翌日午後 舞鶴某所
「……えーと、松島宮殿下。いったいなんですか?」
授業終了後、何故か松島宮に呼び出された滝崎はそのまま流される形で松島宮が借りている借家へやってきた。
「そんなに畏まらなくていい。上衣も脱いだらどうだ」
そう言って本人はそそくさと上衣を脱いでポンポンと畳んでしまう。
(……よく見れば、松島宮の身体のラインって細いよな)
横目でチラチラ見ながら滝崎は上衣を畳む。
畳終えて隣を見ると、いつの間にか松島宮が座っていた。
「うおっ!?」
「なんだ、びっくりしたのか?」
「気付かぬ間に隣に居たら驚くって」
「あぁ、たしかにな…滝崎よ、皇族を含めた上流階級は楽だと思うか?」
「うーん…まあ、俺個人としては御家事情だから一概には言えないと思うが…やっぱり、それなりの苦労はあると思うけどね」
「…農家出にしてはえらく現実的な事を言うな」
「いや、そんなもんでしょう?」
「まあ、そうだな…で、では…わ、私がお、女だと言ったら…ど、どうする?」
「……えっ、えー、えぇ!?」
思わず松島宮の顔を見る滝崎。
そして、よーく見てみれば……胸部にさらしが巻かれている。
「……………と、と、とりあえず、事情を話してくれないか?」
「う、うむ、わかった」
そして、松島宮は少しづつ語り始めた。
松島宮家は皇族家の末席にある。故に跡取りと言うのは重大であった。
ただ、なかなか子宝に恵まれず、漸く産まれたのが徳子…つまり、女子である徳正王であった。
これに父親は落胆、挙げ句の果ては徳子を徳正王にして『男子』として育てる事にした。
そして、松島宮に対する不幸は続いた。徳子を男子として育てる事に対して最大の反対者であった正妻が徳子を生んでから体調を崩していたのだが、徳子2歳の時に亡くなると、これ幸いとばかりに父親はあちこちの女性に手を出しはじめた。
また、徳子も母親を亡くした事により精神的支柱を大きく削られる事になった。
この状況が変わったのは数年前に手を付けていた女性の1人が遂に義弟とも言うべき男の子を出産、家督の継承権がその義弟に移った事だった。
既に『男子』として育てられて10年以上経過しており、男の為りが定着していた。
また、義弟が出来た事により父親との隔絶は明確化し、これを切っ掛けに前々から家を出る事を考えていた松島宮は決断、絶縁とばかりに家を出る事にした。
なお、海軍になったのは父親代わりの『叔父様』が海軍軍人で周りにも薦められたから……と言う事だった。
「ちなみに、それを言った理由は?」
「前々からあの侍従医に言われておったのだ。『信頼出来る者を見付けて、我々が見てない時も助けてくれる様にしておけ』とな」
「それはまた大変で」
「当たり前だ。皇族と言えども、女が軍務に就くなど聞いた事があるか?」
「記録を調べれば有るかも知れないけど…あっ、会津藩に居たな」
「八重殿か…いや、それ以外だ! それ以外!」
「知る限りではないな」
「だろう? あーあ、言えたからスッキリした」
そう言って松島宮はスッキリした表情で畳の床に寝転がる。
余り公言も出来ず、色々と溜め込んでいた物を吐き出したのだから、当然かもしれないが。
(……これはちょうどいい、この機会に賭けてみよう。多分、これを逃せば次は何時くるかわからない)
松島宮の告白に滝崎は賭けてみる事にした。
「じゃあ、松島宮。もし、10年後に日本が滅びる瀬戸際に陥るとしたら…どうする?」
「皇国が? アメリカやソ連と戦になれば有り得なくはないが…日本の何処に好き好んで戦争を仕掛けるバカがいる? 特にアメリカに?」
「そこだ。もし、水面下で日米を戦わせ、互いに疲弊したところをソ連が世界規模に勢力を拡大する企みが少しづつ進んでいるとしたら? しかも、現大統領ルーズベルトが様々な理由で日本を敵視し、密かに叩き潰す機会を伺っているとしたら!?」
「待て待て待て! 共産党勢力の拡大はわかる! だが、アメリカはモンロー主義にあり、資本主義と対立関係にある共産主義を助ける様な真似を何故する? 更に移民に対する問題などの懸案事項はあるが日米関係は悪くはない。何故、10年後に皇国が滅びる瀬戸際になるんだ? いや、そもそも、滝崎、お前はなんでその話題を出してきた?」
「君が自身の秘密を話したのなら、僕も自身の秘密を話す必要がある。しかも、日本の未来、世界の未来に関わる事項だ」
「ほう、皇族の女子が海軍軍人に紛れこもうとしている以上の秘密か? よかろう、日本や世界の未来に関わるなら聞いてやろう」
1時間後……自身が更に70年後の未来からやって来て、更に日本と世界の歴史を大筋に語り終えた後、暫く沈黙が場を支配した。
長く感じた沈黙の後、漸く松島宮が声を震わせながら絞り出すかの様に口を開いた。
「つ、つまり、2年後には支那国民党と戦闘状態になり、それが発端となりアメリカと対立し、開戦…最後は惨敗に終わる…だと?」
「あぁ、そうだ」
「それだけでなく、本土の都市は焼け野原になり、広島・長崎は原子爆弾の実験場にされ、沖縄は戦火に焼かれ、特別攻撃と言う体当たり・自爆攻撃を行い、ソ連の条約無視の侵攻による悲劇……結果、臣民300万の尊き命が犠牲になっただと!! 問題大有りだ!!」
「お、落ち着いて、落ち着いて…深呼吸して」
「はあ…はあ…はあ……くそ、世界大戦は始まる上に、スターリンの掌に踊らされる事が余計に腹が立つ! 滝崎! その話は本当だな!?」
「天地神明に誓って本当だ。ただし、これは僕の世界での話だ。でも、多少歴史は違っているが、このままいけば間違いなく、日本は危ない」
「うむ、だが、それは叔父様や叔父様と親しい海軍軍人達も言っていた事だ。よし、わかった! そんな話を聞いたら黙ってられん。筆だ! 紙だ! 叔父様に緊急の手紙だ!!」
何処かから紙と筆と机を持って来て、スラスラを内容を書いていく松島宮。
それを不覚にも呆然と見つめる滝崎。
「あっ、そうだ、滝崎。お前も何か話題を出せ。そうすれば信憑性が出てくる」
「あぁ、とりあえず、海軍だと悪天候下での演習による第四艦隊事件、陸軍だと人事案件による永田鉄山斬殺と皇道派クーデター未遂の2.26事件だな」
「……ちょっと待て、海軍関連より、陸軍関連がとてつもななく問題ではないか! しかも、統制派重鎮が殺害されるだと!? それに加え皇道派クーデターだ!? まったく、日本を2つに割るつもりか? これではアメリカに勝てるか!!」
「落ち着いてくれ! 御近所迷惑! 憲兵が跳んで来る! 深呼吸! 深呼吸!」
「ふー…ふー…ふー……ならば余計にこの手紙を届けねば。イザとなれば、どっちも潰してやる」
「いや、それはそれで不味いからね」
手紙を送って2週間後
「えっ…帝都に?」
「あぁ、最初は叔父様も戯言の様に思っておったのだが、時間が経てば経つ程気になってきたらしい。だが、叔父様は忙しい御方だからな。それに直接会いたいそうだ」
手紙を出してから2週間、2人が首を長くして待っていた手紙の返事が漸く来たと松島宮から聞き、内容を訊くと帝都に来てほしい、との事だった。
「まあ、それは構わないが…行けるの、帝都に?」
「問題はない。任せろ」
「…わかった」
若干不安になる滝崎だった。
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