水上の地平線   作:しちご

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比翼の鳥 結

弓を降ろして大きく息を吐く。

 

最後の最後に何故か相当に疲れたと頭痛を堪え、頭を振った。

視界の先に小さく映る一団が、両手を振り上げ喝采を上げている。

 

ぽん、と、誰かに頭を叩かれたような気がした。

 

振り向いても誰も居ない。

 

何なのよと困惑しつつ視線を戻せば、空が割れていた。

音の消えた戦場に、晴れた日差しが降りしきる。

 

久方ぶりに見た陽の光に、心が落ち着いていく。

 

立ち込めていた瘴気も散り始めた。

後始末は大変だろうが、それはもう私の知った事では無い。

 

疲れているのだろう、一時、日差しの中に幻を見た気がする。

 

数多の無念があった、数多の残念があった。

そんな数多くの想念を、龍が、空へと還している。

 

無い無いと、常日頃の暴虐軽空母を思い手を振り苦笑する。

足元で蒼龍がうごけないーとか呻いている、随分と余裕そうだ。

 

唐突に、腑に落ちた。

 

「ああ、そうか」

 

海原を通る風が髪を揺らした。

 

過ぎる風が告げる、傍に居た気がする誰かは、もう居ない。

 

「今度は、勝てたんだ」

 

知らず、涙が流れていた。

 

 

 

『比翼の鳥 結』

 

 

 

殺劫は果たされた。

 

性悪妖精の意味不明な戯言で目が醒める。

 

見れば艤装がボロボロになっており、視界に入った妖精のドヤ顔もウザく、

とりあえず大き目の破片を手に取って妖精を括り付け海原へと還しておく。

 

頭を振って思い出す。

 

棲姫に砲撃を叩き込んだ後、間髪入れず顔面をぶん殴り、視界が爆発した。

 

何でやねんと目を向ければ、艦隊の皆は残党狩りに勤しんでおり

こちらに目を向けた陸奥が手を合わせ頭を下げてきた。

 

…………友軍誤射かいなッ!

 

いやまあ、目標に密着しとったウチも悪いけどな。

 

まあええわと、懐の紙巻を取り出して、見事に時化っている様にため息ひとつ。

後ろ手にポイと投げ捨てれば、何かに当たって変な音がした、いや声か。

 

振り向けば棲姫が居る、半身だが。

 

およそ、その肉体を形作る芯ともいうべき個所を撃ち抜かれ、その末端から

断面からと瘴気に還元されて削れている最中、生首一歩手前とでも言う感じ。

 

何や、一緒に吹き飛ばされとったんかと。

 

煙草(ヤニ)、持っとらんよなぁと問えば、口元を歪めた。

ほう、『航空母艦ハ禁煙』ですと、深海ですら嫌煙派が幅きかせとんのか畜生。

 

「勝ッタ、ト ―― 思ッテイル、ノ ―― カ」

 

つーか何処から声出してんのと、疲労からか思考が取り留めも無い。

 

「我々ハ ―― 終ワラナイ」

 

遺言やったか、それともただの断末魔やったのか。

 

「人ガ ―― 人ガ世界ヲ呪イ続ケル限リ、幾度デモ ―― 幾度デモ」

 

―― 黄泉帰る

 

深海棲艦とは、ヒトの負の意思の堆積より生まれる妖やったか。

 

そやな、事此処に至って、世界が崩壊して猶、互いに争う事を放棄しない人類は

海上に深海を無限に供給し続ける機関であり、艦娘の戦争の由縁で間違いは無い。

 

「浜の真砂は尽きるとも、ッてやつか」

 

棲姫の(まじな)いに訪れた静寂に、軽空母ただ一隻だけが飄々と受け答えをする。

 

「オ前タチハ、モハヤ逃ゲラレヌ」

 

艦娘が戦争の宿から解放される機会はこの時しか無かったと、世界が深海に沈んでこそ

誰もが夢を見た、静かなる海を取り戻せる事が出来たのにと、嗤う。

 

人類の怨敵の、随分と平和な思考に思わず苦笑が漏れた。

 

無限に続く殺し合いに、果ての無い球形の戦場を識って猶、鼻で笑える。

 

何を、くだらないと。

 

「堕地獄必定は、ウチらの誇りや」

 

棲姫の呆けた顔がある、意外に可愛らしいなと思った。

 

無限に闘争が続く?

 

ええやろう、無限に砲火を積み重ねよう。

 

幾度も魂を輪廻させ、それこそ弥勒菩薩でも降臨する様な歴史の果てまでも

いつか、ウチらを構成する何もかもを世界が克服するその日まで。

 

「戦わん生き物に、未来なんざ有るはずもない」

 

快哉が響いた。

 

―― 変ワラナイナ、龍驤

 

棲姫が楽しそうに笑い、面影が強くなる。

 

「アア、お前が来テくれたカラ……」

 

毒を吐き出したせいか、もはやその身に邪気は無い。

 

「ソウか、だから私ハ」

 

そして空母棲姫は瞼を閉じ、静寂が訪れた。

 

遠くを見れば何もかもが終わり、勝鬨が聞こえてくる。

いやいや待とうや、ここに首魁が残ってますよ、生首だけど。

 

仕方無し、身を起こし無事な艤装を点検する。

 

幸いにも動作は出来そうな3連装砲を生首に突き付け、聞く。

 

「何か最後に言う事は?」

 

棲姫は僅かに目を開き、また閉じた。

 

―― また会おう、友よ

 

爆音は一度、火の属を持つ浄化の式が魄に溜まった何もかもを消し飛ばした。

 

ああ、いつかに誓った通りの顛末や。

 

ウチには、コイツを沈める義務があった。

 

感傷は遠く、やがて誰かの大祓いが聞こえてくる。

 

チャンポン陰陽でも唱えはするが、神道専門なら戦艦組のもんや、大和か。

朗々と、粛々と、畜仆(けものたおし)蟲物(まじもの)せる罪を清めよと謳い上げる。

 

艦隊へと舵を向け、次いで無事な艤装のどこかしらに無事な煙草でも無い物かと

そうそうこんな事も有ろうかと予備を艤装のスロット間に潜り込ませて。

 

―― 数多の罪咎は、水の流れに乗せて瀬織律比売に流して貰いましょう

 

一緒に消し飛ばされていたという事実を知り鬱になる。

え、何、このまま寄港するまで禁煙続行なん、本気で。

 

―― 海にまで流れた罪咎は、速開都比売に呑み込んで貰いましょう

 

こちらに気付いた大和が手を振ってきて、陸奥がテヘペロとかやっている

うん、仕方無いとは思ったが撤回や、絶対に許さへん。

 

―― 呑み込まれた罪咎は、気吹戸主に根の国まで吹いて貰いましょう

 

何ぞ咥える物でもと、空白の式紙でも丸めて口にすれば、虚しい。

ぴろぴろと丸めた穴から噴き出す空気が、どうにも惨めな気分を助長する。

 

―― 根の国に至った罪咎は、速佐須良比売に背負って貰いましょう

 

気が付けば空は快晴、雲の隙間へと魂が昇り、そして降りてくる。

僻みたくもなる、肉の身を持って海面を漂うウチらを笑っているのかと。

 

―― 背負っていただけた罪咎は、流離いの果てに失われます

 

地水火風の借り物を、天地に返して空なる生の、何と気楽な事よと嗤っている。

いまごろはあの馬鹿も気楽になっている事だろう、まったくあの馬鹿は。

 

―― いつの日か、全てを失っていただけます

 

「ほんま、不器用で迷惑な奴や」

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

一航戦と書いてラッコと読む。

 

蒼天を仰ぎ見てプカプカと浮かんでいる赤青の、腹の上に戦闘糧食(おにぎり)が広げられて

いるのを見て、思わずそのまま沈めたくなったウチは間違っていないと思う。

 

ちょっと大和か武蔵に主砲を撃って貰おうとしたら全力で止められた、解せぬ。

沈みかけの蒼龍がしがみ付いて来て、殿中、殿中にござるって此処は竜宮城かいな。

 

一息、気を取り直して馬鹿に寄る、腹踏んづけるぐらいは許してもらえるよな。

 

「龍驤、視線に殺気が籠もってますよ」

「籠めとんのや」

 

何か大急ぎで残りのおにぎりを口に入れ、頬袋が膨らむ青い馬鹿。

まあこれから曳航するにしても、何か改まって言う事というのも無いわな。

 

「そや、煙草(ヤニ)持っとらんか」

「航空母艦は禁煙ですよ」

 

さよけ。

 

何にせよとりあえず身体を起こせやと、近付くウチに苦情を言ってくる。

 

「来るのが遅いのです」

 

言うに事欠いて何やねん。

 

ちょっと自分でも信じれないほど高速に全てを終わらせて駆けつけてきたんやでと

どんぐらい速かったかを語ってみても、肩を竦めてため息を吐きやがる。

 

差し出した手に、自分の手を重ねながら、何を言っているのですかと言う。

 

「80年も遅刻しておいて」

 

発言に目を合わせ、どちらともなく苦笑する。

 

そのままに引き起こしたら、腕を首に回された。

 

どうにも引き剥がせない、いや、戦艦あがりの正規空母の馬力のせいやからな。

つーか長門(ながもん)、ウチごと曳航索で括ろうとすんな、剥がすの手伝えや。

 

妖怪しがみ付き空母の顔面に鉄の爪を食い込ませながら、ため息ひとつ。

 

「いくら何でもハードル上げ過ぎや、阿呆」

 

蒼天の下、海原は何処までも広く、妖精が笑っていた。

 


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