やはり趣味を極めるのは間違っていないはずだ 作:hideo99777
最寄りのコンビニで、俺は缶コーヒーを買った。レシートは捨てた。
そして、自分のキャッシュカードをATMに差し込む。確か支払いが残っていたはずだ。
なんでVISAデビッドにしなかったんだっけな。
ああ、思い出した。どうせ家にいる時間が短くなると思ったんだろう。
俺にしちゃ賢い判断だ。まぁ最も、そんな事分かり切っていたのだが。
コンビニの外に出てブラックコーヒーのプルタブを開く。
小気味よい音が響き、口を付ける。
相当体が欲しがっていたのか、貪る様に一気に飲み切ってしまった。
まるでカフェイン中毒者だ。
飲み切った缶をそこらのゴミ箱へ適当に放り込み、もう一本を買って会議室へと向かう。
戻ればまた、仕事の山。
俺のノートの電池が無い為仕事は出来ない。唯一の救いだ。
クソみたいな思いして必死こいて働いて金も出ない。
ブラック企業ってレベルじゃねーぞ!
くだらないことに思考を巡らせながらスマホを取り出し、ゲームをする。
そういや俺は高一の文化祭の演目決めの時、イヤホンしながらゲームしてたな。
俺のスマホ取り上げようとした奴が居たが、高田と一緒にそいつの自転車のサドルを川に流し、チェーンを切って、ギアをボロボロにした。
そいつの泣き顔が予想以上にブサイクで笑いを堪えるのに必死だった。
その後の準備などはバイトと嘘言って一回も顔を出さずに帰ってゲームをし、当日、いやその一昨日位から風邪と偽り結局文化祭はまるまるサボる事になった。
まぁ思いでなんざ忘れるもんだ。小学、中学の卒業証書と卒業アルバムを、家に帰ってすぐにゴミ箱に放り込んだだけある。
俺の体に降り積もる疲労という雪は俺の体力を確実に削り取り、瞼は鉛のように重くなる。
朝日が昇ってきた事を見て慌てて寝たのが駄目だったか。
ああ、駄目だ。
眠い。
痛い。
俺は痛みを感じた。幻肢痛と本物の痛みだ。
この痛みが消えるのはいつか、この幻肢はいつ本物になって戻るのか。
考えると余計嫌になる。
いつになるのか。
そんな疑問が頭の中で反雛し響き合う。まるでハンマーのようにバンバンと。
頭の中で。
唾液の苦みがより一層口の中に広がる中、立ち眩みに似た感覚と虚脱感に襲われたまま、俺は椅子から立ち上がる。
腰や肩の痛みは容赦無く俺を滅多刺しにし、思わず声を漏らす。
「うぐ…ああ……」
一人の会議室に俺の呻き声は寂しく反響し合い、やがて飽和して消えた。
外に出ると、無機質な金属の様な寒さは俺の立ちくらみに似た感覚を一気に押しつぶす。
街角の明かりがぼやけて視界で滲み、くすんで行く。
そこに、見慣れたぼさぼさ頭によれよれのN3-Bを着込んだ高田がいた。
「よお。遅かったな」
「どした?」
「少し早めのクリスマスだ。どうせお前にゃ一緒に過ごす相手なんざ俺しかいねぇだろ」
「違ぇ無ぇや」
そう言い、不敵に笑う高田に対し俺は半ば呆れ気味の笑みを浮かべる。
「クソスマスか。最高だな」
「だろ」
彼は俺にヘルメットを投げ渡し、そのままふらふらと2人並んで歩く。
「今日は久しぶりにコマコンでもやるか?」
「いいな。RA2やりたいもんだな」
「いつのやつだよ」
高田は乾ききった笑みを浮かべると、ボロいスーパーカブのエンジンキーを強引に差し込む。
俺はヘルメットを被り、スーパーカブの後ろに乗っかる。ヘルメットを被った高田も、乗っかると、バイクは今にも壊れそうなエンジン音を響かせながら加速した。
「うえーーーーーい」
俺はだらしなくベッドに飛び込む。
「どんだけ疲れてんだよ」
高田が薄らいだ笑みを浮かべた。
「仕方ないだろ」
ため息と共にどこか諦めたように言う。
俺は体を起こし、またつらつら言葉を並べる。
「あんなろくでなしだ。無理に決まってんだろ」
「このままだと大変だぞ?失敗したらどうなると思う?」
「んなこたぁ分かってるさ。ただあいつが奉仕部を頼ることをせずにうじうじしてるからな…」
舌打ちをしつつ胸糞悪い気持ちを吐き出す。
壊そうとしているものに頼ることに対しては全く抵抗は無い。
この段階で失敗すれば恐らく最悪の結末が待っている。
なりふり構っちゃいられやしない。
「…さっさと頼ってくんねぇかな。もう疲れた」
「お前まさか…」
彼はニヤニヤしながら俺を見つめる。
「思ってる通りだ。あいつらに全部押し付けてやる」
「やっぱりな」
下卑た表情を浮かべながら下品かつ、乾いた笑みを浮かべた。
今回ばかりは状況が変わって欲しい。
今まで本音をぶちまけてきたが、全く変わっちゃいない。
そんなこと分かりきってはいたから、諦める事が出来た。
だが絶対にあきらめきれない。今回ばかりは。
最後は変える。絶対に。
せめて、穏便に抜けられればいいんだ。たったそれだけだ。
「行くのか?」
比企谷に尋ねる。
「ああ」
静かに答えると共に彼はゆっくりと歩みを進める。
俺もふらふら歩いた。
何かを思いつめた表情だ。切り札を作るチャンスだ抜かりなく行こう。
といっても何も変わりゃしない。ただ口を噤むだけ。簡単だ。
見慣れた部室のドアの前で彼は二回ノックする。
彼女の返事と共に彼はドアに手を掛けた時、少しためらうも、いつもの調子で開く。
さっさと行けよ。
そんな身勝手な言葉がよぎるが、口が裂けても言えない。
彼は依頼をした。
言わずもがなクリスマス合同イベントだ。
やっと依頼する気だ。遅すぎるんだよ。
もっと頭で考えろ。プライドや意地なんざクソ食らえだ。
手段や過程なんざ気にしたってどうにもなりやしない事やむしろそれが身を滅ぼす結果になる位は分かるはずだ。
なのに何故なのか。
そんな疑問は立ち消えになった。
雪ノ下はその依頼を拒否した。自分の事は自分で、だそうだ。
彼も虫の良い話だと十分理解していたのか引き下がるように席を立とうとする。
俺は頭の中で舌打ちをする。
骨折り損の様だ。胸糞悪い。
由比ヶ浜は涙を浮かべつつ俺達を引き留めた。
アホは使いやすい。
アホはアホなりにせいぜい頑張ってくれよ。
俺は頭の中で小さく祈り、つっ立ったまま彼らを見つめる。
比企谷は彼女の言葉から逃げるべく弱々しく言葉を重ねる。
だが、彼は逃げない。
比企谷は言った。"本物が欲しい"
俺の頭の中は、沸騰した湯の様に、はたまた煮えたぎるマグマのように騒がしくなる。
終わりだ。どう逃げ出す?どの言葉を選ぶ?どう穏便にすませる?
疑問や自問自答が戦場の喧噪と化し、反響し合い、頭が弾け飛んでしまいそうだった。
雪ノ下は、"理解できない"と弱々しい言葉を残すと外へと駆け出す。
俺は彼らが追おうとする様を無関心に見つめ、二人に続いて部室を出る。
俺は一色の目の前を音も無く通り抜けると、彼らの行く道とは真反対の職員室へと向かう。
「せんぱい、行かないんですか?」
「………………」
俺は無言を貫き、ゆっくり歩みを進めた。
ふと、硝子窓に俺の顔が写る。
俺はやっと気づいた。
最初の死んだ魚のような目の中に、暴れ回る狂気を宿したものから、陰鬱で、それでいて研ぎ澄まされた老け込んだ老人の目付きへと変わっていた。
表情と相まって避けられない死を待つのみになった老兵の様だった。
「お願いします」
俺は生徒指導室で声の調子一つ変えずに書き留めた退部届けを平塚先生に差し出す。
「本気で言ってるのか?」
「冗談だったらそもそもこんな危ない真似はしないです」
さっきとは声色一つ変わらず、機械の様に言葉を連ねる。
「認める訳無いだろう…」
「それは何故?」
「君は変わってもないし更正もしていないじゃないか…」
先生は呆れたように言う。
「人の人生を狂わせた癖に良くまあその台詞が吐けますよ」
俺も溜息交じりに言葉を連ねた。
「変わりました。少なくともあの頃の自分はもう捨てました」
声色は未だ変わらないまま告げる。
「そのようだな…」
平塚先生は俺の頬に手を添え、酷く痛ましい表情を浮かべる。
俺の目がそんなに痛ましいのか。良く見ろこれがお前のした事だ。
「だが、彼らを支えていくことは君にしか出来ない筈だと私は信じているよ」
「無理ですよ。というかもう散々ですよ。気付いたんです」
「何にだね?」
「目ですよ。あの頃みたいに死んだ魚の様なろくでなしの様な目じゃない…。何に見えますか?」
「………解らない。だが、陰惨な雰囲気だということはわかる」
「まあ、自分なりに考えましたが、死を待つだけの老人のような目つきだと思うんです」
諦めたような、それでいて力の抜けた不気味な笑みを浮かべる。
「…………」
ぐうの音も出なかったのか、先生は黙り込んだ。
「先生、良く見て下さい。貴方は"一人の俺"を殺したんですよ」
小さく呟くよう語り掛けた。
俺は変わった。いや、死んだんだ。
依頼は終わったんだ。
終わりだ。
「沈黙は是也ですよ」
俺はそう言い残し、職員室を出た。
少し強引な気もしたが、まあいいんだ。
さあバカ騒ぎをやってやろう。