――二、三日程前から何処か様子がおかしい。
青年は二十年来の幼馴染である女性――月村すずかを前にして、内心でそう感じていた。
いつもなら自分が誘えば特に何も考えずにほいほいと話に乗ってきて、二人でバカな事をして騒いではすずか付きのメイドに窘められる。そんな事を日々繰り返していたのだが――先にも述べた様に二、三日程前からはたとその誘いに乗って来なくなった。その上、それに何か関係があるのかやたらと青年とメイドを二人にしようとする。
「今日は図書館に私の読みたかった本が入るから、花札はノエルとやっててー」
今回もそうだった。青年は祖父の持っていた花札を自宅から持ち寄って遊ばないかと誘っていたのだが、やはりすずかは青年に自分のメイドと花札をやる様に勧めてそそくさと外出する準備をし始める。
本を入れて持って帰る為であろうショルダーバッグを右肩から左の腰へと斜めに提げると、上機嫌そうにそれじゃあ行ってきますと間延びした声で青年に告げて正門から出て行った。すずかのその後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、青年は軽く息を吸い、やや溜めてから深く溜息を吐いた。
青年は手に持っていた花札の箱を小脇に挟み、右手で後頭部を何度か掻くと空を見上げる。あいにくと、初夏の候を迎えたというのに今日の空は今一ぱっとしない晴れとも曇りとも言える様な空だった。そんな何とも言えない空を見たからか、青年は再び溜息を漏らす。尤も、今度は言葉も付いていたが。
「あいつ、まーた何か考えてんなぁ……」
先程出て行った幼馴染の様子を思い返しながらそうとだけ呟くと、青年は小脇に挟んだ花札の箱を手に持ち直してその場で振り返り、歩き出す。月村邸の前庭を抜け、素朴でありながらもどこか豪奢な木製の扉を開けると、青年はそのまま月村邸へと入っていった。
持っていた遊び道具をエントランスホールのテーブルの上に置くと、青年は勝手知ったると言わんばかりに月村邸の奥へと進んでいく。ゲストルーム、ダイニング、リビングといくつかの部屋を回り、最終的にキッチンで目的の人物を見つけると青年はその人物へと歩み寄って声をかけた。
「おーい、ノエル姉ー」
「今は勤務時間中ですので、どうぞノエルと」
「あぁうん。はいはい」
青年が探していた、キッチンを掃除していた人物――
「で、ノエル姉。今度は何したのさ」
「お嬢様のことですか?」
ノエルは掃除道具をエプロンのポケットへと仕舞いながら青年に聞き返す。
「先日一緒にお風呂に入った時にむかし私が若様に告白された、ということをお話ししたくらいですかね」
「はぁ?」
ノエルの予想外の返答に、青年は怪訝そうな表情を浮かべる。告白なんてしたっけかな、と青年は呟くと、両腕を組んで考え込み始めた。青年がしばらくの間記憶を遡りつつ唸っていると、思い出せないのを見かねたノエルが何処か悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら青年に声をかけた。
「忘れてしまったのですか? 忍様に良い様に踊らされて私に『のえるおねーちゃん大好きー!』って言ったことを」
「んん? んー、あー……。その後『しのぶおねーちゃんはふつー』って言ったらしの姉がふて寝した時? いやあんなの流石にノーカンでしょ……」
「女性の心をもてあそぶとは……。若様もご立派になりましたね」
「うぐっ」
思い当たる節があったのか、青年は組んでいた腕を解いて右手でばつが悪そうに首の裏を掻く。その様子を見ていたノエルは大きくなっても目の前の男の子の癖は変わらないな、と先程よりも笑みを深くして見守っていた。
「……あれ、じゃあもしかしてあいつ今勘違いしてる?」
「途中から様子がおかしかったので、その可能性は非常に高いかと。私としてはそれはそれで、と思ったので放置してありますが」
「おーけー、ノエル姉が原因ってことは分かった。とりあえず――」
――――――――――――――
すずかお嬢様のお風呂事情
――――――――――――――
「はぁ……」
一応の目的地である海鳴市立図書館を目指して海鳴の街を歩きながら、私は溜息を漏らす。この間お風呂でノエルの話を聞いて以降、私の気分は未だ晴れていなかった。
暗澹とした気分を胸の内に湛えながら、私は一路図書館へ向けてのそのそと歩き続ける。暫く歩いていると、今のテンション相応な下向きの視界の端に見覚えのある石畳が見えた。ふと周囲を見回してみれば、いつの間にか海鳴商店街まで辿り付いている。
どうやら、時間の経過も分からなくなる程度には私の気分は落ち込んでいるらしい。
それもそうだろうな、と私は自嘲気味な笑いを浮かべる。これでも女の子の端くれだ。一応、自分ではこんな気持ちになっている理由は分かっているつもりだ。
『ただの幼馴染だよ』
『付き合うなんてないんじゃないかなぁ』
『だから、アレはただの幼馴染だってば』
アリサちゃんや大学の友人たちには、普段はそんな風に言っている。そんな言葉が簡単に思い起こすことができるくらいには常日頃からそう言っていたし、事実そう思っていた。
でも、違った。
ノエルに告白されたと聞かされた私が感じたのは――どちらかと言えば仄黒く、後ろめたい類の感情だった。
ノエルに大事な幼馴染がとられてしまうと思ったから?
その気持ちは、無いと言えば嘘になる。いつまでも二人揃って騒いでいられるんじゃないかと、漠然とだがそう思っていた。私と彼、そのどちらかの気が向けばその時から適当に誘って遊び、どちらかが風呂に居る可能性があっても互いにまるで気にせずに風呂へと突入し、夜になれば時々一緒に酒を飲んで馬鹿話と罰ゲーム付きの遊びに興ずる。
そんな毎日が――
逆に、幼馴染に大事なメイドをとられてしまうと思ったから?
これも、無いと言えばやはり嘘になる。それこそ、彼よりも長い時間を共に過ごしてきたのだ。血は繋がっていないと言えど、主従の関係はあれど、家族に等しい存在。二人目の姉の様な人が自分から離れてしまうのでは無いかという、そんな嫌悪感。
けれど、それらの感情よりも何よりも私が嫌だったと感じたものは。
普段あんな風に言っておいて、いざその時が来たらこうして二人に対して嫌悪感を覚える
――全く、笑えて来る。
一番滑稽なのは、私じゃないか。本当に……面倒臭くて、嫌な女だ。
のろのろと動かしていた足を止め、肩を落としながら再び大きく息を吐き出す。私の口から出てきたのは、もちろん溜息だった。長い溜息を吐き終えた所で、いつまでも人通りの多い商店街の真ん中で立ち止まっている訳にもいかないな、と思った私は適当なお店の近くへと移動する。
適当に選んだ、特に覚えのないお店の入り口横にあったベンチへと腰を下ろし、一休みする。
歩いている時は全く気付かなかったが、近くに喫茶店でもあるのか周囲にやたらと珈琲の良い香りが漂っていた。
普段自宅や喫茶店では基本的に紅茶を飲む私ではあるが、別に珈琲が嫌いな訳ではない。むしろ、自主的に飲むことが少ないだけで香り自体は好きな部類である。
そんな心地よい香りに囲まれながらベンチに座ってぼうっとしていると、お店の扉越しに二名の男性の声が聞こえてきた。扉越しと言うこともあり、聞こえてくるのはくぐもった声だったがどちらとも聞きやすい声だった。……というか、片方の声は非常に聞き覚えがある声である。
店内で行われていた二言三言の会話が終わったのか、お店の扉が開く。からんころんとドアベルが鳴らす音を聞きながら出てくる人物を待っていると、やはり覚えのある人物が両脇に樽を一つずつ抱えてお店から出てきた。
「じゃあ店長、豆が切れそうになったらまた来るよ! ……っと、すずかちゃんじゃないか。珍しいね、こんなところで会うなんて」
ベンチに座っていた私に気付き、朗らかな笑みを浮かべながらそう声をかけてくる目の前の男性は、私の親友である高町なのはの父親にしてこの近辺にある喫茶店「翠屋」のマスターこと――
「……ふむ。どうだい? 今ちょうど新しく豆を仕入れた所なんだけど、良かったら寄っていかないかな?」
「そう、ですね。折角なので、お邪魔します」
――高町士郎、その人だった。
翠屋の入り口を開けて店内に入り、適当に空いていたカウンター席に座ってから数分が経った。
カウンターの奥では士郎さんが古めかしい手動式のミルで楽し気に珈琲豆を挽いている。そんな様子を、私は頬杖を突いて考え事をしながらぼんやりと眺めていた。
考え事自体は大した物ではない。家に帰りたくないなぁ、なんていう年頃の女の子の様なことを考えていただけだ。後でアリサちゃんに泊めてって頼んでみようかな、とかエイミィさんも泊めてくれるかもしれないなぁ、とか。
そんなことを考えていると、唐突に目の前に白い珈琲カップが置かれた。
挽き立ての豆から淹れられたそのカップの中身は、非常に芳醇な強い香りを漂わせている。その素晴らしい香りは、私の下がりきっていた気分を少しだけ持ち上げてくれる様だった。
「ブルーマウンテンのストレートさ。グアテマラやブルーマウンテンの香りにはリラックス効果があるそうだよ」
「そうなんですか? 私、あんまり珈琲は飲まないので全然知らなかったです」
「さて、そんなわけで……。何があったか分からないけど、少し落ち込んでいたみたいだからね。すずかちゃんも偶には珈琲でも飲んで、落ち着くといい」
ありがとうございます、と私が返事をしていると、入り口の方からドアベルの音が聞こえてきた。入り口の方を確認した士郎さんはまた珍しいお客さんが来たねぇ、と微笑みながら呟くとお客さんの応対をする為に歩いて行く。
士郎さんという話し相手もいなくなり、手持無沙汰となった私はとりあえず珈琲を一口啜った。先程から漂って来ていた香りを今度は口内で感じ、香りに続き上手に抽出された珈琲の味わい深い旨味と苦味を楽しむ。
……思っていたよりも苦かった。深炒りだったのだろうか。つらい。
「はーい彼女ー、お茶しなーい?」
想定以上の苦味に私が眉根を寄せていると、背後からそんな声がかかった。士郎さんに引き続き、またしても非情に聞き覚えのある声である。
……というか、このとても元気そうで悪戯好きそうな声は私の中では一人しか該当しない。苦味とは別の理由でより私の眉間の皺が深くなったが、相手をしないと面倒な事態になるのもまた長年の経験で簡単に予想が出来るので、私は溜息を吐きながら振り返った。
「……何やってるの、お姉ちゃん」
「あれ、ちょっと待って。流石にすずかのその凄い嫌そうな顔はおねーちゃんが思ってたタイプの姉妹の再開じゃないよこれ」
案の定、そこにいたのは私の実の姉であり、ドイツにいる筈の月村忍だった。
なんでも、仕事の都合で数時間だけこっちにいるらしい。
□ □ □ □
「――って具合で、今自己嫌悪してる所」
「うーん、おねーちゃんはむしろそこまで行っててまだ付きあって無かったってことにびっくりかな」
不本意な再開をした後、お姉ちゃんが普通に私の隣へと座って沈んでる理由を聞かせろとしつこく絡んできたので一通り経緯を話したところ、こんな返答が帰ってきた。
言外にこの姉は意外と役に立たないな、という意味を込めて私は露骨に溜息を吐いたが、お姉ちゃんは特に気にせずに言葉を続ける。
「だって美少女のって言ってもゲロだよ? 中々ゲロの処理を手伝ってくれる人なんていないよ? よく言うでしょ、ゲロの処理を手伝ってくれる人はしっかり捕まえろって」
「ちょっとお姉ちゃん、一応美人にカテゴライズされる見た目してるんだからそんなゲロゲロ連呼しないでよ。それと場所も考えて。あとそれは多分男の人が自分のゲロの処理をしてくれた女の人を逃がすなって感じの使われ方だったと思うんだけど」
そうだったっけ、とけらけら笑いながらお姉ちゃんは珈琲を一口啜る。ナチュラルに私の珈琲を飲むのはやめてほしい。それは私が士郎さんからサービスしてもらった物だ。
珈琲が取られたので、私は仕方なくお冷を口に含む。良く冷えたお冷はそれだけでも十二分に美味しかったが、珈琲の方が美味しかった為にどうしても物足りなさを感じる。
素直に紅茶でも頼もうかなぁ、なんて思っていると珈琲カップを手元に置いたお姉ちゃんが笑ったまま再び口を開いた。
「まぁでも、実際もう答えは出てる様な物だよね」
「……え?」
あっけらかんと、私の姉はそんなことを言った。
「だってすずか、あの子とノエルがくっ付くのが嫌なんでしょ? じゃあもう答え出てるじゃない」
「……でも」
「でももクソも無いわよ。どうせすずかがくっ付いてもアリサちゃんとか周りは『やっとくっ付いたのか』って思うだけだろうし。幼馴染専用ツンデレみたいなもんでしょ」
「えぇ……?」
私がそんな風に言葉を濁しながらうだうだしていると、お姉ちゃんは唐突に両手で私の顔を抑える。突然のことに困惑する私にそのまま顔を近づけて視線を合わせると、お姉ちゃんは今度は真面目な表情で言葉を発した。
「それとも何? ここまで言っておいて、まだあの子のこと嫌いとか言うの?」
「…………好き、だけど」
真正面からのそんな質問に、私は目線を逸らしながらも小さく返事を返す。頬の辺りがほんのりと熱を持っている気がする。きっと今の私の顔はちょっと赤くなっているんじゃないだろうか。
「あれ、妹の反応が想定以上にかわいい。まーそんなわけで、さっさと押し倒して一発セックスでも決めてきなさい。大体それで何とかなるから。なんならノエルも入れて三人でヤっちゃいなさい」
数秒前までの真面目な雰囲気は何処へやら、お姉ちゃんは真面目だった表情を破顔させてにやにやといやらしい笑みを浮かべながらそんなことをのたまう。
いつもこうだ。昔から私が何かに悩んでいると無理矢理相談にのって頼りになりそうな姿を見せて、結局毎度毎度最後にはこんな風に茶化してくる。そんなんだから何時までも私や幼馴染から適当に扱われていると言う事に気付いてほしい。
一気に弛緩した空気の中、何時までも顔を抑えられているのも何となく癪だったので頭を左右に振ってお姉ちゃんの手から逃れる。抑えられて少しだけ崩れた髪の毛を手櫛で適当に直すと、私は隣で下卑た笑みを浮かべているお姉ちゃんを半目で睨みながらとっておきの言葉を返した。
「……流石にそんな昔のお姉ちゃんみたいなことはしないけど」
「流石のお姉ちゃんだってそんな事しないよ!?」
「でも昔ノエルのこと襲ったんでしょ? 本人から聞いたよ?」
私がそう返すと、お姉ちゃんは途端に真顔になって口を閉ざす。私に黒歴史を知られているとは思っていなかったのか、お姉ちゃんは冷や汗を流しながらあれこれと必死に弁解の言葉を探している様だった。
そのまま数秒程待っていると、私が誤魔化そうとする時に浮かべる顔に良く似た表情をしながら口を開いた。
「…………興味本位って、恐ろしいものよね……。しかも関係性も主人と従者とか……ね?」
「そのエロ親父みたいな嗜好何とかならない?」
「いやー、無理かなぁ……」
やはりこの姉は『お姉ちゃん』ではあっても未来永劫『お姉さん』ポジションにはなれないだろうな、と私は思うのであった。
□ □ □ □
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 唸れ俺の筋肉ぅぅぅぅ!」
「いい加減にっ、諦めたらぁ!?」
――
風呂場という場所に相応しく、双方ともに何も隠さない生まれたままの全裸姿で私と幼馴染は正面から手を組み合って力勝負を行っていた。私のおっぱいにしろ彼のポークビッツにしろ、モロだしの状態でぶらんぶらんと揺れまくりである。すっぽんぽんである。
中学生の頃から今の今まで鍛え上げて来た彼の筋肉と、根本的に若干種族の異なる私の膂力がぶつかり合う。足を踏ん張り腰を入れ、私は全力を持って彼を捻じ伏せに掛かる。彼の方は彼の方で、この状況から逃れる為に必死の形相で力を振り絞っていた。
通常であれば男性であり、身体を鍛えている幼馴染の方が優勢であったのだろうが――しかし現状、優勢なのは私の方だった。伊達に人の外へ半歩程踏み出しているわけではないのだ。
さて、どうしてこんなことになっているのか……。それを説明するには、時は少々遡る必要がある。
――じゃあお姉ちゃんはドイツに帰るから甥っ子が生まれたら教えてね!
お姉ちゃんのうざ絡みお悩み相談室の他にも色々と雑談し、最後の最後でそんな風に私が幼馴染を押し倒すこと前提で翠屋から出て行ったお姉ちゃんを私は冷ややかな目で見送った。その後、士郎さんに礼を伝え(と言っても私の珈琲はお姉ちゃんに飲まれてしまったんだけれども)、出かける時にカモフラージュの為についた嘘の用事を図書館で済ませて家に帰った。
予想外かつ面倒な来客ではあったが、そのお蔭で私の気分は晴れた。その切っ掛けがお姉ちゃんという点だけが些か釈然としないのだが、その上で解決策も見えたし覚悟も完了したので文句は言うまい。
雑談の時にお姉ちゃんとも話をしたけれど、そもそも単純な話だったわけで。
私が開き直ったらそれで終わってしまう、そんな程度の話でしかなかった。
細かい話は乙女の尊厳を守るために割愛させてもらう(ゲロを始めとした沢山の下品な言葉が飛び交っていたのだ)が、結局の所私が幼馴染とくっ付いてしまえばノエルも幼馴染もとられないのだ。
いくら考えても個人的にはこれが一番の結末だ。よし、じゃあさくっと押し倒そう。うん、大丈夫、一人くらいなら月村家の財産で養えるし。
……とまぁ、そんな感じの軽いノリで帰宅の途を歩みながら私は幼馴染を押し倒すと決意したのである。
冷静に考えたらお互いに何も考えないで風呂入ったりしてる関係が今更過ぎて覚悟も何もあまりなかったのだが、乙女として多分決意したと言っておいた方が良いだろう。
そうと決めた後の私の行動は早い物で、自室のベッドに本の入った鞄を放り投げて替えの下着だけを持って風呂へと直行。そして身体を入念に洗っている時に案の定月村邸の園芸仕事を終えた幼馴染が全裸で現れてこうなったわけである。
以上、回想終わり。
「うおぉぉあぁぁぁぁぁぁ!?」
そんな回想をしている間に、私と幼馴染の勝負の大勢は決しつつあった。
拮抗しつつあった力比べは徐々に私が押して有利な体勢になり、最早私が幼馴染押し倒すまで秒読みと言った状況にある。この戦いに決着を付けるべく、私は今よりもなお全身に力を込めて押し倒しにかかった。
幼馴染の上腕二頭筋を蹂躙し、ぐんぐんと両腕を押し込む。数秒程耐えたが、ある瞬間幼馴染が悟りを開いた様な表情を浮かべて食いしばっていた口を開いた。
「む……無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
次の瞬間、幼馴染の悲痛な絶叫が風呂場に響き渡り、拮抗が完全に崩れた。
ずるりと足が滑り、幼馴染が背中の方へと倒れ込む。
私も一緒にバランスを崩して倒れ込んだが、とりあえず幼馴染が頭を打たない様に片腕を振りほどき、そのまま腕一本で頭を胸元へ抱き寄せて後頭部にしっかりと腕を回す。
そういえば、彼の頭を胸元に抱き入れるのは先々月に罰ゲームでパフパフを命じられた時以来だったっけ。
なんてことを考えながら重力に引かれ、びたん、となんとも締まらない音を出しながら私と幼馴染は重なるようにしてその場に倒れ込んだ。
私は素早く身体を起こし、幼馴染が呆然としている間に彼が逃げられない様に下半身の辺りに跨る。
無事にマウントポジションが取れた所で、私は達成感や昂揚感、捕まえたことによる征服感などから来る感情を隠すことができなくなった。
きっと、今の私はしたり顔というか、にやりとした笑顔というか――
――そう、きっとお昼頃にお姉ちゃんが浮かべてた様な、そんな顔を浮かべているのだろう。
■ ■ ■ ■
「い、嫌だぁぁぁぁ! 初めてが幼馴染にレイプされるなんて嫌だぁぁぁぁぁ!」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?」
「うるせぇ! 俺の貞操はお互いに初めてで俺が優しくリードするのが夢だったんだよぉ!」
「流石に童貞拗らせすぎじゃないかなぁ!? でも良かったね! 私処女だから! 半分くらい夢叶ってるじゃん!」
「シチュエーションが違うだろばーかばーか!!」
「はぁ!? いいじゃん! 美人幼馴染に筆おろしされるんだよ!? 何が不満なわけ!?」
「エロいことするにしてもせめて俺が攻めでありたかった!」
「どーせ肝心な時にへたれる癖に! あーもう、こんなんじゃ何時もと変わんないからセックス始めるよ!」
「あっおまっ、ちょっと待って! まだ心の準備が……アーーーーーーーーー!?」