やはり趣味を極めるのは間違っていないはずだ 作:hideo99777
文化祭当日、体育館で高田と共に待機していた。
ステージを無精髭の生えた顎をさすりながら見つめる。
「これ何時から始まるんだ?」
「さぁな、どうせ待ってりゃ始まる。それまで適当に待とうや」
「疲れたなぁ…眠いし」
「始まる前に疲れてどうすんだよ、後お前いっつも眠そうじゃねぇか」
「そうだな」
お互い笑い合う。
この関係はかれこれ小学校から続いている。
俺はこの関係が嫌いじゃない。
<<開始三秒前>>
こっそり回線をいじらせてもらい、無線ポーチにつないだため、それから延びたインカムからノイズ混じりの声が耳に入る。
城廻先輩の声とそれに応える生徒たちの声が響く。
よくまぁそこまで騒々しくなれるもんだ。
「さすが現生徒会長様だな」
俺はインカムのマイクを切り、向き直る。
「確かにな、このまんま何も無けりゃ良いんだけどな」
「そういうのは絶対何かあるフラグになるぞ」
「へへへ…うっせぇ」
次は委員長様(クズ)の挨拶だ。
<<みっ…>>
マイクの甲高い雑音と共に笑い声が聞こえてくる。
ざまぁぁぁ!
<<比企谷君相模さんに退くように指示を出して>>
<<駄目だ、あいつ気付いてない>>
<<そういえば、貴方どこにいるの?観客席?>>
<<それは俺の存在感がないことを揶揄してんのか?>>
しかたなくマイクを入れる。
<<全部聞こえてるぞ。漫才の中継はよしとけ>>
この後大変なほど暇になり、高田とたこ焼きを取り合っていた。
結果は俺が高田の回し蹴りをもろに食らい、たこ焼きは奪われた。
そんなことをしている中、携帯の着メロ(べネット)が鳴る。
体育館準備室まで来いやボケ、との事らしい。
体育館準備室に向かうと、比企谷などのオールスターメンバーが揃っていた
雪ノ下によると委員長でありクズの相模がいなくなったらしい。
「参ったわね…このままではエンディングセレモニーはできない」
「最悪、代役を…」
「難しいですね…最後の挨拶は何とかなったとしても、優秀賞と地域賞の投票結果を知っているのは相模さんだけですから…」
「でっち上げればいいじゃねぇか、どうせ票数は公表しないんだし」
「さすがにそれは…」
いい案だと思うんだけどな。
「発表を後日に回したら?」
「最悪の場合はね、でも地域賞の発表はここでしないとあまり意味はないでしょうね」
「どうかした?」
俺の嫌いなペギー君だ。
事情を説明し、協力を仰ぐ。
まぁ快諾してくれたしいい事だろう。
「あたし探してくるよ!」
「やみくもに探しても見つからないぞ。実際のところ、十五分ちょっとで行けるところなんて一か所が限界だ」
「比企谷君、三上君も、もうあと十分時間を稼げたら見つけられる?」
「分からん、としか言いようがないな」
「俺も分からん。ただ、相当分が悪い賭けになる」
「不可能とは言わないのね、それで十分だわ」
微笑んだ雪ノ下がどこからか携帯を取り出す。
少しして、強化外骨格が現れる。
もうあれだ、サイボーグ忍者並だ。
いや、あんな発狂しないか。
実際人を嬲り殺すことなんざ平気でやりそうだがな。
「へぇー?いいよ。雪乃ちゃんが私にちゃんとお願いしてきたのは初めてだし、今回はそのお願い聞いてあげる」
「お願い?勘違いしてもらっては困るわ、実行委員としての命令よ」
「それで?それでペナルティはあるの?出展取り消しされても私にはもう関係ないし、どうする?先生に言いつけちゃう?」
「ペナルティはないけどメリットはあるわ。この私に貸しを一つ作れる…これをどう捉えるかは姉さん次第よ」
「雪乃ちゃん…成長したのね」
「いいえ、私は元からこういう人間よ。17年一緒にいて、気づかなかったの?」
見るからには、雪ノ下が勝ったみたいだ。
それを見た比企谷が、乾いた笑みを浮かべる。
「…何か?」
「いや」
場のつなぎは大丈夫だ。あとは彼らの仕事だ。
そう思い、その場を後にする。
近くの壁にもたれかかり、何もないはずだったが、無機質な天井を見つめる。
出来るだけ関わりたくなかったんだがな。
山無し、谷無し、オチ無しの状態で続けてきた。
こんなことをする理由はただ一つ。
奉仕部を辞めるためだ。
これは俺の戦いだ。
失われた日常を求めて、ボロボロになっても戦う。
血反吐をぶちまけて、赤黒い内臓を引きずり、真紅の鮮血を撒き散らそうとも戦い続ける。
それが勝ち目のない賭けでも。
それがコイントスのように運に任せたものであっても。
相手の人生を狂わせてでも。
他人に迷惑をかけようとも。
そして、それがどんなに汚なく、卑怯であり陰湿で卑屈で最低な戦い方でも、俺は戦う。
ただひとえに、失われた日常を取り戻すために。
ただひとえに、失った悲しさと幻肢痛からの解放のために。
何かを信じ戦う人間は強く、それでいて美しくもあり愚かだ。
俺はどんなに愚かになっても良い。
俺の戦いに勝てるなら、どんな手段でも、どんな戦法でも勝つ。
いや、勝たなければならない。
「行くぞ」
「ああ」
気のない返事をし、後について行く。
自分の居場所がない人間が望むこと、それは誰かに自分の居場所を見つけてもらうことだ。
相当面倒なかまってちゃんか。
他人に迷惑かけてまでだ。最悪だ。
何処だ…
いつしか、比企谷がスマホを取り出す。
お相手は中二の奴だろう。あいつは見かけは悪いが中身は相模よりかはよっぽど良い。
「…もう切るぞ!」
何の話してんだよ。
とにかく早くしないとやばいんじゃないか。
「行くぞ!」
「どこにだ!見当がついたのか?」
「ああ!屋上だ!」
そう言いつつ、全力で走る比企谷を追いかける。
必死に走っても、追いつけなくなりそうだ。
柄にも無い、センチメンタルな感情が一瞬沸いたような気がする。
だがあくまで気のせい程にしかならず、消え失せる。
相模は、屋上の扉の向こうにいた。
彼女は校庭を見つめていたが、こちらを見るなり顔をしかめる。
お呼びじゃなかったようだ。
悪かったな。畜生。
「エンディングセレモニーが始まる。戻れ」
「もう始まってるんじゃないの?」
「あぁ…本来ならな…でもなんとか時間稼ぎをしてる」
「ふーん…それって誰がやってるの?」
「三浦とか…雪ノ下だな…」
「じゃあ雪ノ下さんがやればいいじゃん…あの人何でもできるし」
「そういう問題じゃねぇんだよ…お前の持ってる集計結果の発表とかいろいろあんだよ」
「じゃぁ…集計結果だけ持ってけばいいでしょ!」
俺もそうしたいが戻ったら何されるかわからん。
突然扉が開いた。
「…葉山…」
ペギーはいかにも青春してますフェイスでしゃべる。
「連絡取れなくて心配したよ。色々聞いて回って階段に行くのを見かけた子がいてさ」
表情は一転。安堵したものになる。
「早く戻ろう、みんな待ってるから」
「そうだよ!」
「心配してんだから!」
「でもうち…みんなに合わせる顔が…」
「大丈夫、みんな相模さんのために頑張ってるからさ」
もう、関わりたくは無かった。
だが、今は、俺がやらなければならないのか。
彼は今まで散々泥をかぶり、自己犠牲でけじめを付けてきた。
だが、ここで彼がけじめをつけることは、敵が増えることになる。
彼には敵はもう要らない。
それに、個人的な恨みもある。
晴らせなければ俺の中に、どす黒い感情が渦巻いたままになる。
「うち…最低…」
「本当にそうだよ」
俺はあたかも苛立っているようなそぶりで口を開く。
「お前結局ちやほやされたいだけだろ、構ってほしいからそういうことやってんじゃねぇのか」
「違う…」
「嘘つけ、今だって"そんなことない"なんてセリフが欲しいだけなんだろうが、そんな奴、委員長として扱われやしねぇよ、ろくに仕事もしてねぇしな」
「何言って…」
「大方、雪ノ下みたいになりたかったんだろ、誰かに認められて頼りにされるような人間に、そこで、インスタントに委員長の肩書を張り付けた。逆に誰かにレッテルを張り付けて、見下したかった。それがお前の成長だ」
「たぶんみんな気付いてんだろうな、だって、お前のことにまるで興味もねぇ俺でもわかるんだ」
「あんたなんかと…一緒にしないで…」
「それはこっちのセリフだよ。クズ。お前のことなんざまるで理解もしてねぇ俺が最初に見つけた」
「つまりはお前を誰も真剣に探してなかったんじゃないか?」
「…!」
「わかってんだろ、お前は夢ばっか見てて何もできねぇ無能だって事――」
急に俺の体が壁に強い力で吸い込まれる。
ペギー、いや、葉山が俺の胸倉を掴み壁に叩きつけた。
背中に鈍めな痛みが広がると共に、彼へに対する嫌悪感が沸き起こる。
「少し黙れ…三上…」
彼を睨み付けながら、彼の喉仏を思い切り突こうとする。
だが、俺の目的は取り巻きにあっけなく妨害された。
「葉山君、やめようよ!」
「そんな人ほっといて!早く!」
「行けよ、早く俺の前から消えてくれ」
小声で、それでも声のトーンを低くし少々ドスを効かせて囁き掛ける。
諦めたのか、俺の胸倉を掴む力が消え失せる。
取り巻きは小声で何かを言っていたが、分からない。
「…どうして…そんなやり方しか出来ないんだ」
小声で呟き、出ていった。
今更何言ってんだ。
クズにはクズなりの事をしたまでだ。
お前は光しか見ていない。
陰から目を逸らしていた。
今更どうにかしようにも、こんな事しかできない。
今まで散々こき使ってきた。
そのせいで自分で自分の首を絞める結果になったんだよ。
そんな事も分からなかったのか。無能め。
俺は力を抜き、壁にもたれ掛かった後、背中を壁に滑らせながら座り込む。
少し雲はあるが晴天だ。
俺の顔を太陽が照りつけてくる。
その隣に、比企谷が座り込んできた。
「どうしてあんな事言ったんだよ」
思い出したように問いかけてきた。
「ただ苛ついてただけだよ」
「嘘付け」
全く、こいつは…
「…何の事だよ」
「話せよ。何であんな事言ったんだ」
「俺の好きにしただけだ」
「下手すりゃ学校中の嫌われ者になる。お前らしくない」
「……」
「お前はそういう奴じゃないはずだ」
「……」
「少なくとも、俺の知ってる三上は何もしないくせに、見下すような感じで、相当痛い奴だ」
「お前が知ってる俺はな…」
「じゃあお前は何なんだよ」
「ただのゲームが好きな奴だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「おい…真面目に…」
「真面目さ、ただ少し一人になりたいだけだ」
「……」
俺は人に巻き込まれたくない。
だから、俺は人を巻き込みたくない。
俺のせいで苦労して欲しくない。
物悲しいのだ。
気のせいかもしれないが、どこか物悲しさに似た感覚がよぎる。
それだから俺は逃げたい。
だから俺は関わりたくない。
ただ放って置いて欲しいだけなんだ。
あの日常、奉仕部に入るまでに過ごした高校生活。
ただそれが俺にとっての幸せだったんだ。
「お前に、苦労を散々掛けさせちまった」
「…そんなんでもねぇよ」
「もう苦労しなくていいんだ」
「別にお前の為じゃない」
「いいや、結果的には俺のためになっちまった」
「……」
「もう俺なんかの為に苦労して欲しくないんだ」
「…どうしてだよ…」
「言っただろ、放って置いて欲しいんだ」
「…」
「他人に迷惑掛けて、それで俺は俺だなんて、それこそ最低だろ。だからだ」
「そうか」
彼は乾いた笑みを浮かべ、そのまま去っていった。
俺の本心とは、おそらく違って受け止めたのだろう。
元々、本心を伝えるつもりはない。
ただ、少し優しさに対して恐がりで、律儀でありたいだけなんだ。
彼が去っていった後もずっと雲を眺めていた。
下校時刻になり、廊下を一人で歩く。
「やあ、三上」
平塚先生だわ。
土下座の準備でもするか。
「どうだったかね、文化祭を通して」
「まぁ…何もありませんよ」
「そうか…君にとってあんな会話は何もなかったことになるのかね?」
「…知られてましたか」
「君が表だった事をするのが珍しくてね」
「ただ…今までのツケを今から計画的に精算していくだけです」
「以外だな、君がそんなに律儀だなんて」
「俺は元々こうです」
「でも、君が傷つく理由にはならない」
「……」
「君が傷付くのを好ましく思わない人がいる事をそろそろ知るべきだ」
「いえ、俺は二人も要りません。俺を思うのは俺一人で良い」
「はぁ…君は奉仕部に入る前から何も変わっていないな」
「変わりましたよ。少しだけ。この日常を嫌い始めました」
「そうか…とにかくご苦労だったな」
俺は小さく会釈をして、また歩きだした。
平塚先生の、悲しくも優しい眼差しは今でも残っている。
どうすればあんな眼が、表情が出来るかなど、少し考えた。
そして、答えを出すことを諦めた。