水上の地平線   作:しちご

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51 孤独の肖像

 

従来ならば横須賀港で行われているそれであったが、今回は自衛軍の参加もあり

市街地にまで隊列で繰り出すほどの随分と大掛かりな代物となった。

 

観艦式である。

 

楽隊に混ざる艦娘たちを一目見ようと詰めかけた群衆が、差し止められた公道に溢れ

数多の日の丸が翻る中、昨今の景気の悪い情勢を吹き飛ばすかの如き喧騒を生んでいる。

 

ひときわ大きい音の中心にいるのは、大和。

 

連なるは横須賀に所属する艦娘たちであり、ある者は呑気に、ある者は引き攣り顔で

我も我もと詰めかける人波に手を振るなり何なりと、サービスをばら撒いていた。

 

見れば上空には色とりどりの艦載鬼が翻り、蒼天に鮮やかな絵を描いている。

 

「龍驤ちゃんもアリューシャンの功労艦なんだから、あっちに混ざってくればいいのに」

 

騒動を俯瞰できるほどに離れた場所で、横須賀の第四提督が傍らの秘書艦に声を掛けた。

 

「勘弁してえな、ウチは日陰で地道に仕事しとる方が性にあっとるわ」

 

そう答えた軽空母は、何やら目を瞑り指を額に当て、一心不乱に術式を維持していた。

 

陰陽系に限らず航空母艦にとって艦載機は、その全てを艦娘に依存して召喚されている。

 

当然に同時起動が可能な艦載機数は、霊魂的な群体生物と化したどこぞのリサイクル艦娘の

様な特例を除き、練度、霊格、魄に成る根本の空母としての格などに因る限界が存在する。

 

攻撃隊など複数部隊に分け発艦しているのには、霊的な負担を軽減するという側面があり、

英霊召喚に因る自立行動が可能かどうかが、航空母艦の強さの次元を変える所以である。

 

蒼天に音の波を響かせながら、曲芸飛行を行う艦載鬼が白煙で弧を描く。

今回の観艦式に於いて、龍驤は4スロット全てに艦載鬼を乗せ完全同時起動を行っていた。

 

とてもではないが、呑気にパレードに参加できる状態ではない。

 

「―― 見ツケタ」

 

今まさに空を舞っているのは、様々な塗装や煙幕を搭載させた ―― 55鬼の彩雲

 

「現在D-16からE-16、首都高湾岸線に入るみたいやね」

「こっちが当たりか、東名を張ってる組はご苦労さんと」

 

軽口を叩く傍ら、提督が手元の端末を操作する。

 

「和歌山、伊豆、小田原、そして横須賀か、余程太平洋が好きらしい」

 

送信先に集まっているデータ、公安、憲兵とも共通のそれを眺めながらの声。

 

龍驤に繋がっている艦載機妖精の強化された視界には、鶏がらの様な老人が映っていた。

 

 

 

『51 孤独の肖像』

 

 

 

マルタバックを作ろうと思う。

 

ムルタバとも言う、インドがデリー・スルターン朝だった頃に考案された代物で、

数百年をかけて貿易商を通し、中東、東南アジアへと広まり定着した料理や。

 

まあ要は、パンケーキとお好み焼きの合いの子みたいなもんやな。

 

広大な地域で長い年月を愛された料理だけあって、ジャンボ餃子みたいなもんから

フライパンサイズの今川焼みたいなもんまで、様々なバリエーションがあるわけやけど、

 

まあ今回はシンプルに、近所のインド風パン屋で売っとる朝メニュー的なヤツを、朝やし。

 

小麦粉を塩水で溶いてココナツミルクも少々、フライパンの溶かしバターで焼き揚げて、

火が通る前に溶けたバターを上からちょいと掛けるのが、ちょっとした工夫やな。

 

あとは余り物の野菜炒めを上に乗せ、半月状に折り畳んで(ムタッバク)出来上がり、カンタン。

 

そんなんを3枚ほど作っては、南インド風の油っ気の少ないカレーソースを付けた。

 

「カレーがサッパリしている分、意外と油っ気が合いますね」

 

青い一航戦(バキューム)がモソモソと食いながらコメントする横で、陽炎型の9番艦がコップを空ける。

適当にココナツミルクを注いでやったり、何やかやしている内に一段落。

 

洗い物を流しに置いて、軽く伸びをしては穏やかな笑顔のままで、

マッタリとしている2隻の方に近づいては、左右でアイアンクロー・スラム。

 

「というか、何でキミらは当然の様にウチで朝飯食っとんのかなああぁぁッ」

 

ピンフォールを奪える状態で(マット)に押し付けられては、ジタバタともがく二隻の姿に、

なんとなくささくれだった心が癒されて ―― ふんぬッ

 

ゴキリとした感触の破滅の音が両手に響き、静かな朝が戻って来た。

 

良い仕事をしてくれた両手を労わるように軽く鳴らしては、洗い物をしつつ、

簀巻き用の布団と荒縄を取り出したあたりでゾンビの様に起き上がる空母と駆逐。

 

ちッ、復活が早い。

 

「いやまあ、今日は食べに来たわけではないのです」

 

何かいつも言うとるな、それ。

 

「そうそう、次の作戦での配置に疑問が在るのよ」

 

何か文句を口にしようとした素振りでコッチを向いた天津風が、光の速さで目を逸らしながら

そのままの姿勢で懐から先日に配った配置プリントを取り出して、ちゃぶ台に置く。

 

ウチと五十鈴がドラム缶押しで、加賀が赤城と攻め手の一端、天津風は偵察哨戒か。

 

「私もドラム缶押しを希望します」

「ただでさえ少ないのに無茶を言うな一航戦」

 

横須賀とブルネイ以外の一、二航戦が壊滅しとるのに、抜けれるわけないやろがなと。

 

「私と龍驤が攻め手に居ないなんて変じゃないッ」

 

晩夏にドロップした駆逐艦が何言うてんのかと小一時間。

 

「せめて夕立程度の練度になってから言うてくれ、それは」

「何かさりげなくハードル高くない、それ」

 

叢雲やヴェールヌイと言わんだけ優しいと思うが。

 

ちなみにウチの駆逐はヴェールヌイと叢雲が2トップ、あとはだいたい中堅団子で

不知火や清霜がちょい低め、夕立時雨と朝潮、特型組が頭一つ抜けとる感じかな。

 

何にせよ、今回の作戦はブルネイ全鎮守府で向かう手前、第二鎮守府から参加する

駆逐連中が強すぎるわけで、中堅組は後詰か哨戒ぐらいにしか回せへんという次第。

 

「そもそも、何で龍驤がドラム缶押しなんですか」

「いや、コレ以上武勲を立てると本土の面目がヤバイらしいてな」

 

押し付けてきたくせに何という身勝手か。

 

まあ要は、今年の分は仕事したから有給休暇ってやつやな、とか。

 

何か納得いかないまでも、口を噤んだ加賀に代わって、天津風が問いを繋ぐ。

 

「それはそれとして、何で五十鈴が一緒なのよ」

 

爆乳やからや。

 

隙あらば、もぐ。

 

という本音は置いといて、適当な理由を口にする。

 

「言ってしまえばウチらは哨戒の後詰や、対潜が居ないと話にならんわけや」

 

何か納得いかないと呻きながら、ゴロゴロと転げまわる随伴志望艦の横、

落ち着いた空気で溜息を吐いた正規空母が、空の湯呑を差し出してこう言った。

 

「納得してあげますから、お茶を下さい」

 

そっと買い置きのマサラチャイを注いだ。

 

凄く納得出来なかったそうや。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

パラオ諸島近海の定期哨戒に於いて、叢雲率いる少数駆逐隊は深海棲艦の集団を確認した。

 

「軽空母1、重巡1、軽巡1、駆逐3 ―― 姫級が1」

 

叢雲の発言に、吹雪、綾波の表情が通夜の如く沈痛な面持ちと成った。

 

「この中で、自分は運が悪いなあって思う駆逐艦は名乗り出なさい」

 

言うまでも無いが、叢雲である。

 

「遭遇戦に起縁(げん)の悪い艦か、誰だろうね」

「ちょっと待て、そこの単艦で艦隊にボコられた武勲艦」

 

綾波の白々しい発言に、3隻の中で最も運の悪い叢雲がツッコミを入れる。

 

改装してからは籤とか良く当たるようになったんですよとか言いだす綾波に、

当たるなよ、それこそ心底に縁起が悪いじゃないのと小声で叫ぶ器用な叢雲。

 

そんな地道な足の引っ張り合いの向こう側で、よく見れば敵艦隊に異常があった。

 

防空棲姫 ―― が、友軍を潰している。

 

「仲間割れ?」

 

訝し気な旗艦の声に、ドヤ顔の特Ⅱ型をスルーして、長女がお花畑な発言を繰り出した。

 

対話の可能性を。

 

「敵の敵は味方って言うじゃない」

 

ラブあんどピースとかマリファナハッピーとか言いながら戦場に近寄る吹雪に、音。

 

吹雪の股間を通り抜けた砲弾は、制服のスカート部分を引き千切り、白い物が見えた。

彫像の如くに固まったまま冷や汗を流す姉に向かい、叢雲が言う。

 

「そんな簡単な理屈で協力できるなら、今の世界はもう少し平和になっているはずよね」

 

イマジンしたところでたった5人ですら仲違いをする現実、身も蓋も無い発言であった。

 

―― ヒトリデモ多く、イチビョウデモ長ク

 

同胞の屍を引き裂きながら、防空棲姫が先ほどから呟いていた言葉が、風に乗り届く。

漂ってくる鬼気に煽られ、真っ白な灰と化した駆逐隊が遠い目をしながら言葉を紡いだ。

 

「幸い、ここに龍驤は居ないわ」

「神通さんも居ませんね」

「夕立ちゃんも居ないよね」

 

ブルネイ式の突っ込め突っ込め突っ込め突っ込め、丙の4枚札な連中の事である。

3隻に見える位置に、そっと叢雲が差し出した羅針盤は、既に針が固着していた。

 

「陽炎型には、意地ってもんがあるのよ」

「白露型は、戦場でこそ輝けるんです」

 

「何か妹たちが特型を蔑ろにしている件」

 

なら特型はと、誰が口に出したのか。

 

「撤退、全速一杯ッ!」

 

一目散に逃げ帰ったブルネイ特型組は、貴重な情報を持ち帰ることに成功したらしい。

 


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