水上の地平線   作:しちご

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04 紫煙の後先

あれから秘書艦の大増員が行われた。

 

机に倒れ臥し「ソーリーねシスターズ、ソーリーね」と言っている秘書艦3号の金剛。

 

お姉さまのためらららららと痙攣しているのがヒエー、金剛型2番艦にして秘書艦4号。

似非巫女装束に短めのザンバラ、軽いくせ毛のナマモノや。

 

さきほどから「榛名は大丈夫です」としか言わない壊れたラジオが3番艦榛名、秘書艦5号。

同じ衣装に黒髪ロングの大和撫子、大淀と並べると何故かパチモン日本臭が漂う。

 

ひとり黙々と書類を片づけるのは秘書艦6号の霧島、じゃなかった4番艦の眼鏡。

肩の上で切りそろえた黒髪に、本体(めがね)が乗っている。

 

金剛4姉妹揃い踏みであった、酷い有様であった。

 

そして、かくも多くの犠牲を払って5番泊地はついにこの時を迎える。

 

「…………終わった」

 

糸が切れたかのように倒れこむ提督。

 

お疲れ様ですと言った大淀の目は潤んでいる。

 

叢雲は目を見開いて固まっている、金剛とヒエーは痙攣していて、眼鏡は割れた。

 

榛名はまだ「榛名は大丈夫です」と言っている、誰かドックに連れて行ってやれ。

 

ウチは無理や、ようやくに安心できて椅子からずり落ちたところで。

 

ああ、もうゴールしても……ええよな。

 

泊地立ち上げ97日目、死屍累々の提督室に音の無い歓声が響いていた。

 

 

 

『04 紫煙の後先』

 

 

 

今日も元気や紙巻が美味い。

 

地獄の97連勤(脱走1回)が終わり、ようやくに泊地が本格稼働した。

 

月月火水木金金などと言う物の、アレはまとまった休みがあるから頑張れるのであって

365日昼夜のべつまくなし勤労できるかっちゅう話や、無理やて。

 

「葉巻ばっか吹かしてたからなー、やっぱ紙巻よな、ハイカラやし」

 

酒保で買い込んだ国産紙巻で、プカプカと蒼天に煙を浮かばせる。

 

泊地の海岸から海を眺めてみれば、新しく着任した駆逐艦たちが不安定な足取りで

凛とした空気のある長髪の娘、軽巡洋艦神通からの教導を受けている。

 

麗らかな日差し、鼻に付く潮風の香り、立ち上る紫煙は風に乗り吹き消され、

鎮守府入口の川内の木には軽巡洋艦川内が逆さに吊るされている。

 

ああ、皆が忙しい中ダラダラできる身分って、エエなぁ

 

思えば目の前の問題を片づけるだけの、目まぐるしい3か月間やった。

そしてようやく、ようやくに人心地がついた。

 

私にも1本と寄ってくる駆逐艦どもを追い払う、子供が吸うもんちゃうわ。

龍驤ちゃんだって子供じゃないって、やかましいわ幼児体型やこん畜生。

 

つーか龍驤さん恨まれとるからな、煙だけでも空に届けてやらんと呪い殺されるんよ。

 

などと馬鹿を言いながら煙に巻く、実のとこ、空母連中は意外に煙草と縁が深い。

 

赤城や加賀や鳳翔さんは吸わんけど、自分の命日には新箱をお焚きあげしとる。

飛龍や蒼龍も吸わんけど、隼鷹や飛鷹も吸わんけど、未着任やけど多分他の連中も。

 

あれ、吸ってんのウチだけやん。

 

飲む量は少ないからええねん、赤城や加賀みたくボーキのギンバイもせんからええねん。

……何やろな、空母寮が問題児隔離施設な気がしてきた。

 

嫌な事実をスルーして気持ちを切り替えるために、ここ三か月に思いを馳せてみる。

 

朝起きて牛乳飲んで出撃して、書類書いて牛乳飲んで出撃して、

書類書いて牛乳飲んで出撃して、書類書いて牛乳飲んで夜が明ける。

 

そして仮眠の後に起きたら牛乳飲んで出撃やクソッタレ。

 

戦力増強スケジュールに少しでええから余裕が欲しかったわって……あれ?

 

そもそも何でウチが戦わなあかんのよ。

 

書類がどうとかではなくもっと根本的に、流れでやっとったけど理由がわからんわ。

戦争も終わって海底でのんびりしとったのに叩き起こされて、何勤労しとんのよ自分。

 

流石はひたすら便利にコキ使われて武勲艦になった龍驤よって、やかましいわ。

 

うわー、うわーと頭を抱えて呻いていると教導も一息入れたのか神通が寄ってくる。

ちら見をすれば何か困った風な顔、いや、埠頭で頭抱える知人(せんゆう)が居たらそうなるわな。

 

何事ですかの問いかけに、ちょっと自己批判をなと誤魔化すように言う。

 

「いや、深海棲艦と戦う理由を考えていたんやけどな」

 

聞けば神通も少し考える。

 

「守るため、ですかね、あと姉さんたちと一緒に居られるのも大きいです」

 

その姉さんを後ろの木に吊るしてんのキミやったよな。

時々「神通ー、お姉ちゃんを無視しないでー」とか聞こえてくるんやけど。

 

「環境音です」

「ア、ハイ」

 

龍驤さんは理由が無いんですかと聞いて来るので、自分の心に問いかけてみた。

 

Q:君はなぜ戦うのか

A:給料のためや

 

「よし、納得」

「筆頭秘書艦様が酷いことを言っています」

 

ええやん、理由なんて俗な方が頑張りやすいやん。

 

どうにも白い目が痛かったので、話を変えてしまおうと画策する。

睫毛の下、頬の上に指を走らせて一言。

 

「目の下に隈」

 

いや、気になっとったんよ。

 

「教導艦押し付けたウチが言うのも何やけどな、仕事しすぎはあかんよ」

「説得力というものが無いのですが」

 

ウチはええんよ、ちゃんと限界の紙一重で止まっとるからと言い切れば、

安全マージンはちゃんととってくださいと苦笑で返ってくる。

 

あれ、何かやっぱりウチが怒られる流れになっとる。

 

「形勢が不利なので龍驤さんはクールに撤退するでッ」

 

ダッシュで逃げ出すと後ろから新人駆逐艦たちが追いかけてくる。

旗艦は神通、何この矢面に立ちたくない水雷戦隊。

 

追い込まれるうちに海上に出て、逃げては追われ逃げては追われ。

 

うん、気が付けばウチ教導のダシにされとるね。

お休みなのに、97日ぶりのお休みなのにいいいいぃぃ……

 

最後には捕まってお説教を受けたのち、川内の隣に吊るされる羽目になった。

ここで休んでいてくださいって、これで休みをとれるのは川内ぐらいやて。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ドロップ、と呼ばれる現象がある。

 

久々に性悪妖精を見つけたので踏み潰し、そのままに持ち帰る。

寝しなに鳥籠で蓑踊りをさせつつ夜話としゃれ込んでいると、そんな話になった。

 

深海棲艦は負の感情、霊力の塊である。

 

かつての大戦の折に沈んだ船の魄を憑代として、四苦八苦、様々な負の属性を持つ

イロイロナモノを魂として成立する妖怪の一種、と推測されている。

 

そのため、儀式、砲撃などで負のアレコレを木端微塵に消し飛ばして清めれば、

残るのは艦船の魄に魂と成り得る清らかな霊力、即座に艦娘が建造(召喚)可能となる。

 

なまなかな量ではそこまで行かず、魂は即座に天に昇って発散されてしまうため貯蓄も不可。

艦娘がドロップで誕生する確率はさほど高くはない。

 

初出撃で川内が来たけどな。

 

神通と那珂もあっさり釣れたけどな。

 

そういや金剛4姉妹が揃うまでにかかったのは僅かに3日、全員ドロップや。

なんつうか、あの姉妹ども仲良すぎやろ。

 

火のついた蓑が燃え尽きたので塩水をかけておく、火遊びは後始末が肝要や。

 

しかし、深海棲艦。

 

深海に在る魄にそこらの色々を魂として詰め込んで出来る付喪神の成り損ない。

 

「どっかで聞いた話やなー」

 

軽く流したウチを意外そうに見つめる悪性ナマモノ。

 

自分が艦娘ではなく深海棲艦なのではないか、大抵はそういう疑問を持つと。

 

なんや、ウチの他にも資材使い込みの犠牲者が居るんかいな。

そういや居たな、ウチのひとつ前とふたつ前が、まさか後輩は居らんやろな。

 

何やら言い募る横領常習犯の言を、鼻で笑って電気を落とす。

 

それではまるで、艦娘と深海棲艦が別の生き物のようやないか。

 

「人の言うことを聞くように作り直された深海棲艦が艦娘、そういう事やろ」

 

訪れた静かな夜の中、妖精は笑っていた。

 


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