「――――なんだ」
ジェラールとエルザは突如として立ち上った火炎と膨大な魔力に驚き、戦いの手を止める。
「ナツ?」
「ジェラアアアアルウウ!!!」
エルザが呟くと同時、ナツが雄叫びを上げながらジェラールめがけて跳ぶ。蹴った床を砕きながら一足でジェラールに接近し、勢いそのままに殴りつけた。
「――――!」
ジェラールは驚異的な速さに対応できず、防御もできずに床へと叩きつけられる。ナツの急変にジェラールはなぜと思考した。だが、思考の隙にもナツの攻撃が止まることなどあり得ない。
「しまっ――!」
ナツはジェラールの頭を掴むと自らの炎を推進力に、何層もの魔水晶の床を砕きながら落ちてゆく。魔水晶の層を越え、大地に叩きつけられるよりも前にジェラールはなけなしの魔力を振り絞って“
「この速度にはついてこれまい!」
「大人しく――」
ナツは体を半回転させて大地を踏む。そのまま足を折り曲げて、足からの炎の大噴射とともに跳躍。“
「しやがれええええ!」
「バカな――――!!」
落ちてきた穴を今度は殴られた勢いのままに吹き飛び、昇っていく。やがて頂上すら越えて天高く舞い上がる。日は沈み、空は暗い。天に浮かぶ月が、星々が、忌まわしいほどに闇を照らしている。
「オレは、負けられない!」
ジェラールは吠える。しかし、体はぴくりとも動いてくれない。魔法を使えるほどの魔力も残っていない。上昇しきったジェラールの体は、ゆっくりと、下降を始める。
「自由の国を、造るんだ――」
落ちてゆく。身動き一つできず、抗うこともできないままに。
「――それは、他人の自由を奪ってまでやるものなのか」
「エルザ、か……」
落ちるジェラールをエルザが優しく受け止めた。ジェラールはエルザの顔を視界に入れると、不快げに眉間にしわを寄せた。ジェラールを腕に抱くエルザの顔は悲しみと、ほんのわずかに心配しているようだった。
「……甘いな、お前は。だから、選ばれなかったのだ」
「ゼレフに、か?」
「そうだ。痛みと恐怖の中でゼレフはオレに呟いた。真の自由が欲しいかと」
唇の端を精一杯に吊り上げる。視線はエルザを見据えたまま、不適な笑顔を作り出す。心は負けてなるものかと、屈するものかと。だというのに、目の前の女は哀れむような顔をし続ける。
「そうさ、ゼレフの声はオレにしか感じることができない! オレがゼレフとともに、真の自由国家を――――」
「――もう、いいんだ。ジェラール」
「なに、を…………」
言葉をまくし立てるジェラールをエルザは優しく抱きすくめる。そこには慈愛が満ちていた。憎しみに満ちていたジェラールすら、言葉を止めるほどに。
「亡霊に縛られたままでは自由になれるはずもない。目を覚ますときが来たんだ」
「どういう――――」
そっと、背に手が置かれた。エルザのものではない。ならば一体誰だと思ったとき、魔力が流れ込んで来た。自分のものではない、異質な魔力が体内を流れる気味の悪い感覚。それを歯を食いしばって耐える。
「や、やめ――――」
不意に、何か大切なものが剥がされようとする感覚に、声が漏れ出る。少しずつ、自分が自分で無くなるようで、恐い。ジェラールを抱くエルザの腕の力が強くなる。一人じゃないと励ましてくれてるようで少し安心した。
――オレはこんなに臆病だったか?
抱いた安心感にジェラールが疑念を抱くと同時、意識が闇の中へと落ちていくのが分かった。だんだんと視界が暗くなり、完全に意識を閉ざすその前に。
「私ではお前を救えなかった。だから、私もお前の罪を背負おう」
そんなお人好しな言葉に、相変わらずだとおかしくなって、一片の恐怖すらなくジェラールは意識を手放した。
*
水の膜に包まれながら、カグラたちは真の姿を現した楽園の塔を眺めていた。
「みんな、無事かなぁ」
ルーシィの呟いた言葉はエーテリオンが落ちてから何度も呟かれたものだった。心配するのは誰もが同じ。呟きに答えるでもなく、全員が固唾を呑んで見守っている。
「――塔が!?」
「何あれ!?」
塔が突如として発光し、その姿を歪め始めた。叫び声に反応するまでもなく、全員が驚愕に目を見開く。
「まさか、エーテリオンが暴走しているのか」
「暴走!?」
グレイの推測にルーシィが悲鳴じみた叫びを上げる。元々、エーテリオンなどという大魔力を一カ所に留め続けるなど不可能だったのだ。
「――行き場を無くした魔力の渦が、弾けて大爆発を起こす」
ジュビアが震えるように呟いた。決して大きな声ではなかったが、不思議と全員の耳に届いた。
「ちょ、こんな所にいたらオレたちまで!」
「中にいる姉さんたちは!?」
パニックに包まれて、思ったことを次々に叫びだす。
「誰が助かるとか、助からねえとか以前の話だ。オレたちを含めて、――全滅だ」
会話にもならない騒々しさの中、悔しそうに顔を歪めて放ったグレイの言葉に全員が絶望を理解して口を閉ざした。
*
「もう! やっと終わったと思いましたのに!」
塔の中は歪み、崩れ、同じ場所に立ち続けるのが難しい程に荒れていた。そこかしこから魔力が溢れ出し、光の柱となって天へと消えていく。捕まってしまえば、跡形もなくこの世から消え去るだろう。
「泣き言を言ってる場合でもないだろう。一刻も早く脱出しなければ」
「それは分かってますけど……。ああ、もう、すやすや眠る二人が羨ましい!」
エルザはジェラールを、斑鳩はナツをそれぞれ背負って走っている。ジェラールはともかくナツまでもダウンするとは思わなかった。頂上まで登ってきたナツは勝利宣言とともに雄叫びをあげてそのまま倒れ込んだのだ。
「本当はうちだって運んでもらいたいのに……」
「それだけ不満を口に出せるならまだまだ大丈夫だな」
「一応、魔力は空っぽどすよ!?」
軽口をたたきつつも歩みは止めない。斑鳩だってどうしようもないことは分かっている。それでも、不満を言わなければやっていけない。
「――――!!」
ぐわん、とひときわ大きく塔が歪んだ。波打つ床に、莫大な振動で二人は地面に倒れ込む。
「これは、まずいな……」
「これ以上は……」
どんどんと激しさを増す塔の暴走に最早時間が残されていないこと悟る。例え外に出ることができたとしても、爆発に巻き込まれて命はないだろう。防ぐことも、脱出することも不可能。なにか手はないかと二人が思考を巡らせようとするその時だった。
「う、ん――。オレ、は……」
「ジェラール!!」
床に投げ出されたジェラールが目を開いた。ジェラールはゆっくりと身を起こし、寝ぼけているかのように緩慢に首を巡らせる。そして、エルザを視界に入れた瞬間、ジェラールは口元を押えてえずきだす。
「大丈夫か!? ジェラール!!」
「ちょっと! どうしなはったん!?」
胃の中のものを戻すジェラールの背をエルザがさする。次第に落ち着きを取り戻したジェラールはゆっくりと呼吸を整える。
「ふう……。すまない、頭の中の整理がつかないんだ」
息を整えた後も、頭を押えて苦痛に顔を歪ませる。洗脳が急に解かれたことで、元の人格が今まで抱き続けていた感情や思考を処理しきれずに混乱を起こしていた。
「落ち着くまで休んで、といいたいところどすが、そんなこと言ってられる状況ではありまへん」
「……そのようだな」
斑鳩の言葉に辺りを見渡し頷いた。
「もし、なにかこの状況から助かる方法があるとしたら教えて欲しいんどすが」
どうでしょう、と促されジェラールは目をつむって考え始める。
「――ある。ひとつだけ」
「本当か!?」
ああ、と頷き気まずげにエルザの方に視線をやり、再び目をそらして話し出した。
「元々、楽園の塔は聖十大魔導並の素質を持った魔導士の体を融合させて分解し、そしてゼレフの体に再構築する。その予定だった」
「そのための生け贄がエルザはんだったと」
ジェラールは俯きつつ、黙って頷いた。エルザは得心したように頷いた後、少し息をついて顔をあげる。
「ならば、融合すれば塔の魔力を制御し、暴発を止められるかもしれないと」
「そのとおりだ。――だが、その役目は、オレがしよう」
「――――!? なにを!?」
ジェラールの言葉にエルザと斑鳩の二人は目を見開く。それを横目にジェラールは拳を握りしめて体を震わす。
「これぐらいしか、償う方法がないんだ。オレは今まで多くを騙して人生を縛り付けてきた。エルザ、君も被害者の一人だろう。だから、オレの命をもって解放する」
ジェラールは近くに落ちていたひときわ大きな魔水晶に向かって歩き出す。
「この、大バカが!」
エルザはジェラールの背から左肩を掴んで無理矢理振り向かせると、頬に思いっきり張り手を食らわした。あまりの剣幕に無関係の斑鳩が小さく悲鳴をあげる。
「そんなことで、償えると思っているのか!? 死に逃げるな! 生きてあがけ! 苦しくても歩き続けるんだ!」
「――エルザ」
呆然としていたジェラールだったが、涙を流すエルザを見て正気に戻る。そして、彼は僅かに微笑んだ。
「優しいな、本当に。だが、助かるには誰かが犠牲にならなければならない。なら、適任はオレしかいないだろう」
「だが――」
「――こほん。少し、よろしいどすか?」
「斑鳩?」
咳払いする斑鳩に白熱していたエルザとジェラールが目をやった。
「エルザはんもジェラールはんも落ち着いて。口論してる場合ではありまへん。そこで、うちから案がひとつあります」
斑鳩は人差し指をひとつぴんと立てる。
「再構築してゼレフを甦らせるのではなく、制御した後、同じ人物を再構築すればいいのでは?」
「なるほど」
エルザは妙案だと頷くが、ジェラールはあまり乗り気ではないようだ。
「危険だ。再構築したところで人格も記憶もリセットされて赤子のようになる可能性だってある。オレはゼレフが亡霊として存在しているから肉体を用意するだけのつもりだったんだ」
ジェラールは不可能だと断じる。とっておきの案を否定されて斑鳩はうろたえる。なら、他に方法は――。
「ならば、私と斑鳩の二人で分担すればどうだ?」
「エルザ?」
「頭さえ残っていれば、腕でも足でも再構築したって変わらないだろう。だから、二人だ」
なるほど、確かにその通りだと斑鳩は納得するが、ジェラールは相変わらず渋面をつくっている。
「確かに、可能性はある。しかし、危険があることには変わらない。それも、二人に危険を……」
ジェラールしか再構築のノウハウがないのだから自然、体の一部を生け贄に捧げるのはエルザと斑鳩の二人になる。それが、ジェラールには許容できない。その意を感じ取ってエルザはため息をはくと、しっかりとジェラールの瞳を見つめて言った。
「私たちの命をお前に預ける。お前を信じる。だから、お前も自分を信じろ。これが、償いの道の第一歩だ」
ジェラールはしばし、力強く輝く瞳に魅入る。なんと美しいのだろうか。優しく、気高く、厳しいその心根は。暖かい光に包み込まれるような心地良い錯覚を覚える。ここまで来たらもう――、
「――ああ、分かった」
――やるしかない。
ジェラールの瞳から迷いが消え、エルザの瞳を強く見返した。その様子にエルザは表情を崩して微笑むと、ジェラールを通り過ぎ、巨大な魔水晶の前に立つ。斑鳩もまた、エルザの横に並び立つ。
「まったく、エルザはんはうちの命まで勝手に預けてしまいはるんどすから」
「なんだ、不服だったか?」
「――いいえ、上等どす」
斑鳩はエルザに向かって不敵に笑みを浮かべる。それを受けてエルザもまた笑みを浮かべた。
「さあ、やるぞ!」
かけ声とともにエルザと斑鳩は魔水晶にその体を埋め、ジェラールは床に手をついて呪文を唱え始める。エルザと斑鳩は体が溶かされるような気色の悪い感覚に耐え、自我を保ち続ける。ジェラールもまた額に玉のような汗を浮かべて集中し続ける。誰もが極限の中で戦っていた。しかし、諦めるものは一人もいない。各々が全力を尽くしていると、諦めていないと信じているから、己が諦めてたまるかと奮起し希望の火を燃やし続ける。
――全ては、ともに未来を歩むため。
*
楽園の塔が閃光とともに弾けた。
万物を破壊する力の塊は渦を巻き、青白い光の柱が天高く昇る。
やがて柱は消え去り、跡には何も残されない。
夜空には月が真円を描き、星々が瞬いていた。
次回、楽園の塔編エピローグ