鳥の囀りに、起床ラッパ代わりのホロロン鳥の鳴き声で目を覚ます。障子を超えて降り注ぐ陽光が寝覚めには眩しかった。寝ぼけ眼を擦りつつ視界を見やる……映るのは見慣れた天井に見慣れた和室。部屋に響く息遣いは独り、曲りなりの末席とはいえ貴種の家柄である。一般的な家々のように家族揃って川の字で床を共にすることはない。分別がつく年頃ともなれば各々に個室が与えられるのだった。ありがたい話と言えよう、平民辺りに生まれればパーソナルスペースなぞありはしない。プライバシーの権利を叫ぶのは贅沢なのだから。
揺り籠に等しい人肌で温められた布団の誘惑を振り払って、這い出す。寝間着の帯を溶いて外向き、前世に於ける日ノ本の和服と遊牧民等の部族の民族衣装が混ざり合った服を纏う。和箪笥の隣に備え付けられた鏡の前に立ち、漆塗りに小さな花々が描かれた櫛を用いて自分の髪と尻尾を梳く。数分も費やせば跳ねた寝ぐせ程度は、素直に頭を垂れ支配を良しとする。都合十数分にも及ぶ身支度を終え、やっとの思いで人目に触れられるのだった。
実体験から身に沁みているので語れるのだが……女というのは面倒臭い。前世が着替えももたつくレベルの男だったので、説得力に欠けるかもしれないものの凡そ間違いないだろう。例えば男性であればざっくばらんな髪型でも似合えば野性味溢れるだとか格好がつくけど、女性じゃ同条件でもだらしないと世間様に烙印を押されてしまう。まったく以って理不尽である。
なまじ文明水準と多少の余力があるせいで、上下に至るまで投じる金額に差はあれど女のお洒落が蔓延しているのだ。やらないのは女を捨てたか、見えを忘れるぐらい切羽詰まった証とされる。ただ女でも大半の童は別で、化粧っけはない……じゃあ何故にちんちくりんの私が猶予期間をブッチして身嗜みを整えざるを得ないのかと言えば、答えは簡単である。貴族だから、以上!説明終了。実に身も蓋もない顛末だった。
擦れ違った家人に挨拶をして、益体のない愚痴に別れを告げるべく桶に波々と満たされた水で顔を洗う。冷えた水滴が首筋を伝う前に手拭いの役目をまっとうさせた。湿り気が残る洗面所を後に予定を組み立てる。やれることは多々あっても、やっても問題ないと但し書きをすると行動の幅は大分絞られるもの。欲望の赴くまま行動を起こすとどうなるか?
己の場合であれば、介護されっぱなしだった反動故に世話を焼かれぬようなるたけ自己解決するだろう。さっき溜められた水も他人の手を借りず、井戸から汲み必要な分往復して済ませる。諸兄は一見幼いながらも自立した出来た人物と勘違いするかもしれない……しかしこれ問題だらけの花丸はおろか落第に達する悪手だったりする。
家に居るのが血族のみなら正解でも、血の繋がらない親戚筋ですらない使用人がいるのだ。彼らの仕事を奪っているに過ぎない。上役が素知らぬ顔で邪魔してくるとか心労はいかばかりか……その気がなくとも傍目からは貴方要らないですと、言外に示すことになるのでもろ悪漢?であった―――、な訳でやりたいことがあっても堪えるのが肝要なのだ。
縛られた不満にしても天上人には縁遠い位なので、着替え風呂にまで付き従う従者は雇用される筈もないから有情である。優先順位を付け直し、台所へと向かうのだった。
斧で切られた半身の薪が灼熱に炙られ、火花を散らし踊る。その頭上には張り巡らされた鉄の網に載る串刺しにされた無数の肉片。滴る油、悲鳴すら材料にしてより一層肉を苛め抜こうと燃え上がる炎を前にして私は嗤う。断末魔にも似た煙すら完成を彩るスパイスだ。こいつには散々梃子摺らされた……炭化に至らぬ加減は中々に難しかった。達成感もひとしおである。食用に飼育していた鳩を鶏サイズにした色鮮やかな鳥の成れの果て、焼き鳥を皿へと避難させるのだった。
飯炊きのテリトリーを侵す越権行為だが、大義名分は我に有り。彼らともwin-winの関係を築けているので問題視されることはない。何故なら調理は火なしでは語れないから……御存知の通り、技術水準がお察しな今世は火を起こすのからして火打ち石が現役である。幾ら獣人の身体能力でも火打ち石じゃ、使い物になるまでの手間が只人と大差なく、不便極まりなかった。そこで魔法使いもとい呪法師の自分が輝くのだ。
原理は長くなるので省くが、呪法は精神力とかいう形のない素敵成分を燃料にして、唱えるだけで過程をすっ飛ばして現象を引き起こす。当然あるなしで、料理に使える塩梅まで引き上げる速度は雲泥の差が生ずる。何せ片や一々気を見て、小枝を投じて火の具合を調節しなきゃならないのに、オカルトはほぼノータイムなのだから。
威力の調節の練習って題目も携えているので、誰憚ることなく参加を可能としていた。他者の顔色を窺う人生だったので、心情にも割りと負の方面で敏感だけど……忙しなく働くおばさまたちからも煙たがられる様子は感じらないので一安心だった。もし、昔の己が今の私を知ったらどんな顔をするだろう?出来損ないが役に立っている光景を……
―――まぶしたタレが焦げる匂いで我に返る。どうやら感傷に浸ってしまっていたらしく、迂闊にも呆けて非常識な常識に沿ったせいか、一部肉が黒み、旨味が移住する羽目になっていた。むらっ気のある直火なのに成功例そのまま流れ作業感覚で手を動かし、満遍なく熱されるオール電化気分でやればこうもなろう。我ながら呆れて物が言えない……折り合いをつけていたつもりでも、咄嗟の判断や反応は未だ過去が優勢気味だ。前世があるというのも利点ばかりじゃなかった。まぁ……短所を補ってあまり得る恩恵預かってるので必要経費と割り切らなきゃ罰があたるが。
朝食に用意された、たらふく盛られた品々が綺麗さっぱり胃に吸い込まれた時分。お茶を啜って、常々のもどかしさを振り返る。人と火は切っても切れない関係性ゆえ……チャッカマンは無理でも正直マッチは欲しい。だが、異世界人感覚だと……たかがマッチでも現地民の方々からすると日々の営み、野外行動に革命を齎すオーパーツである。呪法師以外に出来なかったことが、分け隔てなく気軽に扱えるようになると言えば凄さも伝わろう。
作ろうものなら世紀の発明として否が応でも注目は必至、エンナカムイじゃないヤマトのマジもんの首都、帝都から呼び出しくらう未来不可避だった。
―――笑えない、本当笑えない。頬が無意識に痙攣していたのか、父に怪訝そうな視線を送られていたのにもまるで気付かず、悪夢は続く。勿論作った経緯と原理を根掘り葉掘り尋ねられることは請け合いなものの、両方審問官の納得を得られそうな返答は採点甘々でも無理っぽいから困ってしまう。
いや、だって……リンを生成する時に尿を蒸発させるわけなのだけど、どうしてやったと問われても好奇心以外に誤魔化しに窮するのに、その後も好奇心と思いつきの一点張りで現物拵えて、齢二桁にも届かない乳臭い餓鬼がパラダイムシフト引き起こすとか与太もいい加減にしろ!って、話だろう。よしんば信じられたとしたら、それはそれで窮地に変わらず異端認定は免れまい。己の脳内でしか通用しない共通認識で、共感なぞ得られるわけねぇのである。
よって脳内決議で無事マッチの不採用が決定したのだった。身の安全の他にも自然発火しやすい形式ゆえ、木造建築主体の中でやらかすと連鎖で大火事、旅路の途中で焼け野原量産とかが想定じゃなく、実戦投入されるようになれば遠くないうちに犠牲者が出る確信もあったし……面識もない人が思いつきの結果、両手で数えきれないほど死ぬのは、ちと荷が勝ちすぎた。
やっぱり、こつこつと地道に風土と風習に擦り合わせた一歩先の技術を明かすのが、成果としては手堅い。既存の延長線上の狙い目、安牌なのはそろばんの発展だろう。こっち文化水準が食に関する進捗が著しく、暮らし向きも鎌倉以上なのに近代以前の計算機器の基本たるそろばんは……その驚いたことに紀元前並なのだから。
普及しているのは枠で囲われた複数の線が掘られた木の上で、麻雀の点棒と碁石に似た貨幣を補助具に用いて計算する……線そろばんと古代中国の算木を掛け合わせたナニカである。ベッド意外に行き場がなく、本の虫な自分じゃないと見逃してしまう骨董品だった。皆が想像する進化系と比べ、計算の度に片付けがいるので改良の余地ありありなのだ。原材料も作製の難易度も設計図渡して職人さんにお願いすれば試行錯誤はあれどクリア出来るはず。
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本作は大凡主人公の独白と、本命の練習がてらに書く三人称視点で他から見た主人公みたいな感じのを予定しています。うたわれるものを詳しく描写しようとすると憶測という名の推測で捏造設定だらけになるのもあれですので。
―――それでは次の話でまた。