水上の地平線   作:しちご

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23 蜘蛛の紋様

弓道場に弓を引く音が響いている。

 

「あの……加賀さんも、翔鶴姉も、そろそろ休憩とか、入れたほうが」

 

瑞鶴の目の前で、ただひたすらに弓を引く空母が2隻居る、加賀と翔鶴。

 

声かけに対する返答は無い、あ、間宮、間宮に新作がはいったそうですよ

などと気を引こうと様々な話題を持ちだしては討ち死にする。

 

その折に入口の柱を軽く叩く音、赤城の姿。

 

「加賀さん、翔鶴さん」

 

返答は無い。

 

射法の何某などは関係の無い、ただ速射にのみ要点を絞った矢継早が続く。

そのような有様を見てため息をついた正規空母が、言葉を続けた。

 

「龍驤と提督が生還したそうですよ」

 

いつのまにやら艤装収納を終えていた加賀が瑞鶴に声をかけた。

 

「何をしているんです瑞鶴、行きますよ」

「って早ッ」

 

間宮新作に期待をかけて出ていく二人を、冷や汗を流しながら見送る赤い方。

流石に気分が高揚しますとか言っていた、苦笑する。

 

そのままに取り残されて慌てて片付けにかかっている姉の方へ、背中越しの声。

 

「そうそう、蒼龍さんが言っていました」

 

何気なく、いつものように笑顔で柔らかな声色で。

 

「センパイが沈むワケ無いじゃん、だそうです」

 

ただ、笑顔の奥に怖いものがある。

 

翔鶴が俯く、知らず唇を噛み締めていた。

 

そのままに頭を下げ退出する、ただ一人道場へと残った赤城の周りには、静寂。

 

「何であの娘なんですか、龍驤」

 

独白を聞いた者は、誰も居ない。

 

 

 

『23 蜘蛛の紋様』

 

 

 

「う~~灰皿、灰皿」

 

今、灰皿を求めて鎮守府を彷徨っとるウチはブルネイに所属するごく一般的な軽空母。

強いて違うところをあげるとすれば胸板に厚みが無いってとこかナ……

 

名前は龍驤。

 

そんなわけで工廠の裏にある工員休憩所にやって来たんや。

 

ふと見るとベンチに一人の草臥れた男が座っとった。

 

ウホッ! いいマダオ……

 

そう思っていると突然その男は、ウチが見ている目の前で煙草の封を外しはじめたのだ。

 

()らないか」

 

そういえばこの鎮守府は敷地内禁煙の喫煙者殺しで有名なところやった。

ニコチンに弱いウチは誘われるままホイホイと喫煙所に付いて行っちゃったのだ。

 

などと怪しい独白が入るほどに擦れた空気の喫煙所に屯している、不健康2名。

何かもう吹きっ晒しで粘っていると、心まで乾いていきそうや。

 

せっかくなので互いにヤニを交換などと洒落こんでみた。

おっちゃんがメビウスライト、ウチからはサンポルナ。

 

「やっぱり外国産は味がキツイなぁ」

「マイセンの軽口が別格なだけやん」

 

ザ・スムースなどと謳われた煙を吐けば、丁子煙草独特の破裂音が響いてくる。

 

「最近はコンビニぐらいでしか煙草が買えなくなってね」

「まだええやろ、普通に店で買えるだけ」

 

ブルネイなんか、思い切りアンダーグラウンドな雰囲気の商品やで、煙草。

 

馴染みの商店でアレとか例のヤツとか適当に匂わせたら、目立たないとこにある

鉄の箱からこっそり取り出して売ってくれる、とかそんな感じ、ヤクかいな。

 

ほんま、喫煙者に厳しい世の中やなぁとボヤきあっていたら、とてとてと音がした。

 

「司令官、やっぱこんなとこに居った」

 

何やら赤い水干を身につけた、可愛らしいまな板が近接してくる。

 

右手を上げれば相対する左手が上がる、そのまま掌を合わせてパントマイム。

 

レフトサークル、ライトサークル、ジャパニースカラーテ、ナムサーン。

 

最後に笑顔を浮かべれば、視界に入った少女も零れんばかりのスマイル満点。

 

「なんや、鏡か」

「ちょ、ウチそんな恐ろしげな笑顔しとらんでッ」

 

いきなり失礼やな、ウチのクセに生意気な。

 

「まあええわ、お近づきに一服どないや」

「いや、ウチ煙草吸わんから」

 

なん……やて…………

 

「いや、航空母艦は基本禁煙やろ、何でヘビースモーカーやねん」

「艦内禁煙やったからこそ、平時に吸い溜めするんやないか」

 

物凄い平行線、まさかウチに裏切られるとは。

 

「つーか、おっちゃん提督やったんやな」

「うん、鎮守府内に部外者は居ないよね、普通」

 

いやいや、提督言うたらウチの爽やかイケメンとか本陣のハーレクイン若様とか

第一のナイスミドルとか、第二の腹黒鬼畜メガネとか、基本イケメン ――

 

「……イケメンは前線で死にやがれっちゅう、大本営の熱い意志を感じるわ」

「何か酷い事を言われている気もするけど、まさかそんな ――」

 

言葉を途中で区切ったおっちゃんが何か考え込み、眉間を抑えて首を振る。

 

「いやいや、まさか、そんな……」

 

ガチくさい。

 

「ああうん、それで何やて」

 

何か触れてはいけない闇が垣間見えた気がしたので、とりあえず話題を元に戻す。

 

「ブルネイからのお客さんがどっか行ったらしゅうて、これから探さなならんのよ」

「それはあかんな、ウチも手伝ったるわ」

 

「おお、おおきになって、本人やんかッ」

 

いえーいなどと言ってハイタッチ、君たち楽しそうだねなんて言われる有様。

 

「つか、流石にヤニ休憩程度で探されるのはどうかと思うで」

「ああうん、何でもブルネイの提督の意識が戻ったとかでな」

 

何か凄い重体の響きがあるな、脱水症状で点滴打って爆睡しとっただけなのに。

 

「んで、気持ち良く眠りくさってた提督に天誅を、ちゅうわけやな」

「そうそう、日頃の恨みを込めてって、なんでやねんッ」

 

まあ要は連絡行ったらウチの宿舎がもぬけの殻やったと。

 

へーふーほーおーいえーすーはぁんなどと言いながら聞き流していると、

提督の事が心配じゃないのかとか優しい事を聞いてくる、コイツほんまにウチか?

 

何つうかな、心配する位置がちょいズレてんのよな。

 

「点滴があれば生きていけるとか言っとった益荒男やから大丈夫やろ」

「どんだけ切実な労働環境なんよ、ブルネイは」

 

まあ吸い終わる程度の時間は大目に見てほしいわなと、そんな感じやった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

本土の鎮守府はブルネイ鎮守府群のような場当たり的な設営をされていない。

つまりは一つの鎮守府に複数の提督が配置されていて、旗下の泊地を運営している。

 

そのような形態になっている理由の一つとしては、提督1人あたりの霊格、

つまりは契約可能艦娘数の限界が存在している事が挙げられる。

 

5番泊地提督の様な志願と言う名の強制徴用を受けるほどの特異体質でも無い限り

通常の提督の霊魂では5~6隻の艦娘との契約が限界と言われている。

 

そのため鎮守府に複数の提督を配置し、所属艦娘の数を稼いでいた。

 

別の理由を挙げれば、それはもう各省庁の利権争いの末である。

 

初期の海上保安庁と警視庁の合同対策本部、それがそのまま防衛省へと引き継がれ

そして生まれたのが、自衛軍とは違う一つの集団としての日本国海軍であった。

 

突然に降ってわいた巨大利権、とも言える。

 

各省庁が手を突っ込んだ結果、横の連携が取れないままに様々な立ち位置が交錯する

結果として、それぞれの鎮守府、提督室は政治的争いの縮図と化していた。

 

そのような混沌の中、横須賀第四提督室は警視庁からの影響が強い部署である。

 

草臥れた風の中年が秘書艦を務めている平たい軽空母へと声をかけた。

随分と楽しそうに反応するあたり、同型艦の磨れっぷりを思い出し、苦笑する。

 

「艦娘は、沈んだ後の事はあまり知らないんだっけ」

「そりゃなぁ、妖精さんが大まかに教えてはくれたけど、記憶には無いわな」

 

そうだよねぇ、などと気の無い受け答え。

 

「龍驤ちゃん、この煙草の銘柄知ってる?」

「メビウスよな」

 

そうだよねぇ、などと再度の気の無い受け答えに、何やねんいったいと不思議な顔。

よくわからない提督の会話は適当にお茶が濁り、書類へと視線を戻す事になる。

 

「マイセン、ね」

 

視線だけは、鋭かった。

 


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