水上の地平線   作:しちご

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48 夢見る佳人

かつて、矢ガモという事件が一世を風靡した事があった。

 

事件自体は珍しい物では無い、特筆すべき個所は鴨が生き続けたという点にある。

 

クロスボウの矢が刺さった状態で生き続けた鴨は、その痛々しい有様から同情を集め、

世に動物愛護の精神を定着させるための転機と成ったと、後に研究者は語った。

 

さて、そのような事象とは関係ないが、5番泊地、本日の間宮には変なモノが在る。

 

―― 矢アカギ

 

普段通りに間宮にて空母定食を平らげている赤城の背中、やや斜め後ろあたりに、

容赦なく一本の矢が突き刺さっている、別に同情は生まれない。

 

同席の加賀、二、五航戦の疑問が在り、何かどうにも重くなりがちな空気の中、

やがて、赤城が空母定食のお櫃のお代わりを頼む折にと、問い掛ける者が居た。

 

翔鶴、職業は恐らく勇者なのであろう。

 

問い掛けに軽い溜め息と共に口を開く空母は、ただの冗談だったのですがと枕詞に

 

「鳳翔さんの着物を隠して、代わりに島風さんの制服を入れて置いただけなのですが」

 

言うが早いか、何処からともなく飛んできた一本の矢が赤城の側頭を撃ち抜いた。

 

射線を追った一同が視線を向ければ、誰も居ない。

 

「ど、何処から撃ってきたのかな、飛龍」

 

冷や汗を流しながら問い掛けた蒼龍に、蒼白の飛龍は脂汗を流している。

 

殺しの現場と成った席の上に、何時の間にか指先で血文字を残している赤い方。

 

―― 下着も差し替えておきました

 

入渠ドックに叩き込むべきか、川内の木に吊るすべきか、微妙に迷った一同である。

 

そんな中、加賀と瑞鶴は我関せずと空母定食に舌鼓を打っていた。

 

 

 

『48 夢見る佳人』

 

 

 

なんや最近、出入り激しいなあとか思いつつ、埠頭から泊地に上がる。

 

「ここが、5番泊地ですか」

 

同行しとった新入り予定の装甲空母が、感無量と言った感じに言葉を零した。

 

瞳と同じく落ち着いた色合いの茶髪は、横に長めに伸ばしたショートボブ。

胴回りに装甲を重ねた重装制服であり、排熱のためか脇が開けられている。

 

大鳳型航空母艦1番艦、大鳳。

 

「そうそう、ようこそ辺境最前線のちょっち後ろ、ブルネイ5番泊地へ」

 

今回の大型建造で、空いていたブルネイの艦娘の席はほとんどが埋まった事になる。

 

5番泊地の取り分として、最新鋭の装甲空母であり、扶桑どころか陸奥すら下回る

脅威の不幸艦であり、ウチと同じく平たい胸族の大鳳が、何やろう泣けてきた。

 

「この大鳳、今度こそお役に立って見せます」

 

ああうん、頑張ってやと、涙を堪えて適当に流しながら本棟に向かえば、川内の木。

 

矢衾にされた赤城が簀巻きで吊るされとる。

 

「…………」

「…………」

 

空を見上げて、大きく息を吸って、吐いて。

 

「ここが本棟な、提督執務室は2階やから」

「スルーしていいんですかコレッ」

 

爽やかに見ないふりをしようとしたのに、突っ込まれてしもうた。

 

しゃーないので川内の木に近寄って、吊るされとる川内たちを掻き分け話しかける。

 

「グラ子、何で吊るされとるんよ」

「うむ、反省すべき事があってな、自省の意味で吊るして貰っている」

 

「そっち!?」

 

プラプラと揺れている悪来典韋のオマージュの如き赤い方の近くで、装甲空母が叫んだ。

 

まあそんな、明らかに厄介な物体を華麗にスルー続行しつつ、グラ子に話を

聞いてみれば、縁日の屋台で豚肉を売ってしまったと。

 

「すまん、カリーブルストの開発が上手くいって浮かれてしまい、つい失念していた」

 

近くのお仕置き倉庫から七輪を持ち出しながら、話を聞いて、言う。

 

「まあ、問題になってないなら、そこまで思いつめんでもええんやないかな」

 

そしてグラ子の下に設置した七輪の中の炭に、霊火で着火する。

 

「言ってる事とやってる事が、あきらかに違うように見えるんですが」

「それはそれ、これはこれや」

 

大鳳の冷静で的確な判断力を称賛しつつ、炭の上に生木を置いて決着。

何か横で川内が干からびる―とか呻いとったけど、まあ仕方ないわな。

 

「ほな改めて、ここが提督執務室のある本棟や」

「徹頭徹尾全力スルーしてますねッ」

 

いやだって赤城やし。

 

まあそんな顔色を失った新入りを建物に招こうとすると、慌ただしい足音が響く。

 

「あ、龍驤ちゃんおかえりー」

 

吶喊とばかりに駆け寄って来た島風の頭を撫でながら、目に入った不思議を問うた。

 

「どないしたん、その着物」

 

何やいつもの制服でなく、小豆色の着物と紺の女袴を身に着けとる。

 

「ふっふーん、似合うでしょう」

「おお、可愛い可愛い」

 

ごろごろと鳴りながら目を細めているウサギ頭を、手の平で回すように撫で回し、

見れば肩口に白抜きで小さく碇の模様が、ってあれ、コレ鳳翔さんの着物やない ――

 

そう気付いたタイミングで、何かを察した風の島風が、じゃ、またと

小さく言っては全力での疾走を再開した。

 

見る間に小さくなって行く影を見送って、聞こえてきたんはまたも足音。

 

「あ、龍驤さん、島風ちゃんを見ませんでした」

 

鳳翔さんの声に振り向けば

 

 

 

ああ、何かちょっと意識飛んでたわ。

 

顔を赤くして少し涙目の鳳翔さんが、脇なり臍なりを露出した随分と丈の短いセーラーと

黒紐下着が丸見えのお義理で付いてる超ミニスカート姿で、うん、島風の制服やな。

 

とりあえず何となく、隠せているのかどうか微妙な紐パンに視線が持っていかれる。

 

「し、仕方ないんです……下着も、持っていかれてしまって……」

 

そやな、あの娘の制服やと丸見えやもんな、紐でも無いよりはマシよな。

 

赤面したまま涙目で震えている鳳翔さんは、何と言うか、コレは誰かにお持ち帰りされても

言い訳できないのではないだろうかと不安を覚えるような有様で。

 

「……ああうん、可愛い可愛い」

「目を逸らしながら言わないで下さいッ」

 

涙声を聞き流し、逸らした視線の先には大鳳が固まっとって、いと哀れ。

 

「そそそそれで、島風ちゃんを見ま、せんでしかッ」

 

何や噛みまくりの問い掛けに、とりあえず良い物を見せて頂いたと拝みつつ、答える。

 

指し示した先へと鳳翔さんが走って行った後、石化が解けた大鳳が口を開いた。

 

「あの、龍驤さん」

「なにゃー」

 

あっと、噛みが伝染(うつ)ったか。

 

「島風さん、逆方向に走って行きましたよね」

「そやったかな」

 

敢えて居なくなってから聞くキミも大概やなと、冷静で的確な判断力を称賛する。

 

矢衾のまま揺れていた赤城の指が、さりげなくサムズアップしとった。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

「照月を第二に持ってかれたのはちょっちキツイなあ」

 

相も変わらず深夜の奥深くで、残業を続ける提督と筆頭秘書艦。

大型建造からの大鳳着任で、処理する書類が爆発的に増えたが故である。

 

「初月はウチで欲しいな」

「涼月じゃないのか」

 

3番艦を飛ばして4番艦を指名した龍驤が、肩を竦めて適当な事を言った。

 

「だってウチ、五十鈴居るやん」

「最上は第一の方に居るがな」

 

深夜の底で、眠気覚ましに適当な受け答えが続く。

 

「そうだ、今度の作戦にあたり米国側から資料が届いたと連絡が在ったんだ」

 

思い出したかの様に言う提督が、薄い書類と一枚の写真を龍驤に手渡した。

 

「アメリカの偵察衛星、まだ生きとんのやな」

「おおっぴらに言うと、見捨てられている地区がアレだから機密だがな」

 

肩を竦める責任者の示す先、写真の中には海上に謳う姫。

 

長い髪、白蝋の肌、全身より血の如くに赤い禍火を零す巨大な艤装。

 

「真珠湾を襲撃した、はじまりの深海棲姫やっけ」

 

個体名、中枢棲姫。

 

「位置は、南緯47度9分 西経126度43分」

 

ニュージーランド、南米、南極の中間に位置する、太平洋到達不能極付近の座標である。

 

「昆侖南淵か、ゴシックホラーやなあ」

「何だ、やはり座標に意味があるのか」

 

―― In his house at R'lyeh dead Abyssal fleet waits dreaming.

 

「創作小説や、まあそうは言っても」

 

嘯いていた龍驤が、頭を掻いては呻くように口に出した。

 

「100年からの支持がある世界観やし、霊地としては生きとるやろな」

 

夜の底、益体も無い声だけが響いていた。

 


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