やはり趣味を極めるのは間違っていないはずだ 作:hideo99777
さあ、最後の大仕事だ。俺にはまだやる事がある。
俺はこんな時期まで時間を無駄にした事はおそらく未練が残っていたかもしれないが、今はもう関係は無い。
ただ全てを終わらせて、静かに消えていくのみだ。
冬の冷たい雨は俺の体中を切り裂き、雨粒は陰惨な雰囲気を醸し出す俺の目を撫でていく。
それも、まるで涙の様に。
味がない。嘘で出来た涙だ。当然だ。口から出まかせを並べてやるんだからな。
「当然プランがあるんだろうな?」
並んで歩く高田が小さく呟くように尋ねる。
「あるさ。真正面から本音をぶちまける」
俺は不敵に笑う。
「それはもはやプランじゃねぇだろ」
彼は俺を馬鹿にするように、それでいて期待している目を向ける。
ふと、俺の方に彼が向き直る。
「最善の方法だけどな」
高田がはっきりと言った。
暫くして、二人とも同時に乾いた笑みを浮かべ、一人は戦いのため、一人は惰眠をむさぼるために分かれた。
こんちくしょうめとあいつに言ってやりたくなるが、あいつらしさが滲み出ていて笑えて来る。
「あーあ。なんでこんな時期まで苦しむ羽目になったんだろうな。俺が何したってんだ」
わざと落ち込んだ様子でそう漏らした。
「全部」
意地が悪い笑みを浮かべつつたった一言、簡潔に言い放ちやがった。
「いじめないでおくれよ」
溜息交じりのままおどけたように見せつつ呟く。
その様子を見て、いやに真っ白い歯を見せつつ笑い声を上げる。
奇妙な関係だ。小学時代からの付き合いだったが、やってることは殆ど変わりゃしねぇ。
俺はガチガチに固まった筋肉を伸ばし、小さく短めの呻き声を上げる。
肩から嫌な音がしたような気がしたが気には出来ない。
気にしたらどうせ痛むだろうからな。
嘘だ。前言撤回、十分物凄く痛い。
「あうっぐ…」
「どした?肩の筋肉ををほぐそうとしたら逆に痛めたなんて言わないよな?」
ニヤ付いた笑みを浮かべながらあいつが訪ねて来る。
「言ったとおりだ。こん畜生め」
やっちまった感のこもった声だ。
彼はケタケタと笑う。
「バカだろお前」
屈託のない笑みのまま馬鹿にしたように言う。
「馬鹿で上等よ」
俺は肩から走る強い痛みをこらえながら笑顔を作りつつ告げた。
夕日の差す廊下を黙々と歩く。
いつもなら目を突き刺してくる強い夕焼けの光がうっとおしくてたまらない所だったが、今は頭の中がパンクしてしまいなそうなほどの言葉にまみれていたおかげでまったく気にしていられやしなかった。
俺はコンビニで朝買った栄養ドリンクを一気飲みした。
お世辞にも美味いとは言えない味が口の中で広がり、冷たい液体が喉を伝い胃の奥底で水の滴る感覚がする。
胃の中には吐き出すゲロすらねぇ。本音が全部押しつぶしちまった。
ドアの金具に手を触れ無言で音を出来るだけ音を立てないよう開く。
無言のまま椅子に座って、うつむき加減の体勢で頭をだらしなくぶら下げたまま無言の時間が流れる。
「俺さー……」
全く感情の籠っちゃいない機械的な声で切り出す。
「何?」
「みっくんが話振るの珍しいね。どしたの?」
比企谷は無言でこちらへ体を向けた。
「辞めるわ。ここ」
うつろな目で天井を見据えつつ、頭をだらしなく後ろへ傾けたまんま虚ろに言葉を発した。
しばらく沈黙が続く。夢の様に不気味なまでに冷静でいて、正直恐怖すら感じてしまうほどに機械的だ。
「つまらない冗談は止して頂戴」
雪ノ下は俺の言葉に対し、平静を装ったまま言い返してくる。
俺は鼻で少し笑う。
「依頼なんて、もう終わってるだろ。変わったさ……少なくとも目はな」
「そんな屁理屈が通用するわけないでしょう」
「お前らがここに居る理由だって屁理屈だろ。現に比企谷だってここに残る本当の理由を一年間に渡るまで言わなかったじゃないか」
上唇を吊り上げつつ、嫌悪感を露わにしたまま言い放つ。
「自分で自分の首を絞めてるわね。あなたこそここに残る本当の理由なんて…」
「俺がここに居る理由なんて入部した時から変わっちゃいねぇよ。俺がここに居んのは平塚先生の脅威が俺を長い間押さえつけていた為だ。だからこそこの期に及んで辞める事を言う羽目になっちまった」
「え…それって……」
由比ヶ浜が呟いた。
「そうさ」
俺はカバンから一枚の宝に値する退部届を取り出す。と言っても原本は別の場所だが。
「顧問の判子も押してある。俺は正式にここを辞める」
「みっくん…どうしちゃったの?なんでそんなこと言うの…?」
彼女は俺に近付きつつ問いただすように尋ねる。
与えられる答えなんてたった一つ。
「飽き飽きしたんだよ。無駄な事に時間使わされて、平塚先生にゃ行くように脅されてて…もう嫌になっちまったんだよ」
「そんな…みっくん…そういうの嫌いなの…?」
分かりきった事を。
やはりアホの子だ。
「嫌いだし、辞めたくなるに決まってんだろ……」
「なんで……なんで言ってくれないの!?なんで!?」
涙を目に浮かべた由比ヶ浜が俺の服を掴んだまま俺の体を揺らす。
「だって…もう最初から辞めたかったんだよこんな場所。言わなくてももう既に分かってるもんだと思ってたけど…本物に目がくらんだんだろうな」
「そんな…あの時も…選挙の時も…」
「勝手にバラバラになってくれそうだったからな…正直嬉しかったな」
俺は冷たく凍り付いた笑みを向けた。
由比ヶ浜は俺からそっと離れる。失望したような目を俺から逸らしながら。
「本物探しなんて…見つかる訳ねぇよ。だって偽物しかこんな所に無ぇんだ」
俺はしっかり比企谷を見据えながら言い放つ。
「自分のトラウマから逃げ出しといて本物が欲しいなんておこがましいんだよ。お前みたいなろくでなしは地獄の窯の底で押しつぶされてな」
「あいにく地獄の窯の底なんてもう慣れちまったよ」
比企谷は皮肉めいた口調で言い返す。
「そうか。じゃあお前は俺以下だ。そんな奴に本物何て見つけられる訳がねぇよ」
「いいや、俺はお前より下だ」
「それだったら寧ろダメだな…何が楽しくて本物探しに巻き込まれるんだかな…」
小さく呟きながら天井を見上げる。
俺は溜息交じりに、呆れたように言い放つ。
「何が本物だ。気持ち悪い。やめちまえ」
俺は彼を馬鹿にしたように、それでいてありったけの負の感情と蔑みを込めた視線を送る。
まるで、分かりきった事社会通念や常識すらも捻じ曲げる、お前が一番嫌いな青春している奴等と同じような考え方だといった視線だ。
瞬間、俺は壁に叩き付けられる。
もう慣れ切った痛みが俺の背中を走り抜けた。
「少し…黙れ」
「ふん……」
俺の鼻で笑った時の笑い声を起点にして、沈黙が部屋の中を渦の様に包み込む。
「俺が虫の良い話してんのは分かってる…こんなこと考える自分が気持ち悪い…!全部分かってるんだよ!でも確かにあったんだよ!知っていたいんだよ!解らないことがひどく怖いしそんなものに手が届かないのがたまらなく悔しい!…それでも…欲しいんだよ…!」
比企谷は壁にもたれ掛かる俺に縋りつく。
本音ぶちまけてやるよ。
こんな嘘偽りない言葉には俺の本音をぶつけてやる。
心底俺は望んでるのかもしれない。
本音をぶつけて、流れを変える事を。
そんな事を考えてる俺がどれだけ異常なのかは重々承知しているし、むしろ気味が悪い。
気でも違ってしまったんだか自分でも分からないだけ俺が狂ったんだろう。
笑えて来ちまう。
今までの借りを返してやる。
最初の依頼、テニスの練習、チェーンメール、川崎の依頼、林間合宿、文化祭、修学旅行、生徒会選挙、クリスマス会。
俺がいくら本音を叫んだって訴えたって嘆いたって何一つ変わりはしない。
だけど、今は。
今だけは変えさせてくれ。
此処までどれだけの苦痛を味わった?この時期まで一体どれだけ時間を無駄にした?
俺はいったい幾つ大切な物を失ったんだ?
最後の一つだけは分かる。
答えはたった一つ。
日常だ。
閉じていた瞼をゆっくりと開く。
「じゃあ……じゃあなんで俺なんだよ…」
「…………?」
「なんで俺がここに居なくちゃならない…?なんで俺が巻き込まれるんだ?俺じゃなくてもいいはずだ。代わりの奴なんざクラスにゃ幾らでもいる…」
静かに言葉を重ね始める。
「佐藤でも良いし、足立でも良いし永山でも良かったはずだ…」
「じゃあなんで俺なんだよ…!俺が何で…!なんで俺だけがここまで苦しまなくちゃならないんだよ!」
俺はありったけの声量で思い切り怒鳴り散らした。
ああ!今だけは!
今だけ変わってくれれば良い!頼む!俺はもうボロボロなんだよ!
「俺は何もしたくないんだ!お前らとも関わりたくないし、一人でいたかったんだよ!何で一人がダメなんだよ!」
俺はたった一筋の涙を流した。
味がする。本物の涙だ。
「……もう………終わりにさせてくれ………」
俺は、弱々しい声で呟いた。
翌日。
退部届は正式に受理された。
俺の本音が全てを変えたんだ。
ああ……清々しい……。
頭がおかしくなりそう程に。
「よお」
ガラスの窓から激しく突き刺してくる夕焼けを背に高田が呟く。
「久しぶりだな、こうやって帰るの」
俺は小さめに呟いた。
彼は微笑みながら語り掛けるように言う。
「そうだな」
目を細めながら笑う。
俺も釣られて、満面の笑みを浮かべた。
この話で完結となります。
今までこのような稚拙な文章を読んで下さった皆様方、本当に有難う御座いました。