うたわれるもの 偽りの記憶   作:膝にモバコイン

1 / 3
知らぬが仏

―――草木も眠る丑三つの夜半、屋敷の住人も営みを終え床に就く。明日に備えて夢うつつの時分に、厠帰りの己は火の消えた廊下を、月明かりを頼りに歩いていた。誰の手も煩わせず気軽に歩き回れるのが嬉しかった。暗闇の中でも頬がにへっと緩んでいるのが触らずとも分かる……足裏に伝わる冷えた木板の感触が偽りはないと教えてくれるから。

 

ふと見上げた夜空、数年前までは気にも留めなかった光景に胸を鷲掴みされ、余人が慮れぬ深さで見惚れていたのだった。恐らくはこの空を眺めるだけで、希望に満ち溢れた気持ちが湧き上がるのは世界で自分だけだろう。無意識に感嘆の吐息が出てしまう。傍目からは幼子が、歳相応にはしゃいでいるだけと判断されるだろうがそうじゃない……感慨を抱くのには相応の理由がある。私には前世があったのだ。

 

前に暮らしていた場所は技術が今世と比べるまでもなく発達し、衰退しつつあっても崩壊までの間は文明の利器の恩恵を受けられた。対してこっちはネット通信など夢のまた夢、蒸気機関どころかいいとこ日ノ本に於ける室町が精々であろう……一部未来を先取りしまくった文化もあるものの大成には影響を及ぼさぬ規模である。ここだけなら前世との落差にぐだを巻いて悲嘆に暮れていなければおかしく、現状との辻褄が合わないことに疑問を覚えるだろう。

 

しかし、一周目は技術の代わりに人類は環境への適応能力を失っていたのだ。防護マスクなしで地表の活動しようとすれば……数分もせず致命打を受け死に至る。免疫が低下しすぎた人々は地下に追いやられ、身体能力も大の鍛えた大人ですら、比較対象こそ悪いが今の私に負ける脆弱さであった。

 

その中でも劣等の区分に入る己は病気がちで、車椅子の補助なしに移動も叶わない重篤患者。誰かの手を借りなければ日常生活もままならなかった身が、偽装天蓋ではない陽射しの下、野原を縦横無尽に駆け回れるまで大変身を遂げたのだから、これだけでお釣りが来る……それに、二周目は命の危険が一周目終盤とダンチの差さで明日を心配せずに済む。

 

ここエンナカムイだって、街道に賊が出没するので安全とは言い切れないけど……治療のしようもない蔓延する奇病に端を発する文明崩壊と最終戦争。僅かに残った食料を巡って石器寸前までになるまで殺し合い、家族すら次の瞬間には化け物になるんじゃないかと怯える凄惨な日々はもう筆舌に尽くし難かったのだ。絶望のみが拡がる世界と比べエンナカムイのなんと素晴らしきことか!しかも下級とはいえ高貴な家に生まれ、衣食住足りている環境である。文句などあろう筈がなかった。

 

―――なので異世界に生まれ、耳が獣耳でお尻に尻尾が生えていようと些細である。むしろそれ以外人型で姿形が人類に瓜二つだし些細だろう。美的感覚も幸運なことに共通している……冒涜的な姿見の生物になってないので大当たりだ。

 

正に捨てる神あれば拾う神ありである。記憶が混濁する間際まであまりの仕打ちに神はいないと血反吐吐き、呪詛を捧げた甲斐もあったといもの。敵の敵は味方と救い上げてくれたに違いない。人生ハードモードから強くてニューゲームとは本当に粋だね……うん、だから男から女になったぐらい大したことはない……うん、ないのさ。さて、長くなったが回想終了だ。大事なのは今なのだから……

 

 

咽返るような野草の匂いに包まれて、過去を取り返すよう同じ年頃の子供達も遊ぶ。内政や技術革新など物語の主人公たちが勤しむステップに見向きもしない。なんで?美味しそうなポジションに着かいないのかって?魅力というか、リスクとリターンがあってないからだった。

 

正直厄いのだ……国は豊かじゃなくとも食うには困ってない上、戦も遊牧民が散発的に略奪しかけての兵役はあっても、ヤマトという大國の一構成員な我がエンナカムイは直接の戦火には晒されない。火薬等の爆発物を製造して、戦場を一変させ短期的には死傷者数を減じても、技術が漏れてこちらに向けられないとも限らないだろう?一応こっち基準で高度な文明を誇る側なのだ。現状有利なら要らぬ刺激を与えて藪蛇はしたくなかった。

 

作物の生産向上だってそうだ。二毛作を導入からの連作障害に三圃制導入して、問題克服が実行困難なのに目を瞑って成功したとしても、収穫高は増えた分だけお上へ、民草が増えるのは負担ばかりな未来もあり得る。一部以外には恨まれるかもしれない博打なぞ打つ気は毛頭なかったのだ。異能は人を孤独にする……後ろ盾なく過ぎた力を示せば、やがては周囲に危険すら及ぼす諸刃の剣である。欲しいものは既に手にしているので、無茶する理由が見当たらないのだ。地に足つけての生活が一番だった。

 

差し当たっては尊敬すべき家族、兄様に褒められるのが最優先事項である。ブラコンというなら笑わば笑え、諸兄も文武両道で民を慈しむ頼りがいのある兄を持てば、きっと染まるだろうから!課題や家事をこなせばあの人は人懐っこい笑みで頭を撫でてくれるのだ。荒々しいけど……だからこそ軟じゃない、認められていると実感できる。同情と後ろめたさが見え隠れする労る手付きとは無縁なそれが堪らなく愛おしい。

 

故に迷惑にならぬよう勉学等は常識に則った範囲で、麒麟児もとい才女に納めている。自分は愛され、認められたいのであって……忌子として恐れ嫌わるのは真っ平ごめんだった。

 

やっていることといえば、身体が同年代な子たちと無邪気に隠れんぼしたり、ケイドロや缶蹴りを現世に即してアレンジして拡めたり、異世界仕込みの暗算の速さを活かしての家計の収支計算書と見積の提言。プレゼントに最先端の学術書を貰い読み漁って、出しても不審に思われない発展先にある理論の実証を将来に備え、見繕ったりするぐらいである。

 

まぁ、今は一番ハマっているのは趣味と実益も兼ねた自衛力の強化だったりするが。兄様は民草の安寧のために尽くした祖父の生き方に憧れているので、後を追うべく治安維持に勤しんでいる。当然一般ピープルと義理人情の渡世に生きる荒事集には好かれるが、弱い者虐め大好きな畜生連中からは蛇蝎の如く嫌われてたりする。最近地元で名前も売れてきましたし。

 

で、当人は滅茶苦茶強いので下手に手を出しても返り討ちに合うだけと学習したらしく、か弱いだろうと看做して人質、もしくは憂さ晴らしに使おうと私に襲撃を掛けてきたこともあった。でもそんな安直な手、兄様と私が読んでいない訳もなく逆手に取って一網打尽にした。見せしめの意味も込めて苛烈に対処はしたものの、あの手の輩は雑草と同じで喉も度を過ぎ去ればなんとやらで安心できない。また生えてこないとも限らず、最低限時間稼ぎ、本音を言えば汚物を消毒できるだけの力が欲しかったので日夜修行である。

 

後、言い忘れていたが獣人の名に相応しく二周目の住人はほぼ全員、過去一周目の人類が地表で活動可能だった頃のスポーツの祭典。オリンピック世界一位も白目を剥くスペックの持ち主である。何を隠そう子供からして、米俵の荷運びを駄賃扱いする連中だった。前世のちびっ子に兵士の完全装備と同等の重量を運ばせようとするのは虐待以外のなにものでもないのにだ……

 

最初価値観を見事にぶち壊されて戸惑ったものの、獣の血を引く存在だし古い物差しは邪魔なだけと考える切欠になり、もう馴染みきって疑問にも上らなくなったがな。非常識も慣れれば常識。何より補助無しで移動しようとすれば這いずり回って、精々十メートルで酸欠になる己が、鼻歌交じりに十キロ超えて走破可能になっているのだ、歓迎する以外の選択肢あっただろうか?……うんある訳ない。実際、家族と共に身体を鍛えるのは楽しくてしょうがなかった。

 

異世界に生まれて万々歳である。極めつけにお伽話や空想でしかなった魔法すらあるリアルファンタジーで、血が滾らないはずもない。魔法、もとい呪法の才能があると知った時は人目も憚らずガッツポーズするほどだった。兄様も一緒になって喜んでくれて、自分……いや私以上に幸せそうに見えた。恥ずかしい失敗談だが味を占め、より期待に応えようと我を忘れて没頭して、引き際弁えずぶっ倒れたこともあった。その折始めて拳骨くらって泣き腫らし……心配をかけてしまった愚かさを謝ると、兄様がしょうがねぇなぁっと苦笑して抱きしめ、自慢の妹だと断言してくれた記憶は宝物である。

 

―――私ことネコネは曇りなく幸せだった……悪夢の象徴、赤い不死身の化け物と出遭うその日までは。

 




息抜きに書き上げた作品をお蔵入りするのも勿体無かったので投稿……
原作キャラ憑依っぽい作品ですが楽しんで貰えたなら幸いです。

需要があったのはかは兎も角、続きは本命の息抜きなので更新は気が向いた時にでも
―――それでは次の話でまた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。