日32杯目の緑茶を飲んでいた利根は、ようやくに飲み過ぎだと気が付き。

延々と字が書けないと悩んでいた金剛はペンを逆さに持っていた事に気が付く。

 

使えなくなっていた2人のフォローをしていた筑摩と霧島が苦笑した。

 

様々な艦娘たちが提督室を訪れ悲喜交々の反応を見せ、朗報が広がっていく。

 

そんな中に突然、ゴトリと不穏な音が実内に響いた。

 

叢雲が提督の机の上、座ったままで上半身を折り曲げるように、倒れている。

 

大淀が近づき脈をとる、瞼を閉じて首を振り、嘆息。

 

どうにも色々と限界を越えていたようだ。

 

「艦隊主計長権限で臨時に次席秘書艦代理を指名 ――」

 

「頑張るデスよ比叡ッ」

「榛名、貴女ならできるわッ」

「霧島こそが相応しいと思いますッ」

「そこは大丈夫ですって言いなさいよッ」

 

詰めていた人員は蜘蛛の子を散らすかの如く消え失せていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。