水上の地平線   作:しちご

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37 ことほぎの日

雨は何時か止むさ

 

などと悠長な事を言っていられないのは、航行の途中にスコールに見舞われ

時雨の目の前で扶桑と山城が高波に浚われたからである。

 

安寿、厨子王などと呼びかけ合う姉妹に慌てて曳航索を投げて確保する時雨。

 

「時雨恋いしやホーヤレホー」

「余裕ありますね、姉さま」

 

「君たちはもう少し真面目に生きるべきだと思うよッ」

 

折からの風、豪雨に翻弄されながらの救助活動。

 

以後もクラーケン、鯨、成層圏まで飛び上がるメガシャークなどに遭遇しつつ、

満身創痍の一行は、ようやくにブルネイ第一鎮守府本陣へと到達する。

 

「鯨の背中に乗る日が来るとは思っていなかったわ」

「艦だった頃なら絶対に無理でしたね」

 

随伴駆逐艦は肩で息をしており、言葉も無い。

 

セリア、バンダルスリブガワン間の航行であり戦闘も無かったと言うのに

当然の様に入渠ドックが用意されていた事実に、時雨は少し泣きたくなった。

 

 

 

『37 ことほぎの日』

 

 

 

泊地が閑散としとる。

 

まあ所属艦娘に端から第一本陣への出向と休暇を出したせいで、

現在に敷地内に居るのはウチを含めた極少数の居残り組だけな塩梅。

 

「いっそ司令官も、誰ぞ誘って行ってみりゃ良かったのに」

 

人が少ないせいか、随分と簡単になった本日分の処理の合間、

軽く水を向けてみれば、肩を竦めた返答が返ってくる。

 

「今回の招待武官は本陣だからな、俺が行くと面倒事になるだろ」

 

ブルネイ国王誕生日。

 

催事の少なめな国であるブルネイにて、貴重なお祭り騒ぎの機会や。

 

首都バンダルスリブガワンに、各国大使などを招き盛大に祝う式典であり

王族、国軍などが煌びやかなパレードを行う事で名が売れとる。

 

まあ一般の艦娘が式典に関わる事など無いが、浮かれた空気の中で昼はマーケット、

夜は屋台が立ち並ぶわけで、要するにお祭りが行われとる感じ。

 

特筆すべきは、会場に誕生祝いを伝えに行く行為やろう。

 

お菓子が貰える。

 

それも結構豪勢なのが、結構な分量で。

 

年度に因って移民系の国民は貰えなかったり、逆に観光客にまで振る舞われたり、

その時のブルネイの情勢によって多少の違いが出たりするものだが、

 

泊地所属艦娘だと、友好的な先進主要国観光客からさらに上の扱いになるので

下手すれば移民が貰えなくても艦娘は貰えるレベルや、何の問題も無い。

 

つまりはバターたっぷりの欧風ケーキが丸々1本だの、クッキーだの、伝統菓子だの

誕生祝いの返礼カードと共に、両手いっぱいに持ち帰ることになるわけで。

 

去年、本陣に出向しとった五十鈴の水雷戦隊が余暇に会場を訪れて

様々な土産話を語ったものだから、今年は休暇の申請がわらわらと届くハメになり、

 

つまり当日の今現在、泊地に誰も居ないわけや。

 

金剛姉妹も居ない、大淀は礼号組+武蔵で会場に、利根は筑摩に拉致られて

新入りだからと渋っていた天津風(あまっちゃん)を陽炎に引き渡し、加賀は赤城と瑞鶴に押し付けた。

 

ついで、数が居ないからと残るとか言っとった叢雲は特型組に引っ張って貰い、

他の駆逐艦連中は川内型と天龍型に引率を頼んで、夕立は那珂に預ける事に。

 

「…………うん、何か凄い平和や」

 

何か最近の騒動の原因が根こそぎ不在なおかげで、随分と落ち着いた空気がある。

 

「へーい司令官、茶ぁでもシバかへん」

「良いな、というかたまには間宮にでも行こうか」

 

本日分の処理も終わり、手持無沙汰に成った昼下がり。

いそいそと片付けをはじめ、間宮に向かうウチと提督。

 

平和や。

 

実に平和や。

 

泊地に残っとるのは、間宮組、工廠組と飲酒母艦組、あれ、何かろくでもないぞ。

 

気付いてはいけない事に気付いてしまった気がする。

 

途端、通路の向こうからバタバタと、姿を見せたピンクの悪魔が駆け寄ってくる。

 

「提督、出来ましたよ4号1式噴進機ッ」

 

なにつくっとんねん

 

声掛けと共に放った飛び後ろ回し蹴りで、明石の頭部を蹴り飛ばした。

 

「え、何、次は一式陸攻、それとも1200kg鉄甲爆弾でも作るんか」

「りゅ、龍驤さん沈んだ後の兵器なのに、何で即バレするんですかッ」

 

言質は取った、ジタバタと蠢く工作艦の頭部を全力の鉄の爪で搾り上げる。

めきょりと言う感じの音が指の骨に響き、明石だったモノが動きを止めた。

 

だが、これが最後の明石とは限らない、つーか修復剤で復活するわな。

 

とりあえず、冥府に逝かない程度に修復剤を掛け、布団に包んで荒縄で括る。

確か本日の外気温は最高40度、ええ感じに減量できそうやん。

 

そのままに、ゆらりと視線を司令官に向ければ、悲鳴が上がった。

 

「ああ、いや、待て、新型推進器の開発で予算は出したんだがッ」

「外聞が悪すぎや、やるなら特呂の方にしとき」

 

流石に辺境とは言え、特攻兵器なんざ再現したらどんな騒ぎになる事やら。

 

何やら無罪だか勝訴だかコロンビアだか、そんな声の聞こえそうな鬼怒(おにおこ)ポーズで

生還に涙する司令官に伝えておく、とりあえずの間宮での注文を。

 

夕張は黒やな、念のため隼鷹たちの様子を見て回るとして、グレーゾーンは

居酒屋鳳翔の鍵開けて、中に叩き込んどくかなどと算段を付ける。

 

「ええと、何だ、何処で何をする気なのかな、龍驤」

「何、ただの機動防御や、問題は無い」

 

そのまま荒縄を背負い、明石を引き摺りながら後ろ手に声を繋げた。

 

「ヤボ用を終わらしたら、茶ぁでもシバいて、それからは ――」

 

まあ、たまにはええやろ。

 

昼寝(シェスタ)、かな」

 

後日、やたらと硬茹で卵(ハードボイルド)な笑顔やったと司令官が言うとった。

 

一応、女の身上なのに何つう言い草やねん。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

人の波に呑まれ、屋台の狭間を押し流されていく戦艦姉妹が居る。

 

言うまでも無いが、扶桑型だ。

 

今回の騒動に置いて、急遽に支給された泊地制帽を被り、適当に買った実芭蕉(バナナ)春巻だの

タコ焼き風の何か微妙な丸い焼き物だのをパクつきながら流されている。

 

ブルネイでは、よく屋台でタコ焼きの様な物が売られている。

 

器具も屋台も普通にタコ焼きなのだが、何故か中に入っているのは蛸では無く蟹カマ。

 

簡単な見分け方として、TAKO焼きと言われると何かモニュるのが日本人である。

 

艦娘的には年代的にタコ焼き黎明期の生まれであり、具の無いチョボ焼き、蒟蒻や

牛肉だのを入れたラヂヲ焼き、タコの入った明石焼きなどが乱立していた時代。

 

タコ焼きが主流に成る寸前の時代に在ったが故、さほどの違和感を抱かない。

 

そんなわけで、取り立てて何事も無く流されている姉妹が、時折に時雨は何処に

行ったのかしらなどと呑気に会話をしていたら、腕を捕まれ名を呼ばれた。

 

「ふ、扶桑、山城、やっと見つけた」

 

息を切らせた時雨が2隻を引っ張り、その後ろで天龍が見つけたぞーなどと、

周囲に散っていた駆逐艦や巡洋艦たちに声を掛けている。

 

「薄々気付いていましたが、迷子に成っていたのは私たちの方だったのですね」

 

何となく視線を彷徨わせながら山城が言った。

 

そんな呑気な姉妹に対し、時雨が眉を少し釣り上げながら苦言を連ねていると、

突然に扶桑が時雨の口に蟹カマ焼きを押し込み、優しく髪を撫でながら口を開く。

 

「でも、時雨が見付けてくれるのでしょう」

 

顔を赤くして俯く時雨を見て、山城は妹分のチョロさに不安を感じた。

 


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