9月25日 舞鶴分校
夏季休暇を終えた2人は元の士官学校生生活を再開していた。
但し、周りの同期生には色々と秘密な関係ではあったが……しかし、周りからすれば相変わらず『ライバルだから仲が良い反面者同士』と言う妥当な評価に落ち着いていた。
そして、課業後、松島宮は滝崎のところに来ていた。
「で、高松宮殿下や東久邇宮殿下から何か連絡は?」
「いや、ないな。なにせ、一部の人間と話を付けただけで、アカのスパイが何処にでもいてもおかしくない状況下では派手に動けれないだろう?」
「まぁ、そうだよな……226からが本番だから、早めに何とかしたいんだけどな…」
「おいおい、米露相手に歴史を変えるなんて大事、1人で出来る訳なかろう。あの話を聞いて、お前だけでなく、山本本部長や前田閣下や永田閣下も動いておられる。気持ちはわかるが、お前だけ焦っても事態は簡単に動かんぞ」
そう言いながら松島宮に背中をバシバシ叩かれ、滝崎は苦笑を浮かべる。
「それにだ、お前があの話をしてくれたからこそ、動けないお前に代わって、動けるものが動いてくれているんだ。お前はいま出来る事を充分にやっている。後はちゃんと私と共に士官となって表だって動ける様に勉学に励む事だ」
「……あぁ、そうだな。しかし、なんか、諌められたり励まされたりしてるな」
「おいおい…あっ、今日はどうする? 邸に来るか?」
「いや、時間的に無理だから、今日は止めとくよ………あっ、そうか…」
「ん? どうした?」
ふと見たカレンダーを見て滝崎は止まり、気になった松島宮が訊いた。
「明日は……大事な日だ…日本海軍にとってだけど…」
「……あっ、そうか、明日は…」
この瞬間、2人にあるキーワードが思い浮かんでいた。
『第四艦隊事件』と言う、重大なキーワードが…。
2日後 27日 舞鶴分校
26日午後に荒天下演習中の第四艦隊の多数の艦艇が天候被害を受けた、と教官達から教えられた。
そして、27日昼頃には更に詳細が判明していた。
沈没艦艇は無し。但し、船体切断や艦橋損傷と言った重大損傷艦多数……と、ほぼ滝崎の知る史実であった。
ただ、滝崎の知りたい事項は別にあり、それが届いた瞬間、滝崎はショックを隠しきれなかった。
『駆逐艦初雪艦首切断。切断された艦首は重巡那智が発見するも、機密保持の為、砲撃処分』……と。
3日後 舞鶴 松島宮邸
「……それで、最近はあのまま、と?」
「うむ、初雪の艦首砲撃処分を聞いて、少し気がそっちに向いている様だな」
密かに松島宮邸に来ていた山本本部長が居間に居る滝崎を見て聞いたところ、松島宮は呆れた感じで事情を話した。
「まあ、まだ短い付き合いだが、最近あいつの事が少しづつだが、わかってきたがな」
「と、言いますと?」
「滝崎があの話をする時、何時も力が篭る場面がある。それは『人の生死・人生』が関わる場面だ。神風特攻、原爆、シベリア抑留、戦死者数……あいつはそれが必要犠牲であると承知しつつ、全員を助けるつもりだ。例え、自らを犠牲にしても、だ」
「………なるほど、確かに彼は自分を捨ててでも他人を助けようとしますね。永田少将の一件が正にそれですな」
「うむ。歴史に名も残らぬとは言え、その者にも人生がある。家族がいる、妻がいる、子がいる、恋人がいる、帰りを待つ人がいる…あいつはそれを知っているから、自らを捨てて1人でも多くの人間を悲しい目に遭わせまいとするのだろう……それが他国人を犠牲にする事を覚悟してな。その為に茨の道へ自ら飛び込む気だ…ふん、敗戦で『個より公』を否定される教育を受けたと言ったが、あいつは自らその教育から抜け出す、骨のある奴だ」
「故に今回の一件…初雪の件も引き摺っている、と?」
「さっきも言ったであろう。あいつは今回の一件の最大の犠牲者がこの件だと知っていたから、それを防ぐ為にも話したんだ。それなのに結果は変わらず、自らの無力さを原因にしているのであろう。山本少将、そろそろ種明かしをしないと、後々面倒だぞ」
「わかりました。しかし、殿下とあの若者はやはり良いペアですな」
「何を言っている、本部長。あいつは私の好敵手。好敵手を知らねば勝つ事は出来んぞ」
「なるほど…では、種明かしをしてきます」
「うむ、頼む」
そう言うと松島宮はお茶を入れる為に台所へと足を向ける。
そして、山本本部長は居間に入った。
「元気…とは言い辛いな」
「あっ、山本少将。お疲れ様です」
「うむ、まぁ、言わなくても私がここに来た理由がわかるだろうが…その前に1つ、いいかな?」
「はぁ、構いませんが…なんでしょうか?」
「うむ、初雪の艦首処分の件だがね…艦首部乗組員は切断面から後部に退避していて、那智が砲撃処分したのは無人の艦首だ。よって、初雪艦首砲撃処分における殉職者は皆無だよ」
「……………………本当ですか?」
「あぁ、君の助言は役に立ったよ」
か
「………あぁ、よかった…本当に良かった!」
先ほどまで全力で落ち込んでいたのが一転、安心しきったかの様に顔を綻ばせる。
「やれやれ、変わり身の早い奴だ。それより、山本少将の要件を聞かねばならんだろう」
お盆にお茶の入った湯飲みを3つを載せて松島宮が話に入ってきた。
「あっと…すみません、山本本部長」
「いやいや、構わんよ。さて、話の本筋だが、今回の一件について、君の意見を訊きたい」
「そうですね、先ずは非破壊調査…超音波による検査も行って下さい。更に溶接用鋼板の開発・改良も続けて下さい。今後、戦時体制への移行に伴う護衛・輸送船舶の建造・生産に関わりますので、今からこれらの設計もお願い致します」
「ふむふむ……他には?」
「それと…現場の艦長、並びに造船技官の自決は防いで下さい。幾ら軍縮の影響があったとは言え、無茶な要求をしたのは用兵側ですから。それより、これを機にダメージコントロールの研究・強化を」
「君に言われると、耳の痛い話だ…だが、数年後の大戦を考えれば良薬と思って服用しよう。他に何かあるかな? なんなら、損傷艦の一部を弄る事も可能だが?」
「………では、鳳翔、龍驤、扶桑、山城の4隻の改装をお願いします」
「なに!? 扶桑と山城もか!?」
「ほう…大きく出たね」
滝崎の言葉に松島宮は驚き、山本本部長はニヤリと笑いながら呟いた。
「山本本部長はご存知の筈です。鳳翔は現在のままだと小型・低速で新型艦載機を運用出来ません。龍驤もあのトップヘビーな構造を治す必要がある。扶桑、山城は日本戦艦の中でも低速過ぎます。まぁ、いずれは伊勢型・長門型も改装は必要ですが」
「先行的に2戦艦の改装か…よかろう。進言してみよう」
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