大逆転! 大東亜戦争を勝利せよ!!   作:休日ぐーたら暇人

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戦闘…後描写になった……。


25 張鼓峰

昭和13(1938)年7月30日 帝都 陸軍参謀本部

 

 

年度代わり4月をもって、陸軍参謀本部次長になっていた永田中将の元に7月11日に発生したソ連・満州国境にある張鼓峰占拠からの武力衝突(『張鼓峰事件』)に、滝崎と松島宮は『海軍次官との連絡役』として来ていた。

 

 

「戦況の方ですが、どうですか?」

 

 

「滝崎君のお陰で我が方優位に進んでいるよ。明日には朝鮮軍からの増援をはじめ、各部隊が動き出す。海軍さんの方は?」

 

 

「『演習の為』、釜山近海にいた第二航空戦隊、並びに同じ理由で舞鶴に待機中の第一航空戦隊、96式陸上攻撃機隊など、向けれる戦力は全て支援に回します」

 

互いにニヤリと笑う永田次長と滝崎。

それを横で見ている松島宮は溜め息を吐く。

 

 

「永田次長、滝崎同様に悪人が笑っている風にしか見えないのですが…」

 

 

「はっはっは、すまないね。だが、半年以上も準備時間があったからね。担当する部隊と増援に充分な装備を配備する事も出来た」

 

 

「『ノモンハン』の事前練習ですからね。ここで躓くと不味いですし」

 

 

「あぁ、そうだね。だが、君の早く正確で的確な助言によるものが大きい。ホントに随分と助けられた。しかし、『最も必要な物が無いのなら、持ってるところから買えばいい』と言ったのは、ある意味、目から鱗だったがね」

 

 

「あはは……永田次長、その辺で…」

 

永田次長の言葉に滝崎は苦笑いを浮かべながら言った。

何故なら、『最も…』の下りを聞いて松島宮が笑みになってない笑みを浮かべていたからだ。これは『また、私が知らないところで悪さをしたのか? ん?』と言いたいのだ。

 

 

「それと、対戦車兵器に関してだが、無反動砲の開発が完了した。37㎜ではあるが、現段階においては歩兵個人が携帯出来る有効な兵器だ。今は正式採用に向けての最終試験中だ。なお、物品とその内容特定を避ける為、『軽砲』の名称を使用する」

 

 

「なるほど、確かに有効ですね。出来ればノモンハンあたりまで隠し通したいところですが」

 

 

「それについては大丈夫だろう。なお、引き続き口径の拡大等の改良、並びに他の対戦車兵器の開発は続ける。日米戦開戦時には目処はつける。そちらは安心してくれ」

 

自信有りげに永田次長は言った。

 

 

 

 

史実であれば4個大隊の兵力で防衛戦を行っていたが、この世界ではそうならなかった。

事案発生と同時に朝鮮軍から史実部隊を含んだ第19師団を派遣、8月1日時点で朝鮮軍、更に関東軍からも増援を派遣。

また、空母航空隊を含んだ陸海軍航空戦力を投入。圧倒的な数と練度を惜しみもなく投入し、制空権の確保に努めた。

 

 

 

8月8日 朝鮮・ソ連国境 張鼓峰

 

 

ソ連軍の攻勢を撃退した防衛線の付近に撃破された戦車や装甲車、更にソ連兵の死体や負傷者が転がる。

戦闘を終えた第75連隊の一部の兵士達は後方の重砲兵隊からのダメ出し阻止射撃、更に空爆が行われている間に工兵隊の安全確認の下、衛生兵と共にソ連兵の負傷者を収容したり、撃破したソ連軍車輌をユニバーサルキャリアーを使い、出来る限り牽引回収している。

また、工兵隊によって補強された防衛線である塹壕では次の戦闘に備え、据えられた機関銃や山砲、速射(対戦車)砲、迫撃砲の整備点検が行われている。

 

 

「ソ連軍侵入と聞いて、一時はどうなるやらと考えたが…ここまで楽になるとは思わなかったな」

 

被害報告を受けた連隊長佐藤幸徳大佐は言った。

実際、人海戦術と多数の火砲による大砲撃を得意とするソ連軍の攻勢に苦戦必至と考えられた。

だが、人海戦術はともかく、重砲による砲撃戦は当初こそソ連軍は撃ち返していだが、度重なる陸海軍航空隊の空爆により鳴りを潜め、日本側の独壇場になっていた。

また、前述した通り、制空権を確保した事により、ソ連軍側は空爆もロクに行う事も出来ず、何の援護射撃のない中を人海戦術のみで防衛線攻撃に向ける事態となった。

だが、この人海戦術も被害の割には効果はなく、武器弾薬等の消耗に対する補給も朝鮮・満州と後方連絡線が確保されている日本側に対し、ソ連側は前線後方への輸送すら一苦労であった。

そして、この後方連絡線の確保は負傷者救護に絶大な格差を生んだ。

日本側は負傷しても前線後方の野戦病院で初期処置を施し、朝鮮・満州の病院へ搬送する事が出来、緊急であれば野戦飛行場から輸送機を飛ばして搬送する事が出来た。(これは収容したソ連兵にも実施された)

対し、ソ連側は重傷者を見捨てる事もさる事ながら、軽傷者の処置すら最低限であり、その軽傷者を次の攻勢に平気で投入する為、消耗率はうなぎ登りであった。

よって、前線では『日本側が負傷した味方を収容している』情景を見て、一か八かに賭け、『負傷・戦死したフリをして日本側に投降する』ソ連兵が続出したのは皮肉と言うべきであった。

 

 

「それにしても、4月から新装備配備や装備転換、慣熟訓練に防御演習、とドタバタさせた理由は、実はこれだったのか?」

 

 

佐藤連隊長の言葉に周りの幹部達も苦笑いを浮かべる。

4月の新年度になってから新装備(ユニバーサルキャリアー)配備と速射(対戦車)砲の装備転換(ラインメタル3.7cm PaK 36『ラ式三七粍対戦車砲』)があり、これらの慣熟訓練にあわせて防御演習が頻繁に行われていた。

このドタバタなスケジュールに佐藤連隊長他、連隊長レベルの人間が困惑していたのだが……その答えがこの事態と言う事らしい。

 

 

「とにもかくにも、だ。現状を維持すればいい話だ」

 

 

 

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