――最近、告白されることが増えた。
ぼんやりとそんなことを考えながら、わしゃわしゃと頭を洗う。
頭皮に爪を立てない様に、自慢の髪の毛を傷めない様に気を付けながらのんびりと両腕を動かし、適度に洗えたかなという所で私はシャンプーを洗い流す為にバルブを捻った。
流れ落ちる泡が目に入らない様に瞳を閉じ、頭からシャワーを浴びる。頭頂からやや熱めのお湯が泡と共に流れ落ちていく感触が心地良く、泡を流し終えた後もしばしシャワーを浴び続けた。
適度に楽しんだところでシャワーを止め、近くに置いておいたボディタオルを手に伸ばす。タオルを少し濡らし、愛用のボディソープを適量垂らして泡立ててから身体に当てる。左腕から順に洗い、タオルを持ち替えて右腕、両足、お腹、背中と全身を洗った所でまたシャワーを浴びて泡を流した。
身体から一通り泡を洗い流し、髪の毛を頭部で纏めた所で我が家の自慢のお風呂へと入る。変わらぬ心地よさにほっと一息吐きながらも、やはり考えるのは先程のことだった。
――増えた、と言うよりは昔と同じくらいに戻ったと言う感じかな。
自惚れでは無いと思う。事実聖祥大の三年時へと進級してからの数ヶ月で既に六人の男子から告白を受けた。まぁ、付き合ってもいいかなぁと思える男子がいなかったので今のところは全てお断りしているが、好意的に思ってもらえているということ自体は嬉しい物である。
しかし、どうしてこの時期に増えたのかと疑問に感じるのもまた事実。
自慢ではないが、私は中等部と高等部で受けた告白を悉く断っている。その過程でやれ月村は百合だの本当はアリサ・バニングスと付き合っているだの大穴で幼馴染と付き合っているなどと囁かれていたが、家で幼馴染と二人で笑い飛ばしながら放置していたら知らない内に「月村は今のところ誰かと付き合うつもりはない」という比較的私に都合のいい噂が残ったのでそれとなく肯定しておいた。
その結果、大学に入ってからの二年間はその噂のおかげで告白を受けることは減っていたのだ。大学入試で学園外部から少なくない人数が入学して来たが、その大半も噂を聞いたのか若干名の男子が告白して来ただけで比較的少なかった。その若干名も別に好みのタイプではなかったので丁重にお断りしたのだが、何処から聞いたのか噂は真実だったと勝手に信頼性が増していき、どんどんと告白を受ける回数は減っていった。
それが、どうして最近になって増えてきたのか。
謎である。
浴槽にもたれ掛り、手足から力を抜いてお湯の中に揺蕩う様にぼへーっとしながら、まーでも何か実害があるわけでもないし別にいーかー、とそんなことを考えているとお風呂場の入り口から声がかかった。
「お嬢様ー」
「ノエルー? どうしたの?」
勤務時間を終え、口調がやや柔らかくなった我が家のメイドの声に返事をする。私が返事をした後、やや間があってからぺたぺたとお風呂場の床の上を裸足で歩く音が耳に届いた。
おや、と思い私は何の気無しに空中に彷徨わせていた視線を首ごと後方へと向ける。首を基点にして浴槽にもたれていた為、後方へと首を曲げたことによって私の視界は天地が逆転したが、珍しい光景が私の視界に入って来たので然程気にはならなかった。
「私もご一緒しても?」
「……そういうのは入る前に言うものじゃない?」
笑いながら、私はそう答える。
上下の逆転した視線の先。そこにいたのは、タオルで大事な所を上手く隠しながら微笑む全裸のノエルだった。
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すずかお嬢様のお風呂事情
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ノエルと一緒にお風呂に入るのも、なんだか随分と久しぶりな気がする。小学生の頃は私と幼馴染とノエルの三人でよくお風呂に入ったものだが、中学生以降で一緒にお風呂に入った記憶は中々に少ない。いや、でも冷静に考えたらそんなものだろう。
そんなことはさておいて。
メイドと言う現代日本では比較的特殊な職業に就いてはいるが、それでもメイドとしての月村家の勤務体制は雇用主の私が言うのもなんだがかなり緩い。住み込みで私より早くに起きて朝ご飯を作る所から勤務時間となり、夜は晩御飯を作ったら勤務終了である。
時間で言うと大体朝七時から夜七時までの勤務だが、昼休憩やティータイムの休憩があることもあり実質的な労働時間は世のサラリーマンの方々とあまり変わらないのだ。それでいてお給料はお父さんが雇用時に適当に決めたとされる八桁にほど近い金額。
やだ、もしかして月村家って超ホワイト――なんてくだらないことを考えていると、素早くシャワーを浴びたノエルが浴槽に入って来た。
「隣、失礼しますよ」
「いらっしゃーい」
比較的近い距離まで寄って来たノエルに対し、片手を上げてのほほんとしながら適当な相槌を返す。そんな気の抜けた私の姿を、ノエルは微笑みを苦笑へと変えながら見ていた。
私の肩とノエルの肩とが触れ合いそうな程の距離で、ノエルはお湯の中へとゆっくりしゃがみ込む。形の良いお尻を下し、しっかりと腰を据えた所でノエルは腕を軽く伸ばした後に短く溜息を漏らした。
そんなゆったりとしたノエルを眺めていると、ノエルは溜息と共に下した腕をお湯の中へと入れて肩までしっかりとお風呂に入り、その後に鼻歌を奏で始めた。
そうそう、ノエルは昔お風呂の中ででも喧嘩する私と幼馴染の間に入って鼻歌を歌いながら仲裁してたっけ。
上機嫌そうにハミングするノエルの様子を眺めていると、そんな古い記憶を思い出してどことなく懐かしさを覚えた。
あの頃から変わらず、ノエルは今でも私と幼馴染の良いお姉さんとして在り続けている。何ならお姉ちゃんよりもお姉さんらしい気もする。実姉とは一体。
いや、お姉ちゃんが残念美人なのは仕方ない。
あれは私や幼馴染君よりもよっぽど悪戯好きだったし。お姉ちゃんではあってもお姉さんでは無かった。ただの残念美人だ。
一人で納得し、うむうむと首を縦に振っていたが今はそんなことはどうでも良いのだ。
そんな頼れる姉が近くにいるのだ。折角だから先のことを相談してみてもいいだろう。
そう思った私は相談する為にノエルに声をかけた。
「ねぇノエル。相談があるんだけど」
「はい。なにかありましたか、お嬢様」
私がそう声をかけると、奏でていた鼻歌を止めていつもと変わらない微笑みを浮かべながらノエルは顔をこちらに向けてくれた。
「いや、最近学校で告白されることが増えたんだけど……どうしてかなぁって思って」
「ふむ……。そうですね……」
先程考えていたことをノエルに伝えると、彼女は少し視線を下げて考え込み始める。
むむむ、と何かを考えていたノエルだったが、数十秒ほどで答えが出たのか再び視線を上げて私の方を見た。
「お嬢様が大学三年生になった、という事は多少あるかもしれませんね」
「三年生にー?」
ノエルの意見を聞いて、純粋に疑問に思う。
なぜ卒業や就職といった物が見え始めるタイミングでなのだろうか。
私がそう首を傾げていると、ノエルはそんな私の様子を見て笑いながら話を続けた。
「学生である内にお嬢様とお付き合いしたいと、そう考える男子生徒が増えたのではないかと。学生デートなんて言葉もあるくらいですしね」
楚々と笑いながらノエルは私にそう告げる。
私はそんなもんかなぁ、なんてなんとも言えない言葉を返しつつ今度は首を逆方向へと傾げる。学生デートなんて言っても既に制服で学校へと通う様な若々しい時代は過ぎ去ってしまっているし、社会人よりもやや時間のある程度のものだと思うんだけどなぁ。
ゆるい思考を巡らせながら、私はノエルに相談する為に戻していた首を再び浴槽の縁にかけた。そのまま首から力を抜くことで頭をぐでっと後ろに倒し、そのついでに程よく温まった両腕も浴槽の縁に乗せる。身をもたれさせ、体重をかけた部分が感じる大理石のひんやりとした冷たさが気持ちよかった。
身体で感じる極楽気分な湯加減と首や二の腕で感じる大理石の冷気を瞑目しながら楽しんでいると、ノエルが再び話し始めた。
「あとは……そうですね。お嬢様が受けている講義と若様が受けている講義が殆ど別になったのもあるかもしれませんよ。お嬢様と若様は馬鹿……あ、いえ。アホ……、そうアホの様に仲がよろしいですから」
「へーいへーいノエルー、私雇い主ー」
「今は勤務時間外ですので」
お風呂に入ってから今までで一番の笑顔を見せながらさらりと勤務時間外だと言ってのけるノエルに何も返せず、私は口を閉じる。
そんな私から視線を外し、空中を眺める様に視線を上げたノエルがぼそりとお嬢様も忍様に似てきましたね、と呟いた。やめてくれノエル、その呟きは家の外では大和撫子な私に効く。やめてくれ。
内心で一人勝手にダメージを受けていると、そういえばとふとした疑問が沸き上がる。
相談のついでに聞いてみるのも一興か。そう思った私は浴槽に預けていた身を起こし、ノエルへと声をかけた。
「そういえばなんだけどさ」
「はい」
私の声に反応し、即座に私の方へと視線を戻すノエル。
その対応に感謝しつつ、私は先程沸き上がった疑問をノエルに投げかけた。
「ノエルっていつの間にか若様って言ってたけど、いつから若様って呼ぶようになったの? 昔みんなでお風呂に入ってた頃は普通に名前で呼んでたと思うんだけど……」
「あぁ、それですか」
「うん。こんなこと聞くのも今更かもしれないけどねー」
はっはっは、と声を上げて笑いながら私はそんな風に軽く茶化しながらノエルの言葉を待った。どうせある程度年齢が上がったからとか幼馴染だからとか、そんな程度だろうなぁと軽く考えていたのだが、次の瞬間思いもよらぬ発言がノエルから飛び出した。
「私が若様に告白されてから、ですかねぇ」
「へぇあ?」
えっ、あっ。えっ?
――告白?
□ □ □
「はぁ……」
下着姿のまま月村家の廊下を歩いていた私の口から、溜息が知らず知らずの内に漏れた。
『私が若様に告白されてから、ですかねぇ』
ノエルのその言葉を聞いた後、私は下着だけ着用して逃げる様にお風呂を後にした。
いや、勿論ノエルの話が一段落つくまでは話を聞いた――聞いたはずだ――のだが、しっかりと覚えているのはこの部分だけだった。
いつ?
受けたのか?
それとも断ったのか?
それじゃあ、今の二人の関係は?
色々な疑問が沸き上がってくる。そんな風に悶々としながら歩いていると、いつの間にか自分の部屋の前までたどり着いていた。ドアを開けて自室へと入り、照明のスイッチも入れずに愛用のベッドに腰掛ける。とにもかくにも、今は考える時間が欲しかった。
普通に考えるなら、祝福するべきことなのだろう。
幼馴染に春が来た。同時に、姉のような人にもだ。上手くいって欲しいとも思うし、応援したいとも思う。
だが同時に……なにかこう、得も言われぬ気持ちが胸中にあった。
もやもやとした、漠然とした、やり場のない……あぁ、なるほど。分かった。
これは、不快感だ。
はは、と乾いた笑いを上げながら私はベッドに背中から倒れ込む。このままでは乾かしていない髪が寝具を濡らすだろうが、今は気にならなかった。仰向けに倒れ込んだ私をぼふりとやわらかく受け止めてくれたベッドにうつ伏せになり、もぞもぞと楽な体勢探す。その際にショーツが半分くらいお尻からズレた気がしたが、まぁ部屋の中は暗いのですぐには気付かないだろう。誰かが来たら直せばいいや。
「あー……」
右の頬を布団に押しつけ、言葉になってないような言葉を発する。
なんだかなぁ、どうしたもんかなぁ。
そんな取り留めのないことを考えていると、猫の鳴き声が私の耳に届いた。この声はアインの鳴き声だなぁなんて思いながらも放置していると、ずっしりとした重みが私の頭に加わった。そしてあいている左の頬にぺしぺしと猫ぱんちが飛んできた。
どうやら私の愛猫はお怒りの様である。たぶんさっきまでベッド下にでも居たんだろう。
ごめんごめんと内心で謝りつつ、頭の上に乗ってるアインを両手で捕まえてそっと胸元へと抱き寄せる。私のおっぱいの中で拘束から逃れようとアインがもぞもぞ動いていたが、私に離す気がないことを悟ったのか自然とおとなしくなった。
「……ほんと、
胸元のアインだけに聞こえる様な声で、そう独りごちる。
聞こえていなかったのか、それとも興味がないのか。肝心の愚痴り相手であるアインは私のおっぱいの谷間で眠たげな表情をしていたが、まぁ猫だしそんなものか。
そんなアインを眺めていたら、私も眠くなってきた。
気分もへこんだことだし、とりあえず寝るのもいいだろう。
そう思った私はズレたままだったショーツだけ直し、今度はズレないように気を付けながらもぞもぞと布団の中へと入る。
そういえば、今日のお風呂は静かだったなぁ。
そんなことを考えながら、私は眠りに就くのであった。
次話完結予定