覇王伝説炎莉 ナザリック第九階層にて   作:ヘトヘト

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3行で前回のあらすじ

・カルネ村の収穫祭
・エンリ将軍が腕相撲大会を企画
・将軍が子供ゴブリンをシメた



【覇王伝説炎莉2 カルネ村の祭りにて 後編】

――エンリ将軍 VS 戦闘メイド ルプスレギナ・ベータ――

 

準決勝。

初戦から三回戦まで尽くオーガ達と対戦し、勝ち進んでいる女神官ルプスレギナ。

彼女は勝負をしたわけではなかった。

オーガ達が酒に酔って前後不覚になったり、何故か体調を崩したりと、不戦敗が続いたのだ。

「いやー、神のご加護っすね! 臭い者にはフタっすよ!」

そんな女神官を優勝候補に推す声も多い。

彼女がンフィーレアに放たれた妖巨人(トロール)の拳を受け止めた話は村では有名だ。

 

「ルプーさん、あの……」

「んっ~~、八百長のお誘い? エンちゃんも腹黒いっすねぇ」

 

顔を近づけ、声を潜めるエンリをニタニタした笑いで女神官が制した。

口ごもる相手の耳元に囁く。

 

「エンちゃんも冷たいっすよね。あれだけの声援を受けて、本気を出さずに負けようとするなんて」

「っ!」

「だから―――」

 

天真爛漫な陽気さが消え、冷たい邪悪さが美貌に浮かび上がった。

女神官の口調が妖艶に変化する。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

薄い笑みの宣告にエンリは背筋を震わせた。

冷たい汗が浮かんだ手のひらを無意識に服で拭う。

彼女だけではない。

ルプスレギナの小声は拾えなくとも、得体の知れない気配を感じ、一部ゴブリンで手練れの者たちが身構えていた。

「ん~~、そうっすね」

周囲の反応を余所に、一瞬で女神官は明るい表情と口調に戻っている。

観客席へ投げかけられる爆弾発言(アピール)

 

「この勝負、私が勝ったら、ンフィーちゃんを頂くっすね。寝取られっすよ、いやー、エンちゃん寂しく独り寝の人生っすよー」

「ちょ! 何言っているんですかっ!?」

 

これは女の戦いね、と観客席で元・女冒険者のブリタが訳知り顔で、うんうんと頷く。

それを聞いて場に火が着いた。

観客たちは思わぬイベント勃発に大喜びだ。

 

(ンフィー、今の聞いてどう思ったかしら……)

 

エンリは周囲を見回したが幸か不幸かンフィーレアは観客席に居なかった。

いったん工房に戻っているか、運営で動いているのだろう。

居たら観客みんなから大いに冷やかされていたに違いない。

 

 

―――そして、勝負が始まった。

 

 

肘を立て重なる白い手と、畑仕事で日焼けし鍛えられた手。

ルプスレギナは笑顔の仮面の下で嗤う。

人間が59レベルの戦闘メイドである自分の手を握るのは初めてだ。

しかも握手でなく勝負で。

それがどれだけ得難い行為であるか、どれだけ危険かを誰も分かっていない。

赤ん坊が魔獣の牙に触れているようなもの。

一瞬でズタズタに引き裂かれる相手に、無自覚に自ら手を差し出し、預けている危うさにゾクゾクする。

絶対の主であるアインズ様の命がなければ、自制せずに蹂躙しているところだ。

 

だから、ルプスレギナは味わった。

身を許すかのように片腕を預け、無駄な抵抗を伝える愛しい住人の感触を。

怯えすら忘れ、無我夢中になって挑んでいる少女の姿を。

肌を朱に染めて奮闘する汗の臭いを。

片腕の檻に閉じ込められた獲物。

それはかじり付きたくなる程、焼き菓子(ビスケット)のように脆く、粉々に蹂躙したい甘美な嗜好品だった。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

組み合った腕は微動だにしない。

「ご、互角だと!?」

観客から洩れた声に、ざわめきが静寂に変わる。

 

エンリは水面下で必死にもがく水鳥の脚の気持ちだった。

傍から見れば互角でも、実際は全力を振るってもビクともしない。

押しても駄目。

逃げを打とうと引っ張っても無理。

ルプスレギナが完全に支配した膠着状態だった。

懸命に力を込めて震える腕は、酷使を訴えて肩から拳まで感覚が鈍い。

 

 

しかし――――

 

 

(……痛ッ)

エンリが顔をしかめる。

無理をして筋肉か靭帯を痛めたのだろう。

それを飲み込んで必死に続行する、健気な姿がイジらしい。

(おっ、良い表情っす。まるで初めてを迎えてこらえる乙女っすね……でも、そろそろ潮時っすか)

さんざん煽りはしたが、ルプスレギナは心得ている。

この人間は至高の御方いわく、村の優先度二位の存在だ。

 

『お前には失望したぞ!!』

『この三人だけはなんとしても守れ』

『次は許さん。分かるな?』

 

己の務めと、あの凄まじい叱責は忘れていない。

守る対象を自分が傷つけては、再度お叱りを受けかねない。

組んでいない方の手を、両者が肘を預けている木製の台座に添える。

 

<力場(フォース)>

 

使用されたのは、信仰系魔法<力場爆発(フォース・エクスプロージョン)>の下位版。

指先から放たれた不可視の衝撃波により、台座は大きな亀裂を生んで砕けた。

肘の支えを失い、エンリが大きくバランスを崩して倒れ込んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐわぁー! やられたっす!」

「えっ……あっ……あれ……?」

 

自然と身体ごと、エンリが相手をねじ伏せたような状態が出来上がっていた。

視点を変えれば、ルプスレギナが自らを下にして、転倒を受け止めたとも言える。

誰も気づかなかったが、女神官の背中は紙一重で地面に着かず、脚力と背筋で己と相手を支えていた。

ナザリックの者として当然の行動だ。

至高の御方から賜われたメイド服を地面で汚すなど有り得ない。

 

呆然とするエンリが冷静さを取り戻す前に、女神官がたたみ掛ける。

煙に巻く狡猾さは同僚ナーベラルも尊敬するところだ。

 

「エンちゃん、勝ったからって押し倒すのは無しっす! 前にも言ったけど、私は同性愛者でなく異性愛者なんで!

もしかして公衆の面前で犯されるっすか!? 公開処刑っすか!?」

「そんな訳ないでしょ!」

 

真っ赤になって立ち上がるエンリ。

 

――エンリ将軍は女も喰うのか……(ざわざわ)

――そういやンフィーの兄さん、男にしては女みてえに華奢だよな?

――そんなに不思議か? 悪霊犬(バーゲスト)を片手でひねって絞り出した血を飲む族長だぞ。

   オーガみたいに人間の女を食っても変じゃないだろ?

 

ちなみに最後の発言はアーグであり、大人ゴブリン達からは微笑ましい視線を向けられた。

あれは冗談だったと子供ゴブリンが知る日は来ないのかもしれない。

――まぁ、ある意味ンフィーの兄さんが姐さんに絞り取られるのは間違いじゃねぇけどな。

――姐さんが片手で絞り出したり、飲んだりするのか……(ドキドキ)

 

「いやー、エンちゃん流石っす。まさか私の利き手に合わせてくれて、本気を出さないで私を破るとは」

「!!?」

 

ルプスレギナの発言にざわついていた観衆がピタリと沈黙した。

そういえば、エンリが組んだのは利き手ではない。

ちなみにウォーロードのクラスも習得しているルプスレギナは、戦闘の嗜みとしてどちらの腕でも戦えるようにしている。

もちろん、そんなメイドの戦闘能力を把握している者など誰もこの場にはいなかった。

 

砕けた台座に観客の視線が集中した。

利き手でない腕の力で?

それも密着させた肘で?

 

「掌や拳の攻撃に気なる力を込めた武技があるが、密着した状態から放つのは上位の奥義とのこと。

さらに極めた達人ともなれば、手以外のあらゆる部位からも可能だとか。

全身これ武器……エンリ将軍とはこれ程までか」

 

沈黙を破ったのはゴブリン暗殺隊。

二度と表に現れることのなかった闇に潜む彼らが、驚愕の余り顔を出している。

覆面から覗く瞳には賞賛と畏怖があった。

 

「ち、違いますっ! これは何かの偶然で……痛ッ!?」

 

腕を振って否定した瞬間、エンリが片腕を押さえた。

奮闘したツケを請求するかのように、自覚した痛みはズキズキと大きい。

(あっ……でも、負傷なら次の勝負は棄権できるよね!)

辞退の理由が出来て、エンリは改めて勝利を得たと明るい表情を浮かべた。

 

だが、サディストは表情からその思考を読んだ。

逃がさないとばかりにエンリの痛めた腕を掴み、勝者を示すように掲げさせる。

「神官らしく私から勝利の祝福っすよ」

 

<軽傷治癒(ライト・ヒーリング)>

 

(それにアインズ様に叱られるのは面倒ですから。後腐れなく証拠は隠滅っす)

唱えられたのは、ヒーリング・ポーション相当である最下位の治癒魔法。

まるでアンデッドが掛けられたかのようにエンリの顔色が曇っていく。

エンリの痛めた腕は瞬時に回復を果たし、ベスト・コンディションで決勝戦を迎えることとなった。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

「ンフィー、ここに居たの。決勝戦の審判か何か?」

「みんなエンリの活躍に注目してたからね。僕もトーナメントの端っこで頑張っていたんだよ」

 

 

――エンリ将軍 VS 天才錬金術師ンフィーレア・バレアレ――

 

 

決勝戦。

意外も意外、勝ち残っていたのはエンリの恋人ンフィーレアである。

 

「冗談でしょ? ンフィー」

「まぁ、実力でないんだけどね」

 

そう言って、彼は腕を掲げて見せた。

エンリはおろか村人の全員が見覚えがある。

鉄の籠手(イルアン・グライベル)

魔法詠唱者アインズや漆黒の英雄モモンが白骨の手を隠す為に装備していた、筋力増加の効果を持つ魔法の防具。

半日だけの約束でンフィーレアに貸し与えられたものであり、ルプスレギナが運んできた品である。

ンフィーレアのタレントはエ・ランテル王国でも有名な『あらゆるマジックアイテムが使用できる』。

元より魔法詠唱者が装備していた籠手を、錬金術師の彼が使用できても不思議ではない。

 

「魔法の道具を使うのはずるくない?」

「魔法の道具から召喚された参加者(ゴブリン)たちは?」

 

そう、どちらも同じ魔法詠唱者による品である。

大恩あるアインズを引き合いに出されて村で反対する者はいない。

加えてンフィーレアは生まれ持ったタレントを使うのは、筋力に優れた亜人が力を振るうのと同じだと説いた。

 

強引な主張だが、所詮はお祭り企画。

面白ければそちらを優先。

本気で勝敗に拘る者はおらず、盛り上がるならと大らかに認められた結果である。

ゆえに村の住人でないルプスレギナの参加も受け入れられたし、ンフィーレアの人柄ゆえに認められた部分もある。

非力な青年が彼女に良いところを見せたいのだろうとして、むしろ好意的に例外として許可されていた。

 

ンフィーレアから説明を受け、釈然としないエンリだったが直ぐに考えを改める。

ルプスレギナには拒否された提案も、彼なら受け入れてくれるかもしれない。

族長伝説の払拭、最後のチャンスだ。

 

「ンフィーお願いがあるの」

「なんとなく分かるけど、言ってみてよ?」

 

 

            ※   ※   ※

 

 

最後の勝負に勝敗が決した。

優勝は――――ンフィーレア・バレアレ。

みんなの目にはエンリの表情は晴れ晴れとしており、とても嬉しそうに映る。

決して敗者の浮かべる表情ではない。

「おめでとう、ンフィー!」

満足そうに祝福を口にしている。

 

――負けた族長がキレて暴れるんじゃないか?

――小指で勝負を仕掛けていたとか?

――ああ、三本勝負だったか?

――東の巨人の大剣があったろ? あの毒は筋力低下だったから、一服盛られたんじゃ?

――あの将軍は影武者かもしれない。

 

観客に動揺と混乱が広がり始める中―――

 

「……見ましたか?」

 

感激に震える声が上がった。

ゴブリン軍師である。

 

「配下の武勲を奪い、己の手柄として独占する将も多い。

ですが、エンリ閣下は違う。

あのように非力を工夫した部下の頑張りをねぎらって、()()()()()度量の広さを持つ。

これぞ生まれながらの王者の器です」

 

「なんで勝利を譲るんだ? 王って家来から捧げられる方だろう?」

子供らしくアーグが率直に疑問を投げかけた。

 

「このような遊戯の勝利に固執して何になりましょう。

戯れは楽しみ合ってこそ。

将軍は我らに貴重な時間を与えてくれたのです。

それに本当に勝利すべき生死を賭けた時に勝利を重ねる、それが王なのですよ」

 

ゴブリン軍師の解説を聞き、アーグがキラキラとした目をエンリに向けた。

将軍はそんなつもりは全く無いと否定……いや、奥ゆかしくも謙遜している。

 

胸を貸して、挑戦者の健闘を我がことのように喜ぶ。

我らはそんな得がたき偉大な将を頂いたのだ。

一人また一人とその場に膝を着き、ゴブリンたちが次々と頭を垂れた。

()()ぞくちょうのために、おれたちはたらく」

光景に怖れをなしたオーガたちも平伏する。

一斉に村長へ忠誠を示す亜人たちの姿に、村人たちの視線は釘づけとなった。

 

だから、エンリの笑顔が曇ったのは誰も見ていない。

マジックアイテムにより浮かんだ空から人知れず眺め、心から満足そうに頷くルプスレギナを除いて。

 

戦闘メイドにとっては、自分を相手に故意に負けようとした勝負とは違う。

優勝したのは姿を消した至高の御方の一柱がお遊びで造り、現在アインズが使用している鉄の籠手(イルアン・グライベル)を用いた者。

いわば至高の御方に敬意と忠義を尽くし、華を持たせた形だ。

ひれ伏す亜人と驚愕する人間の光景も――ンフィーレアの装備した籠手に対してでなく、その隣に立つエンリへ向けられたものだが、空から見ては分からない――ナザリックに属する村としてこの上なく正しい。

 

「エンリ・エモット、貴女の企てた催しは締めまで素晴らしい。完璧と言っていいわ」

 

ルプスレギナの嘘・偽り・皮肉の無い、心からの賞賛。

それが人間に与えられたと知れば、彼女の同僚たちは驚愕したに違いない。

「本当に何もかも最高だわ」

女神官の優れた視力の先では、プレアデスでも一、二を争うサディストである彼女が気に入るくらい、エンリの表情は複雑に彩られていた。

 

 

            ※   ※   ※

 

 

エンリは何も言えなかった。

ここで否定しても謙遜として、より持ち上げられる事ぐらいは既に経験済みだ。

黙っていた方が無難だが、それもまた肯定として受け取られるだけ。

この後は夜までご馳走を囲んだ酒宴だ。

初めてのやけ酒を経験するのも良いかもしれない。

 

「ンフィー、この後は私につき合って」

「んっ、いいよ」

「今夜は寝かさないから」

 

ずっと飲もうという意味だったが、先のルプスレギナの煽りもあり、場が一斉にどよめいた。

瞬時に真っ赤になったンフィーレアの様子が拍車を掛ける。

 

――お世継ぎ対策まで電光石火。さすがはエンリ将軍ですな。

――ネ厶も叔母さんになっちゃうのかぁ……。

――姐さんなら双子……いや、六つ子ぐらい余裕だろ!

――夜の<六光連斬>!?

――なら、カルネ村版『六姉妹(プレアデス)』結成も可能っすね。

――ルプーの姉さん、心臓に悪いから急に現れるのヤメてくれねぇですか。

 

カルネ村の喧騒は、しばらく止む様子がなかった。

「あなた達、黙りなさい!」

否、気迫ある命令が封殺したのは言うまでもない。

 

こうして新人と古株の交流を掲げたイベントは無事に、エンリ将軍のカリスマと統率を浸透させて終わった。

収穫祭の名の通り、秋の『収穫(みのり)』―――いや、『身の利』を治めて。

きっと来年には新たな種が蒔かれるだろう。

エンリ将軍にとっては悩みの種が。

 

しかし『災い転じて福と成す』とも言う。

これまでがそうであったように、大いなる障害は彼女に至高の栄転をもたらす兆し。

エンリ将軍は『覇王』の道を歩み始めたばかりである。

 




「アインズ様はこうなる事を見越して、あの魔法の籠手をンフィーレアにお貸しになられたのですね!?」
「はい?」
「マジぱねぇっす! さすがは二手も三手も先をお見通しになる知謀の王!」


筆が乗って、作っている最中も次から次へと小ネタが浮かんだのは間違いなくルプーのおかげ。
彼女の絡んだ描写は書いていて本当に楽しかったです。

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