水上の地平線   作:しちご

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天籟の風 弐

 

旧沖縄鎮守府主要施設、清潔感の有る寒々とした廊下に人影が二つ。

 

「悪い話と、凄く悪い話がある」

 

提督と言うよりは、海賊物の映画俳優の如き印象を持つ日焼けをした美丈夫、

つまりはブルネイ第三本陣提督が、そのような言葉で龍驤へと告げた。

 

「マシな方から頼むわ」

「個体名防空棲姫、さっき決まったんだがな、まあそれの現在位置が確認された」

 

二式大艇の広域索敵の結果、沖合、瘴気の渦巻く羅針盤海域にその姿が在ったと。

海上に待機、破損した艤装を修復しつつ、周囲に様々な深海棲艦を招いている。

 

「確認した総数ざっと50、攻めて来るなら4時間後ぐらいに成る見込みだ」

「あ、やっぱココを襲撃してくんのね」

 

軽空母は頭痛を抑える様に額に手を当てて、続きを促す。

 

「で、凄く悪い方は何や」

「艦隊総旗艦がお前だ」

 

静寂が在った。

 

「なんでやねん」

 

ようやくに絞り出された反応はその様な物であった。

 

曰く、どのような形にせよ、作戦総本部に参加した経歴の有る艦娘など他に居ないと。

今回の様な急場を任せるに足る実績と言う、そんな建前だなと笑う。

 

「で、本音は」

 

「お前のとこの提督、此処に居ないだろ」

「そういう時は旗下泊地の艦娘を守りませんかね、本陣司令」

 

つまりは責任の押し付けである。

 

「まあ、奇貨ではある」

 

言うなり、唐突に龍驤を壁に押し付け、顔を寄せる。

 

最近の深海棲艦は学習している、情報もダダ漏れだ、間違いなく辛い戦いに成る。

 

「と、思っている盆暗が半数ぐらいは居るわけだ」

 

危険な空気を身に纏う美丈夫の鼻を摘み、抜けだしながら言う旗艦。

 

「そう言うのは初心な娘にやっとれや」

「いやちょっと待て、建造1年ちょっと」

 

軽く間を空けた後、小さな背中から顔だけを少し覗かせて、問うた。

 

「で、ウチにどうしろと」

 

気軽な声色に、本陣提督は廊下の温度が下がったと感じる。

 

「磨り潰せ、誰にでも理解できる様に」

 

背中越し、崩れた敬礼だけが返って来た。

 

「あと、お前が旗艦に成った最大の要因として、長門の推挙が有った」

「ちょっと蹴り飛ばしてくるわ」

 

冷気の源が腕を振り回しながら場を後にする頃には、蒸し暑い廊下の空気が残るだけ。

 

 

 

『天籟の風 弐』

 

 

 

大淀です、舞鶴本陣第一提督室に所属しています。

 

今回の作戦にあたり艦隊総旗艦を務めるブルネイの龍驤さんに引き回され、

各種伝達だの書類作成だので飛び回り、ようやくに人心地と思えば会議です畜生。

 

このヒト、艦娘をコキ使うのに慣れ過ぎていませんか、ちょっと。

 

そんなわけで各所属の艦隊旗艦だけを集めて伝達の確認をしているのですが、

随分と空気が重い、というかおかしい、何か胃にダイレクトに重圧が掛けられています。

 

そもそも龍驤さんがおかしいんですよ。

 

近くに居るのは、あの「横須賀の金剛」に「ブルネイの長門」ですよ、何でそんな

化け物どもに挟まれているのに、見劣りもせずに存在感を出しているんですか。

 

舞鶴(ウチ)の蒼龍さんとか呉の翔鶴さんなんか青い顔して震えているし、武蔵さんなんか

物凄く好奇心に溢れたキラキラした目で見つめ続けています、スルーされていますが。

 

スルー力も高すぎです、ブルネイはどんな魔窟なんですか、あ痛たたた、胃が。

 

「それで、俺たちは勝てるのか?」

 

摺り合わせが終わったタイミングで、そんな事を言う軽巡洋艦が一隻。

言葉に向けた旗艦の視線に、横に居た蒼龍さんと翔鶴さんの毛が逆立っています。

 

何ですか天龍さん、貴女勇者か何かですか。

 

 

 

視線に射抜かれた気がした。

 

ぞくりと、肌に泡立つ感触がある。

 

「今回は、勝つ事だけなら簡単な話や」

 

耳から入った言葉が、霊魂の芯にまで響く。

おかしい、艦娘だろコイツ、なのに何でこんな ――

 

「何せアッチの狙いは提督や、内陸方面にでも逃げて貰えば、それだけでええ話やな」

 

冗談めかした口調だが、笑えねえ。

 

「俺たちがいくら沈んでも、か?」

「ウチらがいくら沈んでも、やな」

 

返答に、場の空気が殺気立つ。

 

まあだから、そんな事を聞くのは意味が無いと、言葉が続いた。

 

「つまりは、なるべく被害を少なくするためにこう動けと、そんな指示なわけや」

 

作戦指示書を見る、こう動け、こう撃て、あとは好きにしろ、とてもシンプルだ。

 

「指示に従わないと、どうなるんだ?」

「そこから綻びて集中砲火やな、まあ死ぬんやない、やらかした艦隊から」

 

あっさりとした言葉に空気が凍る、冷気の源は簡単な話やと言葉を繋いだ。

 

「やらかした奴が、貧乏籤を引く」

 

世界に鉛が流し込まれたかの様な重さが在る。

 

「誰も引かんかったらウチが引くハメに成る、是非途中で引いて頂きたい」

 

笑顔から零れたそれは、冗談めかした口調だったが、だから笑えねえって。

 

 

 

吹雪です、横須賀から金剛さんと一緒に沖縄に来ました。

 

急に行われた艦隊旗艦会議が終わって、金剛さんたちが戻って来た所です。

 

「ブッキー、ちょっとショルダーをマッサージプリーズ」

 

何か会議で相当に疲れたとかで、先ほどから金剛さんの肩を揉んでいます。

 

「長門がソバットされた時から、バッドな予感がしていたのデース」

 

何でも、50を越える深海棲艦がココに攻めて来るとか、大問題です。

艦隊総旗艦は春先に横須賀に来ていた龍驤さんで、ちょっとした騒ぎだったとか。

 

「タイムがナッシンなのはアンダスタンドですが ――」

 

言う事聞かせるための手段を一切選ばなかったとか、何があったんですか。

 

「確かに、殺伐とし過ぎていたな」

 

唐突にそんな言葉を掛けてきたヒトはとても大きくて、褐色の肌をしていました。

 

「おや舞鶴の、ビーンロングタイムねー」

「うむ、久しいな金剛」

 

武蔵さんですね、金剛さんと同じく最初期の方で、中東打通の戦友だとか。

 

「ユーは素直に言う事を聞いてくれますか」

 

少し心配そうに言う金剛さんに、武蔵さんは軽く笑っていました。

 

「まあ確かに、動けばそこに死線があるというも魅力的な話だが」

 

今回はそれよりもだなと、そこで言葉を区切りました。

 

ふと、気付きました。

 

先ほどからの言葉に、好奇心の様なものが籠もっていると。

 

「あの龍驤が何をしようとしているのか、それを確かめたいな」

 

そして、金剛を救けた恩人に不義理も出来んしなとも、これは照れ隠しだと思います。

 

 

 

正直な話、金剛の事は尊敬しているが危険な水着は目のやり場に困る、困ったものだ。

 

何か肩を揉んでいる駆逐艦、特型の吹雪だったか、気にする素振りを欠片も見せて

居ないわけで、恐らくは常日頃からこうなのだろうなと想到して少し眩暈がした。

 

会話の途切れた隙に、軽く頭を振る。

 

そうすれば、件の話題の中心が視界に入って来た。

 

煙草の箱を持って彷徨いているあたり、多分喫煙場所を探しているのだろう。

小柄なだけに何処か犯罪臭の漂う問題空母に、何隻かの艦娘が近づいていく。

 

ひとりは天龍で、何か言おうとした所で他に気付き、どうぞと順番を譲る、真面目か。

 

言葉をかけたのは黒潮と、赤城、加賀、それにおそらくは彼女たちの提督か。

 

聞こえて来る言葉は、先ほどに沈んだ呉の龍驤の仇を取りたいと。

 

けんもほろろに断られている、成程、練度低い空母と駆逐艦で何が出来ると。

確かに、黒潮はともかく赤城と加賀は無理があるな、改にも成っていまい。

 

「たとえ沈んでもやッ」

「脳みそ湧いとんのか」

 

そして追い払うように手をやっては、同行している提督に目で訴えた。

これ以上戦力を削るなと無言で示している、正しい判断だろう。

 

だが、何故か彼は何の反応も見せない。

 

「深く考えずにただのレベリングだと編成したのは俺のミスだ」

 

ようやくに絞り出した声には、苦渋が滲んでいた。

 

「こんな事を考えるのも、提督失格だとはわかっている」

 

そして彼は両手を大地に置き、地に額を擦り付けた。

 

白昼の行為に、何処からか息を飲む音がする。

 

「どうか、俺たちに、龍驤の仇を取るチャンスを恵んでくれ」

 

提督が別所属の、たかだか艦娘一隻に対して全てを捨てて懇願している。

有り得ない光景に、僅かな騒めきも消え去り周囲に静寂が広がる。

 

「沈むで、コイツら」

 

それでも、何一つ気に留めない声色に返すのは、無言。

 

眉を顰めた軽空母が、煙草に火を灯し音を鳴らす。

息をするのも忘れるほどに重い空気の中、丁子の音だけが大きく響いた。

 

「連装砲ふたつ、装備して埠頭に1時間後に集合や、本隊よりも先に出るで」

 

言葉に顔を上げ、喜色を伴い場を掛けだす一行と、そこかしこで聞こえる息を吐く音。

 

視線の中心はそのままに振り向き、気軽な声で後ろの軽巡洋艦に問うた。

 

「で、キミは?」

 

毒を抜かれた様な面持ちの天龍が、気を取り直すために軽く自分の頭を掻き毟る。

曰く、良く考えてみれば、もし何もかも、何もかもが上手くいったのならばと。

 

「そうしたら、お前たちが貧乏籤を引くのを俺に見過ごせって話だよな」

 

龍驤の、虚を突かれた様な顔は少し見物であった。

 

「キミの艦隊は」

「龍田が居る」

 

先ほどとは随分と色合いの変わる声で、苦笑交じりに言葉が続く。

 

「来るか?」

 

何とまあ、羨ましい話だ。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

埠頭に座り込み、紫煙を上げては吸殻を携帯灰皿に落とす見た目駆逐艦が、一隻。

 

そこへ、魚雷と連装砲を抱えた黒潮が寄って来る。

 

おるかー、ここやで、ほななー、帰んなや、ほぼ初対面の割に随分と息が合っていた。

 

「つーか龍驤はん、航空母艦は禁煙ちゃうんかいな」

「ウチ航空駆逐艦ですぅー、日向後輩の先行試作型ですぅー、嘘やけど」

 

「ほな大丈夫やなあって、駆逐艦の方が問題やッ、つーか嘘かいッ」

 

混ぜるな自然と言う言葉が自然と思い浮かぶような2隻であった。

 

そのまま僅かに会話が途切れ、やがて言葉が出る。

 

「ウチな、陽炎型のくせに火の字も風の字も貰えんかった半端者やねん」

 

零れ落ちた内心は静寂の中に消え、深く頷いた龍驤が声を返した。

 

「ふむ、扶桑型(ポンコツ)初春型(ポンコツ)呼びつけて、キミの周りで一昼夜マイムマイム踊ったろか陽炎型」

 

扶桑姉妹と初春型姉妹、龍驤と同じく欠陥設計艦娘会の会員である、会長は扶桑。

 

最後にして傑作と謳われた重巡洋艦の利根型であり、カタパルトなどの問題も無かった筑摩が、

先日にオクラホマミキサーの刑を受けた、少し正気度を削られたらしい。

 

「少し待てば人殺し長屋(あかぎ)焼き鳥屋(かが)も来るな、実に心が躍る」

「すいませんナマ言いました、本気で勘弁してください」

 

黒潮的に、関西弁が取れるほどに嫌であった模様。

 

そんな親潮涙目発言から平謝りの後には、互いに苦笑が出て、笑顔のままで視線を回す。

黒潮の視界に、連装砲を抱えた正規空母の姿が見え、軽く手を振って所在を促した。

 

折に触れ、零れた言葉が空に消える。

 

「やっぱ、同じ龍驤はんでも結構違うもんなんやなあ」

 

声には少しだけ、湿った色があった。

 


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