水上の地平線   作:しちご

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27 竜巻を待ちながら

「船外機取り外し完了しましたッ」

 

5番泊地船舶用埠頭、水面に群がる艦娘が慌ただしく動いている。

 

「船体保持、あと少しやッ」

 

船縁で貨物、ドラム缶などを駆逐艦に渡していた龍驤が前部に声をかけた。

抜き取った航法データを担ぐ大淀が、横で分解作業をしている明石を見る。

 

「明石、パネルはッ」

「今終わった、撤収しますッ」

 

揺れ動く船体から飛び降りざまに艤装を展開する工作艦。

即座にクレーンが纏めていた電子機器を持ち上げ、退避する。

 

「提督が龍田さんに連行されましたッ」

「荷物積みおろし完了ッ」

 

「総員撤収ゥーッ」

 

蜘蛛の子を散らすかの如く船体から距離をとる有象無象の姿。

 

階梯を一息に埠頭に駆け上がった龍驤が、沈みゆく船体に敬礼をした。

ひとり、ひとりと増えた艦娘が思い思いの姿で戦友に別れを告げはじめる。

 

巻き添え轟沈丸Ⅵ世号、天衝する舳先が最後の別れを告げるかの如く、軽く揺れた。

 

堪らずに轟沈丸の名を呼び泣き出すのは誰か、悲壮な喧騒が周囲の耳朶を打った。

 

―― ちょ、神通、これ本当に洒落にならないってばッ

―― 川内さんが巻き添えくって沈んでるーッ!?

 

Ⅵ世号でついに、提督が自らの足で下船できた、前代未聞の快挙であった。

 

功を成し今ここに役目を終え海底に横たわる、皆の心に熱いものが灯る。

物言わぬ船であったとて、そう、確かに轟沈丸は5番泊地の仲間であったのだ。

 

「いや、この船はニューフェイスなのでハゥッ」

 

何かヤバイ事を言いだしそうになった金剛を、すかさず霧島が手刀で黙らせた。

 

 

 

 

『27 竜巻を待ちながら』

 

 

 

久々の自分の机に、帰ってきたと言う感じがある。

 

叢雲はダウンして休日、金剛四姉妹も似たような感じで早上がり。

執務室内にはウチと大淀、あと利根がいるだけの寂しい状態。

 

いくつか残っていた、どうにも判断が付かないという書類に判を押す。

 

「しかし、轟沈丸に何があったのじゃ」

「フィリピン沖で船団に合流してな、輸送船庇ってカス当たりや」

 

ブルネイ漁師の補充人員やから、多少無茶しても保護しておきたかった。

 

「護衛は何を……フィリピンじゃと」

 

利根が嫌な事に思い当たる風、いやまあ、当たっとるけどな。

 

「ああ、かすり傷でウチら放置して撤退して行きおったわ」

 

第一鎮守府3番泊地、小破にも満たないかすり傷ですら撤退する

実に艦娘愛に溢れた素晴らしい泊地や、通称フィリピンの腰抜け。

 

ブルネイの三鎮守府には、それぞれおおざっぱな傾向がある。

 

最初期に作られただけあって本土からの影響の強い第一鎮守府。

 

特にフィリピンの3、4、5番泊地は本土からの紐付きと言えば剣呑だが

要は本土組の左遷先なわけで、海軍屈指のロクデナシが揃っている。

 

どれくらいかといえば、しょっちゅう深海棲艦に泊地が襲撃され

艦娘たちが解体、もとい轟沈したり提督が処、殉職するぐらい。

 

現在は腰抜け3番、色狂い4番、天下りのほのぼの老人5番と粒が揃っている。

 

とりあえずフィリピンの5番泊地はお菓子をくれるから駆逐艦に人気だとか。

ウチ的にも、ちょっとあのおじいさんには長生きして欲しい、他は許さん。

 

そんな勢力争いで機能不全を起こした第一のフォローのため生まれた

主に輸送関連の実務に従事する第二鎮守府、直接取引の件で礼状が届いた。

 

そして手の回らない前線維持と汚れ仕事専門の御用聞き、第三鎮守府。

 

まあ手段もへったくれも無い第三鎮守府群は実に過ごしやすく

 

ウチらも頑張って第一の泊地が壊滅した隙に容赦なく建造と周回を繰り返し

結果、金剛型と川内型全部を第一から分捕った形になったりゲフゲフン。

 

おかげで戦力比が第一と第三が逆転したはええが、第一本陣からの

様々な依頼を断りにくくなって仕事が増えまくる結果となり、良し悪し。

 

本陣的にも、本土側が確保していた戦力をごっそり引き抜いた形になるから

何だかんだで結構嬉しい展開だったとか、正直そこまで考えとらんわ。

 

つーか、本陣提督には何か凄い買い被られとる気がする、ウチと提督。

 

考えればわかる思うんやけどな、立ち上げ僅かで素人に毛が生えた提督と

建造直後の艦娘1匹で、そこまで細かい現状把握ができるわけないやん、と。

 

あきつ丸(あきっちゃん)も知ってて当然みたいな顔でえげつない事ポコポコ言うし

何度後になってから内心眩暈で倒れそうなハメになった事か、まあどうでもええ。

 

「あの馬鹿はどうにかならないんですかね」

「前任の牧場主よりは大分マシや、アレでも」

 

「皺寄せが来る以上は放置もできないでしょう」

 

轟沈丸の引き上げとレストア、近日に泊地に寄る潜水艦たちと協力して

あとはまあ明石に丸投げ、予算の余裕がかなりカツカツな状況。

 

「第一本陣がレストア費用全持ちで話がついとる」

「ご老人も苦労なさいますね」

 

「なら積立から一時出しで良いな」

 

ため息一つ、本陣挟むとあまり阿漕には吹っかけられんなぁ。

 

「しかし、龍驤だけでよく船団が持ったの」

 

「1隻、抗命して護衛に残ってくれた艦が居ってな」

「あら珍しい」

 

命令違反自体は問題やからと、途中で別れ、本陣に預けて現在謹慎中。

 

うん、絶対に泊地に返さない。

 

「提督と話したけどな、フィリピンには勿体ないわ、ウチで引き抜く」

「そう上手くいきますかね」

 

「ながもんとの交渉次第やな、アッチも欲しがってたし」

 

レストアをぎりぎりまで安く上げて、駆逐艦か相場相応(ぼったくり)か選んでもらおか。

 

そんなこんなで大体の書類を片づけて一息、ようやくのツッコミを入れる機会。

 

「つーかな、何でウチが帰還早々提督代理やってんのよ、司令官何処よ」

 

「お仕置き部屋です」

「今は筑摩と龍田が付いておる」

 

なにその生命以外の全てを諦めさせられそうな組み合わせ、合掌。

 

「何でまた、新しい使い込みでも見つかったんか」

 

「全明石に特型内火艇開発計画の通達があったのは知っていますね」

 

「ああ、艦娘に装備可能な特二型内火艇(カミ)を造るっちゅう話な」

 

どこに上陸する気やねんと聞いたら、深海棲艦に攻撃するとか言う。

震洋の間違いやないんかという言葉はぐっと飲み込んだ在りし日。

 

別にお仕置き部屋に送られるほどの事では無いのではと思っていたら、

大淀がそっと書類の一部を指差した、提督認可、開発予定兵装の名称部分。

 

―― 特四型内火艇(カツ)

 

「…………なんでデカ物やねん」

「武装する大発と考えれば、あながち間違いではないのだろうがの」

 

何やっけ、水陸両用でありながら陸海軍屈指の巨大戦車、だったかな。

静音性が欠片も無く、確か動く騒音公害とまで呼ばれていたような。

 

「試作の時点で川内さんより五月蠅い代物に仕上がりました」

 

それはひどい。

 

「防音材を充填したら沈みました」

 

さらにひどい。

 

「動力をモーターに変えたら有線になりました」

 

紐付きラジコンかいな。

 

「……昔ならともかく、艦娘用なら玩具にしかならんな」

 

かつての戦争だったら潜水艦から紐付きで内海の空母を狙うとかイケそうやけど、

深海棲艦相手の今じゃラジコンの後ろを追いかける持ち主状態やん。

 

つーか、対瘴気用の札貼っ付けたラジコンでいいやん。

 

「と、いう事を全て承知の上で開発してくださりやがりました、あの娘」

「駆逐艦寮の遊戯室に置いておいたが、かなりの好評じゃったぞ」

 

あ、うん、ラジコン遊具作成に時間と予算を叩き込んだわけね、つまり。

 

「ぎ、技術開発と言う点では意義があったろうから、提督のお仕置きもほどほどに」

 

「調達書類にタミヤのモーターとか書いている時点で完璧に遊んでいそうじゃがの」

「大型ラジコンは男の子の夢だよな、という言質があったと確認が取れています」

 

完成した備品一覧の中に、何故かミニ四駆が10台ぐらい記載されている。

 

うむ、フォロー不可能。

 

何かもう色々と疲れ果て、窓の外に目を向ける。

川内の木に吊るされて乾かされている川内と、どこまでも抜けるような青い空。

 

何処からか提督の悲鳴が聞こえた様な気がした。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

洗浄と修復を終え、海原へと再度の進水を果たした白いクルーザー。

陸地には3人、白い印象の服装と赤い水干、あとは眼帯のふふ怖い感じ。

 

「巻き添え轟沈丸Ⅶ世号だよ、レストアして不死鳥の通り名をつけたよ」

 

そんな事を言う響改めヴェールヌイ、そして龍驤と天龍が埠頭から船体を眺めている。

 

見れば船体の側面に毛筆で「別府」と書かれている。

 

「まあこれで言霊に引かれて沈む可能性も少なくなったんじゃないかな」

「あきらかに轟沈癖がついとるからなぁ、困ったもんや」

 

「つーかよ、そもそもの名前が駄目なんだと思うんだが」

 

発言した天龍の方を向く二人、そのまま首を傾げている様に軽巡が言い募る。

 

「いや、何でそこで何を言っているのかわからないって顔をしていやがる」

 

「巻き添え轟沈丸、ええ名やないか」

「協調と完遂、実に心に響く言葉だ」

 

「俺の知る巻き添えと轟沈にそんな意味は無ぇ」

 

適当に馬鹿を言っていて暫く、一向に動き出さない船体を訝しく思う頃合い。

進水した船体が出てきたドックへと曳航されて姿を消した。

 

工廠から漏れ聞こえする声、どうやらエンジンが動かなかったらしい。

 

「ドック内なら沈まないね」

「言霊に勝利した瞬間やな」

 

「それで良いのかお前ら」

 

言えばどうにも惨憺たる有様に、沈思黙考する二人、天龍は嫌な予感がした。

何か思いついたと顔を輝かして曰く ――

 

「時雨を連れてくるよ」

「ウチは括りつける用意をしとくわ」

 

そして時雨を抱えて逃げる天龍、それを追いかける有象無象があったとか。

 

「何で追撃が増えてんだあああぁぁッ!」

 

相変わらずの泊地であった。

 


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