水上の地平線   作:しちご

93 / 152
54 隔意の果て

海域断絶以前より、サイパンは破綻していた。

 

米軍基地の在るグアムなどと違い、さして力を入れる理由の無い土地であり、北マリアナ諸島の

連邦化により、何とも微妙な立ち位置に成っていた所に日本企業の撤退、観光資本の中韓化、

 

治安の悪化、政治の迷走、イスラムによるテロ、グアムのハブ空港化によるシェア低迷。

 

そこに致命の一撃とばかりに海域断絶が加えられ、滅ぶべくして滅んだ地域だ。

 

霊場さえなければ放置している、件の作戦に於ける関係者の言である。

 

綺麗に何もかもが失われた無人島だけあって、これ幸いと日米のやりたい放題が発揮され、

西帆香取神社を中心にした工廠、泊地、ついでの小規模な米軍基地が設置される。

 

来たるべき太平洋打通、ハワイ侵攻に向けての橋頭保化が急ピッチで進められているが、

流石に今日明日とは行かず、仮の立ち上げも年度が代わってからに成る見込みだ。

 

「米軍側は最終的に、本部はグアムでサイパンは支部って感じになりそうやな」

「海軍としては、複数鎮守府紐付きの工廠付き泊地ってとこか、ややこしいなあ」

 

ようやくにサンタの呪縛から解き放たれた龍驤が通達を見てぼやけば、目の下に隈の出来た

提督が、面倒事に辟易した気配を隠そうともしない声色で受け答えをする。

 

「来年は自腹でいいからトナカイの着ぐるみを買うっぽいー」

 

自分の席で、魂を吐き出しながら夕立が何の関係も無い言葉を吐けば、鬼が笑った。

 

 

 

『54 隔意の果て』

 

 

 

いつもの補給物資に掃除道具が大量に混ざっていたわけで、大掃除や。

 

聞けば離れた鎮守府、泊地でも本土と同じ行動を取る事に因って艦娘への加護や

霊地との霊的な繋がりが強化されるとか何とか、やらんよりはマシってぐらいやけど。

 

だからってサンタと水着は何か違う思うんよな、やっぱり。

 

とりあえず陰陽系に関わる場所の煤払いは正月事始めに終わらせとるわけで

送り付けられてきた笹箒持って、手分けして窓枠だの壁だのを払って回っとる感じ。

 

パタパタと本棟の壁を払っていれば、寮の方から柑橘色の軽巡洋艦が訪れた。

 

「巡洋艦寮の方、煤払い終わったよー」

 

笹箒を軽く振りながらそう伝えてきたのは、川内。

 

―― あるぇ?

 

「川内が……吊るされとらん……やと……」

「まずそこかい」

 

今年最後にして最大の驚愕を表情で示しとるウチに、苦笑交じりの返答が在る。

 

「まあ何やご苦労さん、あとは個人の裁量で適当に宜しく」

「後で神通の探照灯棚の整理でも手伝ってこようかねー」

 

まあせっかく笹箒が在るのだからと、2隻で本棟表を払って回り、想定よりも随分と

早く終わった頃には、神通が簀巻きにした赤城を抱えてきた。

 

「如何に」

「吊るせ」

 

もはや説明も要らない。

 

二水戦組を間宮付近の煤払いに配置したのは正解やったな。

 

「そういえばさー、二年参りってあるじゃん」

 

空いた修復剤バケツで雑巾を絞りながら、川内がそんな事を言う。

 

二年参り、初詣の一種で大晦日の深夜から元旦に掛けて参拝する事やな。

 

そんな言葉の無い地域が多いため方言の一種と思われがちやけど、二年参りと言う名称は

広く普及していたものが多くの地域で廃れ、少数の地域で残っとるという経緯を経とる。

 

方言とはちょい違うねん。

 

「二年夜戦って思いついたんだけど」

 

まあそれはどうでもええか。

 

「一本いっときましょうか」

「嘘です冗談です年越し蕎麦食べたいです」

 

荒縄を一本、景気良くパンと張った神通の笑顔に、川内が慌ててフォローを入れた。

 

姦しく片付けをしてる中、取り止めも無い会話が続く。

 

「窓拭きも完了、これで本棟も終了だね」

「お疲れさん、たすかったわー」

 

一息を吐き、見渡せば穏やかな海原の果てに、今年最後の出撃をした艦隊が見えた。

 

モップの分解をしていた神通がウチの視線に気づき、声を掛ける。

 

「礼号組でしたか」

「ぶっこみの足柄(ガラ)さんが出撃したがってなー」

 

秋水争奪戦に乱入して強奪していった重巡洋艦が、新しい玩具に目をキラキラさせとった

わけで、年度末の糞忙しい提督執務室でダダ捏ねやがって本当にもう。

 

「大淀さんあたりが止めそうなもんだけど」

「いや、何だかんだで足柄に甘いで、大淀と霞は」

 

口では文句を言っとるけどな。

 

件の中枢棲姫の騒動の結果、深海棲艦に多少の知能が付いたわけやけど

ぶっちゃけ現場としては、特に大仰な変化があったわけでは無い。

 

年末年始の深海棲艦の減少も変わらず、これまで本能で休んでいた奴らが

明確に休暇として休みを謳歌する様になったと、そんなところやろか。

 

しかしただ一点、明確な変化が在る。

 

「哨戒、と言うわけでは無いのですよね」

 

下位の深海棲艦も、徒党を組む様に成った。

 

それを踏まえて、神通の言葉に軽く答える。

 

「先立って叩いておこうって感じやな」

 

だから何某かの行動を見せる前に、小規模な「巣」とも言える場所を叩きに行く。

 

これからの戦闘は、そのような方向性が主体に移行して行くんやろな。

 

「そういやさ、龍驤ちゃんは今年はお節を作らないの」

 

セメントな空気を払うように、川内が違う話題を突っ込んで来た。

 

「いや、別に去年も作ったわけやないで、一品でっち上げただけや」

 

そういや摘まみだ肴だと消費された鳥牛蒡の金平、川内めっちゃ食っとったな。

 

「鳥牛蒡が無いと新年が始まらぬえー」

「何でそんなあきらかに定番でも無い地味品目に拘るねん」

 

ずびしとツッコミを入れた手の平の向こうで、神通が笑っていた。

 

「せっかくですし、これから間宮の方に行って品目を増やしてみませんか」

 

ほがらかなお誘いに、乗ろうかと思えば川内の言。

 

「え、これから神通の探照灯棚の整理を ――」

「あれはあのままでかまいません」

 

「で、でも整備したまま適当に ――」

「常在戦場と言う言葉が在りまして」

 

「流石に少しは片付けた方が良いと思 ――」

「何が何処にあるか把握しているので問題無いのです」

 

何か目の前で笑顔のまま圧力を感じる会話が繰り広げられている。

 

千日手の様な終わりの見えない姉妹の争いに、終止符を打ったのもまた同じ物で。

 

「あ、居た居た神通ちゃん、いい加減に探照灯棚片付けるよッ」

 

那珂やった。

 

そう言っては二隻の首根っこを引っ掴まえて、ずるずると引き摺りはじめる。

 

「いえ、探照灯棚はあれはあれで ――」

「しゃらーっぷ」

 

「えーと、那珂、こう無理に引っ張らなくてもお姉ちゃんは ――」

「どーせ逃げるでしょ」

 

「常在戦場と言う言葉が ――」

「常日頃から使い易く保ち事に備えるべきだよね」

 

何かこう、抗う事の出来ない絶対を感じ戦慄する。

 

見れば珍しく神通が、売り飛ばされる子牛の様に悲しそうな瞳でウチを見とる。

 

「んじゃ龍驤ちゃん、ふたりを持ってくけど構わないかな」

「あー、かまへんかまへん」

 

問答無用で引き摺りながら、そんな事を言ってくる艦隊のアイドルに軽く手を振った。

 

「ほな、また後で」

 

そうこうしている内に口元寂しく、軽く巣にでも籠もるかと別れを告げた。

 

まあ後で金平でも作るかと。

 

 

 

(TIPS)

 

 

 

―― 旧友は忘れていくものなのだろうか

―― 古き昔も心から消え果てるものなのだろうか

 

新年を迎える夜の深みに、何処からか歌声が響いてくる。

 

イスラム教国であるブルネイは、とりたてて新年を祝うと言う事をしない。

 

だが、英国統治の影響でクリスマスと元旦は祝日に指定されているし、

年の代わりを歌で以って祝うと言う習慣が残されている。

 

オールド・ラング・ザイン

 

日本では蛍の光として親しまれている歌であり、ブルネイの夜に響く声だ。

 

何もかもがたけなわに、カウントダウンを待っている間宮の宴席で、

届いて来た歌声に応える様に誰かが歌い始める。

 

―― 今此処に、我が親友の手が在りて

 

酒宴の爛れた空気を歌声が染めていく。

 

―― 今此処に、我らは手を取り合う

 

独唱は追唱を経て、泊地に響く合唱と成った。

 

―― 今、我らは、善き友情の杯を飲み干そう

 

喧騒を離れ壁にもたれ、酔いを醒ましていた龍驤へと、コップが渡される。

横で疲れた様な息を吐き、同じく壁にもたれたのは、小柄な航空巡洋艦。

 

―― 古き昔のために

 

互いの苦笑を経て、渡された果実水はすぐに空けられた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。