水上の地平線   作:しちご

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40 月に吠える

ブルネイ第三鎮守府本陣は、外交的な理由で内陸の首都クアラルンプールに置かれている。

 

泊地、各種施設自体は最寄りの海岸、マレーシア最大の港湾ポート・クランに在ると言う

どうにも面倒な形式になっていて、5番泊地とは趣が違うけど、秘書艦組が大変らしい。

 

本日の私、島風は首都の本陣事務所へと向かう龍驤ちゃんをクラン駅で見送った所。

 

何の躊躇いも無くビキニで迎えに来た陸奥さんも、私とお揃いの猫さん水着なのにノー躊躇で

車両に乗り込んだ龍驤ちゃんも、ちょっとおかしいと思う、凄く目立ってた。

 

ちなみに私は白地に青で猫さん顔が描かれているワンピース水着、肩紐が耳になっているのだ。

それにパレオと麦わら帽子をセットにしている感じ、そして龍驤ちゃんは色違いで赤猫さん。

 

それはともかく、後は貰ったお小遣いでお昼ご飯でも食べてから泊地に戻るわけなんだけど、

うん、先ほどから気になっていた、駅前の人気が有りそうな感じのお店に行くことにしよう。

 

名前から言って米帝っぽい、ケンタッキー州のフライドチキン屋さんの様だ。

 

流石に水着姿で入店しているのは私しか居ないからか、何か視線を集めてしまった感。

都合良くランチセットにチキンライスとか言うのが有ったので、それを頼んだ。

 

やはり速い、凄いな米帝。

 

カンムスがどうとか言う囁き声の中、適当に席に付いて食事に臨む。

 

とりあえずペプシ社のコーラを一口、胃薬だっけ、コカコーラと同じくコーラの味がしない。

でもまあ甘くて美味しいから良いのだけど、そうだね、このシュワシュワ感は癖に成る。

 

そして改めてライスを見る、メニューでは丸く盛り付けてあったのにカップに入っている。

それにグレイビーソースも掛かっていない、ただのチキンライスだコレ。

 

まあつまり、急いでしまってソースバーに立ち寄るのを忘れてしまったわけなんだ。

 

うん、ガーンだね、出鼻を挫かれた感じ。

 

気を取り直してチキンに齧りつく、ジューシーで美味しい。

 

龍驤ちゃんが以前言っていたけど、ブルネイやマレーシアはイスラム教の影響が強いから

チキンの品質が高めで、お店で使われるレベルの鶏肉の品質は日本よりも高いとか。

 

だからフライドチキン屋さんは、日本よりコッチの方が美味しいらしい。

 

まあ、美味しい事は悪い事じゃ無いよね。

 

指先を舐めながら、合間にコールスローで油を流しつつ、鶏肉の破片をライスに乗せていく。

 

ひとしきり食べ終わった後で、ソースバーにグレイビーソースを掛けに行き、

出来ました、グレイビーソースのフライドチキン丼、マレーシア風味。

 

ライスもチキンだし、何か凄く鶏肉って感じがして贅沢な気分になれる。

 

まあそんな感じで食べていたのだけど、ふとスプーンを咥えた時にメニューが視界に入る。

 

あるじゃん、フライドチキン丼グレイビーソース掛け。

 

………… いやまあ、アレだね、はじめから丼というか乗せご飯、芳飯だと、ほら、

鶏肉に齧りつく喜びが無いじゃない、うん、だから私は間違っていない、はず。

 

そんな感じのお昼ご飯でした。

 

 

 

『40 月に吠える』

 

 

 

何や今度の大規模作戦についての会議が有るとかで、本陣でブルネイ第三からの提案を

打ち合わせつつ、燃料弾薬をかっぱらって帰還した翌日の話。

 

うん、明石がやってくれやがりました。

 

―― 改良型野外炊具(中古)(りくじのおさがり)、海の家エディション。

 

暖簾やら幟やらが海の家って感じを醸し出し、垂れ下がる幕には氷の一文字。

鉄板の上には焼きそばが在り、隣のたこ焼きプレートではたこ焼きを焼いとる次第。

 

泊地の艦娘が水着に成ってしばらく、演習場が何故か海水浴場の雰囲気になってしまい

今日もまた出撃の無い駆逐艦たちが余暇に水遊びへ興じる平和な光景。

 

などと言う状況を、明石が見逃すはずはないわなと。

 

とはいえ店主であるピンクの悪魔は熱中症で運ばれて行ったわけで、鉄板舐めすぎや。

まあ紆余曲折の末、臨時で屋台の中でボッタクリメニューを作っとるわけや。

 

 

 粉っぽいカレー

 

  わざわざ粉っぽさを出すためにカレー粉から作り上げた渾身の一品

 

 粘度の高い粉っぽい飴湯

 

  敢えて粉っぽさを出すために水分を抑えて、的確に喉に張り付く感じ

 

 具の少ない焼きそば

 

  冷えたら食えたもんじゃない感を出すために、日本から安物の麺を直輸入

 

 たこ焼き

 

  外はカリカリ中はトロトロ、ある意味では匠の技が光ります

 

 

「えーと、たこ焼きがマシなのか」

 

何やら夏を満喫しとる感の在る、白ビキニで豊満な肉体を包む天龍が問い掛けてくる。

 

甘いな、外カリ中トロのたこ焼きはボッタクリメニューやで。

 

そもそも、たこ焼きは中が詰まってモギュモギュとしとるもんや。

焼き加減でトロっとしたりもするが、溶けるチーズの様な中身にはならん。

 

だけどそんなたこ焼きを作っては、中に入るタコを小さく、葱や小海老や椎茸などの

各種薬味を無くし、キャベツを減らし、ソースを薄め、可能な限りのボッタクリを

志してきた大阪のたこ焼き職人が、ついに禁断の領域に足を踏み入れた事件が在った。

 

そう、ついに生地へと手を掛けたんや。

 

それはもうダバダバと、恐ろしいほどに水を入れて嵩を増したたこ焼き生地。

 

それで無理やりにタコ焼きを作ってみれば、外はカリカリ中はトロトロで

意外と好評だったと、ボッタクリ根性が生んだ奇跡があったわけやな。

 

まあどれぐらいボッタクリかと言えば、一般市販のたこ焼き粉の裏のレシピ、

入れる水の量を10倍にしたら外がカリカリ中はトロトロのたこ焼きになる。

 

うん、どんだけやらかしとんのや。

 

そんな酷い流行からカリトロ揚げタコなど種類も増えて、まあ経緯が経緯なわけで、

たこ焼きは外カリ中トロとか言う人は時折ニワカ扱いされる事がある、桑原桑原。

 

「それはともかく、買うて行けや」

「その説明を受けて買う奴は居るのか」

 

とりあえずに冷や汗を流している巨乳に対し、指をくいっと曲げて指し示す。

 

「これはこれで良い物だね」

 

白スク水に身を包んだヴェールヌイがたこ焼きを頬張っていた。

 

うん、白一色だから少し垂れたソースが目立つな。

 

「何だかなあ …… 氷くれ」

「ほい、カチ割り氷」

 

「削ってすらいねえッ」

 

文句を言いつつも、氷を齧りながら海辺へと帰っていく軽巡洋艦。

寄ってきた紺スクの第六駆逐隊、残り3隻に氷を奪われとる、仲ええなあ。

 

「つかさ、他の姉妹は紺なのに何でキミだけ白スクなんよ」

「貴方の色に染まりますって意味だよ」

 

屋台の横で海の家を満喫していた駆逐艦に問えば、はぐらかされる。

 

「さてせっかくだ、飴湯を用意してくれないか、人数分」

 

「お代はいただくでー」

「青葉のツケにしておいてくれたまえ」

 

何かさらりと酷い要求が来たが、まあ仕方ないと飴湯を5人分。

 

おや、私の分もあるのかいと驚く声に、人数分やろと流してはお盆に乗せた。

こういう時にケチらないのが怖いねえと苦笑した脅迫者は、お代の追加と口を開く。

 

「提督は紺スク派の様だからね、雷や電がアピールできるだろ」

 

暁はスルーかいと言えば、姉は自己責任だねと飄々と答える。

 

そんな本音だか冗談だかわからない発言を残し、白色が姉妹たちの所へと飴湯を運んだ。

 

やがて視界の先、喉に、喉に貼り付くのですなどと悲鳴が上がる光景を眺めながら

食材などが積まれた場所、斜め後ろに置かれた穴開きダンボールへと声を掛ける。

 

「青葉ー、ヴェールヌイにバレとったみたいやで」

「嘘でしょッ」

 

まあ何や、誰が払うにしろ飴湯5人前はご馳走様という事で。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

ようやくに艦影も無くなった夜半、演習海域に2隻の空母の姿が在る。

 

艤装の制服を基調としたセパレート水着のグラーフ・ツェッペリンと、龍驤であった。

 

静かに構えたグラーフの飛行甲板に、爆音を伴い艦上戦闘鬼Bf109が着陸を試みる。

一鬼、二鬼と取り付いては役が解け、西洋式鬼符とも言えるタリスマンに変化する。

 

それが半数を越えた頃、突如に足を折り爆散した艦載鬼が居た。

 

そのままに次々と誘爆を重ね、落ち着いた頃には中破状態の正規空母。

 

「……改装したとは言え、Bf109はやはり艦載機に向かないな」

 

グラーフ・ツェッペリンは完成しなかった空母である。

 

即ち、実働に置いて問題点を洗い出すと言う工程を経る機会が無く、初期の計画のまま

問題点を問題点として抱えたまま建造された艦娘であった。

 

例えば、カタパルトなどは悲惨の極みである。

 

基部にマシンガンの如き構造を付け、連続的に火薬を爆発させ圧縮空気を充填

その動作を1mごとに繰り返して艦載機を加速させるという、気の狂った構造をしていた。

 

龍驤はこのカタパルトがまともに動作、つまり爆発炎上しなかった例を見た事が無い。

仕方が無いので今は甲板から普通に離陸している、何のために存在しているのか。

 

着艦に関しては問題は艦載機の方にある。

 

Bf109、所謂メッサーシュミットは数多くあるドイツ軍の機体の中で、

ズバ抜けて艦載機に「向かない」機体である、何故改装してまで無理に積んだ。

 

「着艦の度に爆発炎上やとなー」

 

付き添っていた龍驤が手持ちの修復剤を掛け、グラーフの艤装が修復されていく。

 

艤装は魂魄に従い形を持ち、物質化した霊力、所謂エクトプラズムの変種である。

それ故に高濃度の霊的物質、修復剤を用いる事により形質を取り戻すと言われている。

 

「アカシの改装に期待か、すまないが暫く、艦載鬼は借りっぱなしになりそうだ」

 

最大の問題点は、改装の精度である。

 

空母の無いドイツの未成空母艦娘に対する艦載機の改装、それは夢物語と同義であった。

複数工廠、複数空母の日本のそれとは違い、圧倒的に事例が不足している。

 

つまり、烈風を無理に積む事は出来ても、Bf109を普通に運用は出来ない。

 

熱帯の月の下、夜間に縁のある2隻の空母が嘆息を空に吐いていた。

 


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