――これは実に全裸だ。
少年は眼前に広がる光景を魂と記憶に焼きつけながら、心内でそう評した。
……と言うよりも、全裸など見たままに全裸と評するしかないのだが。
そんな少年を、まるで道端の塵でも見るかの様な冷ややかな目で無言で見つめているのが、今し方少年に全裸だと評された少女であった。
年齢にしては育ちの良い豊満なバスト、すらりと締まった柳腰が形を成す絶妙なくびれが非常に美しいウエスト、引き締まっている事が見て取れるのに非常に美しい丸みと大きさを誇り立派に揺れるヒップ。
そんなセクシーダイナマイツなわがままなボディを惜しげも無く少年の前に晒し、隠す事もしない少女の名は、月村すずかと言った。私立聖祥大付属女子高等学校に先日から通い始めたぴっちぴちの十五歳だ。
並み外れた美貌と美しい紫紺の長髪、大和撫子然とした柔らかな物腰が男女ともに人気を博す、海鳴市が誇る五人のスーパー美少女の内の一人である。
余談ではあるが海鳴市の健全な男児達が口を揃えて『多分一番エロいと思う』とも評している。
そんな美少女が世間の極々一部の者達がありがとうございます、と叫び出しそうな養豚場の豚を見る様な目付きで無言のままに少年を見据えている。年頃だと言うのに少年の股間で揺れるそれなりに立派なソーセージが視界に入っても照れすらしない。ただただ無言、弛む事も顰める事も無い無表情な顔に絶対零度の瞳を湛えて少年を見つめていた。
対する少年もまた無言で少女を見つめていた。尤も、少年の方は少女のわがままボディをじっくりと観察する事に集中していたから無言だったのだが。呼吸に合わせて上下しぷるんぷるんと揺れるバスト。矛盾する様な表現になるが、むっちりとしていながら余分な肉が付いていないすらりとした素晴らしいふともも。綺麗に浮き出た鎖骨。引き締まったお腹の中心にある縦にやや長い形の良いお臍。それら全てが少年の視線を釘付けにする。
暫くの間、少女と少年の間に沈黙が降りる。少女の方が何を考えているかは分からないが、存分に美少女の裸体を楽しんだ少年は冷静に現在のこの状況について考えを巡らせ始めた。無論、少女の裸体から目を離さずにガン見しながらだったが。
なぜ少女が全裸か?
――此処が風呂場だからだ。ナイスおっぱい。ちなみに少年も全裸である。
そもそも何故風呂場に?
――少年が月村邸のメイドであるファリン・綺堂・エーアリヒカイトに仕事の汗を流して行っては如何かと言われたからだ。ちなみに彼女はドジっ子と良く言われている。ナイスおっぱい。
ナイスおっぱい?
――ナイスおっぱい。
うむ、ナイスおっぱいである。そう結論を出した少年が目を瞑り、何かを確認するかの様に一つゆっくりと頷く。思考が凄まじい勢いで逸れていたがそれも仕方ない事だろう。十五歳の男子と言えば性欲の塊と言っても過言ではないのだから。
少年が再び目を開き、さてどうしたものかと考えようとしたその時だった。
いつの間にか少年に近づいていた少女が、左手をそっと少年の顔に添える。そして、今の今まで無言で冷酷な目を湛えながら少年を見つめていた少女が口を開いた。
「パンチとキックのどっちか、選ばせてあげる。……それと、何か言い残す事は?」
「あ……あ~っと……その……」
少女の口から普段と変わらぬ音で発された端的な処刑宣告に身を震わせる少年。焦りの表情を浮かべ、なんとかこの後の惨劇を回避すべく己の言葉で引き延ばした僅かな時間で思索を巡らせる。
しかし『あ、無理だこれ』と悟るとスッキリとした顔つきで少年はこう言った。
「デリケートゾーンが見えるかもしれないからハイキックで頼む。それと……」
「それと?」
「すずかのアンダーヘアってちゃんと地毛と一緒で紫色なんだな!」
「馬鹿ぁ!!」
「クケェーーッ!?」
――少年はミドルキックで吹き飛んだ。
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すずかお嬢様のお風呂事情
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「って言う事が昨日あったんだよねぇ。アリサちゃん、どうしたらよかったと思う?」
『アンタ良くそれで平然としてるわね』
「うーん、何だかんだで小学校の間……三年前くらいまでは一緒に入ってたし。まだお互いに毛も生えてなかったけど。まぁそんな感じで割と今更かなぁって思っちゃって」
『や、いくら幼馴染だからって言ってもそれはそれでどうなのよ。まぁでもいいんじゃないの、一発殴ったんでしょ?』
「殴ったんじゃないよ、蹴ったの」
携帯電話を肩と頭で支え、私――月村すずか――は親友のアリサちゃんにそう訂正しながらお気に入りの薄紫のブラを外し洗濯籠に入れる。電話口ではアリサちゃんがもう少しお淑やかにしなさいよ、なんて笑いながら言っているがアリサちゃんがそれを言うのかと思いながらそれは軽く聞き流す。
また少し大きくなったかなぁ、なんて思いつつ自分の胸をもにもにと少し揉んでみる。また気に入るブラを探して買わなくちゃいけないのかと思うと、知らない内に少し鬱屈とした息が出ていた。アリサちゃんみたいに小さいままなら楽なんだけどなぁ。
『ねぇすずか。今何か凄い不愉快な気分になったんだけど』
「ん? あぁ、うん。アリサちゃんおっぱい小さいもんね」
『よーしアンタ覚えてなさいよ。明日ぶっ飛ばすから』
ぷりぷりと怒るアリサちゃんにごめんごめんと謝りながらパンツに指をかける。ブラと同じく、お気に入りである薄紫のパンツをするりと下ろし、足を抜いてこちらも洗濯籠の中へ。
全裸になって手が空いたので肩で挟んでいた携帯を左手に持ち直す。そのままあれやこれやとしょうもない雑談を続けながらお風呂場の扉をスライドさせて中へと入る。
幸い、この携帯電話は防水性が高い機種でお風呂でも問題なく使える物なので安心してお風呂に持っていけ――
「うーむ、腹筋がやっと六つに割れて来たか……お?」
――昨日も見た全裸が鏡の前でポージングしていた。運の悪いことに鏡越しに視線も合ってしまった。ついでに言うと鏡に映った下半身で揺れる椰子の木も視界に入った。
『あれ? 今アンタお風呂なんじゃなかったの? なんか声が……』
「ごめんアリサちゃん、ちょっとやる事が出来たからまた後で」
『え? ちょっ――』
電話口で困惑しているアリサちゃんを無視して通話を切断する。先程手を離した事で自動的に閉まったスライド式の扉を後ろ手にもう一度開け、私は左手を下ろすついでにそのまま携帯電話を背後の洗濯籠の辺りに放り投げた。携帯電話が洗濯籠とぶつかる軽い音が響いたが、その後に落下音が聞こえなかったから狙い通り服の上に携帯電話が落ちたのだろう。
さて、どうしたものか。
とりあえず不埒な幼馴染を逃がさない様に歩み寄る。身体など……おっぱいなど今更隠さない。見たければ見ればいい。そんな事を考えながら堂々と歩く。彼の方も彼の方で、一切身体を隠したりせずにポージングを続けている。
昨日と同じく私と彼との間には無言が流れている為、壁にある獅子頭のレリーフから流れ落ちるお湯が奏でる水音と私がぺたぺたと歩く音、それと彼がポージングを変える度に短く漏れる呼気だけがお風呂場に響いていた。
彼が新たに取ったこの腹筋を強調するポーズは、アブドミナル&サイだろうか。本職の方と比べて絶対的な筋肉量が足りてないせいか、どこか物寂しさを覚える。だが腹筋は確かにうっすらと六つに割れている様だ。
手を伸ばせば届く距離まで近づいた所で、彼の方がまたしてもポージングを変えながら口を開く。
「先に言っておくが」
「……?」
訝しみながら、彼の言葉の続きを待つ。その間も彼はポージング再び変える。今度は僧坊筋等を魅せつけるモストマスキュラーだった。というかポージングを変える度にその股間のヤシの木の様な物をぶらんぶらんさせるのはやめてほしい。これでも私は夜の一族なのだ。視野も常人よりは広ければ視力も良いので見たくも無いのに見えてしまう。夜の一族の身体能力をフルに活用して握り潰したくなってうっかり実行してしまっては拙い。
「今日の俺は何も悪くないぞ」
「…………」
そう言われ、少しだけ考えて見る。
確かに、知らなかったとはいえ今日彼が先に入浴しているお風呂に後から勝手に入って来たのは私だ。昨日の事があったのに大して確認もしないでタオルも持たずに迂闊に服を
なるほど、確かに今日の彼は悪くない。が、だからと言って年頃の女の子の裸を見て置いて何も無しと言うのも何となく納得がいかないのもまた事実。しかし不満はたらたらだったが、彼が間違ったことを言っていないのも事実ではあるので私は彼のその意見を肯定する。
「……まぁ、そうだけど」
「おう、分かればよろしい。そんなわけで体が冷えて来たからサクッと体洗って俺は湯船にもう一回浸かるべ」
そう言うと、私の幼馴染はポージングを解除してシャワーの前へと移動していく。その後ろ姿を目で追えば、勝手知ったるなんとやらと言わんばかりにボディタオル(彼専用の少し目の粗い物)を片手に椅子に座っていた。そしてこれまた彼専用のデオドラントボディソープを二度ほどプッシュして適度に泡立てると全裸で立ち竦む私を尻目に身体を洗い始めた。
「なーんか、納得いかないなぁ……」
溜息を一つ吐いて、私はついついそうぼやいてしまった。まぁいいや、とりあえず私も髪の毛を洗って湯船に浸かるとしよう。
□ □ □ □
洗い終えた髪の毛をお湯に浸ける事がない様に後頭部で纏め、無駄に豪奢で広い我が家の自慢の浴槽に肩まで入る。少し熱めに沸かされたお湯の気持ちよさに、自然と私の口からは吐息が漏れていた。この気持ちよさを更に享受すべく、私はだらしなく湯船の中で手足をおっぴろげ、背中を浴槽の縁に凭れさせてゆったりとお風呂を楽しむ。アリサちゃん辺りが見たらはしたないって突っ込まれそうな体勢だった。
その体勢のまま、少しの間何も考えずにぼうっとする。時折両手でお湯を掬っては顔をぱしゃぱしゃと洗い、再びぼうっとする。そんな事をしていると、体を洗い終えたらしい幼馴染が私の隣へと入浴してきた。尤も、隣とは言っても身体一つ分程の距離は開いていたが。
隣から心地良さそうな息が漏れる音が聞こえてくる。すぐ傍にこんな美少女が全裸で居るというのに、平時と変わらない様子で(しかし平時よりもややふとももの辺りに視線を感じるが)彼は彼なりに我が家のお風呂を楽しんでいる様だった。
そのまま数分程二人揃って間の抜けた顔でぼへーっとお風呂に浸かっていると、不意に彼が言葉を投げかけてきた。
「なぁ」
「んー?」
「最近へこんだ顔してたけど、高町達が引っ越したからか?」
「あー……うん……。顔に出してないつもりだったんだけど、やっぱり分かる?」
「そりゃーもう普段お前が隠してる本性くらい分かりやすい」
「張っ倒すよ?」
「ほら見ろそういう所だよ馬鹿馬鹿ばーか。学校でお前のことかわいいとか大和撫子とか言ってる奴らは騙されてることに気が付いてないんだよなぁ。それなのに……」
小学生の様な罵倒を披露した後、そのまま愚痴を続ける幼馴染を放置して最近『引越し』た親友三人の事を思い浮かべる。
どことなく男らしいものの、多分私達の中で一番女の子らしかったなのはちゃん。
今思えば魔法を使ってたんだろうけど、私の身体能力と良い勝負を繰り広げるフェイトちゃん。
小さい頃からの読書仲間で、お互いに本を薦め合ったりしたはやてちゃん。
彼女達は中学校を卒業すると同時にエスカレーター式の聖祥大付属の学校を辞めた。元々進路の話になった際に自分達の才能、魔法の力で色んな人の力になりたいんだと言っていたし、周囲の大人の人達ともしっかり話し合ってその進路を納得させてもいたし、私達もそれを受け入れていた。
そしてつい先日彼女達はその力が活かせる場所へと……魔法と科学が発達した世界ミッドチルダへと引っ越していった。
地球とは文字通りの意味で次元が違う場所へと行ってしまったため、中々会うことは出来ない。なのはちゃんが前に大きな怪我を負った時でさえ、魔力を持たない一般人であり、親友と言えど所詮ただの友人でしかない私とアリサちゃんは殆ど会いに行けなかった。それ程までに、次元を超えた場所へ赴くことは難しい。
小学校、中学校と五人で毎日賑やかに過ごしていたのに、彼女達が引っ越した今ではアリサちゃんと二人きり。別にアリサちゃんに不満があるわけではない。律儀に突っ込みを入れてくれるし、からかうと面白い。
ただ、寂しくないと言えば嘘になる。
それくらい濃密な友人関係を築き、過ごして来たつもりだった。
なんて考えていると、私のほっぺに何かが刺さった。ちろりと視線を向けると、幼馴染の指が私の頬に突き刺さっている。とりあえず何かむかついたのでその指を噛もうとしたら素早く引き戻されて噛み付くことは適わなかった。
「おう、またへこんだ顔になってるぞ」
「ん、ごめん」
「別に謝って欲しいわけじゃねーよ。ケツとおっぱい揉むぞコラ」
「えー? 揉んでも良いけどそのポークビッツが再起不能になっちゃうかもしれないよ?」
「んだとぉ? お前このジュニアがポークビッツに見え……」
彼の発言を遮る様に右手を湯船の中から出し、彼に良く見えるように中空に伸ばしてキュッと何かを締める動作を行う。
すると、彼は途端に引き攣った笑顔を浮かべながらほんの少し私から距離を取って先の発言を撤回した。
「丁重に遠慮させていただきます……」
「うふふ」
人一倍興味がある癖に(男子中高生的には平均的かも知れないが)、肝心な所でヘタレな幼馴染のその様子が昔から何一つ変わってなくて、つい笑ってしまった。
友人関係なんて物は流動的なものだ。時と場合によって簡単に変動する。
今まで毎日と言っても過言ではないくらい一緒に居たなのはちゃん達との友人関係は『中々会えないけれどいつまでも親友』というものに変わってしまったが、こうして私と彼の様に全く代わり映えしない友人関係もある。
隣でまだ縮こまっている幼馴染を横目で眺めていたら、ちょっと距離が離れたくらいでしんみりしていた事が馬鹿らしく思えてきた。
今は多少会いにくくなったが、人生は長いのだ。そのうち気軽に会いに行けるようになるだろう。大丈夫、何とかなる。
そうして私は考えることをやめ、月村家の誇るこのお風呂をゆったりと楽しんだ。
□ □ □ □
十分程が経った今、私と彼はほぼ同時に風呂を上がって脱衣所へと全裸で戻り、タオルで濡れた身体を拭いていると再び彼から声がかかった。
「そういえばなんだけどさ」
「どうしたの?」
「すずかって紫色のパンツ好きなん?」
「セクハラだと思うよ?」
「今更じゃねーのそれ」
間違いない。今更である。
セクハラ幼馴染の問いを適当に聞き流しながら身体を拭いていたタオルを洗濯籠に入れ、もう一枚持ってきていたタオルを広げて髪の毛の水分を丁寧に拭き取る。
「いやまぁお前のお気に入りのパンツは別にどうでもいいんだ」
「じゃあ何で聞いたの」
「いやー今月金欠だからもう要らないんだったらお前の使用済みパンツって言ってその辺の男子に売り飛ばそうかなって」
頭に被るくらいなら辛うじて許せたかも知れないが、流石に売却となると許されない。
「よーし、親愛なる私の幼馴染君。ちょっと君のその粗末なおちん
「待て、話せば分かる。いいか、俺は先週――」
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「おわぁ! どっから来たんだよ! お呼びじゃないですよノエルさんは!」
「おやおや、随分とご立派なご子息に成長なされた様ですね。ノエルは感動を抑え切れません」
「笑ってるじゃん! 突っつくな! もういいから早くどっか行ってよノエル姉ぇ!」
ぎゃーぎゃーと喚く幼馴染と我が家の出来る方のメイド――ファリンの姉のノエル・綺堂・エーアリヒカイト――のやり取りを無視してパンツとブラをつける。
全く、昨日に続いて今日も我が家の風呂事情は騒がしい。明日はもう少し静かだと良いんだけど。
長編の構想を練っていたら変なものが出来上がっていたもの。
下半身事情の方とはまた別の世界線の話です。